空あき地ちには、草くさがしげっていましたが、いまはもう黄きい色ろくなって、ちょうど柔やわらかな敷しき物もののように地じめ面んに倒たおれていました。霜しもの降ふった朝あさは、かえって日ひが上のぼると暖あたたかになるので、この付ふき近んに住すむ子こど供もたちは、ここへ集あつまってきて、たこをあげるものもあれば、ボールを投なげて遊あそぶものもありました。 この空あき地ちの中ちゅ央うおうに、一本ぽんの高たかい松まつの木きがありました。独ひとりぽっちで、いかにもその姿すがたがさびしそうに見みえることもあれば、また、さびしいということなど知しらぬ聖せい人じんのように、いつもにこにことして、子こど供もたちの遊あそんでいるのを見みま守もるように見みえたこともあります。 この町まちの子こど供もたちは、みんなこの木きを知しっていました。たとえ木きのそばへ寄よって、ものをいいかけなくとも、お母かあさんが留る守すでさびしいときや、お父とうさんにしかられて、悲かなしかったときは、遠とおくから、ぼんやりとこの木きをながめて訴うったえたものです。すると、木きは、 ﹁私わたしのところへおいで。﹂と、手てま招ねきするように、なぐさめてくれたものでした。 だから、もし、この広ひろ場ばに、工こう場じょうでもできるとか、また、道みちが通とおるとかいうようなことがあって、この木きを切きる話はなしでも持もち上あがったなら、おそらく、この辺へんの子こど供もたちはどんなに悲かなしむことかしれません。悲かなしむばかりでなく、 ﹁あの木きを切きるのは、かわいそうだ。﹂といって、大おと人なたちに向むかって、同どう意いを求もとめ、この木きを切きることに反はん対たいしたでありましょう。 その、多おおくの子こど供もたちの中なかにも、立たつ雄おくんや、博ひろしくんは、いちばんこの高たかい松まつの木きを愛あいしている少しょ年うねんでした。他たの子こど供もたちが、いろいろのことをして遊あそんでいるのに、二ふた人りは、みんなから離はなれて、松まつの木きの下したにきて、枯かれ草くさの上うえにすわって話はなしをしていました。 ﹁きれいな、空そらだなあ。﹂と、ふいに、大おお空ぞらを見み上あげて、博ひろしくんが、いいました。 ﹁まだ、春はるにはなかなかなんだね。早はやく春はるがくるといいなあ。﹂と、立たつ雄おくんは、赤あかみを帯おびた、松まつの木きの幹みきをながめて、去きょ年ねんの春はる、遠えん足そくにいって田いな舎かみ道ちを歩あるいたときの景けし色きを思おもい出だしたのです。 ﹁ごらんよ。あの白しろい雲くもは、ちょうど松まつの木きの上うえにいるから。﹂と、博ひろしくんが、いいました。 ﹁松まつの木きと、雲くもと、話はなしをしているのだね。﹂と、立たつ雄おくんが、答こたえました。 二ふた人りの少しょ年うねんは、松まつの木きの頂いただきと、さらにはるかに高たかく、遠とおい、青あおい空そらに浮うかぶ、白しら雲くもを見み上あげて笑わらっていました。 ﹁どんな話はなしをしているのだろう？﹂ ﹁きっと、雲くもさん、君きみは、どこへでも飛とんでいけておもしろいだろうな、と、松まつの木きがいっているのだよ。﹂と、立たつ雄おくんが、いいました。 ﹁僕ぼくはね、松まつの木きくん、君きみはいつも地ちの上うえで平へい和わに暮くらされてうらやましい。美うつくしい鳥とりが止とまったり、子こど供もたちの遊あそぶのを見みたりして、愉ゆか快いだろう。私わたしは、風かぜに吹ふかれてこうして、海うみの上うえや、野のは原らの上うえを、毎まい日にちあてなく飛とんでいると、雲くもがいっているのだと思おもうな。﹂と、博ひろしくんが、いいました。 そのうち、おひるの汽きて笛きが鳴なったので、二ふた人りは、草くさの上うえから起おき上あがって、あちらへ歩あるいていきました。 近ちかごろになって、この原はらっぱへきはじめた、コリントゲームのおじいさんが、今きょ日うも店みせを出だして、まわりには、もうたくさん子こど供もたちが集あつまっていました。そして、赤あかい風ふう船せん玉だまが、ふわふわと幾いくつも台だいに結むすびつけられて、キャラメルや、あめの棒ぼうなどが、そばに置おいてありました。 二ふた人りは、立たって見みていました。 すると、このとき、あちらで、カチ、カチという、拍ひょ子うし木ぎの音おとがしました。 ﹁あっ、紙かみ芝しば居いがきた……。﹂ ﹁黒くろい眼めが鏡ねのおじさんだよ。﹂ 子こど供もたちは、口くち々ぐちにそういって、たちまち、おじいさんの、コリントの前まえからはなれて、あちらへ走はしっていきました。立たつ雄おくんも、博ひろしくんも、やはり同おなじであったのです。 活かつ動どうの弁べん士し上あがりであった、紙かみ芝しば居いのおじさんは、説せつ明めいがなかなか上じょ手うずなので、子こど供もたちには、たいそう好すかれていました。 おじさんは、いつものように、子こど供もたちを相あい手てにして、お話はなしをはじめていました。そこへ、だしぬけに、コリントのおじいさんが、やってきました。 ﹁おい、ここで店みせを開ひらくのはよしてもらおう。﹂と、おじいさんが、いいました。 黒くろい眼めが鏡ねをかけた、紙かみ芝しば居いのおじさんは、 ﹁冗じょ談うだんじゃない。おじいさんこそ、ついこのごろここへやってきたのじゃないか？ 私わたしは、もうずっと、ここへきているのだ。ここにいる坊ぼっちゃんや、お嬢じょうちゃんたちに聞きいてみてもわかるよ。ねえ、そうだろう……。それごらんよ。おじいさん、そんな無む理りをいってはいけないぜ！﹂と、おじさんは、いいました。立たつ雄おくんも、博ひろしくんも、どうなるだろうと見みていました。おじいさんは、一歩ぽ前まえへ寄よって、 ﹁若わかいの、この土と地ちは、私わたしが生うまれたところだ。それがのう、この年としになるまで旅たびで暮くらしたが、いいこともないので、帰かえってきた。だれも私わたしの顔かおを覚おぼえているものも、知しっている人ひともいないのだ。だが、この土と地ちがなつかしくて、ここへくるわけなんだ。おまえさんは、話はなしもうまいし、顔かおも広ひろいし、ここでなければならぬこともなかろうが……。﹂と、おじいさんが、いいました。 ﹁ああ、そうか、おまえさんは、ここで生うまれたのか？ それは、なつかしいだろう。わかったよ。おじいさん、明あし日たから、私わたしは、ほかでかせぐことにしようよ。﹂ 紙かみ芝しば居いのおじさんは、みんなに向むかって、帽ぼう子しを脱ぬいであいさつをすると、あちらの町まちの方ほうへいってしまいました。 二ふた人りの少しょ年うねんは、なんとなくさびしい気き持もちがしました。そして、先さっ刻き、松まつの木きの下したにすわって、空そらを見みて、空くう想そうにふけったことが思おもい出だされたのであります。 ﹁人にん間げんにも、あの松まつの木きのような人ひともあれば、また、雲くものような人ひともあるんだね。﹂と、博ひろしくんが、考かんがえながら、いいました。立たつ雄おくんは、だまっていましたが、しばらくして、 ﹁ねえ、博ひろしさん、おじいさんの子こど供もの時じぶ分んから、あの松まつの木きは、あったんだね。﹂と、立たつ雄おくんは、別べつのことを考かんがえていたとみえて、うしろを振ふり返かえって、空あき地ちの真まん中なかに立たっている松まつの木きをながめて、いったのでありました。 よく晴はれた、空そらの、あちら、こちらに、たこは上あがっていました。しかし、白しろい雲くもは、どこへいってしまったか、もう、見みえなかったのであります。