英ひでちゃんの飼かっているやまがらは、それは、よく馴なれて、かごから出でると指ゆび先さきにとまったり、頭あたまの上うえにとまったり、また、耳みみにとまったりするので、みんなからかわいがられていました。 はじめのうちは、外そとへ飛とび出だすと、もうかごへはもどってこないものと思おもって、障しょ子うじを閉しめて、へやの中なかで遊あそばしたものです。しかし、長ながいうちにいつしかここが、自じぶ分んのすみかと思おもってしまったので、すこしばかり遊あそぶと、またかごの中なかへ入はいってしまいました。そして、ここがいちばん安あん心しんだというふうに、頭あたまをかしげて、いままでさわいで疲つかれたからだを、じっとして休やすめるのでありました。 ﹁こんないい鳥とりはめったにないよ。﹂と、英ひでちゃんは、平ふだ常んから自じま慢んしていました。 ﹁どの鳥とりだって馴なれれば同おなじさ。しかし子こが飼いいでないと、なかなかこんなにならないそうだね。﹂と、兄にいさんがいいました。 お正しょ月うがつのある日ひのことでした。空そらにはたこのうなり音おとがしていました。英ひでちゃんは、やまがらに餌えをやってから、わざとかごの口くちを閉しめずにおきましたけれど、やまがらは、外そとへ出でようとしません。そのとき兄にいさんは口くち笛ぶえを吹ふいて、指ゆびを出だして見みせました。するとやまがらは、ついと飛とんできて指ゆびに止とまりました。 ﹁障しょ子うじをしめておかなくていい?﹂と、英ひでちゃんが、ききました。 ﹁だいじょうぶだろう。外そとが、怖こわいんだから。﹂と、兄にいさんが答こたえました。 ﹁空そらを見みているんだね。﹂ ﹁さあ、もうかごへおはいり。﹂と、兄にいさんは、やまがらに向むかって、指ゆびを動うごかして見みせました。 ちょうど、裏うら庭にわの桜さくらの木きにすずめが止とまって鳴ないていました。やまがらは、その声こえにでも誘さそわれたのか、ふいに窓まどから、家いえの外そとへ飛とび出だしてしまいました。 ﹁あっ、逃にげた……。﹂と、英ひでちゃんは、あわてました。 ﹁いま、もどるよ。﹂と、兄にいさんは、しきりに口くち笛ぶえを鳴ならしながら、やまがらの行ゆく方えを見みま守もると、どうして、そんなに羽はねがよくきくのかと思おもわれるほど、一気きに飛とんで、やまがらは、隣となりの屋や根ねを越こしてしまいました。 ﹁英ひでちゃん、はやくいってごらんよ。あっちの林はやしの方ほうへいったようだ。﹂ 兄にいさんは、自じぶ分んもかごを持もって、後あとから追おいかけていきました。 ある大おおきな屋やし敷きのまわりは、雑ぞう木きの林はやしになっていました。ここには、すずめがたくさん枝えだに止とまって、ふくらんでいます。そのお仲なか間ま入いりでもしたように、やまがらが枝えだから枝えだをおもしろそうに伝つたっていました。 ﹁あっ、あそこにいた。﹂ 英ひでちゃんは細こまかな枝えだをとおして上うえを仰あおぎました。 ﹁英ひでちゃん、いた?﹂ 兄にいさんは、かごを木きの下したに置おいて、口くち笛ぶえを吹ふきました。けれど、やまがらは、きこえないふうをしています。英ひでちゃんは、はるか上うえのやまがらの方ほうに向むかって、できるだけ高たかく手てを上あげて、小ちいさな指ゆびを出だして見みせました。しかし、やまがらは、もうそんなものには見み向むきもしませんでした。ただ、いままで知しらなかった大おおきな自しぜ然んの中なかで、なにを見みても珍めずらしいので、忙いそがしそうに動うごいて、すこしもじっとしていませんでした。 ﹁兄にいさん、もう帰かえろうよ。﹂と、英ひでちゃんが、悲かなしそうにいいました。 ﹁晩ばんになったら、帰かえるかもしれない。﹂と、兄にいさんは、まだやまがらの帰かえるのを信しんじているようでした。 ﹁もう帰かえってこないよ。お家うちがわからないもの。﹂ 英ひでちゃんは、いくつもたこの上あがっている、原はらの方ほうをながめて、自じぶ分んたちは、二度どとあのやまがらを見みることがないだろうと思おもいました。 家いえへ帰かえって、かごの口くちを開あけたまま、かごを軒のき下したの柱はしらにかけました。先さっ刻きまで、その中なかには、ほおの白しろい、胸むな毛げのくり色いろをした、かわいいやまがらがいたのにと考かんがえると、あんなに馴なれていながら逃にげたことが、夢ゆめとしか思おもえません。 ﹁すずめが鳴ないていたので、お仲なか間ま入いりがしたくなったんだね。﹂と、英ひでちゃんが、いいました。 ﹁きっと、そうだろう、忘わすれていた山やま奥おくの林はやしや、父ちち鳥どりや、母はは鳥どりのことを思おもい出だしたのだよ。﹂と、兄にいさんが、いいました。兄にいさんも、いつしか、やまがらは帰かえってこないと思おもったのでした。 その晩ばんには、寒さむい木こ枯がらしが吹ふきすさびました。翌よく日じつ起おきてみると、屋や根ねも、圃はたけも、木きのこずえも、霜しもで真まっ白しろでありました。あらしの中なかで、はじめの夜よるを過すごしたやまがらは、どうしたであろうと、兄きょ弟うだいは、心しん配ぱいしました。 ﹁すずめたちと同おなじ木きに止とまって、小ちいさくなって、寝ねたかしらん。﹂ ﹁すずめは、やさしい鳥とりだから、意いじ地わ悪るなんかしないよ。﹂ ﹁そうだ、僕ぼく、鳥とり屋やのおじさんに、きいてみよう。﹂と、英ひでちゃんが、いいました。 いつも、学がっ校こうの帰かえりに、鳥とり屋やの前まえに立たって、いろいろの鳥とりを見みるので、よく顔かおを知しっているおじさんに、きいてみようと思おもったのでした。 あくる日ひ、やまがらのことを心しん配ぱいしながら、学がっ校こうの帰かえりに、その店みせの前まえまでくると、ちょうどおじさんは、日ひ当あたりの入いり口ぐちで、鶏にわとりの小こ屋やをそうじしていました。そして、英ひでちゃんが、やまがらの逃にげた話はなしをして、どうしたろうときくと、おじさんは、ほうきを動うごかしながら、 ﹁やまがらも、昨ゆう夜べは、坊ぼっちゃんたちのことを思おもい出だしたでしょう。けれど、今きょ日うは、もうどこか遠とおい山やまの方ほうへ飛とんでいって、かごを思おもっても身みぶるいしていますから、二度どと人にん間げんの手てにはつかまりませんよ。﹂といいました。 その日ひから、英ひでちゃんは、原はらっぱへいって、朗ほがらかにたこを上あげて遊あそびました。