ある、小しょ学うが校っこうの運うん動どう場じょうに、一本ぽんの大おおきな桜さくらの木きがありました。枝えだを四しほ方うに拡ひろげて、夏なつになると、その木きの下したは、日ひか蔭げができて、涼すずしかったのです。 子こど供もたちは、たくさんその木きの下したに集あつまりました。中なかには、登のぼって、せみを捕とろうとするものがあれば、また、赤あかくなったさくらんぼを取とろうとするものもありました。 桜さくらの木きは、ちょうどお母かあさんのように、子こど供もたちのするままに委まかしていました。そして、子こど供もたちの、楽たのしそうに遊あそぶようすを見み下おろしながら、いつも、にこにこと笑わらっているように見み受うけられました。 ﹁太ふとい木きだなあ。﹂といって、無むじ邪ゃ気きな子こど供もたちは、小ちいさな両りょ手うてを開ひらいて、太ふとい幹みきに抱だきついて、見み上あげるものもあれば、 ﹁いい木きだなあ。﹂と、いまさらのように、感かん心しんして、ながめるものもありました。 年とし老とった木きは、かわいらしい子こど供もたちに、こんなことをされるのが、さもこのうえもなくうれしそうでありました。 そのうちに、上うえのほうの子こど供もたちは、六年ねんの修しゅ業ぎょうを終おえて、学がっ校こうから出でてゆきました。そして、また、幼おさない子こど供もたちが、新あたらしく入はいってきました。 その子こど供もたちは、みんながしたように、この桜さくらの木きの下したで遊あそびました。桜さくらの木きは、春はるにはらんまんとして、花はなが咲さいたのであります。夏なつは、また日ひか蔭げができて、そこだけは、どこよりも涼すずしい風かぜが吹ふいたのであります。 こうして、長ながい月つき日ひのうちには、いろいろのことがあったでありましょう。たとえば、きかん坊ぼう主ずの秀ひで吉きちが、先せん生せいにしかられて、この運うん動どう場じょうに立たたされたとき、彼かれは悲かなしくなって、泣なき出だしそうになりました。 そのとき、木きは、 ﹁男おとこが、泣なくものでない。さあ、私わたしのそばへおいで。﹂といって、太ふとい自じぶ分んの体からだで秀ひで吉きちを支ささえてくれました。 また、弱よわ虫むしの正まさ坊ぼうが、足あしを傷いためて、体たい操そうを休やすんだときであります。 ﹁さあ、この日ひか蔭げに入はいって、おとなしくしていな。じきに、そればかしの傷きずはなおってしまうだろう。はやく元げん気きになって、私わたしの頭あたまの上うえまで、登のぼる勇ゆう気きが出でなければならん。ここへ上あがると、それは、すてきだから。あちらに町まちが見みえるし、また遠とおい村むらのお宮みやの屋や根ねも見みえて、いい景けし色きだぜ。﹂と、桜さくらの木きは、やさしく、いってくれたのでありました。 あるときは、生せい徒とたちが、二ふた組くみに分わかれて、競きょ技うぎをしたことがあります。そんな場ばあ合いには、甲こうは赤あかい帽ぼう子しを被かぶり、乙おつは白しろい帽ぼう子しを被かぶりましたが、一方ぽうは、桜さくらの木きの右みぎに、一方ぽうは桜さくらの木きの左ひだりにというふうに、陣じん取どりました。そのとき、桜さくらの木きは悠ゆう々ゆうとして、右みぎをながめ、左ひだりが見み下おろして、さも、みんなの元げん気きのいい顔かおを見みるのがうれしそうに、 ﹁さあ、どちらも、しっかりやるのだよ。﹂と、いっているごとく見みえました。 しかし、まれには、いたずら子こがあって、桜さくらの木きの皮かわをはいだりしました。木きは、そんなことをされても、だまっていましたが、木きを愛あいする他たの善ぜん良りょうな生せい徒とたちは、けっして、だまってはいませんでした。 ﹁君きみ、そんないたずらをするものでないよ。木きが、かわいそうじゃないか。﹂と、いましめました。そう注ちゅ意ういされると、たいていの子こど供もたちは、ああわるかったと思おもいました。 もし、それでも、その生せい徒とがいうことをきかないときは、先せん生せいが、ひどくその生せい徒とをしかりました。 ﹁みんなのだいじな木きを、おまえは、傷きずつけていいのか。﹂と、おっしゃいました。こうして、木きもまたみんなから愛あいされていたのです。 だが、ものには、盛さかんなときと衰おとろえるときとがあります。この桜さくらの木きも、年としを老とったせいか、それとも、子こど供もたちに地ちを堅かたく踏ふまれたためか、今こと年しの夏なつは、たいへんに弱よわったのでありました。木きが弱よわったと知しると、学がっ校こうじゅうは、たいへんなものでした。先せん生せいも、生せい徒とも、小こづ使かいもみんな桜さくらの木きの身みの上うえを心しん配ぱいしました。 ﹁桜さくらの木きが弱よわっているから、この内うちへ入はいってはいけません。﹂と、木きのまわりにさくを造つくって繩なわ張ばりをして、札ふだを立たてました。そして、毎まい日にち、先せん生せいや生せい徒とたちが、はだしで、バケツに水みずをくんで、運はこんだりしました。 学がっ校こうを卒そつ業ぎょうしてしまったものも、昔むかし、自じぶ分んのお友ともだちであった、桜さくらの木きが弱よわったといううわさをきくと、心しん配ぱいをして、わざわざみまいにやってきましたので、桜さくらの木きは、もう一度ど、元げん気きとなって、はやく、かわいらしい生せい徒とさんたちを見みま守もろうと思おもっているのです。