東とう京きょうのお正しょ月うがつは、もう梅うめの花はなが咲さいていて、お天てん気きのいい日ひは、春はるがやってきたようにさえ見みえるのであります。義よし雄おさんは、隣となりのみね子こさんと羽は根ねをついていました。 みね子こさんは、去きょ年ねん学がっ校こうを出でたのでした。きょうはお店みせの公こう休きゅ日うびです。叔お母ばさんのお家うちへいってきたといって、きれいな着きも物のを着きていました。義よし雄おさんは、まだ来らい年ねんにならなければ、学がっ校こうを卒そつ業ぎょうしないのであります。 ﹁いいかい、こんど落おとしたら罰ばつに、たたくのよ。﹂ ﹁義よし雄おさんこそよくって。さあ上あげてよ。﹂と、みね子こさんは、ポンと羽は根ねをたたきました。打うち方かたがよくなかったので、羽は根ねが横よこへそれてしまいました。 ﹁あ、ごめんなさい。﹂と、みね子こさんは、おわびをしましたが、義よし雄おさんは、素すば早やく走はしって、その羽は根ねを力ちからまかせに打うち返かえしました。けれど、羽は根ねは、みね子こさんの方ほうへはいかずに、往おう来らいの方ほうへ飛とんでゆきました。ちょうど、そのとき一台だいのトラックが走はしってきましたが、羽は根ねは、そのトラックの上うえの荷にも物つの蔭かげに落おちて、トラックは、知しらずにそのまま羽は根ねをのせてかなたへいってしまいました。 ﹁いいよ、僕ぼく、新あたらしい羽は根ねを持もってくるから。﹂という義よし雄おさんの声こえを、トラックの上うえに乗のってしまった羽は根ねはうしろの方ほうできいたのであります。 ﹁いったいおれは、これからどうなるのだろうな。﹂と、羽は根ねは、思おもったのです。 そのトラックは東とう京きょうから砂さと糖うの荷にを積つんで田いな舎かの町まちへいくところでした。その田いな舎かのお正しょ月うがつは、なんでも東とう京きょうよりは一ひと月つきおくれて、これからその町まちに住すむ人ひとたちは、お正しょ月うがつの用よう意いにとりかかるのでした。 羽は根ねは、車くるまの上うえからさびしい霜しも枯がれの野のは原らを見みました。田たん圃ぼの間あいだを通とおる道みちは霜しも解どけがして、ぬかるみになっていました。笠かさをかぶった人ひとや毛もう布ふを着きた人ひと々びとが、トラックがくるとあわてて道みちを開ひらいて、どろのとばしりをかけられまいとして、うらめしそうに見みお送くるのでした。並なみ木きの頭あたまに止とまったからすがこの有あり様さまを見み下おろしていました。羽は根ねは、なんだかからすが、自じぶ分んを﹁どこへいくのだろう。﹂と、じっと見みているような気きがしました。 ﹁からすさん、私わたしをもう一度ど都みやこへつれていってくれませんか。﹂といって、頼たのもうとするまに、トラックは、走はしって、からすは後うしろになってしまいました。 あちらの山やま々やまには、真まっ白しろの雪ゆきがきていました。昼ひる過すぎに、トラックは、小ちいさなさびしい町まちの問とん屋やの前まえに止とまりました。問とん屋やの人ひとたちが出でてきて、荷にも物つを下おろしました。運うん転てん手しゅも車くるまから下おりて、荷にも物つを下おろすてつだいをしました。このとき、白しろと赤あかのまじった羽は根ねが、荷にの間あいだから出でてきました。 ﹁やあ、どこで、こんなのが乗のったかな。﹂と、眼めが鏡ねをかけた、運うん転てん手しゅは笑わらって、ポンと往おう来らいに投なげました。 羽は根ねは、ちょうど都みやこの空そらで、義よし雄おさんと、みね子こさんに突つかれて、ひらひらと空そらに翻ひるがえって落おちたときのようなかっこうで地じめ面んへ落おちたのでした。 往おう来らいでは、勇ゆう坊ぼうと時とき子こさんが、寒さむそうに懐ふと手ころでをして遊あそんでいましたが、羽は根ねが落おちてくるとすぐに二ふた人りは、走はしり寄よりました。 ﹁東とう京きょうの羽は根ねだ、二ふた人りでついて遊あそびな。﹂と、運うん転てん手しゅは、笑わらいました。 ﹁東とう京きょうの羽は根ねだってさ。﹂と、時とき子こさんは、目めをまるくして、なつかしそうに手てに持もった羽は根ねを見みつめました。 ﹁東とう京きょうは、お正しょ月うがつなんだね、この自じど動うし車ゃは、東とう京きょうからきたんだ。﹂と、勇ゆう坊ぼうは、どろのはねが、おびただしくついたトラックを物もの珍めずしそうにながめました。 ﹁私わたし家いえへいって、羽はご子い板たを持もってくるわ。﹂ 時とき子こさんは、二つ羽はご子い板たを持もってきました。二ふた人りは、羽は根ねをついていました。すると、近きん所じょの子こど供もたちが集あつまってきて、 ﹁もう、羽は根ねをついているの？﹂といって、ききました。 みんなは、かわるがわる、その羽は根ねをついて遊あそんでいました。そのうちに、羽は根ねは、どうしたはずみか屋や根ねの上うえへ飛とんで、といの中なかに落おちてしまいました。 ﹁あ、どこへいったろう、見みえなくなったわ。﹂ ﹁といの中なかへ落おちてしまったんだ。﹂ 子こど供もたちは、さおを持もって来きましたが、羽は根ねは中なかへ隠かくれて、下したからは見みえませんでした。 子こど供もたちが、あきらめて散ちってしまった時じぶ分んには、自じど動うし車ゃの姿すがたも見みえなかったのです。 寒さむい風かぜが吹ふいて、なんとなく雪ゆきの降ふりそうな空そら模もよ様うでありました。 ﹁ガア、ガア。﹂と、あちらの森もりの方ほうで、からすの鳴なき声ごえがしていました。 だれもいなくなると、どこからかからすが飛とんできて、羽は根ねをくわえてゆきました。 ﹁あ、さっきのからすさんですね、私わたしを東とう京きょうのお家うちへつれていってください。﹂と、羽は根ねは、たのみました。けれど、からすは、羽は根ねのいったことが耳みみに入はいらなかったように遠えん方ぽうの森もりの中なかへ飛とんできて、いちばん高たかい木きの頂いただきにあった、自じぶ分んの巣すの中なかへ持もってきました。羽は根ねは、生うまれてからこんな高たかいところへ上あがったのは、はじめてです。 東とう京きょうにいる時じぶ分ん、羽はご子い板たで打うたれて、空そらへ舞まい上あがるたびに、もっと、もっと高たかく、あの茜あか色ねいろの美うつくしい空そらへ上あがることができたらと、高たかいところにあこがれたことがありました。いま、その望のぞみがかなったけれど、あまりにもさびしいのです。羽は根ねは、木きの頂いただきから、四方ほうの景けし色きをながめていました。寒さむい風かぜが、ややもすると羽は根ねをさらっていきそうです。この後のち、羽は根ねは、どうなるでありましょうか？