黒くろねこは、家うちの人ひとたちが、遠えん方ぽうへ引ひっ越こしていくときに、捨すてていってしまったので、その日ひから寝ねるところもなければ、また、朝あさ晩ばん食たべ物ものをもらうこともできませんでした。しかたなく、昼ひる間まはあちらのごみ箱ばこをあさり、こちらのお勝かっ手てぐ口ちをのぞき、夜よるになると、知しらぬ家いえのひさしの下したや、物もの置おき小ご舎やのようなところにうずくまって、眠ねむったのであります。 こうなると、いままでかわいがってくれた人ひと々びとまでが、 ﹁そら、どらねこがきた。﹂といって、顔かおを出だすと水みずをかけたり、いたずらっ子こは、そばを通とおると、小こい石しを拾ひろって投なげたりしました。もとは、きれいな毛けい色ろであったのが、このごろは、どこへでも入はいるので汚よごれて、まことにみすぼらしい姿すがたとなってしまいました。 それに、黒くろねこは、おいていかれたときには、もうお腹なかに子こど供もがあったのです。きっと、情なさけを知しらぬ主しゅ人じんは、﹁子こど供もを産うむとやっかいだから、捨すてていこうよ。﹂といって、後あとに残のこしたのでありましょう。 かわいそうなねこは、どこで、自じぶ分んの子こど供もたちを産うんだらいいかと迷まよいました。そして、毎まい日にち、方ほう々ぼうを見みて歩あるきましたが、ここなら安あん全ぜんと思おもうようなところはなかなか見みつかりませんでした。人にん間げんにも油ゆだ断んができなければ、犬いぬや、また、ほかのねこたちにも、けっして心こころを許ゆるせなかったからです。 こうして、ほどなく母ははねこになろうとする黒くろねこは、自じぶ分んの食たべ物ものを探さがすことよりも、かわいい子こど供もを産うむ安あん全ぜんな場ばし所ょを見みいだすことにいっしょうけんめいでありました。 とうとう、人じん家かからはなれた森もりの中なかに、よさそうなところを見みつけました。そして、そこへ子こど供もを産うむ用よう意いをいたしました。やがて、三びきのかわいらしい、黒くろと白しろのぶちねこが産うまれました。それからというもの、母ははねこの心しん配ぱいは、いままでのようなものではなかったのです。自じぶ分んたちの隠かくれ場ばし所ょに、雨あめや、風かぜが、吹ふき込こんでも子こねこには当あてないようにして、子こねこは、いつもあたたかな母ははねこのお腹なかの下したで、安やすらかに眠ねむっていました。 日ひか数ずがたつと、三びきの子こねこは、母ははねこのお腹なかの下したからはい出だして、こおろぎや、かえるなどを追おいかけたのであります。 母ははねこは、じっと子こねこたちの遊あそぶようすを見み守まっていました。もし、子こねこたちが、あまり自じぶ分んから遠とおざかろうとすると、 ﹁ニャアオ、ニャアオ。﹂といって、呼よび止とめました。 ﹁あまり遠とおくへいってはいけない。お母かあさんが、許ゆるすまでは、そんなに遠とおくへいくことはなりません。﹂と、さもいいきかせるように見みられたのであります。 ところが、ある日ひ、母ははねこが、外そとへ出でかけて食たべ物ものをさがして、森もりへもどってくると、留る守すの間まに二ひきの子こねこは、どこへいったか姿すがたが見みえませんでした。犬いぬに食くわれてしまったか、人ひとにつれられていったか、それともみぞの中なかへ落おちてしまったか、母ははねこが、声こえをからしてあたりをたずねましたけれど、ついに行ゆく方えがわかりませんでした。二ひきの子こど供もを失うしなった母ははねこの悲かなしみはどんなでしたでしょう? 一夜や悲かなしんで泣なき明あかしました。母ははねこは、せめて残のこった一ぴきの子こねこをしあわせにしてやりたいと思おもいました。 ﹁こんな森もりの中なかで、いつまでも暮くらさせるのはかわいそうだ。やはりしんせつな人にん間げんのお世せ話わにならなければならん。﹂と、母ははねこは、考かんがえました。 母ははねこは、いたずらっ子このない静しずかな家いえをと思おもって、ある日ひ、子こねこをつれて、一軒けんのお家うちへきました。その家いえには、きれいな奥おくさまとおばあさんの二ふた人りが暮くらしていました。 ﹁さあ、おまえは、あの奥おくさまのそばへいってごらん。﹂といって、母ははねこは、子こねこを家いえの中なかへ入いれて、自じぶ分んは、物もの蔭かげに隠かくれて、ようすをうかがっていました。子こねこは、すがろうとして、奥おくさまのひざに上あがろうとしました。これを見みた奥おくさまは、 ﹁まあ、いやだ﹂といって、じゃけんに子こねこを外そとへ投ほうり出だしてしまいました。 母ははねこは、子こねこをなめて、いたわりました。そして今こん度どは、子こど供ものあるお家うちへつれてきました。やはり自じぶ分んは、物もの蔭かげに隠かくれて、ようすをうかがっていました。 その家うちのお母かあさんは、いつも忙いそがしそうに働はたらいていました。子こねこが、足あしもとにきて泣なくと、 ﹁まあ、かわいらしいこと、正しょうちゃんも勇ゆうちゃんもきてごらんなさい。﹂と、おっしゃいました。子こど供もたちは、たちまちお母かあさんのところへ飛とんできました。 ﹁やあ、かわいらしいねこだな。お母かあさん、捨すてねこなら家うちで飼かってやりましょうよ。﹂といって、子こど供もたちは、かつお節ぶしを削けずって、ご飯はんをやったり、大おお騒さわぎをしました。これを見みて母ははねこは、やっと安あん心しんして、 ﹁どうか、達たっ者しゃでいてくれるように。﹂と祈いのって、自じぶ分んはどこへか姿すがたを消けしてしまったのであります。