私わたしたちは、村むらはずれの野のは原らで、日ひの暮くれるのも知しらずに遊あそんでいました。草くさの上うえをころげまわったり、相すも撲うを取とったり、また鬼おにごっこなどをして遊あそんでいると、時じか間んは、はやくたってしまったのです。 毎まい日にち学がっ校こうから帰かえると、家うちにじっとしていられませんでした。机つくえに向むかっても、遠とおくあちらの草くさ原はらの方ほうから、自じぶ分んを呼よんでいる声こえがきこえるようです。そして、大おお急いそぎで、復ふく習しゅうをすますと、駆かけ出だしてゆきました。 ある日ひのこと、正しょうちゃんや、善ぜんちゃんは、もう先さきに野のは原らへいっていて、なにかしながら、わいわいいっていました。 ﹁なにをして遊あそんでいるのだろう？﹂と、私わたしは、そのそばへ駆かけてゆきました。 二ふた人りは、おんばこの花はな茎くきを取とってきて、それをからみ合あわせて、相すも撲うを取とらしていたのです。太ふとい茎くきが、あたりまえなら、細ほそい茎くきより強つよくて、切きり放はなしてしまうのですけれど、見みていると、善ぜんちゃんの持もった細ほそいのが強つよくて、正しょうちゃんのつぎつぎに出だす太ふとい茎くきをぶつりぶつりと切きってしまいました。 ﹁やあ、勝かった！ 勝かった！ どんな強つよいのでも持もっておいで！﹂と、善ぜんちゃんは、いばっていたのです。 ﹁善ぜんちゃんのは、強つよいなあ。だけど、こんど、僕ぼく、きっと負まかしてみせるから。﹂ こういって、正しょうちゃんは、おんばこの花はな茎くきをさがしに立たち上あがりました。 ﹁よし、善ぜんちゃん、こんど僕ぼくとやろうよ。﹂と、私わたしは、いいました。 ﹁ああ、どんな強つよいんでもいいから、持もってきたまえ。﹂ 善ぜんちゃんは、まだたくさんある、自じぶ分んの手ての中なかの花はな茎くきをながめています。そして、正しょうちゃんのすわっていたところには、みんな半はん分ぶんに切きれたおんばこの茎くきがいたましく散ちらばっていました。 白しろい雲くもの多おおい日ひです。日ひの光ひかりは、きらきらと草くさの葉はの上うえにあたっていました。私わたしたちは、おんばこをさがして実みのなっている長ながい茎くきを抜ぬいて歩あるきました。 ﹁こんなに採とった。もういいだろう……。﹂ 走はしって、私わたしは、善ぜんちゃんのいるところへもどりました。正しょうちゃんも、幾いく本ほんとなく握にぎって、かたきうちをしようと、勇いさんで駆かけてきました。 ﹁さあ、善ぜんちゃん、僕ぼくとしよう。﹂といって、私わたしは、強つよそうなのをよって、向むかいますと、善ぜんちゃんの強つよい、正しょうちゃんのをみんな切きった茎くきが、もろく破やぶれて、私わたしのに負まけてしまいました。 ﹁あんまり戦たたかったから、弱よわったんだよ。﹂と、善ぜんちゃんは、惜おしそうに、半はん分ぶんになった茎くきを拾ひろいました。それから、しばらく私わたしの天てん下かがつづきましたが、いつか、正しょうちゃんの太ふとい強つよいやつにかなわずに負まけてしまったのです。 ﹁堅かたい土つちに生はえている、おんばこの茎くきが強つよいんだよ。﹂と、正しょうちゃんは、大おおきな発はっ見けんをしたように叫さけびました。 ﹁そうだよ。人にん間げんだって同おなじいじゃないか……。﹂と、善ぜんちゃんは、いいました。 私わたしは、﹁はたして、そうだろうか？﹂と、疑うたがわざるを得えなかったのです。なぜなら、孝こうちゃんの家うちは、お父とうさんがないのに、また姉ねえさんが病びょ気うきで、一家かは不ふじ自ゆ由うをしつづけている。それだのに、孝こうちゃんだって、けっして、強つよそうに、見みえなかったからです。 ﹁例れい外がいがあるさ。貧びん乏ぼう人にんのほうが、金かね持もちより、病びょ気うきでたくさん死しぬんだというよ。﹂ ﹁そうかい。かわいそうだな。﹂ みんなは、思おもい思おもいに、心こころの中なかでなにをか空くう想そうしたのであります。 このとき、行ぎょ商うしょうに歩あるく、三ちゃんのおばさんが、町まちからの帰かえりとみえて、大おおきな荷にを負しょって、原はらを通とおりかかりましたが、三人にんが、おんばこで相すも撲うを取とっているのを見みると、にっこり笑わらって立たち止どまりました。 このおばさんは、村むらでの物もの知しりでありました。よく、世せけ間んを歩あるくからでありましょうが、どうして、こんなにいろいろのことを知しっているかと思おもわれるほど、いろいろの話はなしを知しっていました。なんの病びょ気うきには、なんの草くさの根ねを煎せんじて飲のめばなおるとか、どういう顔かおつきの人ひとは、どういう運うん命めいをもって、生うまれてきたとかいうようなことまで知しっていました。そうかと思おもうと、いま西さい京きょうでは、こういう着きも物のの柄がらがはやるとか、東とう京きょうの人ひとは、こういう品しなを好このむとか、そういうような話はなしも知しっていました。 しばらく、だまって、子こど供もたちの遊あそぶのを見みていましたが、おばさんは、また、おんばこについて、不ふ思し議ぎな話はなしをしたのであります。 私わたしは、そのときの話はなしを覚おぼえています……そして、いつになってもおそらく、忘わすれることはないでしょう。おばさんの話はなしには、――おんばこは、不ふ思し議ぎな草くさだ、およそ、この草くさの花はなの茎くきは、一本ぽんが普ふつ通うである。しかし、まれには、二本ほんの股またに分わかれた茎くきがあるということでした。そのおんばここそ、この世よの中なかの神しん秘ぴを解といてみせる力ちからがありました。神かみさまは、たまたまこうして、草くさ木きに、自じぶ分んの力ちからを示しめすというのです。 ﹁金かねのわらじをはいて、さがしても、二ふた股またのおんばこがあったら、取とっておくものだ。この野のは原らに、こんなにたくさんあるが、二ふた股またのおんばこはないかね？﹂と、おばさんは、いいました。 ﹁おばさん、いくらさがしたってないだろう。﹂ ﹁ないということもない。あるという話はなしだから。﹂ ﹁おばさん、あったら、なんにするの？﹂ 私わたしたちは熱ねっ心しんに、おばさんの話はなしに耳みみをかたむけていました。 ﹁昔むかしから、労ろう症しょうという病やまいはあったのだ。ぴんぴん働はたらいていた人ひとが、だんだん元げん気きが衰おとろえていって、青あおい顔かおつきになり、手てあ足しがやせて、目めばかり大おおきく見みえ、そして、どこが悪わるいということもなく死しんでしまう、いまは、結けっ核かくなんていうが、昔むかしは、魔まがついて、人にん間げんの生いき血ちを吸すうのだといったものだ。それを、二ふた股またのおんばこを乾ほしておいて、燈とう心しんのかわりに、真まよ夜な中か、病びょ人うにんの眠ねむっているまくらもとにともすと、そのへやの中なかに同おなじ人にん間げんが、二ふた人りまくらを並ならべて、うりを二つに割わったように、かわらずに眠ねむっている。その中なかの一ひと人りが、ほんとうの人にん間げんで、一ひと人りが、魔まも物のの化ばけたのだ。それはいくら親おや兄きょ弟うだいでも、見み分わけがつかないという話はなしだ……。﹂ おばさんの話はなしは、奇きか怪いであります。みんなは、聞きいているうちに、気き味みが悪わるくなりました。野のは原らの上うえには、日ひが当あたっていたけれど。 ﹁おばさん、ほんとうのこと……。﹂ ﹁ああ、それで、魔まも物のを殺ころしてしまえば、本ほん人にんの病びょ気うきは助たすかるが、あやまって、本ほん人にんを殺ころしたら、とりかえしのつかぬことになってしまう。だれにも、その見み分わけがつかないから、どうすることもできない。﹂ ﹁魔まも物のだと思おもって、人にん間げんを殺ころしてしまったら、たいへんだからね。﹂と、正しょうちゃんは、感かん歎たんしていいました。 ﹁それで、どうしたらいいの？﹂と、善ぜんちゃんは、おばさんの意いけ見んを聞きいたのでありました。 それは、おばさんにもわからなかったようです。 ﹁なにか、しるしをつけておいたらよさそうなものだが、それが魔まも物のだから、なにをしたって知しっている……。こればかりは、どんな勇ゆう気きのある人ひとだって、思おもいきってやることはできないよ。まあ、魔まも物のを見みるだけでも、二ふた股またのおんばこがあればできるから、見みつかったら、取とっておきなさいね。﹂ 大おおきな荷にを負しょったおばさんは、こういい残のこしていってしまいました。 私わたしたちは、もう、おんばこで相すも撲うを取とることなどは、忘わすれてしまって、おばさんのいったことが、ほんとうかと議ぎろ論んしました。 ﹁二ふた股またのおんばこなんて、どこにもないものだから、そんな話はなしを作つくったんだね。﹂ ﹁そうかもしれないよ。また、肺はい結けっ核かくにかかれば、たいていなおらないから、そんな話はなしを作つくったのかもしれない。﹂ ﹁きっとそうだよ。ありそうで、なかったり、なおりそうで、なおらないようなものを昔むかしの人ひとは、たとえ話ばなしに作つくったのかもしれない。﹂ 三人にんは、思おもい、思おもいの意いけ見んをいいましたが、私わたしは、またしても孝こうちゃんの哀あわれな姿すがたが目めに浮うかんだのでした。 ﹁貧びん乏ぼうでも孝こうちゃんは、強つよくないよ。そして、姉ねえさんも、工こう場ばへいっていたのが、病びょ気うきになって帰かえってきたのだろう。孝こうちゃんは、お母かあさんを助たすけて、納なっ豆とうを売うったり、近きん所じょのお使つかいなどをしていたのに、このごろ、顔かおつきがわるい。姉ねえさんの病びょ気うきがうつったのだろうというぜ。もし、それが、ほんとうだったら、かわいそうじゃないか……。﹂と、私わたしは、いいました。 ﹁ほんとうに、かわいそうだな。﹂と、正しょうちゃんも善ぜんちゃんも、急きゅうに、しおれたのです。 ﹁僕ぼくは、孝こうちゃんの背せな中かに、ほくろのあるのを知しっているよ。いっしょに、川かわで泳およいだときに見みたんだもの……。﹂と、善ぜんちゃんがいいました。 ﹁僕ぼくも知しっている。﹂と、私わたしも、孝こうちゃんの背せな中かのほくろを思おもい出だしました。 ﹁悪あく魔まに知しれるといけないから、だまっておいで……。﹂と、正しょうちゃんがいいました。 三人にんは、それで、おばさんのいったことがほんとうであってくれればいいという気きに、いつしかなったのです。それなら、三人にんの力ちからで、悪あく魔まを殺ころして、哀あわれな孝こうちゃんの一家かを救すくってやりたいという気きになったからでした。 ﹁二ふた人りの孝こうちゃんが、まくらを並ならべて眠ねむっているんだね。そうしたら、すぐに、二ふた人りとも着きも物のを脱ぬがしてみるのだ。そして、ほくろのないのは、悪あく魔まだから、そいつを殺ころしてやるんだ。すると、孝こうちゃんの病びょ気うきもなおれば、また、姉ねえさんの病びょ気うきもなおってしまうだろう。﹂ ﹁悪あく魔まは、ほくろのあることを知しっているだろうか？﹂ ﹁知しっていたっていいよ。僕ぼくは、いつか孝こうちゃんが転ころんで、どこかにちょっと傷きずあとのあるのを知しっているのだ。﹂と、善ぜんちゃんが、いいました。 ﹁どこに？﹂と、正しょうちゃんが、たずねた。 ﹁悪あく魔まが聞きいているといけないから、だまっていよう。﹂と、善ぜんちゃんは、注ちゅ意うい深ぶかくいいませんでした。 ﹁それにしたって、二ふた股またのおんばこを、見みつけなければだめだろう……。﹂と、私わたしがいったので、 ﹁みんなで、どうしても、二ふた股またのおんばこを見みつけよう。﹂と誓ちかって、三人にんは、熱ねっ心しんに草くさ原はらを、二ふた股またのおんばこを見みつけに歩あるきまわったのです。 ﹁見みつかれしょ、見みつかれしょ、二ふた股またのおんばこ見みつかれしょ。﹂ 白しろい雲くもは、無むし心んに空そらを流ながれてゆきました。いろいろの虫むしが草くさ原はらから飛とび立たちました。キチキチと翅はねを鳴ならして、ばったが飛とぶかと思おもうと、大おおきなかまきりが、頭あたまをもたげました。そのほか、美うつくしいちょうが花はなにとまっていたり、へびが光ひかる体からだをあわてて、草くさ深ぶかい中なかに隠かくすのもありました。 三人にんは、この夏なつの真まひ昼る間ま、不ふ思し議ぎな夢ゆめを見みつづけて、日ひのうす暗ぐらくなるまで、野のは原らの中なかを駆かけまわっていたのでした。