たいへんに、金かねをもうけることの上じょ手うずな男おとこがおりました。人ひとの気きのつかないうちに、安やすく買かっておいて、人にん気きがたつとそれを高たかく売うるというふうでありましたから、金かねがどんどんたまりました。 土と地ちでも、品しな物ものでも、この男おとこがこうとにらんだものは、みんなそういうふうに値ねが出でたのであります。この男おとこと、こういうことで競きょ争うそうをしたものは、たいてい負まけてしまいました。そして、この男おとこは、いつかだれ知しらぬものがないほどの大おお金がね持もちとなったのであります。 ある年とし、たいそう不ふけ景い気きがきたときです。あわれな不ふぐ具し者ゃが、この金かね持もちの門もんに立たちました。 ﹁どうぞ、私わたしをご主しゅ人じんにあわせてください。私わたしは、もとあなたの会かい社しゃに使つかわれたものです。﹂といいました。 番ばん頭とうは、しかたなく、これを主しゅ人じんに伝つたえました。 ﹁ああそうか、私わたしが出でてあおう。﹂といって、金かね持もちは、玄げん関かんへ出でました。すると、不ふぐ具し者ゃは、 ﹁その後ご、不ふこ幸うつづきで、そのうえけがをして、こんなびっこになってしまいました。働はたらくにも、働はたらきようがありません。どうぞ、めぐんでください。﹂と、訴うったえました。 金かねがたまると、だれでも、やさしくなるものです。ことに、この金かね持もちは、涙なみだもろい性せい質しつでありましたから、 ﹁それは、困こまるだろう。﹂といって、めぐんでやりました。あわれな男おとこは、喜よろこんで帰かえってゆきました。 すると、翌よく日じつは、別べつの不ふぐ具し者ゃがやってきました。 ﹁私わたしは、片かた腕うでをなくなしました。働はたらくにも働はたらきようがありません。どうぞ、おめぐみください。﹂と、訴うったえました。 金かね持もちは、なるほど、それにちがいないと考かんがえましたから、いくらかめぐんでやりました。 一日にちに、二ふた人りや、三人にんは、金かね持もちにとって、なんでもなかったけれど、いつしか、このうわさがひろまるにつれて、十人にん、二十人にんと、毎まい日にち金かね持もちの門もんの前まえには、もらいのものが黒くろい山やまを築きずきました。 不ふぐ具し者ゃばかりでない、なかには、働はたらけそうな若わか者ものもありました。そういうものには、金かね持もちが、きびしくただしますと、内ない臓ぞうに病びょ気うきがあったり、また探さがしても仕しご事とがなかったり、聞きけば、いろいろ同どう情じょうすべき境きょ遇うぐうでありまして、一ひと人りに与あたえて、一ひと人りに断ことわるということができなかったので、しかたなく金かね持もちは、みんなに金かねを分わけてやりました。 しかし、限かぎりなく、毎まい日にち毎まい日にち、あわれな人ひとたちがもらいにくるので、金かね持もちは、まったくやりきれなくなってしまいました。 ﹁これは、どうしたらいいだろう、俺おれの力ちからで、困こまったものをみんな養やしなってゆくということはできない。またそんな理りゆ由うもないのだ……。﹂ こう、金かね持もちは考かんがえると、いっそ、みんなを断ことわってしまったがいいと思おもいましたから、翌よく日じつから、門もんの扉とびらを堅かたく閉しめたので、だれも中なかへはいれませんでした。 こうなると、いままで、救すくってもらったものが、まったく食たべられなくなって、餓が死ししたものもあります。世せけ間んでは、急きゅうに、金かね持もちの冷れい淡たんを責せめました。新しん聞ぶんは、金かね持もちに、なんで、困こまったものを見み捨すてたかと書かきました。 金かね持もちは、とうとういたたまれなくなって、どこか、人ひと々びとから目めのとどかないところへいって、考かんがえようと思おもったのです。 彼かれは、にぎやかな都とか会いから、こっそりと逃にげ出だして、船ふねに乗のりました。そして、できるだけ遠えん方ぽうへゆこうとしました。船ふねの中なかで、 ﹁や、こんなばかげた話はなしはありません。私わたしが、まちがっていましたろうか？﹂と、金かね持もちは、ものわかりのしそうな人ひとに話はなしました。 ﹁ほんとうに困こまっているのか、どうか、お見み分わけがつきませんでしたか……。﹂と、別べつの人ひとが、口くちをいれました。 ﹁はじめて顔かおを見みたものに、どうしてそれがわかりましょう？﹂と、金かね持もちは、目めをまるくしました。 ﹁いや、ごもっともの話はなしです。おそらく、みんなが困こまっているからでしょう。そして、あなたが、逃にげ出だしなさるのも道どう理りと思おもいます。ここから、百里りばかりへだたった、Ａエー港みなとというところは、ちょうど、あなたのおいでなさるのに、いいところです。﹂と、ものわかりのした人ひとは、教おしえてくれました。 金かね持もちは、どこへゆこうというあてもなかったから、Ａエー港みなとにゆくことにしました。ある日ひ、船ふねは、その港みなとについたので、金かね持もちは、上じょ陸うりくしました。 その町まちは静しずかな、なんとなく、なつかしい町まちでありました。気きこ候うもよく、住すんでいる人ひと々びとの気き持もちも平へい和わでいるように見み受うけられました。 彼かれは、いろいろのところへ旅りょ行こうもしましたが、こんないいところは、はじめてでした。いいところをあの人ひとは教おしえてくれたと感かん謝しゃしました。 町まちのようすは、たいして変かわってはいなかったが、たいへんに、気き持もちがいいのでした。 ﹁どうして、この土と地ちは、こう平へい和わなんだろうな。﹂と、歩あるきながら考かんがえました。 あちらから、人ひとのよさそうな、おじいさんがやってきましたから、金かね持もちは、近ちか寄よって、 ﹁たいへん、あなたたちは、ゆったりとしていられますが、気きこ候うがいいからでしょうか。それとも金かねがあって、豊ゆたかなためでしょうか？﹂と、問といました。 すると、おじいさんは笑わらって、 ﹁いいえ、まだ、この土と地ちが開ひらけないからです。それに、そう欲よくの深ふかいものがいないからです。だんだんこの港みなとに、船ふねがたくさんはいってきて、方ほう々ぼうの人ひと々びとが出で入いりするようになりますと、町まちもにぎやかになりますかわり、暮くらしづらくなりますよ。なかには、そうなるのを望のぞむものもありますが、私わたしたちは、かくべつ繁はん昌じょうしなくとも、いつまでも平へい和わに暮くらしてゆくのを望のぞんでいます。﹂と、答こたえました。 金かね持もちは、不ふ思し議ぎに思おもいました。 ﹁繁はん昌じょうすると、平へい和わにならないというのは、どういうわけですか？﹂と、またたずねました。老ろう人じんはあいかわらず笑わらって、 ﹁同おなじいような店みせが、いくつもできるようになります。そして、それらが、みんなよくやっていくには、たがいに競きょ争うそうしなければなりません。いまは、日ひが暮くれれば、じきに休やすみますが、そうなれば、夜よるもおそくまで働はたらいたり、起おきていなければなりません。﹂といいました。 彼かれは、なるほど、それにちがいないと思おもいました。 ﹁いつまでも、静しずかな平へい和わな町まちであれ。﹂と、金かね持もちは、心こころの中うちで祈いのって、おじいさんと別わかれて、あちらへ歩あるいてゆきました。小ちいさな町まちがつきると、丘おかがありました。彼かれは、丘おかへ上あがりました。 ここには冬ふゆもなく、うららかな太たい陽ようは、海うみを、町まちを、照てらしていました。すこし上あがると、ばらの花はなが咲さいていて、緑みど色りいろの草くさが、いきいきとはえていました。 金かね持もちは、草くさの上うえに腰こしをおろして、たばこをすいながら、絵えに描かいたような、あたりの景けし色きにうっとりと見みとれたのです。 ﹁あのおじいさんのいったことは、ほんとうだ。無むえ益きな欲よくが、かえって人にん間げんを不ふこ幸うにするのだ。そして、欲よく深ふかになったものは、もう二度どと、生うまれたときのような、美うつくしい気き持もちにはなれないのだ。だれとも争あらそわず、仲なかよく暮くらしてゆくのが、本ほん意いなんだ。この世よの中なかが、まちがっていることに気きづかなかったばかりに、俺おれも、いつしか欲よく深ふかい人にん間げんになってしまった。この町まちの人ひと々びとのような平へい和わな生せい活かつがうらやましい……。﹂ 頭あたまの上うえの木きのこずえには、美うつくしい小こと鳥りが、しきりに鳴ないていました。彼かれは、なにを考かんがえるということもなく、夢ゆめを見みるような気き持もちで、小こと鳥りの唄うたにききいっていました。 そこには、金かね持もちもなく、貧びん乏ぼう人にんもなく、ただ、美うつくしい世せか界いがあるばかりでした。