夜よるおそくまで、おじいさんは仕しご事とをしていました。寒さむい、冬ふゆのことで、外そとには、雪ゆきがちらちらと降ふっていました。風かぜにあおられて、そのたびに、さらさらと音おとをたてて、窓まどの障しょ子うじに当あたるのがきこえました。 家いえの内うちに、ランプの火ひは、うす暗ぐらくともっていました。そして、おじいさんが、槌つちでわらを叩たたく音おとが、さびしいあたりに、おりおりひびいたのであります。 このおじいさんは、たいそう酒さけが好すきでしたが、貧まずしくて、毎まい晩ばんのように、それを飲のむことができませんでした。それで、夜よな業べに、こうしてわらじを造つくって、これを町まちに売うりにゆき、帰かえりに酒さけを買かってくるのをたのしみにしていたのであります。 野のは原らも、村むらも、山やまも、もう雪ゆきで真まっ白しろでありました。おじいさんは、毎まい晩ばん根こん気きよく仕しご事とをつづけていたのであります。 こう、雪ゆきが降ふっては、隣となりの人ひとも話はなしにやってくるには難なん儀ぎでした。おじいさんは、しんとした外そとのけはいに耳みみを傾かたむけながら、﹁また、だいぶ雪ゆきが積つもったとみえる。﹂と、独ひとりごとをしました。そして、また、仕しご事とをしていたのであります。 このとき、なにか、窓まどの障しょ子うじにきて突つきあたったものがあります。雪ゆきのかかる音おとにしては、あまり大おおきかったので、おじいさんは、なんだろうと思おもいました。 しかし、こうした大おお雪ゆきのときは、よく小こと鳥りが迷まよって、あかりを見みてやってくることがあるものだと、おじいさんは知しっていました。これはきっとすずめか、やまがらが、迷まよって飛とんできたのだろう。こう思おもって、おじいさんは、障しょ子うじを開あけてみますと、暗くらい外そとからはたして、一羽わの小こと鳥りがへやのうちに飛とび込こんできました。 小こと鳥りは、ランプのまわりをまわって、おじいさんが仕しご事とをしていたわらの上うえに降おりて、すくんでしまいました。 ﹁まあ、かわいそうに、この寒さむさでは、いくら鳥とりでも困こまるだろう。﹂と、おじいさんは小こと鳥りに近ちかづいて、よくその鳥とりを見みますと、それは美うつくしい、このあたりではめったに見みられないこまどりでありました。 ﹁おお、これはいいこまどりだ。おまえは、どこから逃にげてきたのだ。﹂と、おじいさんは、いいました。 こまどりは、野のにいるよりは、たいてい人じん家かに飼かわれているように思おもわれたからです。おじいさんは、ちょうどかごの空あいているのがありましたので、それを出だしてきて、口くちを開ひらいて、小こと鳥りのそばにやると、かごになれているとみえてこまどりは、すぐにかごの中なかへはいりました。 おじいさんは、小こと鳥りが好すきで、以いぜ前んには、いろいろな鳥とりを飼かった経けい験けんがありますので、雪ゆきの下したから青あお菜なを取とってきたり、川かわ魚ざかなの焼やいたのをすったりして、こまどりに餌えを造つくってやりました。 こまどりは、すぐにおじいさんに馴なれてしまいました。おじいさんは、自じぶ分んのさびしさを慰なぐさめてくれる、いい小こと鳥りが家うちにはいってきたものと喜よろこんでいました。 明あくる日ひから、おじいさんは、こまどりに餌えを造つくってやったり、水みずをやったりすることが楽たのしみになりました。そして太たい陽ようが、たまたま雲くも間まから出でて、暖あたたかな顔かおつきで、晴はれ晴ばれしくこの真まっ白しろい世よの中なかをながめますときは、おじいさんは、こまどりのはいっているかごをひなたに出だしてやりました。こまどりは不ふ思し議ぎそうに、雪ゆきのかかった外そとの景けし色きを、頭あたまを傾かたむけてながめていました。そして日ひが暮くれて、またあたりが物もの寂さびしく、暗くらくなったときは、おじいさんは、こまどりのはいっているかごを家いえの中なかに入いれて、自じぶ分んの仕しご事と場ばのそばの柱はしらにかけておきました。 二、三日にちすると、こまどりは、いい声こえで鳴なきはじめたのであります。それは、ほんとうに、響ひびきの高たかい、いい声こえでありました。 おそらく、だれでも、この声こえを聞きいたものは、思おもわず、足あしをとどめずにはいられなかったでしょう。おじいさんも、かつて、こんないいこまどりの声こえを聞きいたことがありませんでした。 ある日ひのこと、酒さか屋やの小こぞ僧うが、おじいさんの家いえの前まえを通とおりかかりますと、こまどりの鳴なく声こえを聞きいてびっくりしました。それは、主しゅ人じんが大だい事じに、大だい事じにしていた、あのこまどりの声こえそっくりであったからです。主しゅ人じんのこまどりは、雪ゆきの降ふる朝あさ、子こど供もがかごの戸とを開あけて逃にがしたのでした。 ﹁こんなに、いい声こえのこまどりは、めったにない。﹂ と、主しゅ人じんは平へい常ぜい自じま慢んをしていました。その鳥とりがいなくなってから主しゅ人じんは、どんなに落らく胆たんをしたことでありましょう。 ﹁どこへ、あの鳥とりは、いったろう。﹂と、主しゅ人じんは朝あさ晩ばんいっているのでした。 小こぞ僧うは、思おもいがけなくこのこまどりの鳴なき声ごえを、道みちを通とおりすがりに聞ききましたので、さっそく、おじいさんの家うちへやってきました。 ﹁お宅たくのこまどりは、前まえからお飼かいになっているのでございますか？﹂と、小こぞ僧うは、たずねました。仕しご事とをしていたおじいさんは、頭あたまを振ふって、 ﹁いや、このこまどりは雪ゆきの降ふる、寒さむい晩ばんに、どこからか、窓まどのあかりを見みて飛とんできたのだ。きっとどこかに飼かってあったものが逃にげてきたと思おもわれるが、小こぞ僧うさんになにか心こころあたりがありますか。﹂と、おじいさんはいいました。 小こぞ僧うは、これを聞きいて、 ﹁そんなら、私わたしの家うちのこまどりです……。﹂と、彼かれは、雪ゆきの降ふる日ひに、子こど供もが逃にがしたこと、主しゅ人じんがたいそう悲かなしがって、毎まい日にちいい暮くらしていることなどを話はなしました。 おじいさんは、柱はしらにかかっているこまどりのかごをはずしてきました。 ﹁このこまどりに見みお覚ぼえがあるか。﹂と、小こぞ僧うに、たずねました。 小こぞ僧うは、自じぶ分んが、朝あさ晩ばん、餌えをやったり、水みずを換かえてやったこともあるので、よくその鳥とりを覚おぼえていましたから、はたして、そのこまどりにちがいないか、どうかとしらべてみました。すると、その毛けい色ろといい、ようすといい、まったく同おなじ鳥とりでありましたので、 ﹁おじいさん、この鳥とりに相そう違いありません。﹂といいました。 ﹁そんなら、早はやく、この鳥とりを持もって帰かえって、主しゅ人じんを喜よろこばしてあげたがいい。﹂と、おじいさんはいいました。 小こぞ僧うは、正しょ直うじきなやさしいおじいさんに感かん心しんしました。お礼れいをいって、こまどりをもらって、家うちから出でかけますと、外そとの柱はしらに酒さけ徳とく利りがかかっていました。それは、空からの徳とく利りでありました。 ﹁おお、おじいさんは、酒さけが好すきとみえる。どれ、主しゅ人じんに話はなしをして、お礼れいに、酒さけを持もってきてあげましょう。﹂と思おもって、小こぞ僧うは、その空からの徳とく利りをも、いっしょに家うちへ持もって帰かえりました。 主しゅ人じんは、いっさいの話はなしを小こぞ僧うから聞きいて、どんなに喜よろこんだかしれません。﹁おじいさんにこれから、毎まい日にち徳とく利りにお酒さけを入いれて持もってゆくように。﹂と、小こぞ僧うにいいつけました。 小こぞ僧うは、徳とく利りの中なかへ酒さけを入いれて、おじいさんのところへ持もってまいりました。 ﹁おじいさん、柱はしらにかかっていた徳とく利りに、お酒さけを入いれてきました。どうか、めしあがってください。﹂といいました。 おじいさんは、喜よろこびましたが、そんなことをしてもらっては困こまるからといいました。 ﹁私わたしは、町まちへわらじを持もっていって帰かえりに酒さけを買かおうと思おもって、徳とく利りを、柱はしらにかけておいたのだ。﹂と、おじいさんはいいました。 小こぞ僧うは、主しゅ人じんのいいつけだからといって、酒さけのはいっている徳とく利りをまた柱はしらにかけて、 ﹁おじいさん、酒さけがなくなったら、やはり、この柱はしらに、空からの徳とく利りをかけておいてください。﹂といいました。 おじいさんは、酒さけが好すきでしたから、せっかく持もってきたものをと思おもって、さっそく、徳とく利りを取とってすぐに飲のみはじめたのであります。 酒さけを飲のむと、おじいさんは、ほんとうに、いい気き持もちになりました。いくら、家いえの外そとで、寒さむい風かぜが吹ふいても、雪ゆきが降ふっても、おじいさんは火ひのかたわらで酒さけを飲のんでいると、暖あたたかであったのです。 酒さけさえあれば、おじいさんは、寒さむい夜よを夜よな業べまでしてわらじを造つくることもしなくてよかったので、それから夜よるも早はやくから床とこにはいって眠ねむることにしました。おじいさんは眠ねむりながら、吹ふぶ雪きが窓まどにきてさらさらと当あたる音おとを聞きいていたのであります。 明あくる朝あさ、おじいさんは、目めをさましてから、戸とぐ口ちに出でて、柱はしらを見みますと、昨きの日う空からの徳とく利りを懸かけておいたのに、いつのまにか、その徳とく利りの中なかには、酒さけがいっぱい、はいっていました。 ﹁こんなにしてもらっては、気きの毒どくだ。﹂と、おじいさんは、はじめのうちは思おもいましたが、いつしか毎まい日にち、酒さけのくるのを待まつようになって、仕しご事とは、早はやく片かたづけて、後あとは、火ひのかたわらでちびりちびりと酒さけを飲のむことを楽たのしみとしたのであります。 ある日ひのこと、おじいさんは柱はしらのところにいってみますと、空からの徳とく利りが懸かかっていました。 ﹁これは、きっと小こぞ僧うさんが忘わすれたのだろう。﹂と思おもいました。 しかし、その翌よく日じつも、その翌よく日じつも、そこには、空からの徳とく利りがかかっていました。 ﹁ああきっと、永ながい間あいだ酒さけをくれたのだが、もうくれなくなったのだろう。﹂と、おじいさんは思おもいました。 おじいさんは、また、自じぶ分んから働はたらいて、酒さけを買かわねばならなくなりました。そこで、夜よるはおそくまで、夜よな業べをすることになりました。 ﹁なんでも、他たに人んの力ちからをあてにしてはならぬ。自じぶ分んで働はたらいて自じぶ分んで飲のむのがいちばんうまい。﹂と、おじいさんは、知しったのであります。 しばらくたつと、酒さか屋やの小こぞ僧うがやってきました。 ﹁じつは、せんだってまたこまどりが、どこかへ逃にげてしまったのです。もう、ここへはやってきませんか？﹂といいました。 おじいさんはそれで、はじめてもう酒さけを持もってきてくれないことがわかったような気きがしました。 ﹁どうして、大だい事じなこまどりを二度ども逃にがしたのですか。﹂と、おじいさんは怪あやしみました。 ﹁こんどは、主しゅ人じんが、ぼんやりかごの戸とを開あけたままわき見みをしているうちに、外そとへ逃にげてしまったのです。﹂と、小こぞ僧うは答こたえました。 ﹁それが、もし、おまえさんが逃にがしたのならたいへんだった。﹂と、おじいさんは、笑わらって、 ﹁どんな人にん間げんにも、あやまちというものがあるものだ。﹂といいました。 おじいさんは、毎まい晩ばん、夜よるおそくまで仕しご事とをしたのであります。またおりおり、ひどい吹ふぶ雪きもしたのでした。 おじいさんはうす暗くらいランプの下したで、わらをたたいていました。吹ふぶ雪きがさらさらと、窓まどに当あたる音おとが聞きこえます。 ﹁ああ、こんやのような晩ばんであったな。こまどりが吹ふぶ雪きの中なかを、あかりを目めあてに、飛とび込こんできたのは。﹂と、おじいさんは独ひとり言ごとをしていました。 ちょうど、そのとき、おりもおり窓まどの障しょ子うじにきてぶつかったものがあります。バサ、バサ、バサ……おじいさんは、その刹せつ那な、すぐに、小こと鳥りだ……こまどりだ……と思おもいました。そして、急いそいで障しょ子うじを開あけてみますと、窓まどの中なかへ、小こと鳥りが飛とびこんできて、ランプのまわりをまわり、いつかのように、わらの上うえに降おりて止とまりました。 ﹁こまどりだ！﹂と、おじいさんは思おもわず叫さけんだのです。 おじいさんは、このまえにしたように、また、かごの空あいたのを持もってきて、その中なかにこまどりを移うつしました。それから、雪ゆきを掘ほって、青あお菜なを取とり、また川かわ魚ざかなの焼やいたのをすったりして、こまどりのために餌えを造つくってやりました。 おじいさんは、そのこまどりはいつかのこまどりであることを知しりました。 そして、それを、酒さか屋やの小こぞ僧うに渡わたしてやったら、主しゅ人じんがどんなに喜よろこぶだろうかということを知しりました。 そればかりではありません。おじいさんは、このこまどりを酒さか屋やへやったら、先せん方ぽうは、また大おおいに喜よろこんで、いままでのように、毎まい日にち、自じぶ分んの好すきな酒さけを持もってきてくれるに違ちがいないということを知しりました。 おじいさんは、どうしたら、いいものだろうと考かんがえました。 こまどりは、おじいさんのところへきたのを、うれしがるように見みえました。そして、その明あくる日ひからいい声こえを出だして、鳴ないたのであります。 おじいさんは、このこまどりの鳴なき声ごえを聞ききつけたら、いまにも酒さか屋やの小こぞ僧うが飛とんでくるだろうと思おもいました。 寒さむい、さびしかった、永ながい冬ふゆも、もうやがて逝ゆこうとしていたのであります。たとえ吹ふぶ雪きはしても、空そらの色いろに、はや、春はるらしい雲くもが、晩ばん方がたなどに見みられることがありました。 ﹁もう、じきに春はるになるのだ。﹂と、おじいさんは思おもいました。 山やまから、いろいろの小こと鳥りが、里さとに出でてくるようになりました。日ひの光ひかりは、一日にちましに強つよくなって、空そらに高たかく輝かがやいてきました。おじいさんは、こまどりのかごをひなたに出だしてやると、さも広ひろ々びろとした大おお空ぞらの色いろをなつかしむように、こまどりはくびを傾かたむけて、止とまり木ぎにとまって、じっとしていました。 ﹁ああ、もう春はるだ。これからは、そうたいした吹ふぶ雪きもないだろう。昔むかしは広ひろい大おお空ぞらを飛とんでいたものを、一生しょうこんな狭せまいかごの中なかに入いれておくのはかわいそうだ。おまえは、かごから外そとへ出でたいか？﹂と、おじいさんは、こまどりに向むかっていっていました。 こまどりは、しきりに、外そとの世せか界いに憧あこがれていました。そして、すずめやほかの小こと鳥りが、木きの枝えだにきて止とまっているのを見みて、うらやましがっているようなようすに見みえました。 おじいさんは、酒さか屋やへいってかごの中なかにすむのと、また、広ひろい野のは原らに帰かえって、風かぜや、雨あめの中なかを自じゆ由うに飛とんですむのと、どちらが幸こう福ふくであろうかと、小こと鳥りについて考かんがえずにはいられませんでした。 また、酒さけの好すきなおじいさんは、この小こと鳥りを酒さか屋やに持もっていってやれば、これから毎まい日にち自じぶ分んは、夜よな業べをせずに、酒さけが飲のまれるのだということをも思おもわずにはいられませんでした。しかし、おじいさんはついに、こまどりに向むかって、 ﹁さあ、早はやくにげてゆけ……そして、人にん間げんに捕つかまらないように、山やまの方ほうへ遠とおくゆけよ。﹂といって、かごの戸とを開あけてやりました。 もう、気きこ候うも暖あたたかくなったのでこまどりは、勇いさんで、夕ゆう暮ぐれ方がたの空そらを、日ひの落おちる方ほうに向むかって飛とんでゆきました。その後のちまた、吹ふぶ雪きの夜よはありましたけれど、こまどりは、それぎり帰かえってはきませんでした。