ある田いな舎かに、二じろ郎うという子こど供もがありました。よく隣となりの家うちへ遊あそびにゆきました。 その家うちには、二じろ郎うといっしょになって、遊あそぶような子こど供もはなかったけれど、女にょ房うぼうは、二じろ郎うをかわいがってくれました。 ﹁おばさん、あの赤あかいかきの葉はをとっておくれよ。﹂と、二じろ郎うは、裏うらにあったかきの葉はをさしていうと、女にょ房うぼうは、仕しご事とをしながら、 ﹁いま、これが終おえたら、取とってあげますよ。﹂ と答こたえて、仕しご事とがすむと、さおを持もってきて、二じろ郎うのほしいというかきの葉はを取とってくれたこともあります。 ﹁おばさん、つるを折おっておくれよ。﹂と、二じろ郎うは頼たのむと、女にょ房うぼうは、 ﹁はい、はい、いまこれがすむと折おってあげますから待まっておいでなさいね。﹂といいました。 二じろ郎うは、女にょ房うぼうの仕しご事とをしているそばで、おとなしく遊あそんでいました。そして、おりおり、その方ほうを見みては、 ﹁おばさん、まだかい。﹂と、催さい促そくをしたのであります。 女にょ房うぼうの家うちは、貧まずしかったのであります。主しゅ人じんは、行ぎょ商うしょうをして、晩ばん方がた、暗くらくならなければ帰かえってこなかったのでした。せがれは、旅たびへ奉ほう公こうにやられて、女にょ房うぼうは、主しゅ人じんの留る守すも家うちでいろいろな仕しご事とをしたり、手てな内いし職ょくに封ふう筒とうを貼はったりしていたのでした。 ﹁おまえは、よくお隣となりへゆくが、おかみさんの仕しご事との邪じゃ魔まをしてはいけないよ。﹂と、おばあさんは、二じろ郎うにいい聞きかせたのです。 しかし、二じろ郎うは、隣となりへ遊あそびにゆきました。ゆけば、人ひとのよい女にょ房うぼうは、 ﹁二じろ郎うちゃん、遊あそびにきたのかね。﹂といって、心ここ持ろもちよく迎むかえてくれました。そして、二じろ郎うが遊あそびに飽あきて帰かえろうとすると、 ﹁転ころばんように、お帰かえり。また、遊あそびにきなさいね。﹂と、いってくれたのであります。 秋あきも老ふけて、末すえになると、いつしかかきの木きは坊ぼう主ずになってしまって、寒さむい木こ枯がらしが、昼ひるも夜よるも吹ふきさらしました。そして、日ひは短みじかくなって、昼ひるになったかと思おもうと、じきに晩ばんとなり暗くらくなったのでした。 からすが、悲かなしそうに鳴ないて、村むらの中なかはさびしげに見みえ、とうとう雪ゆきの降ふる冬ふゆになってしまいました。 雪ゆきが降ふって、地ちの上うえに積つもると、二じろ郎うは、外そとへ出でて遊あそぶことができないから、いままでよりも、もっとたびたび、隣となりの家うちへ遊あそびにゆくようになりました。 女にょ房うぼうは、明あかるい、障しょ子うじ窓まどの下したへ、箱はこを置おいて、それを台だいにして、上うえで封ふう筒とうを貼はっていました。日ひが当あたると、屋や根ねの雪ゆきが解とけて、ポトリポトリと音おとをたて、障しょ子うじに黒くろい影かげをうつして落おちるのでした。二じろ郎うは、げたについた雪ゆきを、入いり口ぐちの柱はしらでたたいて、落おとしてから、 ﹁おばさん……。﹂といって、入はいってきました。 二じろ郎うのおばあさんは、あまり、たびたび二じろ郎うが、隣となりへいって邪じゃ魔まをするので、 ﹁二じろ郎うや、いくら、お隣となりのおかみさんは、いい人ひとでも、そう毎まい日にちいっては、しまいにきてくれるなというから、あまりゆくのじゃない。﹂といいました。 ﹁おばあさん、おかみさんは、いやな顔かおなんかしないよ。﹂と、二じろ郎うは答こたえました。 ﹁それは、いけば、いやな顔かおなんかしないけれど、心こころの内うちでは、毎まい日にち、仕しご事との邪じゃ魔まをしてうるさい子こだと思おもっていなさるだろう……。﹂と、おばあさんはいいました。 ちょうど、その明あくる日ひのことです。二じろ郎うは静しずかに足あし音おとのしないように、隣となりの家うちの入いり口ぐちからはいってゆきました。 ﹁おかみさんは、どんな顔かおをしているだろう？﹂と、二じろ郎うは、思おもったからです。 二じろ郎うは、玄げん関かんの障しょ子うじの穴あなから、おかみさんの仕しご事とをしている方ほうをながめました。そして、びっくりしました。それは、いつものやさしい女にょ房うぼうでなく、怖おそろしい、三みつ目めの化ばけものが、箱はこの前まえにすわって仕しご事とをしていたからです。 二じろ郎うは、家うちへ走はしり帰かえってこたつの中なかへもぐり込こんで、小ちいさくなっていました。 ﹁二じろ郎うや、どうかしたか？ おかみさんにしかられでもしたのだろう……。﹂と、おばあさんは、笑わらいながらいわれました。 二じろ郎うは、不ふ思し議ぎなことがあればあるものだと思おもった。 ﹁おばあさん、隣となりのおかみさんは、三みつ目めのお化ばけにばけていたよ。﹂といいました。 ﹁おまえは、なにをいう？﹂と、おばあさんは、やはりこたつに当あたりながら、笑わらっていわれました。 ﹁おばあさん、うそでない、ほんとうだから。﹂と、二じろ郎うは、こういいながら、なおも怖おそろしがってふとんを頭あたまからかぶっていました。 ﹁おまえが見みたのなら、お化ばけかもしれない。﹂ ﹁そんなら、隣となりのおかみさんは、お化ばけ？﹂ ﹁なんともいえない。﹂と、おばあさんは、笑わらいました。 ﹁どうして、隣となりのおかみさんは、お化ばけなの？﹂と、二じろ郎うはおばあさんに、しつこくたずねました。 ﹁おまえが見みたというからさ。あまりたびたびゆくと、お化ばけに食たべられるから、もうゆかないほうがいい。﹂と、おばあさんはいわれました。 二じろ郎うは、翌よく日じつから、隣となりへ遊あそびにいかなくなりました。そして、家うちにばかりいて、おばあさんを相あい手てにいろいろなことをねだったり、わがままをいいました。おばあさんは、困こまって、 ﹁二じろ郎うや、すこし、お隣となりへでもいって遊あそんでこい。このごろは、ちっとも隣となりへいかないのう。﹂といわれました。 おばあさんがいけといわれても、二じろ郎うは、どうしてもゆく気きになりませんでした。そして、いつか三みつ目めの化ばけものが、箱はこの前まえにすわって仕しご事とをしていたことを思おもい出だすと、ぞっと身みの毛けがよだったのでした。 いままで、毎まい日にちのように、二じろ郎うが遊あそびにきたのに急きゅうにこなくなったので、隣となりの女にょ房うぼうはどうしたのだろうと思おもいました。それで、ある日ひ、二じろ郎うの家うちへきたときに、おばあさんにそのことをたずねました。おばあさんは、いつか、二じろ郎うが、いったとき、おかみさんでなく、三みつ目めの化ばけものが、仕しご事とをしていたといって、それから、いかないようです、と答こたえたのです。 すると、隣となりのおかみさんは、声こえをたてて笑わらいました。 ﹁町まちへいったとき、二じろ郎うちゃんに上あげようと思おもって買かってきた面めんを、もう遊あそびにきなさるころだと思おもってかぶって仕しご事とをしていたのを、二じろ郎うちゃんが見みて、びっくりなさったのですよ。﹂と、おかみさんはいいました。 この話はなしで、みんなが大おお笑わらいをしました。やがて、春はるになりました。子こど供もは外そとへ出でて遊あそぶようになり、二じろ郎うは、その年としから学がっ校こうへゆくことになりました。そして、しぜん、隣となりの家うちへもいままでのように、たびたびゆかなくなったのであります。