一
みんなは、なにかすてきに、おもしろいことがないかと、思おもっているのです。敏としちゃんも、もとより、その一ひと人りでありました。往おう来らいで、義よっちゃんや、武たけちゃんや、かつ子こさんたちが、集あつまって、なにか見みて笑わらっています。 ﹁なんだろう?﹂と、敏としちゃんは、走はしってゆきました。 義よっちゃんが、真まっ黒くろな砂さて鉄つを紙かみの上うえにのせて、両りょ手うてで持もっていると、武たけちゃんが、磁じし石ゃくで、紙かみの裏うらを摩こすっています。すると、砂さて鉄つがむくむくと虫むしのはうように、磁じし石ゃくのいく方ほうについて動うごくのでした。 ﹁おもしろいのね。﹂ ﹁不ふ思し議ぎだろう。﹂と、武たけちゃんが、自じぶ分んもそれに見みとれて頭あたまを傾かたむけていました。 ﹁僕ぼく、たくさん砂さて鉄つを取とったのだけれど、洗あらったら、これんばかしになったのだよ。﹂ 義よっちゃんは、砂さて鉄つの入はいっているびんをポケットから出だして、見みせていました。 これを見みると敏としちゃんは、にやりと笑わらいました。自じぶ分んも大おおきな磁じし石ゃくを家いえに持もっていると思おもったからです。それは、いつかお隣となりの兄にいさんから、もらったものです。もう赤あかく塗ぬったところがだいぶはげていたけれど、もとは、いい磁じし石ゃくだったのです。 明あくる日ひ、敏としちゃんは、学がっ校こうへいくと、休やすみの時じか間んに、運うん動どう場じょうの砂すな場ばで、小こや山まといっしょに砂さて鉄つを取とるのに夢むち中ゅうになっていました。小こや山まの磁じし石ゃくは、敏としちゃんのより、形かたちは小ちいさいけれど、赤あかいところも全ぜん部ぶついていて、吸すいつける力ちからは強つよかったのでした。敏としちゃんの磁じし石ゃくは、大おおきいけれど力ちからが弱よわかったのです。 ﹁君きみ、どれだけ?﹂と、敏としちゃんは、砂さて鉄つを取とるのに、負まけるような気きがして、きくと、小こや山まは、 ﹁まだ、こればかしさ。﹂といって、しわくちゃになった、どろだらけの紙かみを開ひらいて見みせました。 ﹁たくさん取とれたね。僕ぼくの磁じし石ゃくは、だめだ。﹂と、敏としちゃんは、自じぶ分んの磁じし石ゃくが、ただ大おおきいばかりだというのが、なんとなく歯はがゆくなりました。 ﹁それに、電でん気きをかけると強つよくなるのだぜ。﹂と、小こや山まが教おしえました。 ﹁電でん気き?﹂ 敏としちゃんは、そのことを、はじめて知しったのです。さっきから、この不ふ思し議ぎな力ちからは、いったいどこからくるものかということを考かんがえていたのでした。大おおきくなれば、わかるだろう。けれど、あの太たい陽ようをだれが造つくったのかわからないうちは、あるいは、この力ちからもどこから生うまれるかということはわからないのかもしれないと、思おもいながら、茫ぼう然ぜんとして、青あお空ぞらを仰あおいだのでした。 ﹁君きみっ、ベルが鳴なってしまったんだ!﹂ こう叫さけぶと、小こや山まは、あわててはね上あがりました。敏としちゃんも、驚おどろいて、運うん動どう場じょうに人ひとがいないのに気きづくと、急いそいで小こや山まの後あとを追おって、教きょ室うしつへ駆かけつけたのです。 先せん生せいは、後おくれてきた二ふた人りを、じっとごらんになりましたが、黙だまっていらっしゃいました。敏としちゃんは、お座ざについたけれど、しばらく心しん臓ぞうがどきどきとしていました。二
﹁磁じし石ゃくに、電でん気きをかけると、強つよくなるってほんとう?﹂ 敏としちゃんは、小こや山まのいったことを義よっちゃんにききました。義よっちゃんは、敏としちゃんよりは、一年ねん上うえの組くみです。 ﹁ほんとうさ、電でん車しゃの通とおったすぐ後あとへ、レールに磁じし石ゃくをつけると、電でん気きがかかって、強つよくなるのだよ。僕ぼくたち、これからいくのだが、君きみもいかない?﹂と、義よっちゃんは、いいました。 ﹁レールに、磁じし石ゃくをつけるの?﹂ 日ひごろ、お母かあさんに、電でん車しゃ道みちへいって、遊あそんではいけないと、堅かたくいいきかされているので、それが頭あたまに浮うかぶと、敏としちゃんは、どうしようかと返へん事じに迷まよいました。 ﹁すぐ、レールにつけなければ、だめなんだよ。僕ぼくたち、冒ぼう険けんをして、電でん気きをかけにいくのさ。﹂ ﹁武たけちゃんと?﹂ ﹁ああ、あまり小ちいさいものは、危あぶないけど、君きみもいっしょにおいでよ。﹂と、義よっちゃんは、すすめました。 もし、お母かあさんに知しれたら、しかられると思おもったが、義よっちゃんが、 ﹁かつ子こさんだって、くるのだから。﹂といったので、弱よわ虫むしと思おもわれては、いけないと思おもって、 ﹁僕ぼくもいく。﹂と、敏としちゃんは、約やく束そくしました。そして、ポケットから、大おおきな磁じし石ゃくを出だして、ながめていますと、 ﹁お見みせ、大おおきいのだね。これに電でん気きをかけたら、ものすごくなるよ。鉄てつびんでも、なんでも持もち上あげるだろう。だけど、赤あかいところがはげているから、じきに力ちからが弱よわくなってしまうね。でも、大おおきくて、すてきだなあ。﹂ 義よっちゃんは、敏としちゃんの磁じし石ゃくを見みて、うらやましがりました。そして、手てに取とって、つくづくとながめていました。 午ご後ごから、おおぜいで電でん車しゃ道みちへ出でかけたのです。彼かれらは地ちを震しん動どうして、電でん車しゃが通つう過かするたびに、飛とび出だしていっては、レールにめいめいの磁じし石ゃくを押おし当あてていました。その間あいだ、女おんなの子こど供もたちは、左ひだりや右みぎを見み張はっていました。 遠とおくからトラックや、オートバイの影かげが見みえると、 ﹁あっちから、きた!﹂と、注ちゅ意ういをしました。 みんなが、いつも遊あそぶ原はらっぱへもどってきてから、磁じし石ゃくの試しけ験んをしてみたけれど、その力ちからには、前まえとすこしの変かわりもなかったのです。義よっちゃんや、武たけちゃんの磁じし石ゃくは、やはり敏としちゃんの大おおきな磁じし石ゃくよりは、ずっと力ちからが強つよかったのでした。 晩ばん方がた、敏としちゃんは、ラジオ屋やのおじさんのところへきました。そして、電でん車しゃのレールから、電でん気きを取とった話はなしをしました。 色いろの黒くろい、口くちひげの生はえたおじさんは、目めをまるくして、敏としちゃんの話はなしをきいていましたが、 ﹁あぶないな、過あやまってひかれでもしたら、どうするつもりだ。なんで、そんなことで電でん気きが取とれるものか。どれ、おじさんが、磁じし石ゃくに電でん気きをかけてやるから、もう、あぶないまねをしてはいけないぜ。﹂と、諭さとしました。 おじさんは、ラジオの針はり金がねをぎりぎりと敏としちゃんの磁じし石ゃくに巻まきました。つぎに、その二本ほんの線せんの端はしを電でん池ちの端たん子しに結むすびつけました。すると、電でん流りゅうが通つうじて、青あおい、美うつくしいが火ひば花なが散ちりはじめました。 ﹁ああ、これぐらいでいいだろう。これなら、たくさん砂さて鉄つが食くいつくぜ。﹂と、人ひとのよいおじさんは、笑わらって、磁じし石ゃくを敏としちゃんに渡わたしてくれました。三
地ち理りの時じか間んでした。小こや山まは、夜よみ店せで買かったといって、丹たん下げさ左ぜ膳んと侍さむらいの小ちいさな人にん形ぎょうを二つ三つ、紙かみに載のせて、下したから磁じし石ゃくを操あやつって踊おどらせていました。磁じし石ゃくの動うごかし具ぐあ合いで、人にん形ぎょうどうしは、たちまちチャンバラをはじめるのです。小こや山まは、先せん生せいのお話はなしなど、耳みみに入いれようともしないのです。 ﹁やあ、やあ。﹂と、先せん生せいには聞きこえないように、掛かけ声ごえをかけて、丹たん下げさ左ぜ膳んと侍さむらいに立たちまわりをさせていました。場ばし所ょの近ちかいものは、笑わらいを殺ころして見みていました。敏としちゃんは、先せん生せいにわかると思おもったから、気きが気きでなかったので、 ﹁見みつかるよ。﹂と、小こや山まに、注ちゅ意ういをしました。 しかし、もうこのときは、遅おそかったのです。先せん生せいは、小こや山まをにらんでいらっしゃいました。ふいに、先せん生せいがお黙だまりになったので、小こや山まが、顔かおを上あげてみると、ほとんど、いっしょに、 ﹁小こや山ま、さっきからおまえはなにをしている? わかっているかね、塩しお原ばら温おん泉せんはどこにあるか、いってごらん。﹂と、先せん生せいは、小こや山まをお指さしになりました。 小こや山まは、片かた手てに、磁じし石ゃくと紙かみを握にぎって、机つくえの下したへ隠かくすようにして、立たち上あがりました。 ﹁栃とち木ぎけ県んにあります。﹂ ﹁じゃ、群ぐん馬まけ県んにある、有ゆう名めいな温おん泉せん場ばは?﹂と、先せん生せいは、お問といになりました。 今こん度どは、よく聞きいていなかったので、小こや山まは、ちょっと返へん事じができませんでした。このとき、二、三人にん席せきをへだてて、平ふだ常んからおもしろいことをいって、人ひとを笑わらわせる武たけ田だが、小ちいさい声こえで、 ﹁どっこいしょ。﹂といいました。 これをきいたものが、笑わらい出だすと、先せん生せいは、怖おそろしい目めを武たけ田だの方ほうへ向むけて、おにらみになりました。とうとう我がま慢んがしきれなくなったというふうで、 ﹁小こや山まと武たけ田だは、ここへ出でろ!﹂と、先せん生せいは、どなられたのです。 教きょ室うしつのうちがしんとしました。二ふた人りが、ぐずぐずしていると、先せん生せいは、まず小こや山まの席せきへいらして、 ﹁いま、やっていたものをお見みせ。﹂と、お座ざから、引ひきずり出だされました。 武たけ田だは、先せん生せいの権けん幕まくに抗こうしがたいと知しると、自じぶ分んから席せきを出でて、先せん生せいのいられる教きょ壇うだんの前まえへきて立たちました。先せん生せいは、 ﹁武たけ田だ、おまえは、さっきの唄うたをうたって、小こや山まは、ここでみんなに人にん形ぎょうを踊おどらしてごらん。﹂と、おっしゃいました。 小こや山まは、さすがに耳みみの根ねまで赤あかくして、うつ向むいていましたが、武たけ田だはしかられても、頭あたまをかきながら笑わらっていました。 このとき、敏としちゃんは、一ひと人りだけ、窓まどの外そとで、つばめが自じゆ由うに、青あおい空そらを飛とびまわっているのを、じっと見みま守もって考かんがえていたのであります。 ﹁このつぎから、教きょ室うしつへこんなものを持もって入はいったら許ゆるさないぞ。﹂と、時じか間んが終おわったときに、先せん生せいは、小こや山まにおっしゃいました。そして、それまでそこに立たたされていた二ふた人りは、はじめて許ゆるされたのでした。四
敏としちゃんの大おおきな磁じし石ゃくは、ラジオ屋やのおじさんから、電でん気きをかけてもらって、ばかに力ちからが強つよくなりました。 学がっ校こうの帰かえりに、往おう来らいの上うえで、義よっちゃんや武たけちゃんは、敏としちゃんをはさんで、敏としちゃんの大おおきな磁じし石ゃくに自じぶ分んたちの小ちいさな磁じし石ゃくを押おしつけて、電でん力りょくを分わけてもらっていたのです。 ﹁いいんだねえ、敏としちゃん、すこしばかり分わけてもらっても、敏としちゃんのほうは、ずっと強つよいんだものね。﹂と、武たけちゃんが、気きがねをしながらいいました。 ﹁僕ぼくも、ラジオ屋やのおじさんにお願ねがいして強つよくしてもらおうかな。﹂と、義よっちゃんがいいました。 ﹁いいよ、僕ぼくのは、赤あかいところがはげているのだから、どうせ使つかわなくても、ひとりでに電でん気きがなくなるのだもの。﹂と、敏としちゃんは、今こん度ど、お母かあさんに、赤あかいところのはっきりとした、新あたらしい磁じし石ゃくを買かってもらうことを頭あたまに描えがいていました。そこへ、同おなじ組くみの西にし山やまがきかかりました。 ﹁君きみ、それよりか、鉱こう石せきを取とりにいかない? そのほうが、よほどおもしろいぜ。磁じて鉄つこ鉱うも、黄おう銅どう鉱こうも、金きんもあるのだよ。﹂と、郊こう外がいの方ほうから通つう学がくする西にし山やまが、いいました。 ﹁ほんとうかい、どこに?﹂と、義よっちゃんと、敏としちゃんは、磁じし石ゃくのことを忘わすれたように、目めを輝かがやかしました。 ﹁いま、河かわの工こう事じをして、割わった石せき塊かいがたくさんあるのだ。さがせば、いろんな石いしが見みつかるよ。金きんは、紫むら色さきいろをしているだろう。ちか、ちか光ひかる黄おう銅どう鉱こうと、それに、方ほう解かい石せきが、いちばん多おおい。方ほう解かい石せきは、たくさんあるよ。﹂ それでなくてさえ、みんなは、なにか珍めずらしい、愉ゆか快いなことはないかと思おもっていた矢やさ先きですから、それをきくと、飛とび立たつばかりにうれしかったのです。西にし山やまを往おう来らいに待またしておいて、かばんを家うちへ投なげ込こむと、すぐに、敏としちゃんも、武たけちゃんも、義よっちゃんも、駆かけ出だしてきました。その姿すがたを見みつけると、 ﹁私わたしたちも、つれていってね。﹂ 原はらっぱに遊あそんでいた、かつ子こさんと、よし子こさんが、みんなの後あとを追おってきました。彼かれらは、電でん車しゃ道みちを横よこ切ぎって、緑みどりの樹きがたくさん目めに入はいる、静しずかな、せみの鳴なき声ごえのする、涼すずしい道みちを急いそいだのであります。 西にし山やまは、一同どうを野のな中かの河かわ普ぶし請ん場ばへ案あん内ないしました。工こう事じはなかなかの大おお仕じ掛かけでした。河かす水いをふさいで、工こう夫ふたちは、河かわ底ぞこをさらっていました。細ほそいレールが、岸きしに添そって、長ながく、長ながくつづいています。その行ゆく方えは光ひかった草くさの葉はの中なかに没ぼっしていました。工こう事じ場ばの付ふき近んには、石いしの破はへ片んや、小こじ砂ゃ利りや、材ざい木もくなどが積つんでありました。また、ほかの工こう夫ふたちは、重おもい鉄てっ槌ついで、材ざい木もくを川かわの中なかへ打うち込こんでいます。太ふとい繩なわで、鉄てっ槌ついを引ひき上あげて、打うち落おとすたびに、トーン、トーンというめり込こむような響ひびきが、あたりの空くう気きを震しん動どうして、遠とおくへ木こだ霊ましていました。ときどき、思おもい出だしたように、ゴーッ、ゴーッと叫さけびを上あげて、トロッコが幾いく台だいとなくつづいて、小こい石しを満まん載さいしてきました。これを工こう事じ場ばへ開あけると、ふたたび、あちらへ引ひき返かえしていくのでした。 ﹁あっちに、まだ割わった石いしがたくさん積つんであるのだよ。﹂ 西にし山やまは、先せん頭とうに立たって、草そう原げんの方ほうへ突とっ進しんしました。なるほど、トロッコの通とおるレールから、そう離はなれていないが、工こう事じ場ばからはかなり距へだたった草そう原げんの中なかに、石いしの破はへ片んが、白しろい小こや山まのごとく積つみ重かさねてありました。知しらない子こど供もが二、三人にん、先さきにいって、熱ねっ心しんに一つ、一つ、石いしをより分わけている姿すがたが見みえたのです。 ﹁石いしを取とってもしかられない?﹂と、敏としちゃんが、ききました。 ﹁この大おおきいのは、一つだって重おもくて持もってはいかれないさ。ちっとばかり、欠かく分ぶんなら、かまわないだろう。﹂と、西にし山やまが、答こたえました。 ﹁しかられないかなあ。﹂と、義よっちゃんは、考かんがえながら、トロッコの通とおるたびに、線せん路ろの方ほうを見みました。 ﹁怒おこったら、逃にげればいいや。﹂ 西にし山やまは、そういって、もう石いしの丘おかへ登のぼっていました。 ﹁ほら、これが方ほう解かい石せきなんだぜ。﹂ 白しろい石いしの破はへ片んに、他たの色いろとまじって、ひときわ白しろく光こう沢たくを放はなち、塩しおなどの結けっ晶しょうのように見みえるのです。方ほう解かい石せきだけは、割わっても、割わっても、四角かく形けいに割われる特とく徴ちょうを有ゆうしていました。 ﹁ちょっと、水すい晶しょうみたいだね。﹂と、武たけちゃんが、いいました。知しらない子こど供もたちまで、西にし山やまのそばに寄よってきました。その子こど供もたちの手てにも、なにか石いしが握にぎられています。 ﹁これ金きんでない?﹂と、その一ひと人りが、自じぶ分んの持もっている、石いしの破はへ片んを示しめしました。 ﹁どれ、そいつは磁じて鉄っこ鉱うらしいな。金きんは、もっとうす紫むら色さきいろを帯おびているよ。﹂と、西にし山やまが、いいました。 ﹁この、ちかちか光ひかるところだけは、銅どうなんだろう?﹂と、義よっちゃんが、のぞきました。 ﹁そうらしい。﹂ ﹁僕ぼく、方ほう解かい石せきを見みつけた!﹂ 見みると、敏としちゃんは、石いしで、石いしを打うって、その部ぶぶ分んだけを取とろうとしています。 ﹁君きみ、方ほう解かい石せきって、どんなの?﹂ 知しらない子こど供もの一ひと人りが、よく知しろうとして、敏としちゃんにききました。 敏としちゃんが、教おしえていると、ちょうど、ゴーッ、ゴーッと風かぜを切きって、レールの上うえを走はしってくる、トロッコの音おとがしました。 ﹁おい、がきども、いたずらするなあ。﹂と、そのトロッコは、通とおり過すぎるときに、わめいてゆきました。 二ふた人りの労ろう働どう者しゃが、空からのトロッコに乗のっていました。元げん気きのいい若わか者ものでした。後あとからも、後あとからも、いくつかのトロッコはつづいてゆきましたが、中なかには、こちらを見みて、親したしげに笑わらっていく男おとこもありました。 ﹁さっきの奴やつ、生なま意い気きだね。﹂といったのは、武たけちゃんです。 ﹁もし、あいつが飛とんできたら、僕ぼくたち逃にげようか。﹂ ﹁逃にげなくたっていいさ。﹂ ﹁そうしたら、おもしろいな。なんで僕ぼくたち、捕つかまるもんか。﹂ ﹁石いしを投なげてやろうや。﹂ ﹁かっちゃんや、よし子こさんは、早はやくあっちへいっておいでよ。﹂と、義よっちゃんが、いいました。 ﹁私わたし、つかまったら、あやまるわ。﹂と、よし子こさんが、いいました。 ﹁いやよ。だって、私わたしたちなにもしないんでしょう、見みているだけですもの。﹂と、かつ子こさんが、いいました。 ﹁それだから、女おんななんか、こなければいいんだ。﹂と、武たけちゃんが、怒おこりました。 ﹁もう、いいよ。﹂ ﹁それよりか、早はやく、いいのを見みつけようや。﹂ 敏としちゃんは、真まっ赤かな顔かおをして、石いしを石いしに打うちつけていました。 しばらく、みんなが、石いしを割わるのに夢むち中ゅうだったのです。五
突とつ然ぜん﹁ブーウ。﹂と、長ながいうなり声ごえをたて、トラックが、原はらっぱの中なかへ入はいってきました。石いしの破はへ片んを運はこんできたのです。
﹁きたっ!﹂といって、みんなは、逃にげ出だすような身みが構まえをしたけれど、もう逃にげ出だすすきがなかった。はや、トラックは、目めの前まえにきて止とまりました。止とまるといっしょに、ぱっと三人にんの男おとこが、自じど動うし車ゃの上うえから飛とび降おりました。そのうち、一ひと人りの男おとこが、敏としちゃんのそばへいって、手てもとをのぞき込こんで、
﹁どんな石いしを探さがしているんだね。﹂と、ききました。そのやさしみのある質しつ問もんに、みんなは、ちょっと意いが外いな感かんじがしました。
﹁方ほう解かい石せきを取とっていたのだ。﹂
敏としちゃんは、正しょ直うじきに答こたえたのです。
﹁学がっ校こうの理り科かで、習ならっているんだな。﹂と、その男おとこは日ひに焼やけた黒くろい顔かおに、白しろい歯はを見みせて笑わらっていました。
﹁おじさん、この石いしはどこからくるの?﹂と、敏としちゃんが、ききました。
﹁埼さい玉たまや、茨いば城らきの方ほうからくるんだ。大おおきな石いしを機きか械いにかけて、こんなに細こまかにして、電でん車しゃ道みちや、河かせ川んこ工う事じに使つかうのさ。﹂と、その男おとこは、答こたえました。
これをきくと、敏としちゃんは、なんとなく石いしの故こき郷ょうがなつかしい気きがして、思おもわず、大おお空ぞらの果はてをながめたのです。先さきのとがった森もり影かげが、まぶしい日ひの光ひかりに霞かすんでいて、遠とおくの地ちへ平いせ線んには、白しろい雲くもが頭あたまをもたげていました。
三人にんのおじさんたちは、石いしをそこへ下おろすと、またトラックを運うん転てんして、原はらっぱの中なかをどこへとなく消きえてしまったのです。
﹁あのおじさんたちは、いい人ひとたちだな。﹂
﹁この石いしは、遠とおいところからきたのだよ。﹂
﹁トンネルを掘ほるときは、ダイナマイトで、岩いわを砕くだくのだってね。﹂
﹁ああ、ド、ドーン! すごいだろうな。﹂
﹁いまのおじさんは、ラジオのおじさんに似にているだろう。﹂
﹁ちがうわ。﹂
﹁似にていたよ。﹂
﹁そう思おもうのは、敏としちゃんだけよ。﹂
石いし山やまの周しゅ囲ういで、こんなことをいっていると、また、ゴーッ、ゴーッと、トロッコが、風かぜを切きって走はしってくる音おとがしました。ここからは、草くさの間あいだに見みえつ、隠かくれつしている細ほそいレールは、頼たよりなげな二本ほんの火ひばしのようにしか見みえなかったのです。
小こじ砂ゃ利りをいっぱい積つんだ箱はこの上うえに、先さっ刻きのどなった、元げん気きな若わか者ものが突つっ立たっていました。敏としちゃんは、握にぎっていた石いしを手てから放はなして、その方ほうを振ふり向むいていると、男おとこは、なにかいいたげなようすをして、こちらをにらんでいたが、ちょうどカーブへさしかかった途とた端んに、調ちょ子うしづいているトロッコは、はっと若わか者ものが気きづいたときには、もう脱だっ線せんして、止とまってしまったのでした。だが、それを知しらずに、後あとから、後あとから、ほかのトロッコは、唄うたなど歌うたいながら、走はしってくるのです。
あわてて、若わか者ものは両りょ手うてを高たかく上あげて叫さけびました。
﹁だっせんだぞう。﹂
すると、いくつかのトロッコは、ぴたりと止とまってしまいました。
﹁あいつ、生なま意い気きだから罰ばちが当あたったんだね。﹂と、義よっちゃんが、いいました。
若わか者ものは、まったく子こど供もたちの方ほうに気きを取とられて、自じし身んの注ちゅ意ういを怠おこたったためでした。そこで、いっしょうけんめいになって、脱だっ線せんした車くるまを直なおそうとしたけれど、とうてい二ふた人りの力ちからではだめでありました。しかし、仲なか間まはそれと悟さとると、すぐに車くるまから飛とび降おりて、トロッコの脱だっ線せんした場ばし所ょへ集あつまってきました。そして、力ちからを協あわせて、やっと重おもい車くるまをもとの位い置ちにもどすことができたのです。
トロッコは、ふたたび、レールの上うえを快こころよく走はしりはじめました。
﹁万ばん歳ざい!﹂と、武たけちゃんと、敏としちゃんは、手てをできるだけ上あげて、叫さけびました。おそらく、二ふた人りの若わか者ものは、その声こえを聞きいたであろうけれど、自じぶ分んの意いじ地わ悪るさを心こころに恥はじたのか、こちらを見みずにいってしまいました。
﹁もう、帰かえろうよ。﹂
﹁今こん度どは、あのいいおじさんだって、きっとしかるから。﹂
帰かえりかけると、知しらない子こど供もたちも、敏としちゃんや、かつ子こさんや、義よっちゃんたちといっしょになって、原はらっぱを去さりました。めいめいが石いしの破はへ片んを抱いだいて往おう来らいへ出でた時じぶ分ん、幾いく分ぶん日ひが蔭かげって、どこからともなく涼すずしい風かぜが吹ふいてきました。白しろい雲くもが、いつのまにか、自じぶ分んたちの頭あたまの上うえまで広ひろがっていたのです。
途とち中ゅうで、西にし山やまや、知しらない子こど供もたちと別わかれました。
﹁家うちへ帰かえったら、みんなで、石いしを分わけようね。﹂と、敏としちゃんが、いうと、
﹁僕ぼくは、こんど理り科かの時じか間んに、学がっ校こうへ持もっていって先せん生せいに見みせるのだ。﹂と、義よっちゃんが、いいました。
みんなは、楽たのしかった、一日にちの遊あそびを思おもい返かえしました。黄こが金ねい色ろの夏なつの日ひは、まだ、暗くらくなって遊あそべなくなるまでに、だいぶ時じか間んがあったのであります。