スティーヴンスンは近代の英文學者中で最もよく吾が國に紹介された者の一人であるから、恐らく茲に其傳記などを詳説する必要はあるまい。﹁寶島﹂は大抵の人が少年時代に一度は胸を轟かせる海賊奇談で、﹁ジーキル博士とハイド氏﹂は映畫でお馴染になつてる者も少くないと思ふ。專門學校程度以上の學校の學生々活を經驗した者なら、誰でも彼の短篇小説の一つ二つには原文で接觸してゐよう。それ程に彼の作品が吾が國に於て普遍性を持つてゐるのは、一つは彼の作品が奇怪にして變化に富んでゐるせいもあるが、今一つは彼の文章が高雅にして流麗であるためである。 スティーヴンスンは文章を學んで凡そ七年間文體に苦心したといふ事である。それにもかゝはらず、彼の初期の作品は世人に其旨味を理解されなかつたといふ事であるから、文章の道の困難なるは、吾も彼も變らないものと見える。私は近代の英文學者中にあつては結局スティーヴンスンとギッシングが最も特色のある作家だと思つてゐるが、しかも亦この二人程兩極端をあらはしてゐる作家も無いものだと思つてゐる。前者は純粹のロマンチシストで、後者はどこまでもリアリストであり、そして其實際生活がそれ〴〵其作風を裏づけてゐる事を思ふと、結局文學も亦其作者の生活を離れて存在し得ない事が明かである。 スティーヴンスンは一八五〇年蘇格蘭のエディンバラに生れ、同九四年に南太平洋中の孤島サモアで死んだから、其生涯は僅かに四十四年に過ぎない。此點に於ても略ギッシングの一生と同じであつて、兩者とも歐洲人としては等しく短い生涯であるが、しかし二人ともよく不朽の作品を殘してゐる點に於ても似たところがある。私はスティーヴンスンの作品の中では﹁粉屋のウィル﹂といふ短篇が最も好きで、此作品は今日までに幾度も讀返す事を忘れなかつたが、長篇小説﹁バラントレーの若主人﹂や﹁プリンス・オットー﹂などからも忘れ難い印象を受けた事を覺えてゐる。 ﹁新アラビヤ夜話﹂は前後七篇から成る短篇の連續であつて、話の筋は大體個々獨立してゐるが、其中を貫いて出てくるボヘミヤ王子によつて各篇が結びつけられ、そこに﹁千一夜物語﹂に似せた形の面白味を見せたものである。こゝに選んだ三篇は其中の特に興味深いものゝみであつて、現代人に訴へる﹁新アラビヤ夜話﹂の面白味はこの三篇に盡きると言つて差支へなからう。サイラスの死體運搬の話も奇怪ではあるが、後の二篇の寶石の誘惑力が如何なるものであるかを思ふ時、歐米人の性質を解する鍵がこゝにもひそんでゐるのを知る事が出來ると思ふ。 終りに本書の世に出るに至つたのは全く野上豐一郎氏の賜物である。又吾が國のスティーヴンスン研究家のうちで、野尻抱影氏が特に秀れたる研究家である事を知り得たのは譯者の喜びである。本書を譯するに當つても、譯者は同氏から多くの示唆を受けたことを記して一言感謝の意を表する次第である。
昭和九年春
譯者