古事記

古事記　上（かみ）つ卷　序并はせたり

〔序文〕

　ここにその足名椎の神を喚（め）して告（の）りたまはく、「汝（いまし）をば我が宮の首（おびと）に任（ま）けむ」と告りたまひ、また名を稻田（いなだ）の宮主（みやぬし）須賀（すが）の八耳（やつみみ）の神と負せたまひき。





　この八千矛（やちほこ）の神^一、高志（こし）の國の沼河比賣（ぬなかはひめ）^二を婚（よば）はむとして幸（い）でます時に、その沼河比賣の家に到りて^三歌よみしたまひしく、
　ここにその沼河日賣（ぬなかはひめ）、いまだ戸を開（ひら）かずて内より歌よみしたまひしく、
　ここにその后（きささ）　大御酒杯（さかづき）を取らして、立ち依り指擧（ささ）げて、歌よみしたまひしく、
　かく歌ひて、すなはち盞（うき）結（ゆ）ひして^四六、項懸（うなが）けりて^四七、今に至るまで鎭ります。こを神語（かむがたり）^四八といふ。






　この歌は夷振（ひなぶり）^三四なり。







　かれその日子（ひこぢ）答へ歌よみしたまひしく、
　かれ日子穗穗出見の命は、高千穗の宮に五百八拾歳（いほちまりやそとせ）ましましき。御陵（はか）はその高千穗の山の西にあり。





　かく歌ひて、刀を拔きて、一時に打ち殺しつ。
　然ありて後に、登美毘古を撃ちたまはむとする時、歌よみしたまひしく、
　また、歌よみしたまひしく、
　また、歌よみしたまひしく、
　また兄師木（えしき）弟師木（おとしき）^三一を撃ちたまふ時に、御軍暫（しまし）疲れたり。ここに歌よみしたまひしく、

　ここに大久米の命、天皇の命を、その伊須氣余理比賣に詔（の）る時に、その大久米の命の黥（さ）ける利目（とめ）^七を見て、奇（あや）しと思ひて、歌ひたまひしく、
　ここに大久米の命、答へ歌ひて曰ひしく、
　然して生（あ）れませる御子の名は、日子八井（ひこやゐ）の命、次に神八井耳（かむやゐみみ）の命、次に神沼河耳（かむななかはみみ）の命^一三三柱。


　かれ天皇崩（かむあが）りまして後に、その庶兄（まませ）當藝志美美（たぎしみみ）の命、その嫡后（おほぎさき）伊須氣余理比賣に娶（あ）へる時に、その三柱の弟（おとみこ）たちを殺（し）せむとして、謀るほどに、その御祖（みおや）伊須氣余理比賣、患苦（うれ）へまして、歌もちてその御子たちに知らしめむとして歌よみしたまひしく、
　また歌よみしたまひしく、



















　かれかく撥（はら）ひ治めて、まゐ上りて、覆奏（かへりごと）まをしたまひき。


　ここにその御火燒（みひたき）の老人（おきな）、御歌に續ぎて歌よみして曰ひしく、
　ここに美夜受（みやず）比賣、御歌に答へて歌よみして曰ひしく、
　かれここに御合ひしたまひて、その御刀（みはかし）の草薙の劒（たち）を、その美夜受（みやず）比賣のもとに置きて、伊服岐（いぶき）の山^三一の神を取りに幸でましき。


　其地より幸でまして、三重の村^一一に到ります時に、また詔りたまはく、「吾が足三重の勾（まがり）^一二なして、いたく疲れたり」とのりたまひき。かれ其地に名づけて三重といふ。
　そこより幸でまして、能煩野（のぼの）^一三に到ります時に、國思（しの）はして歌よみしたまひしく、
　また、歌よみしたまひしく、
　この歌は思國歌（くにしのひうた）^一九なり。また歌よみしたまひしく、
　こは片歌^二二なり。この時御病いと急（にはか）になりぬ。ここに御歌よみしたまひしく、
　と歌ひ竟（を）へて、すなはち崩（かむあが）りたまひき。ここに驛使（はゆまづかひ）を上（たてまつ）りき。


　ここに八尋白智鳥（しろちどり）^四になりて、天翔（あまがけ）りて、濱に向きて飛びいでます。ここにその后たち御子たち、その小竹（しの）の苅杙（かりばね）^五に、足切り破るれども、その痛みをも忘れて、哭きつつ追ひいでましき。この時、歌よみしたまひしく、
　またその海水（うしほ）に入りて、なづみ行（い）でます時、歌よみしたまひしく、
　また飛びてその磯に居たまふ時、歌よみしたまひしく、






と歌ひて、すなはち海に入りて共に死（し）にき。



　かく歌ひたまひて、大御酒獻りき。ここに建内の宿禰の命、御子のために答へて歌ひして曰ひしく、


　或る時天皇、近つ淡海（あふみ）の國^一に越え幸でましし時、宇遲野（うぢの）^二の上に御立（みたち）して、葛野（かづの）^三を望（みさ）けまして、歌よみしたまひしく、
と歌ひたまひき。


　かくて御合（みあひ）まして、生みませる御子、宇遲（うぢ）の和紀郎子（わきいらつこ）なり。


　また、御歌よみしたまひしく、
と、かく歌ひて賜ひき。かれその孃子を賜はりて後に、太子（ひつぎのみこ）の歌よみしたまひしく、
　また、歌よみしたまひしく、
と歌ひたまひき。


　また、吉野（えしの）の國主（くず）^一ども、大雀の命の佩（は）かせる御刀を見て、歌ひて曰ひしく、
　また、吉野の白檮（かし）の生（ふ）^六に横臼（よくす）^七を作りて、その横臼に大御酒（おほみき）を釀（か）みて、その大御酒を獻る時に、口鼓（くちつづみ）を撃ち^八、伎（わざ）をなして^九、歌ひて曰ひしく、
　この歌は、國主（くず）ども大贄（にへ）獻る時時、恆に今に至るまで歌ふ歌なり。


　かく歌ひつつ幸でましし時に、御杖もちて、大坂^一二の道中なる大石を打ちたまひしかば、その石走り避（さ）りき。かれ諺に堅石（かたしは）も醉人（ゑひびと）を避（さ）るといふなり。








　天皇上り幸（い）でます時に、黒日賣、御歌、獻りて曰ひしく、
また歌ひて曰ひしく、

　すなはち山代よりりて、那良の山口^一〇に到りまして、歌よみしたまひしく、
　また續ぎて丸邇（わに）の臣口子（くちこ）を遣して歌よみしたまひしく、
　また歌よみしたまひしく、
　この天皇と大后と歌よみしたまへる六歌は、志都（しつ）歌の歌ひ返し^三二なり。


　天皇、八田（やた）の若郎女（わかいらつめ）に戀ひたまひて、御歌を遣したまひき。その御歌、
　ここに八田の若郎女、答へ歌よみしたまひしく、
　かれ八田の若郎女の御名代として、八田部（やたべ）を定めたまひき。

一［＃「一」は底本では「三三」］　惜しい菅原だ。

　女鳥の王、答へ歌ひたまひしく、
　かれ天皇、その心を知らして、宮に還り入りましき。
　この時、その夫（ひこぢ）速總別の王の來れる時に、その妻（みめ）女鳥の王の歌ひたまひしく、
　天皇この歌を聞かして、軍を興して、殺（と）りたまはむとす。ここに速總別の王、女鳥の王、共に逃れ退きて、倉椅山（くらはしやま）^九に騰（あが）りましき。ここに速總別の王歌ひたまひしく、
　また歌ひたまひしく、

　ここに建内の宿禰、歌もちて語りて白さく、
　かく白して、御琴を賜はりて、歌ひて曰ひしく、
と歌ひき。こは壽歌（ほきうた）^八の片歌なり。



　波邇賦（はにふ）坂^九に到りまして、難波の宮を見放（さ）けたまひしかば、その火なほ炳（も）えたり。ここにまた歌よみしたまひしく、



　天皇崩りまして後、木梨の輕の太子、日繼知らしめすに定まりて^一、いまだ位に即（つ）きたまはざりしほどに、その同母妹（いろも）輕の大郎女に（たは）け^二て、歌よみしたまひしく、
　こは志良宜（しらげ）歌^八なり。また歌よみしたまひしく、
　また歌よみしたまひしく、
　かれその輕の太子をば、伊余（いよ）の湯（ゆ）^三〇に放ちまつりき。また放たえたまはむとせし時に、歌よみしたまひしく、
　この三歌は、天田振（あまだぶり）^三一なり。また歌よみしたまひしく、
　かれ後にまた戀慕（しのひ）に堪へかねて、追ひいでましし時、歌ひたまひしく、
　かれ追ひ到りましし時に、待ち懷（おも）ひて、歌ひたまひしく、
　また歌ひたまひしく、
　かく歌ひて、すなはち共にみづから死せたまひき。かれこの二歌は讀歌^五五なり。





　すなはちこの歌を持たしめして、返し使はしき。


　また歌よみしたまひしく、
　ここに赤猪子が泣く涙、その服（け）せる丹摺（にすり）の袖^一〇を悉（ことごと）に濕らしつ。その大御歌に答へて曰ひしく、
　また歌ひて曰ひしく、
　ここにその老女（おみな）に物多（さは）に給ひて、返し遣りたまひき。かれこの四歌は志都歌^一六なり。


　かれその時より、その野に名づけて阿岐豆野（あきづの）といふ。



　かれこの歌を獻りしかば、その罪を赦したまひき。ここに大后^一八の歌よみしたまへる、その御歌、
　すなはち天皇歌よみしたまひしく、
　こは宇岐（うき）歌^三〇なり。ここに袁杼比賣、歌獻りき。その歌、



　かく歌ひて、その歌の末を乞ふ時に、袁祁の命歌ひたまひしく、
　ここに志毘の臣、また歌ひて曰ひしく、
　ここに王子また歌ひたまひしく、
　ここに志毘の臣、いよよ忿りて歌ひて曰ひしく、
　ここに王子また歌ひたまひしく、

　ここに置目の老媼、「僕いたく老いにたれば、本つ國に退（まか）らむとおもふ」とまをしき。かれ白せるまにまに、退（まか）りし時に天皇見送りて歌よみしたまひしく、









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