あの世の入口

――いわゆる地獄穴について――

知里真志保




まえがき

 アイヌ語の地名を調べていると、海岸、または河岸の洞窟に、あの世へ行く道の入口だというものが意外に多い。それらの洞窟は、だいたい次のような名で呼ばれている。
※(小書き片仮名ル、1-6-92)Ah※(アキュートアクセント付きU小文字)n-parAh※(アキュートアクセント付きU小文字)n-paro()()
※(小書き片仮名ル、1-6-92)Ah※(アキュートアクセント付きU小文字)n-ru-parAh※(アキュートアクセント付きU小文字)n-ru-paro()()()()()()
※(小書き片仮名ル、1-6-92)Ah※(アキュートアクセント付きU小文字)n-ru-charAh※(アキュートアクセント付きU小文字)n-ru-charo
(四)アふンポール Ah※(アキュートアクセント付きU小文字)n-poru(入る・洞窟)。――日高国静内しずない地方で。
※(小書き片仮名ル、1-6-92)Om※(アキュートアクセント付きA小文字)n-ru-parOm※(アキュートアクセント付きA小文字)n-ru-paro
(六)うぇンルパ※(小書き片仮名ル、1-6-92) W※(アキュートアクセント付きE小文字)n-ru-par(悪い・道・口)。うぇンルパロ W※(アキュートアクセント付きE小文字)n-ru-paro(悪い・道・の口)。――石狩国上川かみかわ地方で。
(七)オぽ※(小書き片仮名ク、1-6-78)ナル O-p※(アキュートアクセント付きO小文字)kna-ru(そこから・下方へ行く・道)。――北見国網走あばしり地方で。
(八)ぽールチャ※(小書き片仮名ル、1-6-92) P※(アキュートアクセント付きO小文字)ru-char(洞窟の・口)――日高国様似さまに地方で。
(九)ぽール P※(アキュートアクセント付きO小文字)ru(洞窟)。――北海道いっぱん。
(十)※[#半濁点付き平仮名と、139-8]ッソ T※(アキュートアクセント付きU小文字)sso(洞窟)。――樺太いっぱん。
(十一)ペしゅィ Pes※(アキュートアクセント付きU小文字)y(洞窟)。――北海道北見きたみ釧路くしろ地方で。
 
 調※(小書き片仮名ル、1-6-92)
 
 稿()()※(小書き片仮名ル、1-6-92)


 


 ()()()※(小書き片仮名ル、1-6-92)※(小書き片仮名ル、1-6-92)※(小書き片仮名ル、1-6-92)
 ()()()()()()


1


 使
 ()()
 ()

 
 
 
 
()()()()()()()()()()()()※(小書き片仮名ル、1-6-92)※(小書き片仮名ル、1-6-92)ahun-ru-par ari a-ye suy anakne pokna-sir un ahun ru ene a-ye-i ne ruwene()()()()()()()
 
()()()()()()()()()()
 ※(小書き片仮名ル、1-6-92)
 ※(小書き片仮名ル、1-6-92)調稿
 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


2


 ()()殿鹿
 
 
 
()()鹿姿姿使使()()()()鹿
 鹿()姿姿()
 ()()
 ()()()宿
(久保寺逸彦「アイヌ昔話、死者の国」――雑誌『遺伝』1955年8月アイヌ族特集号)
 
1姿姿
2姿姿姿※(小書き片仮名ク、1-6-78)k※(アキュートアクセント付きU小文字)r-e-mik 
3
4
5
6
7※(小書き片仮名ク、1-6-78)※(小書き片仮名ル、1-6-92)p※(アキュートアクセント付きO小文字)kna-mosirKam※(アキュートアクセント付きU小文字)y-kotan()()



 


(1)虻田の海岸にあるアフンルパ※(小書き片仮名ル、1-6-92)

 ()()()()※(小書き片仮名ル、1-6-92)
 ()()姿

※(小書き片仮名ク、1-6-78)
 ※(小書き片仮名ク、1-6-78)it※(アキュートアクセント付きA小文字)k-kir※(アキュートアクセント付きU小文字)※(小書き片仮名ル、1-6-92)※(小書き片仮名ク、1-6-78)h※(アキュートアクセント付きO小文字)rka-it※(アキュートアクセント付きA小文字)k使使

(2)室蘭のアフンルパロ

 ()()()()19231
 ()()()()
 ()()()()()()()()※(小書き片仮名ク、1-6-78)
 
元室蘭もとむろらん室村むろむら三次郎翁談、――更科源蔵『北海道伝説集、アイヌ篇』19ページ)

(3)富川のオマンルパロ

 ()()()()()※(小書き片仮名ル、1-6-92)※(半濁点付き片仮名ト、1-5-94)s※(アキュートアクセント付きA小文字)r-putu
 ()()姿61
 

(4)余市のオマンルパロ

 後志しりべし国余市郡余市よいち町内にもこの種の洞窟にまつわる伝説が伝えられている。
 昔、妻を亡くして淋しく暮らしている若者があった。ある日シリパ岬の沖に出て漁をしていると、シリパ岬の絶壁の下の磯で、夢中になってノリをとっている一人の女の姿を発見した。人の近よれない所に人がいるので、よく見ていると、亡くなった妻によく似ている。舟を磯に近よせてみると、夢にも忘れぬ妻の顔であった。狂喜して磯に飛び上ったところ、女はびっくりして後も見ずに逃げだしたので、若者は大声で女の名を呼びながら追って行くと、女は日ごろ人々が恐れて近よらぬ洞窟の中へ逃げこんだ。若者も続いて飛びこんでみると、ふしぎなことに洞窟の中は真暗でなく明るい。しかも立派な部落が見えていて、女はその方へどんどん逃げていく。若者も後を追って走って行くと、そこには死んでしまったはずの人々ばかりいる。そのうち一軒の家から一人の老人が出て来て、
「ここはまだ、おまえの来るところではない、早く帰れ!」
と云って、いくら頼んでもききいれてもらえず、とうとう追い返されてしまった。
 新しい妻の姿を見ながらむなしくヨイチに帰った若者は、失望のあまりそれきり仕事も手につかず、ブラブラしているうちに死んでしまった。それ以来この洞窟をこの世を終って地獄へ行く路の入口といって、終る道の口オマンルパロといい、近よる者がなくなったという。(『余市町郷土誌』所載――『北海道伝説集、アイヌ篇』107―8ページ)
「地獄へ行く路の入口といって、終る道の口オマンルパロといい」はすっきりしない云い方である。また「終る道の口」にオマンルパロとふりがなしているのは、オマン(奥へ行く)の意を誤解した訳語である。

(5)沙流川上流のオマンルパロ

 沙流川の上流ニセウという所の少し下の方に、オマンルパロ(あの世に行く路の入口)がある。それを知らない一人の老人が、この穴に一匹の狐が入って行くのを見て、ひとつ捕えてやろうと入口で待っていたが、いくら待ってもなかなか出て来ないので、そこで穴の中に入って探してやろうと穴にもぐりこんだ。穴の口は僅か光が入るほどの狭さで、中は真暗であったが、だんだん入って行くと明るい所に出た。そこには大勢の幽霊がうようよしていた。しかし幽霊の方からは老人の姿が見えないらしいので平気で歩いて行くと、老人の爪先につまずいたり膝にぶつかったりするたびに、幽霊の方がバタバタと死んでしまうので、気持が悪くなって急いで穴から逃げ出して来たという。
(吉田巌氏採集、『人類学雑誌』二九巻一〇号――『北海道伝説集』69ページ)
 あの世の人々はあの世においては幽霊ではない。従って「そこには幽霊がうようよしている」という表現には採集者の私意が加わっているようである。「幽霊の方がバタバタと死んでしまった」という云い方も、アイヌ説話に普遍的な信仰と矛盾するので気にかかる。

(6)平取村のオマンルパロ

 日高国沙流郡平取びらとり村キソオマップの附近に底無の穴というのがあり、ここは地獄ポクナシリに通ずるオマンルパロであるという。死んだ者は地下のポクナシリに行き、さらにポクナシリで死んだ者はその下の世界へ行き、そこでさらに死んだ者は最低の世界に落ちて行き、ここで死んだ者は復活して現世へ来ると信じられている。

(『平取外八ヶ村誌』――『北海道伝説集』63―4ページ)


(7)庶路川上流のオマンルパロ

 釧路くしろ白糠しらぬか町にある庶路しょろ川から阿寒あかんに抜ける穴があると古くから伝えられ、オマンルパロ(あの世へ行く道の入口)ではないかと言われている。むかし、二匹の犬が熊を追ったところ、熊はこの中に逃げこんだので二匹の犬も続いて中に入って行ったが、一匹は熊を追ってアカンのふもとへ抜けることができたけれども、もう一匹の方はついに出てこなかった。それで、穴が二つに分れていて、一方はあの世へ通じているのではないかと云われている。(キタミ国アバシリ郡ビホロ町、日下ユキさんから更科源蔵氏採集――『北海道伝説集』183ページ)
 ビホロの方言ではオマンルパロではなく、オマンルチャロ(om※(アキュートアクセント付きA小文字)n-ru-charo 奥へ行く・道・の口)と云うはずである。

(8)比布川岸のウェンルパロ

 宗谷ソーヤ線が永山ナガヤマ駅を出て石狩川イシカリガワを渡り、比布川ピップガワに沿うて北上する川口の所に、比布川に沿うて細長い※(半濁点付き片仮名ト、1-5-94)ッショという山があって、この山に一つの洞穴があるが、この洞穴は昔から地獄に通じている穴と言い伝えられている。
 むかし、ふたりの老人が狩のためにこの山の附近に行くと、一匹のムジナが地獄穴に入って行くのを見た。するとまもなく、ムジナが追われるようにして穴から飛びだして来た。そしてその後から弓を持ったひとりの男が出て来て、びっくりしたようにきょろきょろあたりを見ていたが、またあわてて穴の中へ戻って行ったので、穴の中に何かあるのではないかと、老人たちもその後を追って入ってみた。すると穴はしだいに狭くなって、やっと這って通れるくらいになったが、そこを通り越すとまた広くなって、やがて明るい所へ出た。見るとそこには山も川もあり、ムジナや魚もたくさんいて、どっさり魚をつるした家々があって、犬がしきりに吠えついて来たが、そこにいる人間は老人たちの来た姿が見えないらしく、犬が吠えるので、
「ばけものでも来たのではないか、ぼろをいぶして魔よけにしろ!」
といって、ぼろに火をつけていぶしていた。老人たちはそこを引き返して戻ろうとすると、ばかに着物が重くなったので、よく見るといつのまにか着物の裾にたくさんの人間がぶら下っている。それをとって投げとって投げして、やっともとの穴から外に出て来た。ひとりの老人が、
「おれはああいう部落コタンがすきだ、あそこに住んでみたいものだ」
と言うと、ひとりの老人は、
「おれはなんだかきらいな部落だな」
と反対した。
 それからまもなく、すきだと言った老人は死んでしまい、きらいだと言った老人はいつまでも長生きをした。この老人たちの話で、この穴があの世に通じている地獄穴であることが分った。(アサヒガワ市チカブミ、川村ムイサシマツ婆さんから更科源蔵氏採集――『北海道伝説集』266―7ページ)
 石狩川の支流忠別チュウベツ川の上流にピプという山がある。この山は水松が繁って昼も小暗いぶきみな所であるが、その繁みの中に深くて底の知れない石穴があり、その暗い底から時々悪臭の風が吹きだすので、この穴をウエンルパロ(悪い路の口)といって、人々は近づくのを恐れている。
 むかし、ふたりの上川アイヌが、人のきらうこの穴を探って見ようと、穴の中へ入って行ったら、穴がしだいに狭くなって立って歩くことができなくなったので、やっとのこと這い進んで行くうち、急に明るくて広い所へ出た。ふたりはわかれわかれに別の道を進むことにした。ひとりが行った道は、さらに広い野原に出た。その野原を越えて行くと海辺に出てしまった。そしてそこに一そうの舟があったので近よってみると、死体がいっぱい入っていて、どこから集って来たのか多くの犬が吠えつき、今にもかみつこうとするので、それを追い払っていると、とつぜん頭の上の空から、
シリタルトナシ フンアナ(死魂早いなア)
という声がした。その人はびっくりして、まだ自分は死んでいないのに、死魂だなんて言ってと腹を立てて、大いそぎで犬に追われながらもと来た穴に入って、やっと出て来ることができた。すると途中で別れて行ったもうひとりも、やはり同じめにあったというので、それからこの穴は地獄に入る穴だろうといって、誰も入る者がなくなった。(永田方正『蝦夷雑話』――『北海道伝説集』267―8ページ)

(9)新冠川上流の滝つぼ

 日高国新冠にいかっぷ川の上流に一つの滝があり、そこを支配している神はカワウソで、昔はそこに豊漁を祈願する人々の祭壇があった。この滝の滝つぼは地の底まで続いていて、地獄穴になっているとも伝えられている。それはこの滝から上流は水量が多く、下流の方がかえって水が少いのでも知れる。昔大きな鹿がこの滝つぼに落ちたまま上らず、土の下をくぐって浜に寄り上ったこともあった。それで洪水のときカワウソの神に、水を土の下にくぐらして下さいと頼むと、洪水にならずにすむという。(新冠村大字去童村、梨本政次郎翁より更科源蔵氏採集――『北海道伝説集』75―6ページ)

(10)鵡川の洞窟

 富内とみうち線が鵡川むかわ駅から分れて間もなくウコ※(半濁点付き片仮名ト、1-5-94)イという所がある。昔は山続きであったが、あるとき大津浪で山が切れてしまったので、そのときここにあった大きな部落が流されて全滅してしまったという。
 このウコ※(半濁点付き片仮名ト、1-5-94)イに、むかし洞窟があり、附近にときどき人の姿が見えるので近よってみると、いつのまにか消えてしまう。それであの世に通じる穴だと云われていた。穴の入口は狭くてやっと人間が這って通れるくらいだがすこし行くと広くなって明るくなり、そこには海が見えて川や立派な村があり、海岸では引き網をしているし、川では丸木船に乗って魚をとっている。近よってよく見ると、むかし自分の部落にいて死んだ人たちばかりで、ガヤガヤ云いながら働いているので声をかけてみても先方には聞えない。久しぶりなのでなつかしくて相手の体に手をかけると、手をかけた人はたちまち死んでしまう。そこには魚でも木の実や草の実でもめずらしいものばかりあるが、それをこの世へ持って来て食べると直ぐに死んでしまう。もしそこで死人に見つかって芥や灰を頭にかけられると、体にくっついて離れないが、入口の狭い所を這いだすときにとれてしまう。ここはこの世で夏のときは冬であり、夜のときは昼であるという。
(イブリ国ユウフツ郡ムカワ町字チン部落、片山カシンデアシ翁から更科源蔵氏採集――『北海道伝説集』34―5ページ)

(11)十勝川上流のカムイエロキ

 十勝国新得しんとく町字屈足くったりに、十勝川の川岸にのぞんでウェンシリ(1)とよぶけわしい崖があり、その中腹にカムイエロキ(2)と称する洞窟がある。むかし、ひとりの男が山の頂から縄を下けてこの洞窟に入ったが、それっきり帰ってこなかったので、その子どもが後を追って入ったところが、これもまた帰って来なかった。そこで対岸から木幣を立てて拝み、ここへ入ることをきびしくいましめたという。(松浦武四郎『十勝日誌』)
 このカムイエロキに、むかしフレウとよぶ大きな怪鳥が住んでいた。フレウは毎日はるばる海まで行って鯨や魚などを捕って来て食べ、食べ残した骨を山のくぼみに投げちらかしていたが、食物に不自由がなかったためか、人間には悪戯をしなかった。ところが、あるとき、ひとりの女が、フレウの日ごろ飲んでいる小川の流れを、尻をまくってわたったので、フレウはひどく怒って、女をくわえて山のうしろに持って行き、そこへ投げすてて、遠い国へ飛んで行ってしまった。とり残された女は、フレウの食い残しの骨などしゃぶっていたが、やがて餓死してしまったようである。ところがその後何年かたって、一人の青年が熊狩りに出かけて道に迷い、このウェンシリに来て、鯨や魚の骨が散在しているのを見てびっくりしていると、とつぜん美しい女が現われて彼をさそった。青年は恐しくなって、女の手をふりもぎって逃げ帰ったが、それからはその女のまぼろしになやまされ、病み衰えて、とうとう死んでしまった。(工藤梅次郎『アイヌ民話』150―3ページ)
(1)語原は W※(アキュートアクセント付きE小文字)n-sir(けわしい・きりぎし)。アイヌ風に発音すればウェイシル(W※(アキュートアクセント付きE小文字)y-sir)となるはず。
(2)kam※(アキュートアクセント付きU小文字)y-rok-i(神・そこに・住みたまう・所)。カムイエロキ、或いはカムイェロキ。

(12)網走海岸および網走川岸のペシュイ

 網走あばしり川の川口から海岸伝いに北へ行くと、二つ岩というのがあり、そこの海岸にペシュイ(3)と呼ばれる洞窟がある。この洞窟を入って行くと、途中で道が左右に分れていて、左の道をたどれば網走市内の大曲おおまがりから網走川を渡った対岸の崖にある、これもペシュイの洞窟へ抜けるが、右の道を行くと、ポ※(小書き片仮名ク、1-6-78)ナシル(4)(あの世)へ行ってしまうという。いわゆるオポ※(小書き片仮名ク、1-6-78)ナル(5)(下界へ行く道)である。この洞窟は別にフーリシュイ(6)(フーリの穴)とも言われた。それについて次のような伝説が伝えられている。
 むかし、ペシュイの洞窟にフーリと称する大怪鳥が住み、近くのコタン(部落)を襲っては人を捕って食うので、コタンの人々は大恐慌を呈した。その頃、網走のモヨロのコタンには、ピンネモソミ(細身の男剣)と云って、一抜きたちまち千人を斬るという名剣があり、美幌のコタンには、同じく一抜き千人のマッネモソミ(細身の女剣)があった。そこで、モヨロから六人の勇士が択ばれて、このピンネモソミの名剣を持って、フーリの征伐に出かけた。彼等は、たまたま子を負うた女がタンネシラリの漁場に行く途中、フーリがさらって洞窟に飛びこんだのをみて、それを追って洞窟の中へ駆けこんだ。ところが、名剣を持って先に駆けこんだ三人はフーリと共についに帰らず、やや後れて穴へ飛びこんだ三人だけが、網走川の岸に向って開いているペシュイの洞窟へ出て来た。それから後、モヨロには宝剣が無くなったのだという。
 このフーリの片割れがもう一羽、たまたま穴を出て、パイラキの前方の海中にある二ツ岩の上に休んでいた。モヨロの人々はそれも退治しようとして、美幌のコタンから名剣マッネモソミを借り出し、二ツ岩の所へ押しよせた。そして岸から葦の茎で橋をかけて押し渡ろうとしたら、葦の茎が折れて渡ることができない。そこで、岸から狙いをつけて名剣を投げつけると、名剣はたちまちフーリを食い殺してしまった(こういう刀をアイヌはイペタム ip※(アキュートアクセント付きE小文字)-tam と言い、原義は「人食い・刀」の意である。それで「食い殺した」などと言い方をしたのである)。このマッネモソミは、沖の岩で、誰も取りに行かぬままに、蛇になってぶら下っていたが、いつの間にか姿をかくしてしまった。それから後、美幌のコタンにも宝剣が無くなってしまったのだという。(昭和25年10月、美幌コタン、菊地儀之助翁より採集)
(3)pes※(アキュートアクセント付きU小文字)y(,-e)〔ぺしゅィ、ぺすィ〕は洞窟の意。
(4)p※(アキュートアクセント付きO小文字)k-na-sir(,-i)〔ぽ※(小書き片仮名ク、1-6-78)ナシ※(小書き片仮名ル、1-6-92)〕(下・方の・地)。
(5)O-p※(アキュートアクセント付きO小文字)kna-ru〔オぽ※(小書き片仮名ク、1-6-78)ナル〕(そこから・下へ行く・道)。
(6)H※(アキュートアクセント付きU小文字)ri-suy(,-e)〔ふーリシュィ、ふーリスィ〕(フーリ・穴)。

(13)樺太東海岸トッソ山の洞窟

 樺太の東海岸北部にトッソ(突岨)というけわしい岩山がある。このトッソ山の麓は海中に突出した絶壁になっていて、そこに一つの洞窟がある。この洞窟は奥深くて、誰もその奥をつきとめた者がない。むかしチカボロナイの男が、それをつきとめようと思い立って、食糧を充分に用意してこの穴に入った。まっ暗な中を進んで行くと、目の前がぱっと明るくなって一羽のウリリ(鵜)が現われ、男の無謀をいましめて、ただちに引返すようにすすめ、その代り自分も奥へもどって、その男の村の人々が魚でも獣でも何でも望みの物が得られるように神に願ってやると言ったかと思うと、たちまち姿が消えて、辺りはもとの闇にかえった。男はいわれた通りにひきかえし、ぶじに穴の外へ出た。穴の中にはほんの僅かの間居たつもりだったのが、じつは三日も居たのだった。その後、約束通り、村の前方の岩に鳥が多く住み、その卵を人間が取って食うようになった。(千徳太郎治『樺太アイヌ叢話』82―3ページ)

(14)本別町内のいわゆる地獄穴(7)

 十勝国本別町字フラッナィ(8)という所に小川があり、その傍にいま墓地があるが、この奥の沢に昔から地獄穴があると伝えられ、そこへ行くと冬なのに老人たちはフキを取って食べている。しかしそれを見た者はまもなく死ぬと伝えられている。(トカチ国ホンベツ町字チエトイ、清川ネウサルモン婆さんから、更科源蔵氏採集――『北海道伝説集』171ページ)
(7)地獄穴という訳語は正しくないので“いわゆる地獄穴”とした。ここでは Ahunporu と云ったか Oman-ru-char と云ったか採集者が注意しなかったのは残念である。
(8)H※(アキュートアクセント付きU小文字)ratnay〔ふラッナィ〕(< hura-at-nay 臭の・する・沢)

(15)千歳町内のオマンルパ※(小書き片仮名ル、1-6-92)

 胆振国千歳ちとせ町内千歳川第四発電所より下流に、シュネチセ(9)という所がある。むかしここにひとりの老人が住んでいて、冬でもどこから取ってくるのか、青々としたギョージャニンニク(10)を食べていた。部落の若い者が、すこしわけでくれないかと頼むと、
「おれはまもなくこの世からいなくなるのだから、これを食べてもいい。しかしこれはあの世(11)へ行ってもらって来るもので、おまえたち若い者の食べるものではない」
と云って、いくら頼んでも分けてくれなかった。それでこの近所にオマンルパ※(小書き片仮名ル、1-6-92)(あの世へ行く道の入口)のあることだけは分ったけれども、誰もその場所を知らなかった。
 シュネチセからすこし離れたペサプ※(半濁点付き片仮名ト、1-5-94)(12)という所の川岸にも、オマンルパ※(小書き片仮名ル、1-6-92)があるという。(1951年6月2日、千歳町、今泉柴吉氏談)
(9)Sun※(アキュートアクセント付きE小文字)-chise〔スねチセ、シュねチセ〕松明小屋(そこへ泊って松明を燃して鮭をとる小屋)。Sut※(アキュートアクセント付きU小文字)kunnei〔ス※[#半濁点付き平仮名と、169-10]クンネイ、シュ※[#半濁点付き平仮名と、169-10]クンネイ〕と Osatkot〔オさッコッ〕の間にある。
(10)h※(アキュートアクセント付きU小文字) puk※(アキュートアクセント付きU小文字)sa〔ふー プくサ〕(なまの 行者にんにく)
11※(アキュートアクセント付きA小文字)r-kot※(アキュートアクセント付きA小文字)n※(小書き片仮名ル、1-6-92)※(小書き片仮名ル、1-6-92)
(12)Pes※(アキュートアクセント付きA小文字)-putu〔ぺさプ※(半濁点付き片仮名ト、1-5-94)〕(鹿ののたうちまわる所の入口)

(16)様似のポールチャ※(小書き片仮名ル、1-6-92)

 西1314西
 ※(小書き片仮名ル、1-6-92)15161718
(13)p※(アキュートアクセント付きO小文字)ru-char(洞窟の・口)
(14)ah※(アキュートアクセント付きU小文字)n-ru-char(入る・道の・口)
15Kotan-kar-kamuy稿
(16)Os※(アキュートアクセント付きO小文字)r-kot〔オそ※(小書き片仮名ル、1-6-92)コッ〕(尻の・凹み)
(17)I-m※(アキュートアクセント付きA小文字)-nit〔イまニッ〕(それを・焼いた・串)。今ローソク岩。
(18)Ot※(アキュートアクセント付きA小文字)-humpe〔オたフンペ〕(砂浜の・鯨)

(17)静内のアフンポール(19)

 日高国静内町にいわゆる地獄穴が三カ所にある。そのうち東静内にあるものは岸近くの海中にある岩礁についている横穴で、潮が引くとその入口が現われるが、ふだんは海の下になっていて、わずかにその上に白波が立っているのでその所在が知れるぐらいのものである。すぐ近くの海中にフンペシュマ(20)という鯨の形とも見られる岩があり、また近くの砂浜の上にムイ(21)とよぶ箕の形をした岩があり、春先その中の砂の溜まりようでその年の農作の豊凶を占ったということである。(東静内、佐々木太郎氏談)
(19)Ah※(アキュートアクセント付きU小文字)n-por※(アキュートアクセント付きU小文字)〔アふンぽール〕(入る・洞窟)。Oman-ru-char とも云う。
(20)H※(アキュートアクセント付きU小文字)mpe-suma〔ふンペシュマ〕(鯨・岩)
(21)Muy〔ムイ〕(箕)

(18)虎杖浜のアフンルパ※(小書き片仮名ル、1-6-92)

 胆振国白老郡白老しらおい町字虎杖浜こじょうはまのオソ※(小書き片仮名ル、1-6-92)コチと、伏古別ふしこべつの間の海岸の断崖にアフンルパ※(小書き片仮名ル、1-6-92)とよばれる洞窟があって、そこから亡者が袋を背負って出て来て、磯働きをして、コンブなどをとって行くのをよく見かける人があった。この穴はふだんは海の水が入っていて、その入口は磯舟に乗って入れるぐらいのものだが、潮が引くと穴の底まで水がなくなってしまう。この穴の中で、大砲の鳴るような大きな音が三つ続けさまに鳴れば、きっと時化しけが来たものだった。(幌別本町生れ、知里イシュレ※(小書き片仮名ク、1-6-78)翁談)
 この附近にも、コタンカ※(小書き片仮名ル、1-6-92)カムィがヨモギの串で鯨を焼いたら串が折れて尻餅をついた跡だという大きな窪み(22)やその折れた焼串(23)だという海中の岩や、砦や、幣場や祭場だったらしい広場(24)や、フンペサパ(25)と称する鯨祭に関係のあるらしい岬などが存在する。
(22)Os※(アキュートアクセント付きO小文字)r-kochi その尻餅の義。
(23)Im※(アキュートアクセント付きA小文字)nichi その焼串の義。
(24)Kam※(アキュートアクセント付きU小文字)y-mintar 神の広場の義。
(25)H※(アキュートアクセント付きU小文字)mpe-sapa 鯨の頭の義。

三 登別のアフンルパ※(小書き片仮名ル、1-6-92)について


 室蘭本線登別駅の附近にあるアヨロ、ポンアヨロの岡、フンベ山、蘭法華ランボッケの丘陵等の、海を臨む高い崖の上や下には、アイヌ時代の数多い神話、伝説や地名が残されている。昭和30年9月25日、知里真志保、山田秀三、水落昭夫、知里アサ、萩中美枝の一行は、登別で生れて登別で育ち、附近の地理に詳しい知里高吉翁の案内のもとに、これらの土地の実地調査を行ったが、その際訪れた蘭法華の丘の上のアフンルパ※(小書き片仮名ル、1-6-92)と呼ばれている遺跡は、その形態がすこぶる稀らしく、今後の研究に重要な意味をもつものがあると思われたので、その後も数回にわたり実地測図を行った。以下はその記録である。

(1)アフンルパ※(小書き片仮名ル、1-6-92)の所在と環境

 ※(小書き片仮名ル、1-6-92)R※(アキュートアクセント付きI)-hur-kaR※(アキュートアクセント付きA小文字)mpok-etu
 Has※(アキュートアクセント付きI小文字)nausi hasinaw-us-i ※(小書き片仮名ル、1-6-92)Kam※(アキュートアクセント付きU小文字)y-mintar ()()()()
 ※(小書き片仮名ル、1-6-92)西西()()※(小書き片仮名ク、1-6-78)R※(アキュートアクセント付きA小文字)mpok ran-pok R※(アキュートアクセント付きA小文字)m-pokkeran-pok-ke 使()()※(小書き片仮名ル、1-6-92)※(小書き片仮名ル、1-6-92)()()()()
 ※(小書き片仮名ル、1-6-92)※(小書き片仮名ル、1-6-92)
 調W※(アキュートアクセント付きA小文字)kka-o-i※(小書き片仮名ル、1-6-92)W※(アキュートアクセント付きA小文字)katausi wakka-ta-us-i 

(2)アフンルパ※(小書き片仮名ル、1-6-92)の実測見取図

 ※(小書き片仮名ル、1-6-92)124
 西

 西31※(ローマ数字1、1-13-21)※(ローマ数字2、1-13-22)
  30
   22
  10139
   6
   4
 2150707621
 西10.7調
 
 ※(小書き片仮名ル、1-6-92)※(小書き片仮名ク、1-6-78)()()※(小書き片仮名ル、1-6-92)30220
 使調
        ×   ×   ×
 便45
 ︿
︿ 313






   20001269
 
   1956313
5-86


 ※(ローマ数字1、1-13-21)※(ローマ数字2、1-13-22)


2013514

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 W3C  XHTML1.1 



JIS X 0213



JIS X 0213-


半濁点付き平仮名と    139-8、169-10、169-10


●図書カード