詩人への註文

中谷宇吉郎





 
 
 姿
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 Uniformity of Nature調
万顆※(「鈞のつくり」、第3水準1-14-75)円訝許同  万顆ことごとくつぶらにしてかくも同じきかをいぶかる
 
去年米貴闕軍食  去年米たかくして軍食を
今年米賤太傷農  今年米やすくしてはなはだ農を傷む
 
往日用銭捉私鋳  往日 銭を用いて私鋳を捉う
今許鉛錫和青銅  今 鉛錫 青銅に和することを許す
刻泥為之最易得  泥に刻して之をつくること最も得易し
好悪不合長相蒙  好悪こうお 合わずして長く相おお
 戦争中にちょっと面白い話があった。北海道で新聞記者が、戦死者の遺族を訪ねるために、農村を廻ったことがあった。その時或る村で、ついでに戦傷者の家も訪ねたら、その細君が「負傷ではもの足りません」とけなげな応対をしたそうである。戦後でも人民はいじらしいものである。ゼネストなど華々しい御連中が、ストーブを囲んで煙草を喫んでいる建物の外には、全身雪をかぶった人たちが、黙然として寒風にさらされながら、徹夜をして切符の売出しを待っていたこともある。
況復秦兵耐苦戦  況やた秦兵の苦戦に耐うるをや
被駆不異犬与鶏  駆られて犬と鶏とに異ならず
長者雖有問    長者問うこと有りと雖も
役夫敢伸恨    役夫敢えて恨みを伸べんや
 戦争中によく出征する学生の国旗に字を書かされたが、そういう時の難文句も『杜詩』を見ればちゃんと出ている。海軍へ行く男には
仰看明星当空大  仰いで明星の空に当りて大いなるを看る
というのがあり、陸軍へ行く男には
春来万里客  春来 万里の客
乱定幾年帰  乱定まって幾年か帰らん
便
 
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早行石上水  早行 石上の水
暮宿天辺煙  暮宿 天辺の煙
姿()()
 
遺廟丹青落  遺廟 丹青落ち
空山草木長  空山 草木長し
姿
 
十日画一水  十日 一水を画き
五日画一石  五日 一石を画く
と題し、『麗人行』のはじめには
三月三日天気新  三月三日 天気新たなり
長安水辺多麗人  長安水辺 麗人多し

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 姿
 

 
 
早行石上水
暮宿天辺煙

 

 使
長者雖有問
役夫敢伸恨
の十字だの
遺廟丹青落
空山草木長

 
 






底本:「中谷宇吉郎集 第五巻」岩波書店
   2001(平成13)年2月5日第1刷発行
底本の親本:「立春の卵」書林新甲鳥
   1950(昭和25)年3月30日刊
初出:「至上律 第二輯」
   1947(昭和22)年11月30日発行
入力:kompass
校正:砂場清隆
2020年12月27日作成
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