老齢学

――長生きをする学問の存在――

中谷宇吉郎




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蛋白             二六グラム
カルシウム       八三〇ミリグラム
燐           八〇〇ミリグラム
鉄            一六ミリグラム
ビタミンA      六五〇〇USP単位
ビタミンB1       二・二ミリグラム
ビタミンB2       二・七ミリグラム
ニコチン酸アミド     一八ミリグラム
ビタミンC        八五ミリグラム
ビタミンD       七〇〇USP単位
 この成分量は蛋白を除いては、ビタミンも鉱物質も、アメリカの学術研究会議で、一九四五年に決めた成人の必要量を数割突破している。蛋白はもちろん他の副食物から充分摂れるから、これだけ飲んでいれば、老齢期の栄養は充分だというのである。
 広告どおりに効くかどうかは、保証の限りでないが、これくらい綿密にやってあると、つい信用する気になる。ところでこの老齢学を適用して、一番効き目のあるのは、五十歳くらいから始めるのだそうである。
 丁度老衰現象が始まろうとする時期から、これで梃子てこ入れをすると、八十歳になってもヒマラヤに登れるというのである。八十歳まで生きることは、そう羨ましくはないが、八十歳でヒマラヤに登れることは、誰でも一寸羨ましいであろう。
 もっともこういうことを書くと、若い人たちには、人気が悪くなるかもしれない。今の日本は、たださえ老人が威張っていて困るのだから、この上老齢学など発達されては大変だという議論も出ることであろう。しかしそういう人たちも、六十歳くらいになったら、きっとこっそりこの牛乳を飲むにちがいない。それでそういう議論は別として、科学の進歩という点からみると、栄養学の進歩にもまことに恐るべきものがある。
 戦争中に、毎日新聞社の友人T君が、スクリプス・ハワード系新聞社で出している世界年鑑の中から、物理学及び化学の分を抜き書きして送ってくれたことがある。それを見て驚いたことは、合成ゴムの研究や、マグネシウム鉱の製錬法のような、直接軍事用に必要な研究と、光速度の再測定や、サイクロトロンによるダイヤモンドの緑色化というような研究とが、平気な顔をして並んでいたことである。戦争になっても、科学界がちっとも息を切らしてはいなかったのである。
 如何なる状態の時でも、広い範囲に亙って、学問全体の調和を保ちながら、悠々と、しかも確実に進んで行くということは、偉大なことである。アメリカは原子爆弾も作ったが、老齢学も進歩させていたのである。
 湯川さんのノーベル受賞を契機とする理論物理学振興策と、戦時中のあの騒々しかった戦時研究とは、表面は正反対のようであるが、深いところでは一脈通ずるものがあるような気がする。その点は心すべきことである。全然専門外の老齢学の話などをずうずうしく紹介して、専門学者の憫笑を買う危険を冒すのも他意あるわけではない。

(昭和二十五年二月)






底本:「中谷宇吉郎随筆選集第二巻」朝日新聞社
   1966(昭和41)年8月20日第1刷発行
   1966(昭和41)年9月30日第2刷発行
底本の親本:「花水木」文藝春秋新社
   1950(昭和25)年7月15日初版発行
入力:砂場清隆
校正:岡村和彦
2020年7月27日作成
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