末吉安持哀音

――汽車の窓にて夏の日の午ひるさがり、我わが汽きし車やは物もの憂うげに黒き煙を息い吹ぶきつゝ、炎えん天てんの東とう海かい道どうを西へ馳す。世よゆゑ、はたわれからの黒こく熱ねつに膿うみ爛ただれ、灰あ汗くの﹇＃﹁灰汗の﹂はママ﹈洪でみ水ずの胸むな底ぞこの政まつりの庁ちやうを失うしなひし病やま人うどなれば、天あめ地つちの眺なが望めことごと灰はひ濁たみて、あゝうたてしや、ひたぶるに、涙なみだぞ落つる。乗合は背せなと背せな肩かた犇ひし々〳〵とすりあひぬ。近江を過ぎて京ちかき山やま科しなや、竹たけの入いり日ひに、鬱うつ憂ゆうのこゝろは重おもく、倦うじ疲れたる目はひと目線せん路ろの砂すなに――あゝこの時、胸はまた膿うみて潰つぶれぬ。見みよ、鉄てつ道だうの枕まく木らぎは、癒いゆべからざる病やま人うどの素す枯がれはてたる肋あば骨らなり。と見る、また我わが乗る汽きし車やは痩せて細ほそれる肋ろく骨こつを毒どくある牙きばに噛かみてゆく黒くろ蛇へびよ、あゝ死しの使つかひ。―― ﹃無明﹄の子なる病やま人うどは、をさな心にいとせめて垂たら乳ち根ねの膝まくらしばし安やす睡いの夢見むと、指さす故ふる郷さとの琉りう球きうは五百里さかる海の島、われを載せたる黒くろ蛇へびは勢いきほひ猛まうに、こは如何に、その故ふる郷さとも行ゆき過すぎつ、右に横たふ山やま脈なみははや冥よ府みの国くに、血に染めし硫いわ黄うの池も近づくよ、あなゆるせやと唸うめき伏し、やゝありて我われにかへれば、京きやうは水みな無づ月き、祇ぎを園ん会ゑの空そらうつくしき星ほし月づき夜よ、我が汽車はしづしづと涙さしぐむ哀あい音おんの汽笛して七しち条ぜう出でぬ。