われ、山にむかいて、目をぞあぐる。わがたすけは、いづくよりきたるならん。
(讃美歌第四百七十六)
鼻もちならねえ、どぶ水なんだ。屍臭を放つ腐り船が半はん沈みなんだ。青みどろなんかが、からみついてるんだ。
舷側にたった一つ、モオゼのピストルが置いてあるんだ。しかも、太陽はきらきらしているんだ。
月はないけれど、星が一杯かがやいていた。気色のわるいほど、星には愛嬌があった。
ぼくは、ワイシャツのはじをズボンからはだけさせて、寝静まった街を歩いていた。
ふしぎな日であった。池袋でも、新宿でも、高円寺でも、そして神田でも、友だちに会った。彼らは、みんなぼくにあいそよくしていた。
中野のコオヒイ店で、ぼくに会った時には、ぼくはまったくびっくりしてしまった。
女のことばかり考えている日があった。
机の上に、蛾がごまんと止まっている夢を見た日であった。
その日の夕刻には、衛生器具店の陳列棚を眺めて暮らした。
そのころ、ぼくは、恋人の家によく泊ったものだ。となりの部屋で、恋人の兄貴と一緒に寝たものだ。
すると、ある夜、恋人が手淫をはじめたらしい物音がしてきたんだ。あのときほど、やるせなく思ったことはなかった。
十畳の部屋は、戦場のように崩れていった。
裸の書物や、机から落ちたインキ壺や、裏むきになった灰皿や、ゲートルと角すも力うを取っている屑フィルムや、フタのないヤカンが、その位置で根を張りだした。手のほどこしようは、もうとっくになくなった。どうにでもなりくされ。