薄はく紗しやの帳とばりたれてあれど、 こよなき﹁あそび﹂は思ふらく、 げにもゆゆしき涜けがれかな、 徒いたづらなりや床とこは無し。 この一面に白しろ妙たへの 房ふさと房ふさとのからみあひ、 蒼あをみて曇る玻は璃りの戸を 空むなしく打つて事も無し。 されど黄こが金ねの夢の身には 樂がくの音ね籠こもる虚うろのなか、 琵び琶は悲かなしげに眠りゐて、 いづこのか知しらねども、 よそにはあらず、われとわが 胎たいより生あるる子こはあらむ。
註―― Une dentelle s'abolit の句を以もつて起るマラルメの難解詩を譯してみた。薄紗の帳白く垂れて輕く窓の板玻璃を打つ景を詩人が見て、之これはどうしても帳中に伉かう儷れいの契淺からぬ相思の人の床が無ければならぬと﹁こよなきあそび﹂即すなわち藝術の方面から推察するところ、實は之が空しく、そこに何も無いと知つて、宛あたかも冒ぼう涜とくの感を起すといふのが、初、二節の意である。然しかし﹁黄金の夢﹂即ち空想豐かなる詩人の胸には琵琶が常に藏かくれてゐる。この空想よりして詩人は外物の助をからず、われとわが身より物象を創作する、此この場合について言はゞ、﹁床﹂を創作し得るのだ。この一篇の中心思想は藝術の特權を説いたところにあるのだらう。