花のなかなる欝金草は鳥のなかなる孔雀の如し。かれに香 無くこれに歌無し。かれは其袍 を、これは其尾を矜 る。 「珍華園」
あたりはしんとしてゐる。博士ホイルテンの指の下に羊皮紙の擦れる音ばかりだ。博士は彩色の飾かざ文りも字じを散らした聖典を見つめてゐて、たまに眼を放てば、うつすり曇る水盤の中に泳ぐ二尾ひきの魚の金きんと紅あかとを眺めるのみだ。
部屋の扉がすうつと開あいた。花屋は欝金草の鉢をいくつも抱かかへて會ゑし釋やくしながら博學の君の讀書を妨げて眞に相濟まずといふ。
――先生、御覽下さいまし、逸品も逸品、珍の珍とも申したいこの一株の球根は東羅馬皇帝の後宮にも百年に一度しか咲かぬ花の種で御座います。
――なに、欝金草。と老博士はせつ込んだ。あの厭はしいヰッテムベルヒの市まちにルッテル、メランクトンの異端邪説を生み出した驕慢と淫樂とを象かたどる花か。
ホイルテン師は聖典の釦とめ金がねを掛けて、眼鏡を鞘に收め、さつと窓掛を押しのけると、花は日なたに咲きにほふ。嗚呼主の君の受難の花。刺とげの冠、海綿、苔、釘、五つのおん傷がちやんと見える。
欝金草賣は謹んで無言のままに頭くびを俛たれた。壁際高くホルバインの傑作、アルバ公爵の肖像畫が掛けてあつて、そこより瞰にらむ糺問法官の眼光に竦すくんで了つた。