きもだめしの会
名探偵明あけ智ちこ小ご五ろ郎うの少年助手、小こば林やし芳よし雄お君を団長とする少年探偵団は、小学校の五、六年生から中学の一、二年生までの少年二十人ほどで組織されていました。みんなが近くに住んでいるわけではなく、学校もちがっている少年がおおいので、この二十人が、いつでも集まるわけではありません。ときによって、事件にかんけいする少年たちの、顔ぶれがちがうのです。 みんな学生ですから、学校のある時間には、探偵のはたらきはできません。また、おうちで勉強もしなければなりません。ですから、日曜日のほかは、すこしの時間しか、はたらけないのです。 ことに、夜そとへ出て冒険をすることは、おとうさんやおかあさんがおゆるしにならないうちがおおいので、小林団長は、団員たちを夜あつめることは、できるだけしないようにしていました。おゆるしがでた少年たちだけを、七時か八時ごろまで集めることにして、それいじょう夜ふかしをしないように、こころがけていました。 でも、事件は、夜おこることがおおいので、夜ふけにはたらかなければならないときには、少年探偵団ではなくて、チンピラ別働隊をつかうことにしていました。チンピラ隊は、﹃アリの町﹄で、くずひろいをやっている少年たちで、夜の冒険なんか、へいきですから、つごうがいいのです。 少年探偵団員たちは、なにも事件がないときには、明智探偵事務所に集まって明智先生から、いろいろなことを、おそわっていました。ものごとを注意ぶかく見ることだとか、なにかのできごとの、ほんとうのいみを見やぶる、推理のやりかただとか、顕けん微びき鏡ょうの見かた、化学の実験など、探偵にひつような法医学の知恵を、すこしずつおそわっているのでした。 また、からだをきたえるために、おおくの団員が柔道をならっていましたし、団員の井いの上うえ一いち郎ろう君のおとうさんが、もと拳闘選手だったので、井上君といっしょに拳闘をおそわっている団員もありました。 団員たちはときどき、﹃きもだめしの会﹄をひらくことがありました。江戸時代や明治時代の少年たちは、﹃試した胆ん会﹄という、きもだめしの会を、よくやったものです。まっ暗な夜、さびしい墓地などを、ひとりで歩いて、勇気をためすのです。墓地のおくのほうに、木の札ふだを何枚もおいて、ひとりずつ、そこへいって、札を持ってかえるのです。 むかしの少年たちは、お化けがほんとうにいると思っていたので、夜中に墓地をひとりで歩くのはこわくてたまらなかったのです。そのこわいことを、わざとやって、きもったまを強くしようとしたのです。 少年たちのなかには、いたずらものがいて、頭から白いきれをかぶって、墓のうしろにかくれていて、おどかしたりするので、ちいさい少年たちは、この試胆会のときには、びくびくものでした。しかし、それがやっぱり、むかしの少年たちの、心を強くするのに役にたったものです。 少年探偵団員には、お化けが、ほんとうにいるなんて思っている少年は、ひとりもありませんでした。でも、まっ暗なところをひとりで歩くのは、やっぱり、うすきみがわるいのです。それで、暗闇なんかこわがらないようにするために、小林少年は、むかしの試胆会にならって、きもだめしの会を、ときどき、ひらくことにしていました。 今夜も、その会があるというので、おとうさんやおかあさんから、おゆるしのでた少年たちだけが、七人集まりました。場所は、世せた田が谷や区のはずれの木きの下した君のおうちです。 木下昌しょ一ういち君は、やはり団員のひとりなのですが、そのおうちのそばに、大きな森があって、きもだめしには、もってこいなので、夕方から、みんなが木下君のおうちに集まり、そとがまっ暗になるのを待って、その森へでかけていったのです。 ところが、この森には、そのころ、きみのわるいうわさがたっていました。ひとだまが出るというのです。 ひとだまは、地方によっては、火の玉ともいいます。まるい火の玉が、オタマジャクシのように、スウッと尾をひいて、空中を飛んでいくのです。赤いひとだまもありますし、青いひとだまもあります。 むかしのひとは、これは死んだ人間のたましいが、飛んでいるのだといって、こわがったものです。しかし、いまでは、そんなことを信じる人はありません。リンがもえるのを、ひとだまだと思ったり、こまかい虫が、ひとかたまりになって飛んでいくのに、どこかの光があたって、ひとだまみたいに見えたり、流星がひとだまのように見えたり、そのほかいろいろなものを、見まちがえて、ひとだまと思いこむのだと考えている人がおおいのです。 でも、理屈では、そう考えていても、ひとだまが出るなんていわれると、やっぱり、気持ちがよくはありません。ひとだまなんか信じない少年探偵団員たちも、そのうわさを聞いて、ぶきみに思わないわけにはいきませんでした。 小林少年は、そういう、きみのわるいうわさのある森を、わざとえらんだのです。みんな勇気のある少年たちですから、そのくらいのうわさがあるほうが、かえって、きもだめしには、つごうがよいのでした。七人は、森の入口へやってきました。まだ八時ぐらいですが、そのへんには家もないので、あたりはまっ暗です。空はいちめん雲におおわれ、星ひとつみえません。大きな木のしげった深い森です。森の中をのぞいてみると、黒ビロードのようにまっ暗です。 ﹁みんな、この森のむこうのはずれに、大きなひらべったい石があるのを知っているね。昼間、見ておいたから、わかるだろう? あの石の上に、木の札が七枚、おいてある。ひとりずつ順番に、森の中へはいっていって、あの札を一枚ずつ、とってくるんだよ。わかったね。﹂ 小林君が、六人の少年たちに、いってきかせました。 ﹁わかっているよ。ぼくが、いちばんに行くよ。﹂ 拳闘のうまい井上一郎君が、一足まえにでていいました。 ﹁やっぱり、きみは勇気があるね。よしッ、いちばんのりは、井上君だ。だが、きみ、ひとだまに注意したまえね。﹂ 小林少年が、ちょっと井上君をからかってみました。 ﹁ひとだまは、どのへんに出るんだい? 木下君。﹂ ひとりの少年が、おっかなびっくりで、たずねました。 ﹁ぼくのうちのそばの、やおやのおじさんが見たんだって。この森のまん中に、大きなシイの木があるんだよ。そのシイの木の下から、スウッと、青いひとだまが浮きあがってきたんだって。そして、シイの木のてっぺんまで、するするすると、まるで木のぼりをするように、あがっていって、それから、空へ飛んでいってしまったんだって。﹂ ﹁それ、どのくらいの大きさなんだい?﹂ ﹁直径三十センチぐらいだって。オタマジャクシみたいな長いしっぽがあって、それがふらふらと動いていたっていったよ。﹂ ﹁わあ、すげえ! そいつが、こっちへ、とびついてきたら、たいへんだね。﹂ ﹁おどかすなよ。ぼくが、これから、はいっていくんじゃないか。﹂ 井上君が、しかるように、どなりました。そして、 ﹁じゃ、いってくるよ。﹂ といいすてて、そのまま、森の中へ、すがたを消しました。闇に光る顔
井上一郎君は、ただひとり、黒ビロードのような闇の中を歩いていきました。大木がたちならんでいますから、その幹にさわりながら進むのです。 めくらになってしまったように、なにも見えません。風がないので、木の葉のざわめきもなく、自動車のとおる町からは、遠くへだたっているので、あたりは、しいんと、しずまりかえって、耳が聞こえなくなってしまったのかと、うたがわれるほどです。 木の札のおいてある大きな石のところまでは、百メートルほどあります。井上君は、やっと三十メートルぐらい進んだばかりです。うっかりすると、木の根につまずいて、ころびそうになるので、はやく歩けないのです。 ふと見ると、森のおくのほうに、なんだか白く光るものが、宙ちゅうに浮いていました。 ﹁おやッ、月がでたのかしら?﹂ まさか、森の中に、月がでるはずはありません。では、いったい、あの光るものは、なんでしょう? 井上君は、すぐに、ひとだまのことを思いだしました。ひとだまなら、こわくはありません。もっと近よって、正体を見とどけてやろうと、そのほうへ進んでいきました。 しかし、五、六歩進んだとき、井上君は、ぴったり、たちどまってしまいました。それは、ひとだまではなかったからです。 ひとだまにはオタマジャクシのような、しっぽがあると聞いていました。ところが、むこうに光っている、まるいものには、しっぽがないのです。しっぽがなくて、ただ宙に浮いているのです。そして、そいつは、だんだんこちらへ近づいてくるのです。 井上君は、ギョッとして逃げだしそうになりました。 その白く光るまるいものには、二つのまっ赤な目があったからです。大きなまるい目が、火のように赤くかがやいていたのです。 そして、口です。ああ、その化けものが、ガッと口をひらいたのです。口の中も、まっ赤にもえていました。耳までさけた、まっ赤な口から、いまにも火を吹きだしそうに見えたのです。 その赤い目の銀色の首は、しばらく、ふわふわと、宙にただよっていましたが、とつぜん、つつつつ……と、井上君の目の前に、とびかかってきたではありませんか。 ﹁ワアッ……。﹂ さすがの井上君も、叫び声をたててとびのきました。そして、いちもくさんに、森のそとへ逃げだしたのです。いくら拳闘ができても、化けものにはかないません。 森の入口に待っていた小林君たち六人の少年は、﹁ワアッ……。﹂という声をききました。どうしたんだろうと心配しているところへ、井上君が、おそろしいいきおいで、とびだしてきました。 まっ暗ですから、とっさには、だれだかわかりません。六人は、ギョッとして逃げだしそうになったくらいです。 ﹁なあんだ、井上君か。どうしたんだ。﹂ 小林少年がたずねますと、井上君は息をきらして、 ﹁ば、ば、化けものだ。化けものが、とびかかってきたんだ。﹂ 少年たちは、お化けなんか信じないはずだったではありませんか。 ﹁化けものだって? そんなものがいて、たまるもんか。きみはなにかを、見まちがえたんだよ。﹂ 野の田だという少年が、しかりつけるようにいいました。野田君は、柔道をならっている強い少年でした。 ﹁見まちがえるもんか。ぼくはそんな弱むしじゃない。たしかに、首だけの化けものが飛んできたんだ。まっ赤な目がもえるように光っていた。口から火を吹くように見えた。そして、顔ぜんたいが、銀色なんだ。……ひとだまじゃないよ。ひとだまに目や口があるはずはない。﹂ 井上君は、やっきとなっていいはるのでした。 ﹁それじゃ、みんなで、そいつを、たしかめに行こうじゃないか。﹂ 小林少年が、決心したようにいいました。 ﹁うん、行こう、行こう。﹂ みなが、口をそろえて賛成しました。お化けと聞いて逃げだすような、おくびょうものは、ひとりもいなかったのです。 ﹁じゃあ、ぼくについてくるんだよ。﹂ 小林君は、そういって、さきにたって、まっ暗な森の中へ、ふみこんでいくのでした。夜光怪人
小林君をさきにたてて、七人の少年が、森の中へはいっていきましたが、森の中は、ただまっ暗で、あやしい光りものなどは、どこにも見えません。もう三十メートルほど進んだのに、なにもあらわれないのです。 ﹁井上君、なにもいないじゃないか。やっぱり、きみの気のせいだったかもしれないよ。﹂ 野田君の声が、ぼそぼそと、ささやきました。 ﹁へんだなあ。さっきは、たしかに、このへんの宙に浮いていたんだよ。﹂ 井上君も、ささやきかえしました。そして、キョロキョロと、暗闇の中を見まわすのでした。 すると、そのときです。どこからともなく、へんな音が聞こえてきました。はじめは、もののすれあうような、えたいのしれぬ、かすかな音でしたが、耳をすましていますと、何者かが暗闇の中で、くすくすと、笑っているように感じられました。 七人の少年たちのうちの、だれかが笑っているのでしょうか。 ﹁だれだ、笑っているのは?﹂ 小林君が、おしころした声で、たずねました。だれも答えません。まっ暗で、おたがいの顔は見えませんが、笑っているのは、どうも少年たちの仲間ではないようでした。 そのうちに、くすくすという、しのび笑いが、だんだん、大きな声になってきました。たしかに笑っているのです。ひとをばかにしたように、笑っているのです。 とうとう、爆発するような大笑いになりました。 ﹁ワハハハハ……、ワハハハハ……。﹂ 森じゅうにひびきわたる、悪魔の笑い声でした。 少年たちは、おもわず、おたがいのからだを、だきあうようにして、立ちすくんでいました。まっ暗闇の中に、とほうもない笑い声だけがひびいているのは、じつにきみのわるいものです。 ﹁アッ! でたッ!﹂ 井上君が、おしころした声で叫びました。みんなは、ギョッとして、あたりを見まわしました。 ずっと、むこうです。森の木の間に、見えつかくれつ、あの銀色の首が、ふわふわと浮いているではありませんか。 少年たちは、いよいよ身をかたくして、じっと、その光る首を見つめました。 スウッと、一直線に飛ぶかとおもうと、また、ふわふわとただよい、その首は、だんだん、こちらへ近よってきます。 井上君のいったとおりです。銀色の顔、まんまるで、もえるようにまっ赤な目、ガッとひらいた赤い口、なんともいえない恐ろしい顔です。 ﹁みんな、逃げちゃいけないよ。お化けなんて、いるはずはない。だれかが、ぼくたちをおどかすために、いたずらをしているんだ。きっと、そうだよ。だから、みんなで、あいつをつかまえてやろうじゃないか。﹂ 小林君が、ささやきました。 ﹁うん、やっつけちゃおう。﹂ 野田君が、元気よく、ささやきかえしました。 そこで、少年たちはたがいに手をつなぎあって、じりじりと、怪物の顔のほうへ進んでいきます。 すると宙に浮く首は、それとしったのか、だんだん、あとずさりをはじめたではありませんか。ふわふわと、むこうのほうへ遠ざかっていくのです。 あいてが逃げだしたとわかると、少年たちは、ますます元気がでてきました。 いっそう、足をはやめながら、光る首を追っていきます。 まっ暗な森の中、ゆくてに立ちふさがる大きな木の幹を、ぬうようにして進んでいくのです。 銀色の首は、少年たちをからかうように、ふわふわとただよいながら、森のおくへ、おくへとはいっていきましたが、やがて、ピタッと、宙にとまってしまいました。そして、まっ赤な目で、じっとこちらを、にらみつけているのです。少年たちも立ちどまりました。息づまるような、にらみあいです。 二十秒ほどたったとき、少年たちは、なにか、パッと光るものに、いすくめられて、くらくらっと、目がくらむような気がしました。 ああ、ごらんなさい。そこに、ひとりの銀色に光る人間が立っていたではありませんか。あの恐ろしい首の下に、胴体がつながったのです。そして、その胴体も、うすきみわるく銀色に光っているのです。 怪物は、まっぱだかで、仁にお王うだちになっていました。その全身が、後ごこ光うのような光でおおわれているのです。 夜光怪人! まさに夜光の人間です。いったい、この怪人は、どうして、こんなに光るからだを持っているのでしょう。それに、あの恐ろしい、まんまるな、まっ赤にかがやく目、火を吹く口。こんな怪物が、地球上にあらわれたことが、いちどだってあったでしょうか。 少年たちは、あまりのふしぎさ、恐ろしさに立ちすくんだまま、夢でも見ているような気持ちでした。 ﹁ワハハハハハ、ワハハハハハ……。﹂ 銀色の怪物は、もえるような、まっ赤な口をあけて、森じゅうにひびく笑い声をたてました。 笑いながら、怪人の光るからだは、スウッと、地面をはなれて宙に浮きました。そして、ぐんぐん、上のほうへのぼっていくではありませんか。この夜光怪人は、飛行の術をこころえているのでしょうか。 黒ビロードの闇の中に、ピカピカと銀色に光る人間。それが空へ空へとのぼっていくのです。なんという、うつくしさでしょう。ぞっと、するほど、こわくて、うつくしい光景です。 少年たちは、息もつまるおもいで、それを見つめているのでした。宙に浮く首
世田谷区の木下昌一君のおうちのそばにある森の中に、からだじゅう銀色に光る怪物が、あらわれてから二、三日は、なにごともなく、すぎさりました。 あのとき、怪物はケラケラと笑いながら、高い木の上に浮きあがっていって、そのまま闇の空へ、すがたを消してしまいました。 少年団員たちは、こわくなって、そのまま、めいめいのうちへ逃げかえり、おとうさんに、そのことを話しましたが、 ﹁そんなばかなことがあるもんか。きっと、リンでも、もえているのを、見まちがえたのだろう。﹂ といって、すこしも、とりあってくださらないのでした。 むりもありません。全身銀色にかがやいて、目はまっ赤にひかり、口の中は火のようにもえている人間なんて、この世にいるはずがないからです。 ところが、少年たちは、夢を見たのではありません。あの恐ろしいやつは、やっぱり、ほんとうの怪物だったのです。それから二、三日たった、あるばんのこと、こんどは千ち代よ田だ区の、やしき町のまんなかに、銀色のやつが、あらわれたのです。 もう、夜の十一時をすぎていました。まだところどころに、広いあき地のある、さびしいやしき町を、火の番のおじいさんが、 ﹁火の用心。﹂ちょん、ちょん……。 と、拍ひょ子うし木ぎをたたきながら歩いていました。 腰に、ぶらぢょうちんをさげていますが、小さなロウソクとみえて、いまにも消えそうな心ぼそいあかりです。 そこは、両がわに長い塀のつづいている、まっ暗な町でした。常夜灯も、電球がわれて消えてしまい、鼻をつままれても、わからぬほどの暗さです。 いっぽうは、コンクリートの万まん年ねん塀べいですが、もういっぽうは、まっ黒にぬった板塀で、いっそう、まっ暗にみえるのです。 その黒板塀の前をとおっていますと、塀の一ヵ所が、ゆらゆらと、動くような気がしました。 火の番のじいさんは、オヤッと思って立ちどまりました。 ﹁なんだろう? 塀に小さなひらき戸がついていて、それが、風で動いたのかしら? もし、そうだったら、用心のわるいことだ。ちゃんと戸じまりをしておかなけりゃあ。﹂ じいさんは、そう考えて、手さぐりで黒塀に近づいていきました。ちょうちんのあかりが暗いので、はっきり見えないのです。 すると、なんだかきみのわるい、やわらかいものが、手にさわりました。びっくりして、うしろにさがり、腰のちょうちんをとって、よく見ようとすると、パッと、そのちょうちんが、地面にうち落とされ、火が消えてしまいました。 なにか、目に見えないまっ黒なやつが、そこに立っていて、ちょうちんを、たたき落としたのです。さっき手にさわった、やわらかいものは、そいつのからだだったのでしょう。 ﹁だれだッ? そこにいるのは、だれだッ。﹂ じいさんは、うすきみのわるいのをがまんして、大声でどなりました。 あいてはだまっています。まっ黒な塀の前のまっ黒なやつですから、すこしも目には見えません。 そいつは、ぴったりと、塀にからだをくっつけて、クモのように横にはって、もう逃げてしまったのかもしれません。それとも、もとの場所に、じっとしているのでしょうか。あいてが人間だか、けだものだか、わからないので、じつにきみがわるいのです。 そのとき、すぐ鼻のさきの闇の中で、ケラ、ケラ、ケラという、身ぶるいするような笑い声が聞こえました。 ギョッとして、そのほうを見つめますと、いきなり、黒板塀の、じいさんの顔と同じぐらいの高さのところに、人の顔があらわれたではありませんか。 青白く光った顔です。その中にふつうの人間の三倍もあるような、大きな二つの目が、まっ赤にかがやいています。赤い目の銀色の顔です。その顔ばかりが、宙に浮いているのです。 ケラ、ケラ、ケラ……。 その顔が、口をあいて笑いました。ああ、その口! 口の中は、まっ赤です。まるで火がもえているようです。 あまりの恐ろしさに、火の番のじいさんは、﹁ワアッ!﹂と叫んで、その場に、しりもちをついてしまいました。 すると、その叫び声におどろいたのか、銀色の顔は、パッとかき消すように見えなくなってしまいました。 じいさんは、やっと、腰をさすりながら立ちあがりました。そして、こんなきみのわるいところには、一刻もいられないというように、すたすたと歩きだしました。 ところが、二メートルも歩かないうちに、またしても、すぐ耳のそばで、ケラ、ケラ、ケラと、あの笑い声。ギョッとして、そのほうを見ますと、またしても、そこの黒板塀に、あの銀色の、まっ赤な目の顔が、あらわれていたではありませんか。 じいさんは、くぎづけになったように、そこに立ちすくんでしまいました。逃げたら、うしろから、グワッと、化けものに、かみつかれそうに思ったからです。 銀色の顔ばかりのお化けは、スルスルと黒板塀のてっぺんへ、のぼっていきました。そして、そのてっぺんの横板の上に、ちょこんと、のっかって、まっ赤な口を、パクパクひらきながら、赤い目で、こちらをにらみつけながら、ケラ、ケラ、ケラと、笑いました。 ﹁ワアッ!﹂ じいさんは、もう、無我夢中になって逃げだしました。いまにもうしろから、あの赤い目の首がとびついてくるのではないかと、生きたここちもなく、ただ走りに走るのでした。 やっと、黒板塀がなくなって、むこうが、ボウッと明るくなってきました。その角をまがったむこうに、常夜灯が立っているらしいのです。 おおいそぎで、その角をまがりました。ずっとむこうに、うすぐらい電灯がついています。見ると、その電灯の下を、コツ、コツと、こちらへ、歩いてくる人があるのです。 ﹁アッ、おまわりさんだ。﹂ それは、制服のおまわりさんが、夜の町を見まわっているのでした。じいさんは大よろこびで、そのほうへ、かけよっていきました。 ﹁だ、だんな、たいへんだ。銀色に光った首が、あの黒板塀の上に……。﹂ じいさんは、どもりながら、そんなことをいって、まがり角のむこうを指さすのでした。 ﹁なに、銀色の首だって?﹂ おまわりさんが、みょうなふくみ声で聞きかえしました。よく見ると、へんなおまわりさんです。制帽のひさしの下から顔の前に、黒いきれがさがっているのです。そのきれにつつまれて、顔はすこしも見えません。 じいさんは、みょうな顔をして、その黒いきれを見つめました。 ﹁へえ、銀色の首です。まっ赤なでっかい目をして、口から火を吹いて、板塀の上に、ちょこんと、のっかっていました。首ばかりの化けものです。﹂ ﹁へ、へ、へ、へ、へ……。﹂ おまわりさんが、へんてこな笑い声をたてました。 ﹁へ、へ、へ、へ、……、そいつは、こんな顔だったかね。﹂ といって、制帽をぬいで見せました。 ﹁ワアッ!﹂ じいさんは、またしても、ひめいをあげて、しりもちをつきました。 おまわりさんの顔は、青っぽい銀色をしていたからです。まっ赤な二つの目が、こちらをにらんでいました。そして、あのまっ赤な火のような口をひらいて、ケラ、ケラ、ケラと、笑ったではありませんか。 じいさんは、あまりの恐ろしさに、とうとう気をうしなってしまいました。そして、しばらくして気がついてみると、おまわりさんのすがたも、銀色の顔も、どこにも見えないのでした。墓地の恐怖
それから二日ほどたった夜ふけのこと、港みなと区の白しろ金がね町にある妙みょ慶うけ寺いじというお寺の墓地に、またしても、あの銀色の化けものがあらわれたのです。 やっぱり、夜の十一時ごろのことでした。おしょうさまが、手洗いに起きて、窓から墓場のほうを見ますと、たちならぶお墓の間に、白いものが動いているような気がしましたので、泥坊でもはいったのではないかと、寺男のじいやを起こして、墓場を見まわるようにいいつけました。 じいやは懐中電灯を持って、墓場へはいっていきました。 大きいのや、小さいのや、いろいろの形の墓石が、ズウッとならんでいて、その間を、ほそい道が、ぐるぐるまわりながらつづいています。 じいやはそこを、あちこちと歩きまわってみたのです。そして、墓場のまん中までたどりついたときです。闇の中から何者かが、パッととびかかってきて、手に持っている懐中電灯をうばいとってしまいました。 懐中電灯が消えると、あたりは、手さぐりで歩かなければならないほどの暗さでした。 あいてが何者だか、まったくわかりません。 じいやは、いまにも、だれかが組みついてくるのではないかと、みがまえをしましたが、すると、そのとき、じつにふしぎなことがおこったのです。 むこうの墓石の上に、パッと、銀色のまるいものが、あらわれました。 銀色の顔です。 そいつが、まっ赤に光る大きな目で、じっと、こちらを、にらみつけているのです。 口がパクッと、ひらきました。 ああ、その口! もえるように、まっ赤な口です。 そして、ケラ、ケラ、ケラと、なんともいえない、きみのわるい笑い声が聞こえてきたではありませんか。 墓石の上に、ちょこんと、銀色の首がのっかっているのです。その首ばかりの化けものが、まっ赤な口で笑っているのです。 こんなふしぎなことが、あるものでしょうか。 じいやは、ゾーッとして、身うごきもできなくなってしまいました。 すると、墓石の上の首が、ふっと見えなくなったのです。 ﹁オヤッ、それじゃあ、いまのは、わしの気のせいだったのかな?﹂ と思っていますと、こんどは、二メートルもへだたった、べつの墓石の上に、おなじ銀色の首が、パッとあらわれたではありませんか。 そして、赤い口で、ケラ、ケラと笑うのです。 しばらくすると、また、パッと消えました。 消えたかとおもうと、こんどは、ちがった方角の墓石の上にあらわれ、まっ赤な口を、パクパクさせます。 そして、消えたり、あらわれたり、あちこちの墓石の上に、とびうつって、めまぐるしく動きまわるのです。 じいやは、あっちを見たり、こっちを見たり、目がまわるような気持ちでした。 しまいには、墓石という墓石の上に、銀色の首が、何十となくのっかって、その首がみんな、じいやをにらみつけて、ケラ、ケラ、ケラ、ケラと笑っているように、おもわれてくるのでした。 そのとき、うしろから、じいやの腕を、ぐっと、つかんだやつがあります。 ギョッとして、ふりむくと、そこに、白い着物をきた人間が立っていました。 ﹁アッ、常じょ念うねんさん。﹂ ﹁うん、ぼくだよ。﹂ それは、おしょうさまの弟子の、常念という若い坊さんでした。寝床からとびだしてきたとみえて、白いもめんの寝巻きに、ほそおびをしめているのです。 ﹁あれはだれかが、いたずらしているんだよ、黒い服を着ているので、首ばかりのように見えるんだ。こわくはないよ。ふたりで、とっつかまえてやろうじゃないか。﹂ 若い坊さんは、ひどくいせいがいいのです。そういわれると、じいやも元気が出てきました。 ﹁うん、わしも、むかしは、柔道できたえたからだだ。あんな化けものに、負けるもんか。﹂ ﹁よしッ、やっつけよう。じいやさんは、あっちがわから、ぼくはこっちがわから、あいつを、はさみうちにするんだ。﹂ ﹁うん、わかった。さあ、行くぞッ。﹂ そこで、ふたりは、銀色の首ののっている墓石の両がわから、とびかかっていきました。 ケラ、ケラ、ケラ、ケラ……。 怪物は、まだ笑っていました。まさか、つかまえにくるとは思わないので、つい、ゆだんをしていたのです。 そこへ、両がわから、ふたりが、ぶっつかってきたので、どうすることもできません。たちまち恐ろしいとっ組みあいがはじまりました。 怪物には、からだがあったのです。ぴったり身についた黒シャツをきて、黒い手袋、黒い靴下をはいていました。いくら怪物でも、ふたりの力には、かないません。いちどは、地面におさえつけられてしまったように見えました。 三つのからだが、とっ組みあったまま、墓石のあいだをころげまわりました。 そうしているうちに、べりべりと音がして、怪物の黒シャツの胸のところが、やぶれました。そして、その下からあらわれてきたのは、おお、銀色のからだ、怪物はからだまで銀色に光っていたのです。 こちらのふたりは、それに気づくと、おもわず、ギョッとして、手をゆるめました。 そのすきに、怪物は、ふたりをつきはなして、パッと立ちあがり、いきなり、むこうへかけだしていきます。 そして、このあいだのばん、少年探偵団員たちが見たのと、おなじことが、おこりました。 墓場のおくに林があって、そのなかに一本の大きなスギの木が、そびえていました。十メートルもある大きな木です。そのスギの木の下に、黒シャツをぬいだ全身銀色の人間が、こちらをむいて、つっ立っているではありませんか。でっかいまっ赤な目、火を吹きだしそうな、大きな赤い口、その口が、あいたりふさいだりして、ケラ、ケラ、ケラ……と、笑っているのです。 全身銀色にかがやく、恐ろしいすがたを見ては、こちらのふたりも、きゅうに近よる勇気がありません。 いったい、この銀色のやつは、何者でしょう。人間か、動物か、それとも、遠くの星から地球へやってきた、別世界のいきものか? まもなく、いっそう、へんてこなことがおこりました。銀色のやつが、空へ、のぼっていくのです。スギの木の幹を、よじのぼるのではありません。葉のしげった表面を、スーッとのぼっていくのです。 いよいよ人間わざではありません。やっぱり星の世界からきた怪物なのでしょうか。 みるまに、銀色のやつは、スギの木のてっぺんまでのぼりました。そして、パッと、すがたを消してしまったのです。 いつまで待っても、怪物がすがたをあらわさないので、こちらのふたりは、おしょうさまの部屋にもどって、このことをしらせ、すぐに一一〇番へ電話をかけました。 すると、五分もたたないうちに、白いパトロール=カーがかけつけ、車内にそなえつけてあった小型の探照灯で、墓地やスギの木をてらして、しらべてくれましたが、怪物のすがたは、どこにもありませんでした。 では、怪物は、スギの木をスルスルとのぼって、そのてっぺんから、闇の空たかく消えていってしまったのでしょうか。そして、どこかの星の世界へ、かえってしまったのでしょうか。 こうして、夜光怪人は、東京のあちこちへ、三ども、すがたをあらわし、三どめには、警官がかけつけるというさわぎになりましたので、新聞がだまっているはずはありません。東京の新聞はもちろん、地方の新聞までが、この奇怪な夜光怪人の記事を、でかでかとのせました。 血なまぐさい犯罪の記事になれている読者も、このお化けみたいな銀色怪人の出現には、すっかり、おどろいてしまいました。ことに東京の人は、ま夜中に、その恐ろしい銀色のやつが、じぶんのうちのまわりを、うろうろしているのではないかと、みんな、びくびくものでした。 それは、人工衛星がうちあげられ、空とぶ円盤の話が、またやかましくなっているころでしたから、銀色の怪物も、どこかの星からの使いではないかと、きみのわるいうわさが、ひろがったほどです。魔法の名刺
夜光人間、夜光怪人のうわさは、もう日本じゅうに、ひろがっていました。東京や大阪の大新聞はもちろん、どんないなかの新聞までも、この恐ろしい怪物のことを、でかでかと書きたてたからです。 顔も、からだも、青白い銀色に光る人間、目はふつうの人間の三倍もある大きさで、それがまっ赤にかがやき、口の中も赤くもえて、いまにも火を吹きだしそうな怪物。 その首ばかりが、宙に浮いたり、ときには銀色の全身を見せたりして、東京のほうぼうに、すがたをあらわし、東京じゅうの人を、ふるえあがらせたのです。 この怪物は、つかまえようとすると、高い木の上へ、するするとのぼって、そのまま、空中へ消えうせてしまいます。ひょっとしたら、こいつは、遠い星の世界からやってきた、えたいのしれぬ生きものではないのでしょうか。 そんなさわぎの最中のある晩のこと、明智探偵事務所の応接室で、少女助手のマユミさんと、小林少年とが、怪人のことを、いろいろと、話しあっていました。明智探偵は、新潟に事件があって、旅行中なので、ふたりが、るす番をしているのです。 夜の七時ごろでした。テーブルの上の電話が、けたたましく鳴りだしました。小林君が受話器をとって、耳にあてますと、 ﹁そちらは、明智探偵事務所ですか。明智先生はおいでになりますか。﹂ という聞きおぼえのない、男の声です。 ﹁先生は旅行中ですが、あなたはどなたですか。﹂ ﹁世田谷の杉すぎ本もとというものです。夜光人間が、こんばん、わたしのうちへ、やってくるのです。それで、明智先生に、おいでをねがいたいと思いまして。﹂ ﹁エッ、夜光人間が?﹂ 小林君が、とんきょうな声をたてたので、マユミさんもおどろいて、電話のそばへ、近づいてきました。 ﹁そうです。警察からもきてくれますが、明智先生にも、おいでをねがいたいのです。わたしの友人の花はな崎ざき検事から、明智さんのことは、くわしく聞いています。こんなふしぎな事件は、明智さんの力を、かりるほかはないのです。﹂ ﹁ざんねんですが、先生は、まだ二、三日はお帰りになりません。先生のかわりに、ぼくがおじゃましてもいいでしょうか。﹂ ﹁あなたはどなたですか。なんだか子どものような声だが。﹂ 杉本という人は、うたがわしげに聞きかえしました。 ﹁ぼく、明智先生の少年助手の小林です。﹂ ﹁ああ、あの有名な小林君ですか。うん、きみのことも、花崎検事から聞いていますよ。きみも、なかなかの名探偵だといっていました。ええ、きてください。明智先生が帰られるまで、きみに、わたしの宝物をまもってもらいましょう。﹂ ﹁えっ、宝物ですって。﹂ ﹁わたしのだいじな宝物です。それを夜光怪人がねらっているのですよ。では、すぐにきてくださいね。﹂ そして、杉本さんは、じぶんの家へくる道すじをおしえて、電話をきりました。 小林少年は、そばに立っているマユミさんの顔を見ました。 ﹁ぼく、いってもいいでしょう。﹂ ﹁ええ、いいわ。すぐに自動車で、おいでなさい。わたし、るす番をしているから。ゆだんなくやってくださいね。﹂ マユミさんは、小林少年の肩に手をかけて、はげますようにいうのでした。 小林君が世田谷の杉本さんのうちについたのは、八時ごろでした。りっぱなおやしきです。コンクリートの塀に、石の門、から草もようの鉄の扉、門をはいると、うえこみがあって、そのむこうに、二階だての西洋館がそびえていました。 あとでわかったのですが、杉本さんは、いくつもの会社の重役をつとめているお金持ちでした。それでいて、まだ四十歳ぐらいの若さなのです。よほど、腕ききの実業家なのでしょう。 玄関のベルをおしますと、女中さんがドアをひらいて、応接間へとおしてくれました。 ﹁やあ、よくきてくれましたね。まあ、おかけなさい。﹂ 杉本さんは、したてのよい背広を着ていました。じぶんも、いすにかけると、ポケットから、大きな手帳をだし、その間にはさんであった名刺のような紙をとりだして、すぐに、説明をはじめました。 ﹁きょうの昼すぎです。この名刺を持って、ひとりの男がたずねてきた。年ごろは三十ぐらいだろうか、黒い背広を着ていたが、なんともいえない、へんな顔色をしている。 黄色い粉でもぬったような、きみのわるい顔色です。そして、部屋にはいっても、白い皮の手袋をはめたままで、ぬがないのです。 名刺には﹃北きた森もり七しち郎ろう﹄と印刷してあった。むろん、いちどもあったことのない男です。ふつうなら、こんな男を部屋にとおしたりしないんだが、わたしの友人から電話で、あってやってくれといってきたので、しかたなく、とおしたのです。 その北森という男は、なにか、つまらないことを、ぐずぐずいっているので、はやく用件をはなしてくれというと、﹃こんばん十時です。どうかおわすれないように。﹄と、へんなことをいって、にやりと笑うとそのまま出ていってしまった。 なにがなんだか、わけがわからないので、わたしは、その北森という男を、しょうかいした友人に、電話でたずねてみると、﹃そんな男にあってくれといったおぼえはない。電話もかけなかった。﹄という答えです。 ますます、へんだから北森の名刺の住所をしらべようとして、その名刺を見ると、ふしぎなことがおこっていた。さっきまで、くろぐろと印刷してあった字が、すっかり消えてしまって、ただの白い紙になっている。 わたしは、さいしょ名刺を見たとき、そのまま右のポケットへいれておいたのだから、まちがうはずはない。時間がたつと、ひとりでに消えてしまう魔法インキがあるね。この名刺は、あのインキで印刷してあったのかもしれない。そう思ったので、わたしは、この名刺を、いろいろな角度にしてしらべてみた。そうして、ながめているうちに、へんなことに気がついた。 この名刺には、紙の色と見わけがつかないほど、かすかに黄色っぽい色で、もやもやと、もようのようなものが、いちめんに浮きだしている。ただ見たのではわからない。こういうふうに、横のほうから、すかして見ないとわからない。あるかないかの、じつにかすかな、かすかなもようなのだ。ほらね……。﹂ 杉本さんは、そういって、名刺をたいらにもって、小林君の目のそばへ近づけて見せるのでした。そういわれてみると、名刺の紙に、なんだかもやもやしたものが、見えるように思われました。 ﹁ところがね、夜になって、暗いところで、この名刺を見ると、おどろいたね。銀色に、ちかちか光っているんだ。あの、もやもやしていた黄色っぽいものは、夜光塗料だったんだね。暗いところで見ると、それが、銀色の字になって、はっきり読めるんだよ。ほら、この暗いところで、見てごらんなさい。﹂ 杉本さんは、そういって、名刺をテーブルの下の暗いところへ、いれて見せるのでした。 小林君は、テーブルの下へ、首をいれるようにして、それを見ましたが、すると名刺の表面には、青っぽい銀色の字が、いっぱいならんでいるではありませんか。そして、それは、つぎのような恐ろしい文章だったのです。
こんや十時に、きみの宝物をちょうだいにあがる。じゅうぶん用心したまえ。しかし、いくら用心しても、きっと、盗みだしてみせるよ。
夜光の人
﹁アッ、すると、昼間きたのは、夜光人間だったのでしょうか。﹂
小林君は、そこへ気がつくと、おもわず高い声をたてました。
﹁だが、昼間の北森という男は、ふつうの人間だった。べつに顔が光ってはいなかったが……。﹂
﹁昼間、明るいところでは光らないのかもしれません。この名刺だって、そうですもの。さっき、その男の顔は、黄色っぽかったと、おっしゃったでしょう。この名刺も、昼間は、黄色っぽかったんですよ。﹂
﹁あっそうか。じゃあ、あいつの顔も暗いところで光りだすんだな。きみに、そういわれてみると、やっぱり、あいつが夜光人間だったのかもしれないね。じつに、きみのわるい顔色をしていた。﹂
杉本さんはそういって、じっと、小林君の顔を見つめるのでした。まるで、小林君が夜光人間ででもあるように、きみわるそうな目で、じっと見つめるのでした。