あやしい人造人間
ある夕方、千ち代よ田だ区の大きなやしきばかりのさびしい町を、ふたりの学生服の少年が、歩いていました。大きいほうの十四―五歳の少年は、名探偵明あけ智ちこ小ご五ろ郎うの少年助手として、また、少年探偵団の団長として、よく知られている小こば林やし芳よし雄お君でした。もうひとりの少年は、少年探偵団の団員で、小学校六年生の野のろ呂いっ一ぺ平い君という、おどけものの、おもしろい少年です。 ﹁なにか、すばらしい事件がおこらないかなあ。怪人二十面相も、ひさしくあらわれないし、ぼく、このうでが鳴ってしかたがないよ。﹂ ノロちゃんは、うでをさすりながら、いいました。ノロちゃんというのは、野呂一平君の愛称なのです。 ﹁バカだなあ。世間の人が、こわがって、さわぐのが、きみはすきなのかい。﹂ 小林団長にたしなめられて、ノロちゃんはペロッと舌したを出して、頭をかきました。 すると、そのとき、むこうの町かどから、ヒョイと、ふしぎなものがあらわれました。ロボットです。鉄でできた、ぶきみなかたちの人造人間です。そいつが、かくばった頭をふりながら、かくばった足で、ギリギリと、歯車の音をさせながら、むこうのほうへ歩いていくのです。 おもいもよらぬところに、人造人間があらわれたのを見ると、ふたりはギョッとして、たちすくんでしまいました。 小林少年がノロちゃんのうでを、グッとつかみました。ノロちゃんが、いきなり逃げだそうとしたからです。 ﹁きみはうでが鳴ってしかたがないと、いったじゃないか。あれはうそなの?﹂ 小林君は、ニッコリ笑って、ノロちゃんにいってきかせました。 ﹁あれはね、銀座なんかを歩いているサンドイッチマンだよ。ほら、いつか銀座で、あいつに広告ビラをもらったじゃないか。ロボットのサンドイッチマンだよ。あれは鉄でなく木でできてるんだよ。﹂ ﹁あっ、そうか。なあんだ。板ばりのロボットか。﹂ ﹁だが、へんだねえ。サンドイッチマンが、こんな大きなやしきばかりの町に、すんでいるんだろうか。それに、あんな姿のままで、こんなにとおくまで、やってくるのは、おかしいね。﹂ 小林君がいいますと、ノロちゃんも、ちょうしをあわせて、 ﹁だから、ぼく、あやしいとおもったんだよ。尾びこ行うしてみようか。﹂ ふたりの少年は、あやしい人造人間を尾行しました。少年探偵団長と、その団員ですから、尾行にはなれています。ふたりはリスのように、ものかげからものかげにと、身をかくしながら、どこまでも人造人間のあとをつけました。 しばらくいきますと、ふるいレンガべいの門に、からくさもようの鉄のとびらのしまった、大きなうちの前に出ました。 人造人間は、その門の前に立ちどまると、かくばった頭を、クルクルまわして、あたりをながめてから、鉄のとびらを開いて、門のなかへはいっていきます。 ﹁おやっ、ますます、あやしい。あいつが、こんな大きなうちに住んでいるはずがない。ノロちゃん、あとをつけて、門のなかへ、はいってみよう。﹂ 門のなかには、こんもりと木がしげっていて、そのむこうに、ふるいレンガの二階だての、大きな西洋館の入口が見えています。 人造人間は、その入口は見むきもしないで、西洋館のよこを、うらのほうへ、まわっていきます。ギリギリと歯車のきしるような、あのいやな音をさせながら、機械のような歩きかたで、ヒョッコリ、ヒョッコリ、歩いていきます。少女の悲鳴
西洋館のよこてに、物置小屋があって、その前にはしごがおいてありました。人造人間は、ふじゆうな手で、そのはしごをつかむと、ズルズルと、西洋館の窓の下へひきずっていき、それを二階の窓へたてかけました。 それから、はしごをのぼりはじめたのです。機械人間が、はしごをのぼる姿は、じつに気味のわるいものでした。 ﹁あらっ。窓からはいるつもりだよ。あいつ、どろぼうかもしれない。おまわりさん、呼んでこようか。﹂ ノロちゃんが、心配そうに、ささやきました。 ﹁まちたまえ。もうすこし、ようすをみよう。﹂ 小林団長はおちついています。人造人間は、とうとう二階の窓までのぼりつきました。 二階の窓は、なかから、しまりがしてないのか、人造人間は、そのガラス戸を、ソーッと開いて、窓のなかへはいっていきました。 ﹁おまわりさんよりも、ここのうちの人に、しらせてあげよう。もし、しらないでいると、たいへんだからね。﹂ 小林君は、そういって、ノロちゃんといっしょに、正面の入口へひきかえしました。 入口のベルをおしましたが、いくら待っても、だれも出てきません。へんだなとおもって、ドアをおしてみますと、音もなく開きました。ここも戸じまりがしてないのです。 窓の小さい、きゅうしきな建物ですから、なかは昼間でもうす暗く、シーンとしずまりかえって、まるで、空家のようです。 ﹁ごめんください。﹂ 大きな声で呼んでみましたが、なんのへんじもありません。ノロちゃんはもどかしくなって、くつをぬいで、いきなり、廊下へあがっていきました。 ﹁だれもいないんですか。ごめんなさーい!﹂ びっくりするような声で、どなりました。やっぱりシーンとしています。 ﹁へんだなあ。ここ空家かしら。﹂ そのときです。西洋館のおくのほうから、 ﹁キャーッ、たすけてえ……。﹂ という女の悲鳴が、聞こえてきました。 ノロちゃんは、それをきくと、くつもはかないで、入口の外へ逃げだしました。野呂一平君は、探偵団員にもにあわない、おくびょうものです。 小林少年は、すばやく、ノロちゃんを追っかけて、ドアのなかへ、ひきもどしました。 ひきもどされたノロちゃんは、大きな目をキョロキョロさせて、なにか出てきたら、すぐ逃げだせるように、へんな腰つきをしています。 ﹁いまのは、小さい女の子の声だったぜ。さあ、いってみよう。ひどいめにあわされていたら、助けてやらなけりゃあ。﹂ 小林君は、ノロちゃんの手を、グッとひっぱりました。 小林君も、くつをぬいで上にあがり、ノロちゃんの手をひっぱって、廊下をグングン、おくへはいっていきました。 ﹁キャーッ、だれか来てえ……。﹂ またしても、耳をつんざく悲鳴! ノロちゃんは、からだをピクンとさせて、逃げようとしましたが、小林君に、グッとにらみつけられました。 ﹁きみ、それでも少年探偵団員かっ!﹂ 廊下をまがると、むこうの部屋のドアが、開いたままになっていました。そして、その中から、へんなもの音が聞こえてきます。 ﹁あの部屋だ。のぞいてみよう。﹂ ドアのところまでいって、そっと中をのぞきました。すると、その洋室のテーブルの下に、かわいらしい少女が、グッタリと、たおれていたではありませんか。 たおれていたのは、ピンクの洋服をきた、十二―三歳の少女でした。 ﹁どうしたの? だれが、こんなめにあわせたの?﹂ 小林君がかけよって、少女をだきおこして、たずねました。少女は、よほどこわかったとみえて、口もきけないのです。ただ、つぎの部屋を、ゆびさすばかりでした。 少女が、﹁あちら、あちら。﹂というように、ゆびさすので、そのほうを見ますと、つぎの部屋へ通じるドアが、半分ひらいていました。きっと人造人間です。あいつが少女を、つきたおしておいて、あの部屋へ、はいっていったのです。 小林君は、またノロちゃんの手をひっぱって、その部屋へ、はいっていきました。その部屋は、なぜか夜のようにまっ暗でした。 その部屋は、窓のよろい戸が、ぜんぶしめてあって、まっ暗でしたが、てんじょうと、壁の床に近いところに、一つずつ電灯がついていて、それが、こちらへ、強い光をなげています。 ﹁あっ、いた、いた。あいつだっ!﹂ ノロちゃんは、ギョッとして、また逃げだしそうになりました。部屋のすみに、あの人造人間が、ニューッとたっていたからです。消えるロボット
ふたつの電灯が、こちらをむいているので、そのむこうは、まっ暗です。そこに、ぶきみなロボットが、たちはだかって、こちらを、にらみつけています。 ﹁小林さん、帰ろうよ。ぼく、いやだよ。﹂ ノロちゃんが、泣きだしそうな声でいいました。 でも、小林君は、ノロちゃんの手をはなしません。 そのとき、おそろしいことがおこりました。ロボットが、右手を高くあげて、サッと、ひとふりすると、その手が、どっかへ飛んでいって、見えなくなってしまいました。 はっとして見つめていますと、こんどは左の手を、サッとふりました。すると左手も、からだからちぎれて、どっかへ、飛びさってしまったではありませんか。 両手のなくなったロボットは、しばらく、電灯のむこうがわを行ったり来たりしていましたが、こんどは右の足を、バレエでもおどるように、パッと、高くあげたかとおもうと、その足も、どこかへ消えてしまいました。 あとには、左の足が一本のこっているばかりです。一本足のロボットです。むかしの本にのっているおばけの絵と、そっくりです。 あまりのふしぎさに、ふたりの少年は身うごきもできなくなって、夢でも見ているような気持で、おばけロボットを見つめていました。 一本足のロボットは、ピョイ、ピョイと、右左にとびあるいていましたが、その一本足も、ヒューッと、どこかへ飛びさって、見えなくなってしまいました。 手も足もなくなったロボットの、首と胴だけが、下に落ちもしないで空中にただよって、ユラユラゆれているのです。 ﹁エヘヘヘヘヘ……。﹂ ロボットの口が、三日月がたに、キューッとひらいて、気味のわるい笑い声をたてました。 そして、その笑い声が消えないうちに、またもや、こんどは……。 あっとおもうまに、ロボットの胴体が、かき消すように、なくなってしまったではありませんか。 あとには、かくばったロボットの首ばかりが、フラフラと、宙ちゅうに浮いているのです。そして、その首が、三日月がたの口をパクパクやって、ヘラヘラと笑いながら、空中を、スーッとこちらへ近づいてくるのです。 ロボットの首だけがヘラヘラ笑いながら、空中を、スーッとこちらへ近づいてくるのを見て、おくびょうもののノロちゃんは、いきなり、小林君にだきついて、 ﹁ワー……、たすけてくれえ……。﹂ と、悲鳴をあげました。 さすがの小林君も、気味がわるくなってきました。 でも、小林君は、逃げだしません。世のなかに、おばけなんているはずがないと、しんじていたからです。ロボットの首が、宙に浮いているのは、きっと、なにか、しかけがあるのだと、かんがえたからです。 それで、こわがるノロちゃんをだきしめて、空中にただよっているロボットの首を、グッとにらみつけました。 小林君は、名探偵明智小五郎の少年助手として、﹁透明怪人﹂︵この文庫第三十三巻︶や﹁宇宙怪人﹂︵第三十四巻︶の事件で、こんなことには、たびたび出あっていますから、それほど、こわいとも思いません。 首ばかりのロボットは、小林君ににらみつけられて、ひるんだのか、スーッと、むこうのほうへ遠ざかっていきましたが、そのまま、パッとかき消すように、見えなくなってしまいました。知恵くらべ
しばらく待っていても、なにもあらわれません。ロボットは、まったく、この部屋から消えてなくなってしまったのです。 ﹁ノロちゃん、ロボットは、もう、いなくなったよ。﹂ ノロちゃんは目をふさいで、小林君にしがみついていましたが、そのとき、やっと、目をひらきました。そして、キョロキョロと、あたりを見まわしていましたが、するとまたしてもなにを見たのか、いきなり、ギュッと小林君にしがみついてきました。 びっくりして、小林君も、むこうを見ますと、ノロちゃんがおどろいたのも、もっともです。電灯のむこうの暗いところに、人間の首だけが、スーッと、浮きあがっているではありませんか。 こんどは、ロボットでなくて、人間の首が、空中にあらわれたのです。しらが頭に、白ひげを長くたらした、おじいさんの首です。キラキラ光る、めがねをかけています。 おじいさんの首ばかりが、空中をフワフワただよっているのですから、じつに、気味がわるいのです。でも、小林君は逃げません。じっと、そのしらがの首をにらみつけていました。 首ばかりのおじいさんは、しばらく空中をユラユラしていましたが、パッと、首の下に、胴体があらわれ、おやっとおもっていると、その胴体の下に、右足がつき、左足がつき、それから両方の肩に、右手、左手と、つぎつぎと、足や手が、どこかから飛んできて、おじいさんのからだに、くっついてしまいました。 そして、ちゃんとしたひとりの人間が、できあがってしまったのです。灰色の洋服をきた、白ひげの、りっぱなおじいさんです。 ﹁ハハハハ、感心、感心、さすがは少年探偵団の団長じゃ。よく逃げださないで、がまんをした。えらいぞ。それにひきかえ、もうひとりの子は、ひどくおくびょうだね。それでも団員かね?﹂ 白ひげのおじいさんは、そういいながら、ツカツカと、ふたりのそばへ近づいてきました。 その声をきくと、ノロちゃんも、小林君の胸から顔をはなして、やっと、おじいさんの姿を見ました。いままで、目をふさいでいたので、どうして、こんなおじいさんがあらわれたのか、わからないものですから、びっくりして、キョロキョロしています。 ﹁あなたは、いったい、だれです?﹂ 小林君は、キッと、おじいさんの顔を見つめて、たずねました。 ﹁わしかね、わしは、さっきのロボットじゃよ。﹂ おじいさんは、にこにこしています。それでは、あのロボットのなかに、この老人がはいっていたのでしょうか。 もし、そうだとすると、このおじいさんは、やっぱり、悪ものです。 ﹁それじゃあ、となりの部屋の、女の子を、ひどいめにあわせたのは、あなたですね。﹂ 小林君が、おじいさんをにらみつけました。 ﹁ハハハ……、あれかね。あれは、わしの友だちのおじょうさんじゃよ。ミヨ子ちゃん、もういいから、こちらへおいで。﹂ すると、﹁はーい。﹂というかわいい声がして、さっき、となりの部屋にたおれていた、ピンクの服の少女が、にこにこしてかけこんできました。 ﹁あらっ、それじゃあ、あの女の子は、ぼくたちに、うそをついたんだね。﹂ ノロちゃんが、あきれたように、いいました。 ﹁そうじゃ、うそをついたのじゃ。きみたちを、この部屋に、おびきよせるためにね。﹂ ﹁なぜ、ぼくたちを、この部屋へ、おびきよせたんですか。﹂ 小林君が、おじいさんに、つめよりました。 ﹁ハハハ、そう、おこるもんじゃない。まあ、こっちへおいで。もっときれいな部屋で、ゆっくり話をしよう。﹂ そういって、おじいさんは、さきにたって、廊下へ出ました。ふたりの少年は、ともかく、そのあとについていきます。 老人は、少年たちと、ミヨ子ちゃんをつれて、りっぱな洋室にはいりました。 壁いっぱいの本だなに、むずかしい本がズラッとならび、部屋のまんなかには、大テーブルがあって、そのまわりに、ふかふかとしたあんらくいすが、いくつもおいてあります。 ﹁さあ、かけたまえ。これから、きみたちを、おびきよせたわけを話すからね。 わしは、ロボットになって、きみたちの前にあらわれた。きっと、ついてくるじゃろうと思ってね。窓から、このうちへ、しのびこんで見せたので、きみたちは、いよいよ、わしを悪ものだと思った。そして、さっきの部屋まで、はいってきた。それから、ふしぎなことがおこったね。あれはきみたちのどきょうを、ためすためじゃった。だが、どうして、あんなことがおこったか、わかるかね。﹂ 老人が、ブラック=マジックの種あかしをしました。 ﹁あの部屋の電灯は二つとも、きみたちのほうを向いていた。うしろの壁には、黒いカーテンがはってある。そのカーテンの前に、あたまから足のさきまで、まっ黒なきれでつつんだ、わしの助手が立っていたのだが、きみたちには、すこしも見えなかった。そこへロボットがはいってきた。 わしのまっ黒な助手は、黒いきれの袋をいくつも持っていて、ロボットの手や、足や、胴や、首へ、つぎつぎと、かぶせていったのだ。そうすると、かぶせたところだけ消えたように見える。暗い舞台で、白いガイコツがおどりだす奇術があるね。あれは人間が、黒いシャツとズボンに、白いガイコツの絵をかいたのをきて、おどるのだよ。それと同じわけさ。 そのあとへ、このわしが、姿をあらわしたのも同じりくつで、手や足や首に、黒い袋をかぶせてあったのを、つぎつぎと、ぬいでいったのだよ。わかったかね。﹂ 老人は、にやにやと笑いました。 ﹁まだ、きみたちをびっくりさせることがある。わしはロボットから老人になったが、これでおしまいではない。わしは世界一の変装の名人だからね。﹂ 怪老人は、そういったかと思うと、まっ白な頭と、ひげに手をかけて、それを、ひきむいてしまいました。すると、その下から、黒いかみの毛の三十ぐらいの若い顔が、あらわれました。 ﹁ハハハ……、どうだね。若くなっただろう。だが、これが、わしのほんとうの顔かどうか、わからないよ。 まだこの下に、べつの顔がかくれているかもしれないのだよ。ところで、きみたちを、ここへおびきよせたわけだがね。わしは、きみたちの少年探偵団が、すばらしい働きをしたことをよく知っている。そこで、わしは、少年探偵団に知恵くらべの試合をもうしこむのだ。わしがあいてになるから、きみたちに腕だめしがしてもらいたいのだ。﹂ ﹁試合って、どんな試合です。﹂ 小林君が、びっくりして、ききかえしました。 ﹁わしは魔法博士とよばれている奇術の名人だ。このうちのほかにも、ほうぼうに、ふしぎなうちをもっている。おとなの助手もいるし子どもの助手もいる。このミヨ子という少女も、そのひとりだ。そこで、きみたちの知恵と勇気で、わしの魔法と、たたかってみる気はないか。﹂ 魔法博士はそういって、どこからか黒い箱を持ってきて、そのなかから、ピカピカ金色に光ったものを出して、テーブルの上におきました。それは、金色のトラが、あと足をまげて、うずくまり、まえ足をグッと立てて、空にむかって、ウオーとうなっている、高さ十センチほどの置きものでした。 ﹁これは純金でできている。目にはダイヤがいれてある。 何千万円という、わしのうちの宝物だ。これを知恵くらべの賞に出すのだよ。この黄金のトラを、いまきみたちに渡すから、きみたちは、これをどこかへかくすのだ。わしは、それをさがしだして盗んでみせる。すると、こんどきみたちが、わしを見つけだして、このトラを取りかえすのだ。盗まれてから、二ヵ月のうちに、取りもどしたら、きみたちの勝ちだ。 もし、勝ったら、このトラの宝物をきみたちにあげる。つまり優勝旗みたいなものだね。また二ヵ月のうちに、取りもどせなかったら、きみたちの負けで、トラはわしのものだ。わかったかね。﹂ 魔法博士のふしぎなもうしこみに、二少年は、おもわず、顔を見あわせましたが、ノロちゃんは、 ﹁小林さん、試合のもうしこみに、おうじようよ。そして、ぼくたちの腕まえを見せてやろうよ。﹂消えた黄金のトラ
﹁うん、感心、感心。ノロちゃんは、おくびょうものかと思っていたが、なかなか勇気があるね。小林君、団長のきみは、このもうしこみを、うけるかね。﹂ ﹁明智先生に相談してから、きめます。﹂ ﹁いや、それなら、心配しないでいい。明智さんには、ちゃんと、わしから話しておいた。明智さんは知っているのだ。 もし、きみたちがこまったときには、明智さんに、知恵をかりてもいいという約束もしてある。﹂ ﹁そうですか、それなら、もうしこみをうけます。少年探偵団員は二十三人おりますが、そのうち、うちで、ゆるしてくださるものだけが、試合にさんかすることにします。じゃあ、この黄金のトラを、ノロちゃんとふたりで、持って帰りますよ。﹂ 二少年は、黄金のトラを持って、明智探偵事務所に帰り、明智先生に、そのことを話しますと、 ﹁あれは雲くも井いり良ょう太たという、お金持ちの変わりものだ。けっして悪い人ではないから、知恵くらべをやってみるがいい。﹂ と、おゆるしが出ましたので、すぐに電話れんらくで団員たちに知らせますと、その日は、十五人の団員が、集まってきました。 小林少年と、ノロちゃんと、十五人の少年は、明智探偵事務所の応接間に集まって、黄金のトラのかくし場所について相談しました。すると、ひとりの少年が、 ﹁井上君のうちがいいよ。井上君のおとうさんは、もとボクシングの選手だから、安心だし、それにほかのうちでは、おとうさんか、おかあさんが、ゆるしてくれないだろうからね。﹂ ﹁うん、井上君のおとうさんは、冒険ずきだからね。それがいいよ。﹂ みんなが、さんせいしましたので、井上君が、うちに帰って、おとうさんに、相談しますと、 ﹁魔法博士と知恵くらべとはおもしろい。よし、おとうさんも、てつだってやるぞ。﹂ と、だいさんせいでした。そこで、黄金のトラのかくし場所がきまりました。 小林団長と井上一郎少年とが、黄金のトラを持って、井上君のうちへいき、井上君のおとうさんと三人で、ヒソヒソと相談しました。 それから、夜になるのをまって、小林、井上の二少年はクワをかついで、ソッと井上君のうちの庭に出ると、木のしげった庭のすみを、六十センチメートルほどの深さにほって、そこへ、なにかをうずめ、ていねいに土をかけました。 小林君と井上一郎少年は、庭の土のなかへ、黒いものをうずめてから、二階の一郎君の勉強部屋にとじこもって、なにかやっていましたが、しばらくすると、一郎君は、白い絹糸の毛をはやした大きなオモチャの白しろ犬いぬを、だいじそうにかかえて、小林君といっしょに、二階からおりてきました。これは、一郎君がまだ小さかったころのオモチャです。 魔法博士のことだから、きっと、どこかで見はっているだろうと思ったので、黒い箱だけを、庭にうずめて見せて、黄金のトラは、きれでこしらえた白犬のなかへ、ぬいこんでしまったのです。 それからは、毎日、一郎君のおかあさんか、ねえさんなどが、たえまなく、この白犬をだいていることにしました。学校から帰れば、むろん一郎君がだくのです。 すると、それから四日目の日曜日に、一郎君にあてて、みょうな手紙がきました。
あさっての火曜日の午後四時に、例のものを、もらいにいく。かならず手にいれてみせるから、じゅうぶん用心するがいい。
魔法博士
それには、こんな気味のわるいもんくが、書いてあったのです。
一郎君が、その手紙をおとうさんに見せますと、
﹁よし、わしがまもってやる。むかしのボクシングの弟子を、ふたりよびよせて、魔法博士がきたら、ひっとらえてやる。﹂
と、ふとい腕をさすって笑いました。一郎君は小林団長にも、電話でしらせました。すると、
﹁だいじょうぶだよ。ぼくにも考えがあるから。﹂
というへんじでした。
さて、いよいよ火曜日です。三時になると、一郎君が学校から帰ってきました。おとうさんは、応接間で、オモチャの白犬をだいて、がんばっていました。ボクサーの青年が、ドアの外と、庭に、ひとりずつ立ち番をしています。井上さんは、白犬を一郎君にわたすとき、ぬいめを、すこし開いて、のぞいて見ましたが、黄金のトラはたしかに、はいっていました。
﹁だいじょうぶ、まだ盗まれてはいない。いまから四時まで、なにごともなければ、一郎、おまえの勝ちだぞ。これほど、厳重に番をしていれば、いくら魔法つかいでも、どうすることもできないだろうよ。﹂
おとうさんは、そういってにこにこしていました。一郎君は白犬を、グッとだきしめて、ゆだんなくあたりを見まわします。
四時までは、なにもあやしいことはなかったのです。一郎君はオモチャの白犬をだきしめたまま、すこしも手からはなしません。おとうさんは、一度、手洗いに立ちましたが、すぐ帰って、大きな目をむいて、白犬を見つめています。ドアの外と、庭にいる、ふたりのボクサーも、ちゃんと、もちばについています。アリのはい入るすきまもないのです。
応接間のたなの上には、大きな置時計が、チクタクと秒をきざんでいます。四時一分まえです。
﹁あと一分間ですね。﹂
﹁うん、一分たてば、こっちの勝ちだ。もうだいじょうぶだよ。﹂
そういいながらも、おとうさんも一郎君も、青い顔をしていました。その一分間が、なんだか、おそろしいからです。
そのとき、チリリリリ……と、けたたましく、たくじょう電話のベルがなりました。おとうさんが、受話器を耳にあてますと、気味のわるい、しわがれ声が聞こえてきました。
﹁井上さんですか。一郎君のおとうさんですね。わしは魔法博士です。もう三十秒で四時ですよ。四時かっきりに、あれをもらいますよ。あと二十秒です。ウフフフ……そら、もう十秒しかない……。﹂
置時計が、チン、チン、チン、チンと、うつくしい音で四時をほうじました。おとうさんは、それをきくと、ほっとして、電話のむこうの魔法博士に呼びかけました。
﹁いま四時をうったのが、聞こえましたか。どうやら、一郎のほうが勝ったようですね。あんたは、約束をまもらなかった。黄金のトラは、ちゃんとここにありますよ。﹂
﹁ワハハ……、こいつはおもしろい。わしが約束をまもらなかったといわれるのか? ワハハハ……。﹂
魔法博士の、とほうもない笑い声が、ひびいてきました。
﹁なにがおかしいのです。黄金のトラは、ここにありますよ。きみは、盗みだせなかったじゃないか。ハハハ……。﹂
おとうさんも、負けないで笑いました。
﹁なんだって? わしが盗めなかったというのか。あんた、なにか思いちがいをしてやしないのかね。もう一度、黄金のトラをしらべてごらん。﹂
そういわれると、なんだか心配です。おとうさんは、一郎少年の手から白犬をとって、ぬいめを開いてみました。そして、ひと目みると、あっと声をたてないではいられませんでした。黄金のトラは、かげもかたちも、なくなっていたのです。