招待状来る!
春はる田たは博か士せ邸では、朝食で賑にぎわっていた。 ﹁龍りゅ介うすけもだいぶ色々な事件で働いてきたが、一番面白かったのは何だね?﹂ そういって博士は笑いながら、長男の龍介少年を見やった。龍介君は府立第×中学の二年生で、大変に頭の良い少年だった。 ﹁そうですね、面白いか面白くないかと云いうことでなしに僕が一番苦心したのは、やっぱりあの黄イエ色ロー金ダイ剛ヤモ石ンドの頸くび飾かざり事件の時でしたね﹂ 龍介は珈コー琲ヒーを啜すすりながら答えた。頸飾事件と云うのは、わが﹁譚たん海かい﹂の八月号に乗っていたので、皆様の内には覚えている方もあるでしょう。あの怪しい外国人、額にあざのあるヤンセンを向うにまわして、一騎討をした事件です。 ﹁なる程――﹂博士は頷いて云った、﹁あの時は相手が、龍介に復讐をするためにやったのだからな。ところでヤンセンはあれから牢ろう舎やへ入れられたが、あの時いた混血児の少年はその後どうしたか分らないかね﹂ ﹁分りません。しかし、いまにきっと現われますよ、奴はヤンセンの仇あだを討つために、どこかで僕を狙っているに違いありませんからね﹂ 話している時、書生が入ってきて、 ﹁龍介様にお手紙でございます﹂と手紙を渡した。 ﹁誰からだろう?﹂ 呟つぶやきながら龍介が披ひらいて見ると、それは立派な金枠入の招待状であった。 ﹁貴あな下たが少年の身を以て、今日まで幾多の困難な探偵に成功されたことをお祝いします。私は世界の探偵の仕事を研究するために亜ア米メ利リ加カからきた者ですが、貴あな下たのためにお祝の晩餐を差さし上あげたいと思いますから、今晩六時、日本ホテルまで御来車下さいますように。米国犯罪学者
メトラス博士」
﹁ああメトラス博士か﹂春田博士が傍からいった。
﹁博士は世界中に有名な学者だよ。あの方に招待されるのは大変な名誉だぞ﹂
﹁しかし父とう様さん――﹂龍介が顔をあげて答えた。
﹁明日は横須賀で、父様の発明したC・C・D潜水艦の試運転があるんでしょう。だから僕、今夜は早く寝たいんですがね﹂
﹁なあに、招待されたって早く帰ってくればいいさ、ぜひお伺いするがいいよ﹂
博士はたいそう乗気で、熱心に龍介を勧めるのであった。龍介は遂ついにメトラス博士の招待を受けることに決心した。
二人は見張りに
その日の夕方であった。 龍介は仲良しの拳メリ骨ケン壮太と、妹の文ふみ子こをつれて、自動車で日本ホテルへ向った。 日本ホテルの角までくると、龍介は車を停めて、壮太と文子を下ろした。 ﹁じゃ頼んだよ――﹂龍介はひくい声で囁いた。 ﹁今夜の招待会は、ことによると面白いことになるかも知れないんだ。いいかね、メトラス博士の部屋は二階の五号、そらあの左から三番目の明るい窓がそうだ。よく見張っていてくれたまえ﹂ ﹁よござんすとも春田さん!﹂拳メリ骨ケン壮太は胸を叩きながら答えた。﹁見張の方は引ひき受うけやした。しばらく拳骨を使わねえから、腕が呻うなって仕方がねえんです。どうか喧嘩でもできるようにしておくんなさい﹂ ﹁わざと喧嘩をする奴もないが、ことによると君の拳骨を頼むかもしれないよ﹂龍介は笑って、妹の方へ、振り向いた。 ﹁じゃあ文ちゃんも見張りのお手てつ伝だいを頼んだよ﹂ ﹁え、大丈夫、行ってらっしゃい!﹂ 文子は頬ほほ笑えみながら兄の手を握った。 龍介は大股にホテルの方へ急ぐ。二人は並木のかげに身をよせて、じっとメトラス博士の窓を見守るのであった。轟然二発のピストル
龍介がホテルへ着くと、礼服を着た立派な三人の外国人が出迎えて、叮てい嚀ねいにメトラス博士の室へ案内した。 部屋にはもう立派に食卓の準備ができていて、三人の紳士はすぐに龍介を卓テー子ブルへ導いた。 ﹁しばらくどうぞ。唯ただ今いますぐ博士がみえますから﹂ 一人があまり上手でない日本語で云った。龍介は頷いて静かに室内を見まわした。 それから五分も経ったかと思うころ、隔へだての扉ドアがあいて、白髪の老紳士が部屋へあらわれた。 ﹁メトラス博士です﹂先の外国人が龍介にそう告げた。龍介は椅子をたって挨拶した。メトラス博士は、らんらんと輝く鋭い眸ひとみで、じっと龍介を見た。 龍介は博士の眼を見て思わずぞっと身みぶ顫るいした。それはまるで人殺しをしてきた男のような、物凄い眼だった。 ﹁貴あな方た、春田さん、ありますか﹂博士は急に顔色を和やわらげて、椅い子すにかけながら猫撫で声で云った。 ﹁僕、春田龍介です﹂ 龍介は大声で答えた。 ﹁私、たいへん、貴あな方たを、偉い思います。どうぞ、この後とも、探偵、たくさんして下さい。私、それ、お頼みします、よろしいね?﹂ 博士はお世辞らしくそんなことを云った。龍介はむっつりして頷いたばかりだった。 ﹁何もありませんが、どぞ召めし上あがって下さい﹂ 博士はそういって食事を勧めた。龍介は勧められるままに、博士たちと共に小ナイ刀フを取りあげた。 食事の間皆は黙っていた。 さて食事がすむと挨拶して博士は立たち上あがった。そして傍の男になにか命令すると静かに元の扉ドアから次の間へ去った。 ﹁春田さん、どうぞ此こち方らへ﹂ 博士に命令された男は、叮嚀にそう云った。 ﹁メトラス博士が、誰か貴あな方たにおひき合せしたいと申していられますから﹂ 龍介は頷いて立ち上がった。そしてその男に導かれて行きながら、まさかの時にはと、ズボンのポケットへ用意してきた拳ピス銃トルにさわって見た。 男は隔ての扉ドアをあけると礼をしながら、 ﹁どうぞ﹂と云って身を退そらせた。 龍介は隣室へ一足入った。メトラス博士は正面の大卓テー子ブルに向かってすわっていた。 ﹁お入りなさい!﹂博士が声をかけた。 龍介はもう一足入った、とたん 烈しい音をたてて扉ドアが閉まった。 ﹁はッ!﹂と思って振り向いた時、さっきの三人の紳士が拳骨をさし向けてばらばらと龍介を取とり巻まいた。 ﹁畜生、やったな﹂ 龍介は喚いて一足下がった。とその時、 ﹁動くな小僧、今度は己おれの勝だ﹂と云いながら、ひょっこり一人の少年が部屋の中へあらわれた。龍介はひと眼見るなり。 ﹁あッ 貴様は……﹂と叫んで思わず後へさがった。見よそこにあらわれたのは、ヤンセン牧師と共に悪事を働いて、もうすこしで捕えられようとした時、横浜の倉庫から姿をくらました、あの混血児少年のチャアリイではないか。 ﹁もう駄目だ、春田君。いくら君が強くったって。子供一人と我々五人じゃ喧嘩にならない、あはははは、降参したかい﹂ チャアリイが笑ったとたん、隙をうかがっていた龍介は飛鳥のように身を躍らしてチャアリイに跳びかかった。 そのとたんに部屋の電灯がきえた。真暗闇の中で、二発ピストルの爆音がした。 ﹁あッ﹂と云う悲鳴がして、ばったり人の倒れる容よう子す、続いて、 ﹁うーむ、うーむ﹂と云う呻うめき声がする。 撃ったのは誰か、撃たれたのは誰か、すべては闇の中で分からない。 龍介勝つか。チャアリイ勝つか。そもそもメトラス博士とは何者か!壮太の放れ業
こちらは並木のかげに龍介の身を案じて、見張をしていた文子と拳メリ骨ケン壮太。 龍介がホテルへ入って行ってから三十分もしたと思うころ、注意していたメトラス博士の部屋の窓が突然暗くなったのを見た。 ﹁どうしたんでしょう﹂文子が壮太に囁いた。 ﹁停電じゃありませんか﹂ ﹁だって他の窓は明るいわ!﹂ ﹁そうですね、ことによると何か起ったのかも知れませんね﹂壮太も心配になってきた。 ﹁行って見ましょう﹂ ﹁行きましょう﹂ 二人は大急ぎでホテルへ駈けつけた。 と、丁ちょ度うどその時、ホテルの玄関に一台の自動車が停まっていて、二三人の紳士が、なにか細長い人間の体くらいの荷物を、非常にいそがしく車の中へ運びこんでいるところだった。 壮太はその男達を見ると、あっといって、文子を物蔭に引き寄せて、あわてて囁いた。 ﹁大変だ、あれは混血児のチャアリイだ、龍介さんはきっと奴等のために危険な目に会わされたのに違いない、お嬢さんはすぐお邸やしきへ帰って下さい、そして僕が電話をかけたら、すぐに警官をつれて駈けつけてこられるようにしておいて下さい。僕はあの自動車の行く先をつきとめますから﹂ 云い終ると、その時するすると滑り出した怪しの自動車の後ろへひらりと跳びついた。 文子は街の方へ走って行って、タクシーを見つけると、それに乗って、自分の家へ急がせた。こん畜生、毛唐め
壮太はどうしたか? 壮太は怪しい自動車の後ろに、獅し噛がみついていた。自動車は闇の中をひた走りに走った。 ﹁やつら何ど処こへ行くんだろう﹂ 気をつけて見ると、自動車は京浜国道を横浜の方へ走っているようである。 ﹁ははあ横浜だな﹂呟いて、猶なおも身を忍ばせていると、川崎あたりへきたころ、自動車は海岸の方へはいった。道が悪いので車は大波に揉まれるように揺れる。ふり落されまいと必死になって噛かじりついている内に、いつか倉庫のような、赤煉れん瓦が建の大きな家の前にきて自動車は止まった。 ﹁ははあ、ここがやつらの巣窟だな﹂ そう思って壮太が跳びおりる、とたんに壮太のうしろから、破われ鉄がねのような声で喚く者があった。 ﹁手をあげろ! 動くとぶっ放すぞ﹂ 壮太は吃びっ驚くりして跳びあがった。振り向いて見るといつの間にきたか、五人の荒くれ男共が、拳ピス銃トルを持って立っていた。彼等は、赤煉瓦の家の庭へ自動車が入った時、門のところにいたので、壮太をみつけてしまったのだ。 ﹁野郎、あじな真似をやりやがったな、だがなアそんなことで己おれ様さまたちの隠かく家れがへ忍びこめると思うとあてが違うぞ﹂ 別の悪漢がそう云ってせせら笑った。とたんに壮太の体が逆に伸びた、と見るといつもご自慢の拳メリ骨ケンが、一番頑丈らしい悪漢の顎を突上げた。 ﹁うーむ﹂と呻うめいて反のけざまに気絶する奴。 ﹁それ! やっちまえ﹂と云って跳びかかってくる残りの悪漢、 ﹁来い 畜生めら、毛唐の手先になるなんて日本人の風上におけねえ奴らだ、壮太様が地獄へ追っ払ってやるぞ﹂ 罵りたてた壮太、いきなり先にいる奴の衿に手がかかると、﹁やっ﹂と叫びざま、二三間先に投なげ出だした。 ﹁野郎!﹂と掴みかかる次の奴、引組んでおいて身を沈める。外はずされてのめるところを拳骨で突上げた。 とたん壮太の背うし後ろへ忍びよった一人が、卑怯にも拳ピス銃トルの尻で壮太の頭を殴りつけた。 ﹁畜生!﹂と叫んだが、そのまま壮太はそこへ気絶してしまった。C・C・D潜水艦
謎のうちに夜が明けた。 明くれば、春田博士が長年の苦心研究によって発明した世界に誇る可べきC・C・D潜水艦の秘密試運転が、横須賀において行われる当日であった。 昨夜、長男の龍介がメトラス博士に招待されたまま日本ホテルから行方不明になって、まだい所も知れぬので、博士の心配は並々ではなかったが、そうかといって秘密試運転を延期するわけには行かなかった。 ﹁試運転の用意ができたから!﹂と云う横須賀からの電話で、ついに決心した博士は、文子に留守を頼んで、自動車で横須賀へ向った。 横須賀に着くと、すぐに海軍からは山川少将はじめ重おもだった将官たちが待ちうけていた。 ﹁時間に遅れましてどうも﹂と博士は山川少将にいった。 ﹁実は龍介が昨夜から行方不明になりましたので……﹂ ﹁なに龍介君が?﹂山川少将も愕おどろいて眼を瞠みはった。 話しながら博士達がランチに乗ると、沖へ向かって波を蹶け立だて、進み出た。沖には、駆逐艦に護られて、C・C・D潜水艦が繋がれてあった。博士の乗ったランチがくると、駆逐艦では敬意を表して、甲板上に喇ラッ叭パ手が整列して国歌をりょうりょうと吹奏した。 秘密の試運転だったから外国の武官は一人もいないし、近海三十浬マイル﹇#ルビの﹁マイル﹂はママ﹈以内には、漁舟さえ見えなかった。 いよいよ試運転の時がきた。 春田博士は、山川少将と共に、機関兵と乗組員を伴って潜水艦に乗りこんだ。 ﹁万歳――ッ﹂という歓呼の声が駆逐艦や何艘かの海軍のランチの上からわいた。 見よ! 今こそ世界的の発明、驚くべき潜水艦C・C・Dは、動き出した、この潜水艦ひとつあれば、どんな国と戦争しても易やす々やすと勝つことができるのだ。 潜水艦はしばらく海の上に姿を見せたまま、静かに波を分けて走っていたが、やがてだんだんと潜航を始めて、ついには水中に姿を消してしまった。 駆逐艦やランチから試運転を見学していた将官たちは、時計を片手に、潜水艦が何ど処こへ現われるかと、片かた唾ずをのんで待ち受けた。十分――二十分――三十分。 ﹁どうしたんだろう﹂一人が待まち兼かねたように云った。 ﹁なにか間まち違がいでもおきたのじゃないかな﹂ 皆はそろそろ心配になるので気をもみはじめた。 ついに沈んでから一時間経ったが、潜水艦はその姿を現わさなかった。と、その時である、一台の灰色の怪しい飛行艇が、南の空から飛んでくるのが見えた。 ﹁あ、何だあの飛行艇は?﹂駆逐艦の将校が叫んでいる間に、怪飛行艇は隼はやぶさのように突進してきて、あっという間もなく爆弾を投下した。そして駆逐艦のま近に落ちて、山のような飛沫をとばして爆発した。 ﹁それ﹂と駆逐艦でもすぐ戦闘準備をして、高射砲で怪飛行艇を狙い撃ちはじめた。あっ墜落だ
メトラス博士の室で、闇の中に強烈な格闘を始めた龍介はどうなったか。 混血児チャアリイを相手に、上になり下になりと組くみ合あっていた龍介は、更さらに三人の怪紳士のために押えつけられて、麻ます酔い剤を嗅がされてついにがん字搦がらめに縛られたままこんこんと眠ってしまった。 それから何時間経っただろう。 ――ぶるるるるるる。という騒々しい物音に、ふと気がついて見ると、龍介は狭い小さな部屋に、体をかたく縛られたままころがされているのに気付いた。 ﹁畜生、到とう頭とうやられたぞ﹂龍介は口く惜やしそうに呟きながら、どうかして縛ってある縄を解こうとして見たが、厳重な縄はびくともしない。 ﹁全体ここはどこなんだ。あのぶるぶる云っている音は、何だろう……﹂そう云って、ふと気がつくと、すぐ傍の壁に小さな硝ガラ子ス張の窓がある、龍介は身を摺りよせてその窓を覗いた。 ﹁あっ﹂覗いて見て龍介は驚おどろきの声をあげた。 ﹁こりゃ飛行機の中だぞ……﹂なるほど、窓から見ると、遥に遥に下の方に光っている海が見えていた。ぶるるるると云う音は、龍介をのせた飛行機のプロペラの音だったのだ。 ﹁畜生、飛行機などに載せやがって、全体僕をどこへ連れて行こうとするんだ﹂ 云いいい、なおも窓から覗いていると、飛行機からなにか黒い物を落とした。見ていると黒い物は海に浮んでいる軍艦の傍へおちて、白い飛沫をあげながら爆発した。 ﹁やっ! 爆弾だな﹂叫ぶ間もなく、飛行機は次々と爆弾を投下した。と、海の上では軍艦が濛もう々もうと黒煙を吐いて動き出したと見ると、砲塔からパッと火花が閃めいて高射砲を射ちだした。 ﹁やる! やる! やる!﹂思わず龍介は快哉を叫びながら、高射砲を射っている軍艦に万歳を叫びかけた。 その時、飛行機は、どこかに弾丸を受けたらしく、がくんと一度大きく煽あおられたと思うとたん、機首を下にして、飛つぶ礫てのように落下し始めた。 ﹁あっ 墜落だ﹂龍介は喚きながら、必死になって縄を切ろうと藻も掻がいた。 横須賀の上空に突然あらわれて、爆弾を投下した灰色の怪飛行艇は、駆逐艦の高射砲に射たれて、ついに海中深く墜落した。骸骨島とは
自動車のうしろに跳びついて川崎の海岸近く、赤煉瓦建の悪漢の巣窟へ乗りこんで、惜しくも悪漢共のとりこになった壮太はどうなったか。 頭を拳銃の尻で殴られて、一時気絶した壮太は、間もなく息を吹きかえした。見ると自分は真暗な倉庫の中に抛ほうり出されている。 ﹁残念だ、やられちゃったんだな﹂ そう云いながら、殴られて痛む頭を撫で撫で立上った。 それは煉瓦建のがらんとした部屋で、鼻を摘つままれても分らぬくらい暗かった。出口はないかと、手探りに探していると、どこからともなく人声が洩れてくるから……声のする方へ忍びよって耳を澄ました。 ﹁じゃあ骸骨島へ引上げるんでやすね?﹂ と云う低い声がした。壮太はぴったり壁に耳をつけて聞くと、 ﹁そうだ、C・C・D潜水艦もぶん取ったし、春田龍介という小僧も生いけ捕どったから、いよいよ骸骨島へ引上げて、潜水艦は外国の海軍に売うり渡わたし、龍介の小僧はヤンセンの仇を討つために、島の底へ生埋めにしてやるんだ!﹂ 聞いている壮太は、驚きのあまり思わず叫さけ声びごえをあげようとした。 奴等の話では、博士の発明した潜水艦はぶん捕られたようだし、龍介さえ捕えられてしまったらしい――。 ﹁えへへへ、そいつぁ面白いでしょうね。ところで骸骨島って云うなあ、全体どこにある島ですね!﹂ 骸骨島! 悪漢共がC・C・D潜水艦を盗み、龍介を生埋めにしようという骸骨島とはどこに在るか? 壮太は片かた唾ずをのんで耳を澄ませた。 ﹁うん、その骸骨島と云うのはな、それ、この地図のここに赤い線がひいてあるだろう、ここにあるんだ!﹂ ﹁へえ――ですが此こ処こにゃなにも書いてありませんぜ﹂ ﹁そうさ、骸骨島と云うのは……﹂ 云いかけた時、壮太があまり夢中になって身を押おしつけていたので、扉ドアがぎいと鳴った。 ﹁誰だ 誰だ、そこにいるのは﹂ 叫んだかと思うと、悪漢が立上ってくる容子、しまった と思って扉ドアのかげに身を寄せる壮太。とたんに三人の荒くれ男が扉ドアを押し明けて雪な崩だれこんだ。 明るい室から、急に真暗なところへきたので、眼の見えなくなった隙を見て、ひらりと身を翻えした壮太、隣りの室へ跳びこんで、隔ての扉ドアをぴったり閉ざした。 見ると、机の上には一枚の地図がおいてある。 ﹁これだ、これさえあれば龍介さんを助けられるぞ﹂叫んで、その地図を掴むより早く廊下へ出る扉ドアの方へ突進した。 とそこへ扉ドアをあけてきた悪漢、うしろから壮太に跳びかかった。 ﹁畜生め、今度ぁ負けやしねえぞ﹂ 咆えたてた壮太、跳びかかった奴を、腰車にかけて抛り投げると、傍にあった椅子を取って、電灯へ叩きつけた。 ぱっと消える電灯。暗闇の中で、あっ と叫ぶ人声。烈しく物の壊れる音がつづいた。 それから間もなく、黒い人影が、川崎の町の方へひた走りに走っていた。文子拐さらわる
文子は、どうしたか。
壮太が龍介と混血児のあとを追っていったきり帰らないので、心配しながら何かいまにも壮太から通知があるかと待っていた。
父は横須賀へ、潜水艦の試運転をしにいって留守、書生と女中と文子だけが、邸に残っていた。
﹁龍兄さんはどうしたろう、拳メリ骨ケン壮太はどうしたろう?﹂
考えながら、文子が三時のお茶を飲んでいると、裏を鈴の音も高々と号外売が通った。
﹁ああ号外 号外 横須賀の上空に怪飛行艇現わる、爆弾を投下して、潜水艦を沈めた、さあ大変だ、大変だ﹂
横須賀――潜水艦――そう聞いて文子は思わず立上った。そこへ書生が号外を買って跳び込んできた。
﹁お嬢様大変です、先生が﹂
﹁お父様がどうして﹂
﹁これを読んでごらんなさい!﹂
差しだした号外にはこう書いてあった。
怪飛行艇現わる
今日正午頃、横須賀沖に於おいて春田博士発明に係る潜水艦の試験中、不思議や潜水艦は海中に行方不明となった。折も折一台の国籍不明の怪飛行艇出現して爆弾を投下し、我駆逐艦又之これに応戦し遂に怪飛行艇を射落したり。
是これを機会に愈いよ々いよ我日本は、某々敵国と戦火を交えんとす。
﹁まあ! ではお父様までが﹂
﹁とにかく警視庁へでも、電話をおかけいたしましょう、お嬢様﹂
書生も度を失って、あわてながら電話室へかけこんだ。と、その時電話の鈴ベルが烈しく鳴って、横須賀から電話が掛ってきた。
文子が出ると向うは鎮守府だと云って、今潜水艦が発見されて、博士は救助されたから、さっそく文子に自動車できて貰いたいとのことだった。
﹁まあ、有あり難がたいわ﹂
文子は思わず跳とび上あがって叫んだ。
﹁お父様、助かったのよ。自動車を呼んで頂戴、私これからすぐ横須賀へ行くんだから!﹂
書生は、何がなんだかわけが分らないという容子で、まごまごしながら自動車を呼んだ。
﹁じゃあね、壮太が帰ってきたら横須賀へ来るように云って頂戴、よくって﹂
そう云いのこした文子は、迎えにきた自動車で横須賀へ向った。――果して博士は救助されたのであろうか。
海ふた狼りの怪
飛行艇と共に、海中深く墜落した龍介は、しばらくは無我夢中だった。 ふと気がついてみると、いまの墜落で、ひどく顛てん倒とうしたときに体を縛ってある縄が切れたと見えて、手足が自由になっている。 ﹁しめた﹂と思って、渦巻かえる波を掻き分けかき分け一生懸命に水面へ浮き出た。 水面へ浮き出て見るとこは如い何かに。いま駆逐艦に射落されて、飛行艇と共に墜落したのは、たしかに横須賀沖であったのに、見わたすと、そこは見も知らぬ半島と小さな島のある突端で海軍のランチも、駆逐艦も見えなかった。 ﹁や! こりゃおかしいぞ!﹂ 抜手を切って泳ぎながら、考えてみたがどうしても訳が分らない、ともかく見えている島へ泳ぎつこうと、一心に泳いだ。ところが不思議なことには、いくら泳いでも島へ近づかない、近づかないばかりではない、ぐんぐんと沖へ押し流されて行く。 ﹁こりゃ変だぞ、うっかりすると溺れてしまうかもしれない﹂そう思って夢中で抜手をきったが、矢のような流れは遠慮もなく、またたく間に龍介を二三町も沖へ持って行った。 今はもう手足もなまこのように疲れきって泳ぐ元気もなくなった龍介、運を天に任せて流れのまにまに、身を漂わせるより外はなかった。 そうして猶三十分も波のまにまに流されていた時、一艘の漁船が帆を上げて、近づいてくるのを見た龍介は、はじめて勇気を盛もり返かえして、﹁お――い、助けてくれ――﹂と叫びながら、船の方へ泳いだ。やがて漁船の方でも龍介をみつけたと見えて、船の上から白い布ぬの切ぎれを振りながら、 ﹁お――い、今すぐ行くぞ――﹂と呼びかけ呼びかけ、帆を張った上に四挺櫓をかけて、漕ぎ寄せてきた。 かくて、漁船の上へ助けあげられた時、龍介は疲れと安心のために気絶してしまった。 それからどのくらい経ってか、龍介がふと我にかえって見ると、自分は漁師の家の炉端に寝かされていて、傍にはさっき助けてくれた漁師達が心配そうに見守っていた。 ﹁おお、気がつきなさったかい、やれやれこれで安心しただ﹂老人の漁師が、ぱっちり眼を明あいた龍介を見て、嬉しそうに言葉をかけた。 ﹁ああ、僕は助かったのですね﹂龍介は老漁師の手を握りながら、思わず涙声で叫んだ。 ﹁有難う、有難うみなさん﹂ ﹁なんの礼を云うことはねえ、ところであんたはどこのお人だね?﹂ ﹁僕ぁ東京の者ですが、横須賀の沖で……ついして船から落ちたのです﹂ ﹁あに? 横須賀だって?﹂漁師は吃びっ驚くりして大きな眼を剥いた。﹁そりゃあお前さんえらいことをしたぞ、お前さんは海ふた狼りに乗っただ﹂ ﹁海ふた狼りって何ですか﹂ ﹁ここはお前さん房州の白浜ですじゃ、あんたは一時間ばかりの内に、海ふた狼りに乗って三十里も海の中を走ったのじゃ。海ふた狼りはそんな魔ですじゃよ﹂ そして老漁夫は海ふた狼りの話をした。龍介帰る
横須賀の沖の或る地点には、土地の漁師でなければ分からぬ怪しい潮流があった。 それは干潮満潮の時に特に激しくなるもので、その潮流に乗ったが最後、どんな巨船でも海の底へ巻きこまれて、粉こな未みじ塵んにされた後、はるかに房総半島の二十浬カイリも沖へ抛り出されてしまうのである。この魔のような潮流を、土地の漁師達は﹁海ふた狼り﹂と呼んで恐れていた。 ﹁その海ふた狼りにお前さんは巻きこまれただ、それで生いの命ちのあったのは不思議と云う外はねえ、まあ暢ゆっくり養生なさるが宜いいだ﹂老漁師の話を聞いて龍介は今更ながら、海ふた狼りの恐ろしさに身を顫ふるわせた。 かくて、一日静養した後、龍介は何よりも家のことが気になるので、引止める漁師達の手をふり切って、東京へ急いだ。 両国駅へ着いたのは夕方で、東京の街ま巷ちにはもう灯ひがついていた。何だか二三年も遠い旅に出ていたようななつかしい気持で、龍介はしばらくは町の灯と、騒がしさに見み惚とれていた。 両国から自動車を駆って、真まっ直すぐに邸へ帰った龍介、いま玄関へとび上ろうとすると、中から血相かえてとび出してきた拳メリ骨ケン壮太とばったり衝突した。 ﹁や 坊っちゃんですね﹂ ﹁又坊っちゃんて云ったな﹂ ﹁ええいッ、こんな場合に名前の事なんか考えていられるもんですか、よくまあ貴あな方たご無事でしたね、全体どうなさったんです﹂ ﹁まあ、そりゃあ後でも話せる、ところで家には別に変りはなかったかい﹂ ﹁変りはなかったか 冗談じゃねえ、あれからは何にも彼かもめちゃくちゃですよ﹂ ﹁えッ? じゃなにか起ったのか﹂ ﹁起ったの起らねえのって、実はね……﹂ とそれから壮太は、自分が誘拐されたこと、博士が潜水艦と共に行方不明になったこと、おまけに文子が﹁博士を救ったから横須賀へこい﹂という電話に釣りだされて、唯ただ一人で自動車にのって出たまま、これも行方知れずだ、と云うことを手短かに話した。 さあ、これからの龍介の活躍はいかに?これだ 骸骨島の地図
﹁それからね、奴等は龍介さんを骸骨島の底へ生埋めにして、C・C・D潜水艦を外国の軍事探偵に売るんだといってましたぜ!﹂ ﹁その骸骨島ってのは何ど処こだか聞かなかったか?﹂龍介は急せきこんだ。 ﹁地図をかっ掠さらってきやした、此こっ方ちへきて下さい!﹂ 壮太はそう云うと、先に立って家の中へ駈けこんだ。 ﹁これですよ﹂そう云って、壮太は一枚の大形の軍用地図を拡げて見せた。﹁この赤い線の引いてある場所がそうなんだと云ってましたがね?﹂ ﹁だがそこには島も何もないじゃないか﹂ なる程、その地図には赤い線は引いてあるが、島などは書いてなかった。 ﹁それですよ、私が隣の部屋で聞いてましたらね、片かた方ッぽうの奴が﹃おい、ここに島はねえぜ﹄といったんで、するとねもう一人の奴が﹃そうよ、骸骨島と云うのは……﹄と云いかけたんですがね、そこんとこで私が音を立てたもんでそれから大格闘って訳で、話は分らなくなったんですよ﹂ ﹁ふ――ん﹂龍介は壮太の話を聞きながら地図を見つめて深くふかくなにか考えはじめた。 ﹁C・C・D潜水艦の行方不明……怪飛行艇……骸骨島……はてな?﹂ しかし、間もなく龍介は兎のように跳はね上あがった。 ﹁分かったぞ 分かったぞ﹂ 龍介は狂気のように電話へとびついたが、横須賀の鎮守府へかけて、駆逐艦二隻、飛行艇二台、すべて戦闘準備をして、すぐ出動できるようにしてくれと頼んだ。 ﹁さあ壮太君、大襲撃だ やつらを一網打尽にするんだ、大襲撃 大襲撃﹂ 壮太は面めん喰くらって、何がなにやら、分らぬながら、駆逐艦だの戦闘準備だのと聞いてこれも跳び上りながら喚いた。 ﹁さあ大襲撃だ、戦争だあっ﹂麻酔剤を嗅がされて
しかし一方潜水艦が発見された! 父が救助された! そう云う電話を聞いて、嬉しさの余あまり、前後の思案もなく、迎えの自動車に乗って横須賀へ向かった文子は、どうなったか。 文子は唯、一時も早く父の無事な顔が見たいものと、そればかりが待たれて自動車の中でも、心を急いていた。すると車が横浜を通り過ぎ、程ほどヶが谷や、戸塚とさしかかって来た時である。運転手台に乗っていた、助手の一人が、突然文子の席の方へ躍おど込りこんで来た。 ﹁あれ! 何をするんです﹂ びっくりして、文子が、身を起そうとするとたん、怪しい助手は虎のように文子に跳びかかって、肩を抱かかえると共に、いやな匂いのする、ハンカチを文子の鼻に押当てた。 ﹁ああ欺だまされた。嘘の電話でおびき出されたのだ、口くや惜しい﹂ そう思って文子は、どうかしてのがれ出ようと身をもがいたが、鼻に当てられた手ハン帛カチの厭な匂いを嗅いでいる内に、いつか頭がぼうっとなって、まるで海の底へでもひきこまれるように、気が遠くなってしまった。 ﹁ちびっ子のくせに骨を折らしやがった﹂ 悪漢はそう云うと、麻酔剤の為に眠りに落ちていった文子をそこに寝かして、わめいた。 ﹁さあ、全速力でやってくれ﹂ 自動車は暮れかかる街道を、矢のように疾走した。骸骨島の罠
それから何時間かたった。 文子はふと我にかえった。見ると小さい真暗な部屋に唯一人寝かされている。 はね起きて、どこかに出口はないかと、手探りではい廻ると、幸い扉とぐ口ちのようなものを探し当てた。そこで静かに扉とを明けて、暗い廊下へ出た。しめっぽい冷めたい風が吹いて来るから、たぶんそっちに出口があるんだろうと、文子は足音を忍ばせて、風が吹いて来る方へ急いだ。 約三十間も来たかと思うころ、文子はどこか近くで人の話声のするのを聞きつけた。立どまって耳をすますと、すぐ左にある部屋の中である。そっと身を寄せると、中の話はな声しごえは、手にとるように聞えて来た。 ﹁龍介の小僧は海ふた狼りに巻まき込こまれたから、もう多分今時分は魚の餌えじ食きだろうぜ﹂ ﹁しかし小僧の代わりに妹娘をかっさらって来たから、あの小娘を此この骸骨島へ生埋めにしてやろうじゃねえか﹂ ﹁うんそれが宜い。なんしろ、午後二時十分になれば、島の底にある三百貫の火薬が爆発する事になっているんだ。そうすればこの骸骨島も娘もあの春田博士も粉微塵よ﹂ ﹁で、おいらはメトラス博士にC・C・D潜水艦を売って日本をずらかるんだ。ああ愉快だなあ、あはっはははは﹂ 聞いていた文子は、思わずぶるぶると身顫いした。 ﹁さては悪漢の巣窟、骸骨島に誘拐されて来たのだ。そしてメトラス博士というのは、実はC・C・D潜水艦の秘密をぬすみにきた、外国の軍事探偵だったのだ﹂ 文子には、すべての事が分った。しかし今となってはすでになにもかもおしまいである。 兄の龍介は海ふた狼りに巻込まれて死んだ。父と自分は、やがて骸骨島といっしょに、三百貫の火薬のために粉砕されるだろう。 ﹁ああ神様※﹇#感嘆符三つ、94-16﹈﹂文子は思わず叫んでそこへ泣なき伏ふした。 その時である。廊下のかなたから、一人の悪漢が気違のように罵りわめきながら、駈けて来た。 ﹁みんな大変だ 海軍が押寄せて来たぞ 駆逐艦が来たぞ 大変だ 大変だあっ﹂大襲撃
その時 横須賀沖を二艘の駆逐艦が、戦時武装をして、静かに南へ進みつつあった。 先頭に進む駆逐艦の上には、我が春田龍介少年が、双眼鏡を片手にして、艦長と共に立っていた。――空には海上の駆逐艦を護る如く、二台の飛行艇が飛んでいる。 ﹁干潮は何時ですか?﹂龍介が訊きいた。 艦長は腕時計を見て、 ﹁丁度二時十分前じゃ、今が一時三十分じゃから、あと二十分で干潮じゃ!﹂ 龍介はうなずいて、例の骸骨島の地図をひろげながら、羅針盤とにらめっくらをはじめた。 駆逐艦はやがて三崎を廻って、外房州の方へ進路を向けた。 行くこと二十分、潮は丁度いま干潮の絶頂である。 地図と羅針盤を見くらべていた龍介は、やがてうなずくと共に、信号兵に一枚の伝令書を渡した、信号兵は直ただちに飛んでいる二台の飛行艇に信号をした―― ﹁例の場所へ爆弾を投下せよ!﹂ 飛行艇は見る見る低く輪を描きはじめた。 ﹁艦長!﹂龍介は艦長を振ふり向むいて云った。 ﹁機関砲の発射を用意させて下さい。もう直ぐやつらは現われますから﹂ ﹁宜よろしい!﹂艦長の命令一下。二艘の駆逐艦には各二門の機関砲が、実弾をこめて、今にも射撃せんばかりに用意された。 この時、飛行艇の投下した爆弾は、渦巻きかえる海ふた狼りの中へ落ちて、山のような水煙をあげながら爆発した。そら又爆発 そら! もう一つ、そら そら※﹇#感嘆符三つ、96-5﹈ 見る見る海上は水煙におおわれて、海水は湯のたぎるように泡立った。駆逐艦の上に砲をとるすべての人々は、今にも怪物現われるかと、片かた唾ずを呑んで海面をみつめた。メトラス大狼狽
﹁大変だ! 大変だあっ﹂喉も裂けよと絶叫しながら、かけてきた手下の者、その声を聞いた骸骨島の悪漢一味は足元から火のついたように、上を下へと慌て出した。 その中にあって、黒い覆面をした一人の外国人は声高く叫んだ。 ﹁みんな騒ぐな、この島は海の上からは見えはしないんだ。やつらに知れるわけはない。静かにしろ﹂ ところが、その言葉の終らぬ内に、みんなの頭上に、ずずずずずんと云う、天でも砕けるような物凄い音が起った。 ﹁やっ!﹂﹁やっ﹂﹁来たっ※﹇#感嘆符三つ、96-16﹈﹂悪漢共が蒼まっ白さおになってわめくとともに、再び恐ろしい響ひびきがずずずずずんと響いた。 ﹁外へ出ろ﹂と誰かがわめいた。 ﹁そうだ、外へ出ろ! やつらは爆弾を落している。このままここにいれば爆弾で島は崩されてしまうぞ﹂ と別の悪漢も叫んだ。浮足だっていた荒くれ男共は、その言葉で一遍に崩れ立って、 ﹁わあーっ﹂と喚わめ声きごえをあげながら、廊下の外へ走り出した。 覆面の外人は狼狽して声を限りに皆を止めようとしたが、その時息せき切って駈け込んで来た少年を見ると、覆面を脱いで喚いた。 ﹁チャアリイ、是こりゃどうしたのだ﹂ 覆面をとるとそれはあのメトラス博士だった。駈け込んで来た混血児チャアリイ、 ﹁畜生! 又あの龍介の奴です。あいつは海ふた狼りにやられなかったんです。今駆逐艦を二隻と二台の飛行艇を指揮して襲撃して来たのです。もうのがれるすべはありません!﹂ ﹁よし!﹂メトラス博士は頷いた。 ﹁ではあのぶん捕ったC・C・D潜水艦で遁にげられるだけ遁げてみよう、来い﹂ そう云うと、メトラスは先に立って、チャアリイを導いた。大襲撃 大襲撃
駆逐艦の上では龍介が片手を挙げて、眼で海面を睨にらんでいた。人々は手に汗を握って龍介の片手が今にも振下ろされるかと待っていた。 ﹁用意!﹂龍介が叫んだ。 見よ、海水がにわかに泡立ったと見る間に、意外 意外 そこへぬーっと許ばかりに一町四方もあろうかと思われる島が、浮うき上あがったではないか。人々は思わず、 ﹁あっ※﹇#感嘆符三つ、98-7﹈﹂と驚嘆の声をあげた、 とたんに島の木蔭からにょきり二門の機関砲が現われた。間一髪、龍介の片手が振下ろされる。ずずずずずんと云う響と共に駆逐艦二隻、四門の機関砲は、敵の機先を制して、一斉射撃を始めた。 敵もさる者、島影を小楯にとって、忽たちまち四五台の機関銃を持もち出だし、豆を炒いるような音を立てながら必死になって応戦し始めた。 その時、低空飛行をしていた一台の飛行艇から信号があった。敵は島の背後より、太平洋に向かって、潜水艦に乗じて遁のがれ去らんとす﹁しまった﹂龍介はそう叫ぶと直ちに信号をかえした。直ちに着水せよ。 飛行艇第百号は直ちに駆逐艦の傍に着水した。それにはあの拳メリ骨ケン壮太が乗のり組くんでいた。 ﹁やあ坊っちゃん早くして下さい。あれは確たしかにC・C・D潜水艦ですよ!﹂ ﹁よし。では艦長、骸骨島の攻撃はお任せいたします。殊ことによると島には僕の父や妹がいるかもしれません﹂龍介は艦長にそう頼むと共に、ひらりと飛行艇に乗移って、空へと突進して行った。 ﹁全員、総攻撃﹂艦長はそう叫んで信号手を走らせた。更に二門ずつの機関砲が火蓋を切った。六門の砲火は雨のように骸骨島の上に射放たれた。海底の乱闘
一方飛行艇は低空飛行をしながら南に飛んだ。 ﹁そら、あすこに見えていますよ﹂ 飛行将校が指し示めす海上を見下せば、なる程、紺こん碧ぺきの海水の下に、黒い鯨のような物が、南へ南へと、恐るべき速力で進行している。 ﹁そうだ、こんな速力の出る潜水艦は、春田式C・C・D号より外ほかにはない。併しかしどうしてあれを止めたら宜いだろう﹂ 流さす石がの龍介も頭を痛めて考えこんだ。 ﹁爆弾を投下しましょう﹂ ﹁でも、もし潜水艦に当ったら?﹂ ﹁なあに大丈夫、当らないようにやります!﹂ 将校はそう云うと、自信のある容子で、飛行艇をぐんぐん下げて、突進して行く潜水艦の鼻先でくるりと旋回しながら、爆弾を投下した。爆弾は水中深く入って爆発した。 ﹁そら!﹂将校が叫んだ、﹁やつらは進路を変えましたよ﹂ なる程、鼻っ先に爆弾を喰った潜水艦は、ぐらぐらと大きく身を揺りながら、急角度に左へ舵を曲げた。 すると飛行艇は待ってましたと許ばかり、その鼻先へ又一弾。潜水艦は益々慌てて右へ曲がる、その鼻先へ又一弾。 かくする事五回、ついにかなわぬと思ったか、潜水艦は遂に泡を吹きながら海面へ浮び出た。 それを待っていた飛行艇、旋回し乍ながらその傍へ着水した。 ﹁壮太! 来い﹂叫ぶ龍介。﹁がってんだ﹂ 右手に拳銃、龍介と壮太はひらりと潜水艦に跳び移った。 鉄板をこじ明けて、二人がハッチを猿ましらのように滑り下りる。下ではメトラス博士とチャアリイが待受けていた。 ﹁来たな小僧!﹂とメトラスが喚いた。 ﹁もう駄目だメトラス、チャアリイも覚悟をしろ、今度こそは逃がさんぞ﹂﹁貴様こそ叩っ殺してやる﹂ 云いざま混血児チャアリイが隠し持った拳銃を、取出すよと見る、パッ! パッ! と二発、続けさまに射うった。 ﹁あっ! 畜生﹂叫んだ龍介、そこへばったり倒れる。と見た壮太、﹁野郎﹂と呻うなりながら、鼠のようにメトラス博士へ跳びかかった。 ﹁どうだ小僧、混血児のチャアリイ様の腕に恐れ入ったか﹂ そう云いながら、倒れている龍介の横腹を蹶けろうとする刹那 はね起きた龍介、拳骨を握って力任せに、下からチャアリイの顎を突上げた、龍介は撃たれなかったのだ。 ﹁うーん!﹂と呻ってよろめく奴を、躍りかかった龍介。倒しもおかず続けざまに拳骨で突きのめした。 ﹁ひどいなア坊っちゃん!﹂向うで壮太が声をかけた﹁それじゃ拳メリ骨ケン壮太のお株を横取りするようなもんですぜ﹂ かくて混血児チャアリイ、メトラス博士の二人は、濡ぬれ雑ぞう巾きんのように打ぶっ倒たおされてしまった。事件解決
骸骨島の一味はその時、もう駆逐艦に捕らえられていた。
勿論文子と春田博士は無事に救い出されていた。
そこへC・C・D潜水艦を取戻し、メトラスとチャアリイを捕縛して龍介と壮太が帰って来たので、一同は歓呼の声をあげて、横須賀へ帰航の途についた。
皆が今しも三崎を廻ろうとしていた時、地軸も砕けるかと思う大音響がしたので、ふりかえって見ると、骸骨島のあった場所は濛々たる水煙に蔽おおわれていた。
﹁骸骨島は三百貫の火薬で粉砕された。もうあの恐ろしい海ふた狼りはなくなったのだ!﹂龍介は駆逐艦の上から、感慨ふかい調子でそう云った。皆もひとしく、涙ぐましい気持で消えやらぬ水煙を見やっていた。
﹁さて、どうして僕が骸骨島の所在を知ったかと云うことですね!﹂と数日後、海軍の将官達や、大学の科学者の開いた、祝宴の席上で、龍介は話した。
﹁僕が飛行艇で墜落した時、海ふた狼りに巻かれて、一時間に三十里の余も遠く押流された、そこで此地図の赤い線を調べて見ると、丁度それが海ふた狼りの流れる道筋に当たっている。是はきっと悪漢共が海ふた狼りの潮流を利用して、海中に骸骨島と称する島を造り、そこに仕掛をして隠れているに違いないと思ったのです。やつらは、C・C・D潜水艦の試運転の時、この海ふた狼りの猛烈な流れの力と、骸骨島に仕掛けた機械の力とで、潜水艦を骸骨島へ引よせて隠してしまったのです。それからメトラス博士と云うのは、あのヤンセン牧師と同じ、××国から廻されて来た軍事探偵で、常に要塞地帯の写真などを撮らせていたのですが、それらは凡すべて今度抑えてしまいました。さて僕は一人の親友を皆様に紹介させて頂きます﹂そう云って龍介は、傍にいる壮太を起たたせた﹁是は僕の為に、いつも身命を賭して尽してくれる友、拳メリ骨ケン壮太君です。今度の事件でも第一の功労者です﹂
拳メリ骨ケン壮太は顔をあげて、ぴょこんと下手なおじぎをしながら、どもりどもり云った。
﹁えー、えーと、僕の、私わたしの親分は春田龍介さんで、私あっしは私あっしは拳メリ骨ケン壮太でやす、矢でも鉄砲でも恐れません、えへん﹂
斯かくしてめでたく骸骨島の冒険も終ったのである。