文明の強売

(断じて不正なり)

大石誠之助




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使使
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生存の為に競争するを欲せず、領土の拡張を願はず、富と権力と快楽を追求することを知らず、而かもそれ以上に一箇の幽玄高大なる目的を保持せし可憐なる印度民族が滅亡したるを歎じ、古来自国以外に国あるを知らず、征服なるものを知らず、戦争なるものを知らず、ヒマラヤ山脈と印度洋の怒濤に繞囲せられ、自然の楽園に満足して他に何物をも要求せざりし幸福なる人民が、卒然異国の武人に侵入せられ隣人を殺すの術を練習するに怠慢なりし外、何の過失なくして脆くも征服せられたるなり――彼等は自ら勝つを欲せず、単に他の差し出と世話を受けずして自己の人生観を楽まんとせしに、防禦と攻伐の術を忽にせし為、猛烈なる獣力の前に斃れたるなり。下略。

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使使()調使
○これだけは新聞の報ずる所であるが、斯の如き我国の態度が列国から如何なる批評を受けたか、又我国の当路者中何等の物議を醸したか、余等は到底窺ひ能はぬ。併しながら兎に角我外交官が多少手荒い事をしたと云ふは争ふべからず。又之が尻拭ひとして八方美人の伊藤侯が韓廷の御機嫌を取りに行つた事だけは確実である。彼が天性の愛嬌と我陸海軍の後援を以てせば、至極都合よき彌縫策を施し所謂満足なる結果を得て、不日帰朝の暁には国民が狂喜を以て歓迎するは予め明言し得る所である。
○併しながら韓国が或は露に親み又日に従ふと曰ふも、それは韓国にある多数の平民でなく最も僅少なる重臣と政府者が、自己の名利を得んとする政略から出た事である。斯の如く野心の為日本に従ふものは亦野心の為よく露に親しむべきもので、決して之を頼みとするに足らぬ。又此等の野心家の何れもが日露戦争の為受くる所の苦痛と損害は、或は自業自得として諦めらるゝかも知れぬが、若しも韓国平民の内、前に引例した印度人の如く一点の野心と私慾なく、日本に媚びず露国におもねらず、其他何れの国のお世話も差し出も願はず、小さき半島の自然に満足して気楽なる生涯を送らんとするものがあるならば、我倫理的帝国主義者は如何なる口実と権利を以て、彼の国土に血を流し之を修羅場に化せんとするか。余は茲に於て敢て曰ふ、文明の強売は断じて不正である、不義である。若しも我国の国是が侵略的膨張であり戦に勝つのみを以て目的とするならば兎も角、いやしくも正義を標榜し人道を云々するにあらば、断じて行ふべからざるは文明の強売である。

〔紀伊禄亭・週刊『平民新聞』第二一号・明治三七年四月三日〕






底本:「大石誠之助全集1」弘隆社
   1982(昭和57)年8月5日発行
底本の親本:「平民新聞 第二一号」
   1904(明治37)年4月3日
初出:「平民新聞 第二一号」
   1904(明治37)年4月3日
※初出時の署名は「紀伊禄亭」です。
※本文中の〔 〕内の注記は、底本編者による加筆です。
入力:大野裕
校正:持田和踏
2022年10月26日作成
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