星の海を渡る人は友を必要とする――
設計の良いシステムなら常に
それを提供する方策を見いだすものだ!
熱のせいで彼は少年のように見えた。看護婦は医師の後ろに立って、彼を熱心に見つめていた。彼女は曖昧な微笑みを浮かべていた。そこには優しさと彼の男性としての魅力に惹かれる気持ちとが入り混じっていた。
﹁いつ出られますか、先生?﹂
﹁おそらく数週間以内には。まずはよくなることです。﹂
﹁退院して帰宅する、というのではありません、先生。いつ宇宙に戻れますか? 僕は船長です、先生。腕のいい船長です。ご存知ですよね?﹂
医師は重々しく頷いた。
﹁戻りたいんです、先生。今すぐ戻りたい。元気になりたいんです、先生。今すぐ元気に。自分の船に戻ってまた離陸したいんです。自分がなぜここにいるのかすらわかりません。僕に何をしているんですか? 先生は。﹂
﹁私たちはあなたを治そうと努力しています﹂と医師は答えた。優しく、真剣に、権威をもって。
﹁僕は病気ではありません。あなた方は間違った人間を入院させたんです。僕たちは船を着陸させましたよね? 全てうまくいっていました、違いますか? そこで僕たちは下船し始めて、そこで全てが真っ暗になりました。気がつけばこの病院にいます。なんだか胡散臭い感じがするんです、先生。宇宙港で負傷したのでしょうか?﹂
﹁いいえ、﹂医師は言った。﹁宇宙港で傷つけられたりはしませんでした。﹂
﹁それならなぜ僕は失神したのでしょう? なぜ病院のベッドに? 何かが僕の身に起きたはずです、先生。何か理由がなければいけない。さもなければここにはいないはずです。何か馬鹿げた恐ろしい出来事が起きたはずです、先生。あんなに快調だった飛行の後ですよ。どこでそんなことが?﹂患者の目に荒々しい光が宿った。﹁僕は誰かに何かされたのですか、先生? 僕は怪我などしていませんよね? 再起不能になどなっていませんよね? 宇宙に戻れますよね、違いますか?﹂
﹁おそらく。﹂と医師。
看護婦が何か言いたげに深呼吸した。医師は向き直ると厳しい渋面を作った。﹁黙っていろ﹂という意味だ。
患者はそれを見て取った。
彼の声に絶望の色が加わった。もはや泣き言? ﹁どうしたのですか、先生? 何故話してくれないのですか? 何がまずいのですか? 僕の身に何かが起きた。ラルフは? ピートは? ジョックはどこに? 最後に彼を見たときはビールを飲むところでした。ラリーは? ウェントは? ベティは? 僕の仲間はどこにいったのですか、先生。殺されたりしていませんよね? 残ったのは僕だけじゃありませんよね? 教えてください、先生。本当のことを。僕は宇宙船の船長ですよ、先生。現役時代ひどい地獄を見てきたのです、先生。何をお話しになってもいいんです、先生。そんなに悪くはありません。何を聞いても大丈夫です、先生。船の仲間はどこ、友達はどこだ? あれはなんて飛行だったんだろう! 教えてくれませんか? 先生。﹂
﹁話します﹂荘重に医師が言った。
﹁オーケー﹂と患者。﹁お願いします。﹂
﹁特にどんなことを?﹂
﹁からかわないでくださいよ、先生! 正直に教えてください。最初は友達のこと、次は僕の身に起きたこと。﹂
﹁あなたの友人達の件ですが、﹂医師は言葉を慎重に選んだ﹁いまおっしゃったどなたについても不都合な変化は生じていないと言うことができます。﹂
﹁わかりました、先生、では僕自身のことです。教えてください。何が起きたんですか、先生。何か恐ろしく酷い目にあったに違いないんです。そうでなければあなたが便秘した馬のような顔をして僕の前に立っているはずがないでしょう!﹂
この奇怪な賛辞に対し、医師は侘しげに苦笑した。﹁若い方、私の顔のことは説明せずにおきましょう。生まれつきですから。ですが、あなたは重症で、私たちはそれを良くしようと試みているのです。全て申し上げますから。﹂
﹁じゃあそうしてくださいよ、先生! いますぐ。重傷を負ったんですか? 事故ですか? 説明してください、さあ!﹂
医師の背後で看護婦が身じろぎした。彼は振り返って彼女を見た。彼女はトレーの上の鎮静剤の方を見ていた。医師は軽く顎をしゃくってやめておけと告げた。患者はこのやりとりを見て、正しくそれを理解した。
﹁そうです、先生。ヤクを打たせないで。眠る必要はありません。必要なのは真実です。もし仲間が無事なら、なぜ彼らはここにいないのですか? ミリーは外廊下に? ミリーっていうのは彼女の名前で、頭をカールにした小柄な子です。ジョックはどこ? ラルフはなぜこにいないんだろう?﹂
﹁若者よ、全てを打ち明けましょう。きつい内容になりますが、あなたは男らしくそれを受け止めると信じていますよ。しかし、先に話をしてもらった方が助かります。﹂
﹁何を一体? 僕が何者か知らないのですか? 仲間と僕のことは書類になかったのですか? ラリーのことは何もお聞きでない? 凄腕の航宙士ですよ! ラリーがいなかったら、僕たちは今ここにいられなかったでしょう。﹂
開いた窓から遅い午前の日差しが注いでいた。若い患者の窶れた顔に春風が優しく触れた。医師の声には慰めと、それ以上の何かがあった。
﹁私はただの医者です。ニュースについて行けていないのです。あなたの名前と病歴はわかっています。しかし、あなたの飛行には詳しくありません。それを教えてください。﹂
﹁先生、ご冗談でしょう。本が一冊書けますよ。僕たちは有名ですから。今すぐにでもウェントが出てくるに決まってますよ、自分が撮った写真を使って一財産稼ごうと。﹂
﹁全部を話していただなくても結構ですよ。宇宙港に着陸した際の事と、その前数日間の飛行についてならいかがでしょう。﹂
青年は悪戯っぽく微笑んだ。顔には歓喜とあふれんばかりの思い出が現れた。﹁話してもいいでしょう。あなたはお医者さんで、守秘義務がありますからね。﹂
医師は頷いた。とても誠実でなおも親切だった。﹁もしお望みなら﹂静かに言った﹁看護婦に席を外させましょうか?﹂
﹁とんでもない、﹂患者は叫んだ。﹁彼女は良い見張りですよ。あなたがテープに隠し録りするつもりでもなければ、ね。﹂
医師は頷いた。看護婦も頷き、微笑んだ。彼女は目に泪が溜まっていたらどうしようと思ったが、あえて拭おうとはしなかった。これは異常に観察力の鋭い患者だ。動作に気づくかもしれない。そうしたら彼の話はお仕舞になってしまうだろう。
患者は口から泡を吹かんばかりに熱弁をふるった。﹁ねえ、先生、大きな船なんですよ。キャビンが十二、談話室が一、人工重力、ロッカー、沢山の船室。﹂
これを聞く医師の目は震えたが、ただじっと共感の眼差しで患者を見つめるだけだった。
﹁全てが順調で、地球まで残り二日を切ったことが分かったとき、先生、僕たちは舞踏会を開きました。ロッカーの一つにビールがあるのを、ジョックが見つけて。ラルフと力を合わせてそれを取り出しました。ベティーは古いダチで、でも僕はその時ミリーと一緒になろうとしていたんです。ヘイ、うまくいきましたよ!﹂彼は看護婦を見て、首まで真っ赤になった。﹁細かい点は飛ばします。パーティーを開いたんです、先生。僕たちはハイになって、酔っ払って、幸せでした。楽しかった! こんなに楽しい思いをした人は他にいないと思います。僕と、古い仲間と。ドッキングは成功でした。あのラリーです、奴がナビゲートしました。あいつはフクロウみたいに酔っ払って、ベティーを膝に乗せてたんですが、それでも船をばっちり入港させました。まるで老婦人がコインを献金皿に差し込むみたいに。乗組員全員が酔って浮き浮きした状態で着陸するなんて格好悪いと思うべきだったのでしょうが、あれは最高の飛行で、最高の仲間で、これまで誰一人経験したことのないほど楽しかったのです。僕たちは任務をやり遂げました。全部がうまくいっている場合でもなければ、最後にどんちゃん騒ぎなんてやりません。そんなこんなで僕たちは入港して着陸しましたよ、先生。そこで真っ暗になって、いまここです。さて、先生の側からの話をしてください。でも、ラリーとジョックとウェントが見舞いに来るなら絶対に教えてくださいよ。愉快な連中ですよ、先生。先生のかわいい看護婦さんを偵察に出さなきゃならなくなりますね。飲んじゃいけない何かの瓶を持ってくるでしょうから。オーケー、先生。さあどうぞ。﹂
﹁私を信用してくれますか?﹂と医師。
﹁もちろん、そうしますとも。﹂
﹁私が真実を告げようとしていると思いますか?﹂
﹁大事なことです。本当に大事な。オーケー、とにかくどうぞ。﹂
﹁まず注射を受けてください。﹂医師はその声に努めて親切さと権威を保とうとした。
患者は戸惑ったように見えた。彼は看護婦を、トレーを、鎮静剤を凝視した。そして医師に微笑みかけたが、その微笑みには恐怖が潜み棲んでいた。
﹁かまいません、先生。あなたがボスだ。﹂
看護婦に助けてもらい彼は袖をまくった。彼女は注射針に手を伸ばそうとした。
医師は制した。看護婦の顔をまっすぐ見、双眸を彼女の両眼にじっと留めた。﹁いや、静注だ。私がやる。わかったね?﹂
彼女は物分りがよかった。
彼女はトレーから短いゴム管を取り、肘のすぐ上のところに素早く巻いた。
医師はじっと黙ってそれを見た。
彼は患者の腕をとり、親指を上下に走らせ、静脈を触れようとした。
﹁くれ﹂と彼。
彼女は注射針を手渡した。
患者、看護婦、医師の皆が、肘静脈のわずかな膨らみの中に直接、薬液の全量が流れ込むのを見ていた。
医師は注射針を抜いた。彼自身もほっとしたように見えた。こう言った‥﹁具合はどうですか?﹂
﹁いいえまだ何も、先生。すぐ話してくれませんか、先生。もう煩わされるのはごめんですから。ラリーはどこだ? ジョックは?﹂
﹁あなたは船に乗っていたのではありません、若い方。一人乗り宇宙艇にたった一人でいたのです。二日がかりのパーティーを開いたのではありません。二十年に及ぶパーティーでした。ラリーが船を入港させたのではありません。地球の当局が遠テレ隔メト操リ作ーで着陸させたのです。あなたは飢餓と脱水に陥り、九割がた死んでいました。艇には人フリ工ーズ冬・ユ眠ニ装ッ置トがあり、あなたは救命キットから栄養を受けていました。宇宙旅行の歴史の中で、あなたほど厳しい狭き門を脱出してきた人はいなかったのです。艇は新型麻酔器の一つを装備していました。一秒か二秒、自分の顔面にそれを作動させるだけでよかったはずです。後は艇の自動操縦が引き継ぎました。友人などいなかったのです。彼らはあなたの心が作り出した存在なのですよ。﹂
﹁わかりました、先生。僕は大丈夫です。心配しないで。﹂
﹁ジョックもラリーもラルフもミリーもいませんでした。いたのは麻酔器だけです。﹂
﹁はい、先生。大丈夫ですよ。先生がくれたこのヤクはよく効きます。幸せで夢を見ているようです。もう行かれて結構ですよ。このまま眠りますから。朝になったらすっかり説明してくれますね。でも、面会時間には間違いなくラルフとジョックを呼んでください。﹂彼は背中を向けた。
看護婦は寝具を彼の肩にかけた。
そして二人は病室を立ち去ろうとした。最後の瞬間、彼女は駆け出し、医師より先に部屋を出た。泣き顔を見られたくなかったのだ。
完