毛足の長いエアデールテリアが、鼻をひくつかせながらとぼとぼと大道を歩いていました。初めての土地で、先だった兄弟の後を追ってここまできたのです。始めたくて始めた旅ではありませんでしたが、しつけの行き届いた犬らしく不平はこぼしませんでした。道連れのない一人旅、もし鼻先に数え切れないほどの犬の跡がなかったとしたら彼の元気はとっくに挫けていたでしょう。でもこの臭いからみて、道の先にはきっと仲間がいるに違いありません。 あたりは始めのうち荒涼とした感じでしたが、このところ恐ろしく痛んだ身体から苦悶がふっと抜けると、それがとても急だったので、何か痺れた感じになり、まもなく道沿いの犬の国を心ゆくまで楽しめるようになりました。地面からは葉を茂らせた木々が伸び、間を駆け抜けてみたくなりますし、草ぼうぼうの長い坂はどこまでも走っていけそうです。湖に飛び込んで木の棒を咥えて戻れば――しかし彼はここで考えるのをやめました。あの少年と一緒ではないのですから。ちょっとホームシックになりました。 気が楽になったのは、彼方に大門を認めた時でした。高さは天を衝き、なんだって通れるくらい広い門です。こんな門を作れるのは人間だけだということが彼にはわかっていて、目を凝らすと、人間たちが何であれその先に入っていくのが見えるような気がしました。彼は、男や女の手によって美しく作り上げられたあの囲いの中に一刻も早く飛び込みたい一心で駆け出しました。ですが、彼の足は思い通りには速く動かず、残してきた家族のことを思い出したのです。この新たな美しい結びつきも、あの家族がいなければ完璧なものにはならないのだと。 さて、犬の臭いは大変に強くなり、近づいていくと、驚くなかれ彼より前に数え切れない程の犬たちが到着しており、その内の何千頭もが今もまた門の外に集まっているではありませんか。犬たちは入口をびっしり取り巻きながら大きな輪の形に座っていました。大きいのも、小さいのも、巻き毛のも、立派なのも、雑種も純血種も、老いも若きも、いろんな顔だちのいろんな性格の犬たちです。皆ともに何かを、誰かを待っている様子がありありとしていて、エアデールテリアの肉球が固い道に落ちる音がすると、一斉に立ち上がってこちらを見たのです。 そんな興味も、新参者が犬だと見て取るとたちまちの内に去り、そのあっけないことに彼は戸惑いました。これまで住んでいたところでは、四本足の兄弟は相手が友達ならば喜んで迎え、よそ者ならば胡散臭そうに外交術を振るい、敵対する者には鋭い非難を浴びせたものです。まさかそれを完全に無視するなんて。 立派な門構えをした大きな建物にたびたび見かける掲示があって、それが﹁犬を入れるべからず﹂という意味であることは覚えていました。もしかして門の外で待っているのはそんな掲示があるからだろうか、と心配になりました。この高貴なる門口は単なる犬ころと人間さまとを隔てる境界線として立っているのではないかと。でも彼は家族の一員でした。リヴィングルームで共に遊び、ダイニングルームに腰を下ろして共に食事をとり、夜になったら共に階段を上がって。自分が外に締め出しておかれたら、そんなの考えるだけでも我慢できなかったでしょう。 彼は受け身のままの犬たちを軽蔑しました。壁なんて昔からのやり方で扱えばいいじゃないか、飛びかかって、吠えて、綺麗に塗られたドアに爪の跡をつけてやれ。反抗心で一杯になったままの彼は、最後の小さな丘を越えながら、自分が手本を見せてやるんだと意気込んでいましたが、飛びかかろうにもそんなドアはなかったのです。入り口の向こうに見えたのは人々が集まる愛しい姿だけで、それなのに敷居を跨ぐ犬はいませんでした。犬たちは辛抱強く円陣を組み、曲がりくねった道を見据えていました。 彼は門を調べようと注意深く進みました。ふと、ここから立ち去るべき時が来たという考えが頭に浮かびました。ほんの小さな仔犬だったころに引っかかったような見えない網目を破ろうとして、ここにいる見知らぬ犬たち皆の前で馬鹿な真似をしたくはありませんでした。けれどもそんな網はなく、彼の心に絶望が入り込んだのです。人間へと続くこのアーチのこちら側に座り込む彼らは、これまでどんな辛い目にあってきたのでしょう。どんな酷いお仕置きを受けたせいでこれらの哀れな獣たちはこちら側にとどまっているのでしょうか! 一体全体、これに釣り合う悪さというのはなんだったのでしょうか? 骨を盗んだ記憶が彼の良心を苦しめました。家出をした日々が、鍵を開ける音がするまで一番良い椅子に納まって寝たことが。それらは罪でした。 その時、イギリス生まれのブルテリアが近づいてきて、親しげに鼻を鳴らしました。赤毛に白ブチの颯爽とした姿です。それが首輪を嗅ぐか嗅がないかの内に、ここで出会えたのがもう嬉しくてたまらないという様子になりました。どうしてこんなに歓迎されるのかはわかりませんでしたが、こわばったエアデールテリアの心はすっかり解けてしまったのです。 ﹁儂は君を知っとる! 知っとるよ!﹂とブルテリアは叫びました。でも、おかしなことにこう付け加えました﹁君の名は?﹂ ﹁シャンターのタムです。家の者にはタミーって呼ばれてました﹂と答える声に間が空いたのは無理もないことです。 ﹁彼らのことも知っている﹂ブルテリアは言いました。﹁いい人たちだった。﹂ ﹁最高です﹂とエアデール。努めて気にしない様子で、いもしないノミを掻こうとしながら。﹁貴方のことは覚えていませんね。家の者とはいつお知り合いになったんですか?﹂ ﹁鑑札十四枚ばかり昔のことだよ。あの二人が結婚したての時だ。ここでは時間の流れを鑑札の枚数で数えるのだよ。儂は四枚持っていた。﹂ ﹁僕は一枚しか持っていません。初めてもらった一枚です。貴方は僕より前にいたのですね、多分﹂彼は自分が若造のように感じました。 ﹁一緒に歩こう。家の者の話をすっかり聞かせて欲しい﹂と新しい友からの誘いの言葉です。 ﹁入ってはいけないのですか?﹂門の方を見ながらタムは問いました。 ﹁いや、君は好きな時に中に入れるさ。いきなりそうする者もいる。だが儂らは離れるのだよ。﹂ ﹁入らない方がいいということですか?﹂ ﹁いや、いや、そういうことじゃない。﹂ ﹁だとすると、貴方の仲間たちはどうしてあそこに張り付いているのですか? 年のいった犬なら誰でもアーチの向こうの方が良いと思うでしょうに。﹂ ﹁わかるかね、儂らは儂らの人が来るのを待っているのだ。﹂ エアデールは即座に意味を把握して、こくりと頷きました。 ﹁僕はここに来る道すがらそう思ったんです。そういう人なしではとてもいられないと。そういう人なしでは完全な場所にはならないんだと。﹂ ﹁儂らにとってはそうだな。﹂とブルテリア。 ﹁本当に! 僕は骨を盗んだけれど、ここでまた家族と会えるなら、それはもう許してもらえたってことです。本当に素晴らしい場所になります。でも、見てくださいよ、﹂新たな考えに打たれたように加えました﹁あの人たちは僕らを待っているのですか?﹂ 古参の住人はちょっと困った様子で咳払いしました。 ﹁人間というのはそういうのが苦手なのだよ。ぶらぶら待ち続けるのがね、たかが一頭の犬のために――まあ、駄犬のことだがね。﹂ ﹁本当にそうです﹂タムは同意しました﹁人間たちはすぐ家に帰れってくれていいんですよ。僕は――僕は、僕が彼らを恋しがってるように彼らに僕を恋しがらせたいなんて決して思いません。﹂彼はため息をつきました。﹁でも、それなら彼らはあまり長い間待たなくていいってことですね。﹂ ﹁おお、そうさ。じきにやってくる。気を落すな﹂ブルテリアはなだめました。﹁そのうちに夏の大型ホテルみたいになるぞ――やってくる者をよく見ようとね。ほら、何か起きているぞ。﹂ 最後の斜面をふらふらと登ってきた小さい姿に気づくと、すべての犬が興奮のあまり立ち上がりました。半数はその姿を求めて駆け出しました。愛を希求する大集団です。 ﹁気をつけるんじゃ、その子を泣かすな﹂年配者が注意するそばから、こんな言葉が門から一番離れた犬まで届いたのです‥﹁急げ! 急げ! 赤ん坊がやってきたぞ!﹂ しかし、犬たちが集まり終わる前に、痩せこけた黄色の猟犬が群衆を押し分け進み出ました。この犬は子供をひと嗅ぎすると高々と歓喜の吠え声をあげ、小さな両足の前に腰を下ろしました。それを認めた赤ん坊は猟犬を抱きしめ、二人は門に向かっていきました。門を出たところで猟犬は足を止め貴族風のセントバーナードに語りかけました。二頭は仲が良さそうだったのです‥ ﹁悪いが俺は行くよ。長いあいだ友達だったけど、この女の子を見守っていくんだ。今この子には俺以外いないから。﹂ わかってくれたか、という感じでブルテリアはエアデールを見ました。 ﹁これが儂らのやり方なのだ﹂と誇らしげに。 ﹁わかりました。けれど――﹂エアデールは困った風に首をかしげました。 ﹁けれど何?﹂と指南役。 ﹁誰の家族でもない――野良犬なのかな?﹂ ﹁それが一番なのだ。おお、ここでは全部が考え抜かれておるのだよ。まあ腰を下ろして――疲れたろう。座ってよく見ていなさい。﹂とブルテリア。 まもなく、道の上のもう一つの小さな影が、こちらに向き直りました。ボーイスカウトの制服を着たその男の子は、ちょっと怯えているようでした。なにしろこんな冒険は初めてでしたから。犬たちは再び立ち上がり鼻を鳴らしましたが、その輪の中でも身なりのいい犬たちは後ろに下がって、かわりに雑犬たちの一団が男の子に会おうと出て来ました。ボーイスカウト君は雑犬の親しげな態度に安心して、みんなを分け隔てなくポンポン叩いた後で、黒地に褐色のぶちがある時代遅れの犬を選んだのです。そして二人は門をくぐりました。 タムは訝しげでした。 ﹁知らぬ同士じゃありませんか!﹂彼は叫びました。 ﹁だが、常に求め合っている。あれは犬が欲しいのに父親に許してもらえなかった男の子たちの一人なのだよ。野良たちはみんな、そんな子がここに来るのを待っている。子供はみな自分の犬を、犬はみな自分の主人を見つけられるのだ。﹂ ﹁あの子の父親も今ならそれがわかるでしょう、﹂とエアデールがコメントしました。﹁親父さんだって何度も考えているはずですから。﹃うちの子に犬を飼わせていれば﹄って。﹂ ブルテリアは声を立てて笑いました。 ﹁君はまだまだ地上の犬なのだなあ、本当に。﹂ ﹁父親と男の子というとどうも同情してしまって。僕の家族には両方いたものですから。母親と一緒に。﹂ ブルテリアは驚いて跳ね起きました。 ﹁二人に男の子がいると?﹂ ﹁いますとも。世界一の子供ですよ。今年で十歳になります。﹂ ﹁そうか、そうか、こりゃニュースだ! 儂がそこにいた頃、二人に子供ができればいいのになと思っておったよ。﹂ エアデールはこの新しい友人のことをまじまじと見つめました。 ﹁待って。貴方はどなたなんですか?﹂ ですが、相方はせきこんで‥ ﹁男の子と遊びたくて儂はしょっちゅう二人から逃げておった。それで叱られたなあ。その度に、あなた方に子供がいないのが悪いんだ、と二人に言ってやりたかった。﹂ ﹁それで貴方はどなた?﹂タムは繰り返しました。﹁その話、僕も聞きたいんですよ。貴方は誰の飼い犬だったんですか?﹂ ﹁君の考えている通りだ。鼻先が震えているからそれがわかるよ。儂は十年ばかり前に二人の許を去らねばならなかった老犬だ。﹂ ﹁ブリー爺さんですか、うちにいた?﹂ ﹁ああ、儂はそのブリーだ。﹂二頭はいっそう親しげに鼻を突き合わせ、肩を寄せ合って木々の間を歩きました。ブリーはますますニュースを欲しがりました。﹁教えてくれ。みんなどうしているかね?﹂ ﹁ばっちりです。家を買い取りましたよ。﹂ ﹁お、思うに――君があの犬小屋に?﹂ ﹁いいえ。貴方がいた場所に他の犬がいるのは見たくないと言っていました。﹂ ブリーは足を止め、優しく吠えました。 ﹁ああ、そんなに儂のことを。教えてくれて本当に嬉しい。儂のことを悼んでいるのだと!﹂ しばらく二人とも黙って歩きました。ですが夕闇が深まり、辺りには市内の金色の街路が投げかける光だけになった時、ブリーは気遣わしげになり、そろそろ帰った方がいいと言いました。 ﹁儂らは夜目が利かないからね。それに、とりわけ明け方にはなるべく道のそばにいたい。﹂ タムは同意しました。 ﹁彼らが来たら教えてあげますよ。ぱっと見にはわからないでしょうから。﹂ ﹁それが儂らには判るのだよ。赤ん坊の側だと、時々儂らをうまく思い出せないことがあるのだ。彼らには儂らが実際以上に大きく見えるからね。だが儂ら犬族を見くびってはならん。﹂ ﹁なるほど。では、﹂タムは頭の良い提案をしました。﹁うちの夫婦がやってきたら、貴方が家族として出迎えてやってください。一方、僕はあの少年を待つことにします。これでどうですか?﹂ ﹁ベストだな﹂ブリーは親切に頷きました。﹁万一、ちっちゃい方が先に来てしまったら――この夏はそういうことが多かった――もちろん紹介してくれるね?﹂ ﹁胸を張って。﹂ そして鼻面を両手の間に収め、目を巡礼の道に落としたまま、彼らは待っているのです。門の外で。 完