「男性のためのメンタルヘルス・ケア」をテーマにする本連載メンヘラ.men's(メンヘラドットメンズ)も、今回で3回目となりました。いつも読んでくれる読者のみなさま、ありがとうございます。
今回のテーマは﹁男性自殺の背景にあるもの﹂。
連載第1回では、
・自殺者の70%は男性 ・男性は自殺リスクが女性の2倍近く高い
という、男性ならではのメンタルヘルス・リスクについて、厚生労働省の﹁自殺対策白書﹂をソースに解説させて頂きました。
第3回となる今回は
﹁なぜ男性の自殺率はこんなに高いのか?﹂
について、様々なデータを交えつつ考えていきたいと思います。
自殺統計から読み解く死者の声
第1回の記事で触れたように、2015年の自殺者は合計24,025人。そのうちの16,681人が男性で、7,344人が女性です。 これをパーセンテージで表すと、自殺者全体の約70%が男性という計算になります。 (出典‥平成28年版自殺対策白書)
16,681人の男たちは、なぜ自ら死を選んだのか。
﹁男性の自殺率はこんなに高い?﹂という問いに答えるには、彼らの﹁死の理由﹂を考えることが不可欠です。もし彼らの声をもし聞くことができれば、この問いにもひとつの方向性が示せるはずでしょう。しかし、故人の声を聞くことは二度と叶わない。
そこで、別の資料を見てみましょう。 警察庁が公開している﹁平成27年中における自殺の状況﹂という統計資料です。
この資料はなんなのか? 簡単にご説明しましょう。
自殺者のご遺体が見つかったとき、基本的には不審死としてまずは警察による調査が行われます。 警察は外傷や死因や事件性の有無を捜査する過程で、︵自殺であれば多くの場合︶遺書や故人の最後のメッセージを発見することになります。
それら遺された資料から﹁死の理由﹂をケース別に収集し、データ化し、それを年ごとに公開する。それが﹁平成〇〇年中における自殺の状況﹂という警察庁の統計資料です。まさに﹁死者の声のデータベース﹂と言えるでしょう。警察の仕事の多彩さに触れる思いがします。
それでは早速「平成27年中における自殺の状況」から、「年齢階級別、原因・動機別自殺者数」としてまとめられているページを見てみましょう。下の図をご覧ください。
この資料では、自殺の原因を大別して
・家庭問題 ・健康問題 ・経済・生活問題 ・勤務問題 ・男女問題 ・学校問題 ・その他
の7つに分類しています。少々大雑把な分類のようにも感じますが、﹁その他﹂の割合が微小であることを考えると、人間の死ぬ理由などというのは、このくらいに大別できるのかもしれません。
﹁その他﹂を除いた6つの自殺理由について、男女それぞれの数を考察すると、ある事実に気づきます。順に見ていきましょう
まず︻家族問題︼が理由の自殺 男性2,327人 女性1,314人 嫁姑問題など、家族問題といえば女性の問題のイメージがありますが、実際は男性も女性以上に苦にしているようです。
︻健康問題︼が理由の自殺 男性7,122人 女性5,023人 平均寿命に7歳近い差があるためか︵女性の方が高齢化しやすい︶、女性の割合が比較的多いです。
︻男女問題︼が理由の自殺 男性514人 女性287人 自殺のメインストリームが﹁心中﹂だった時代もありましたが、今はそこまでの勢いはない模様
︻学校問題︼が理由の自殺 男性293人 女性91人 学校問題…。若い世代も男は死んでいます。
︻経済・生活問題︼が原因の自殺 男性3,658人 女性424人 注目すべきポイント1です。なんとこの問題に限り、男性が女性の8.6倍もの割合で死亡しています。
︻勤務問題︼が理由の自殺 男性1,906人 女性253人 注目すべきポイント2。
︻家庭問題︼︻健康問題︼︻男女問題︼︻学校問題︼では、1.3倍~3倍程度の男女差はあったものの、その差はそれほど大きいとは言えませんでした。
しかし︻経済・生活問題︼︻勤務問題︼と、﹁お金﹂の話になってくるにつれて、男性の死亡率は一気に急上昇を示します。
﹁なぜ男性の自殺率はこんなに高いのか?﹂
という問いに対する答えの一端が、この︻経済・生活問題︼︻勤務問題︼にあるのは明らかでしょう。
﹁稼ぎ手﹂の役割を求められる男性たち
性役割が明確だった時代、男性は基本的に﹁甲斐性﹂を、つまり﹁お金を稼いで家にもってくる能力﹂を求められていました。
もちろんその代わり、﹁稼ぐ力﹂以外の能力、たとえば家事や育児などについては大目に見られていましたが、しかし男が仕事をしない、男が金を家に入れない、というのは古来﹁甲斐性なし﹂と言われ、軽蔑の対象だったわけです。
実は、これは今の時代もあまり変わっていません。
一例として、内閣府の﹁男女共同参画白書﹂からいくつかの箇所を抜粋しましょう。
男性の長時間労働や家事関連活動への参加において大きな変化が見られないことには,主たる稼ぎ手としての男性の意識が背景にあると考えられる。男性の非正規雇用者が,非正規雇用を選んだ理由として﹁正規の職員・従業員の仕事がないから﹂を挙げる割合が高いことから,男性に正規雇用が標準的な雇用形態と考える傾向があると考えられる
仕事と生活の調和については,女性の3分の1が家庭生活を優先したいと考えている︵1―特―27図︶。さらに,専業主婦の幸福度は,正規雇用者の有配偶女性と比べて高く,世帯収入が高いほど女性の幸福度は高い︵1―特―29図︶。このように,男性だけでなく,女性にも男性を主たる稼ぎ手として考える傾向があることがうかがわれる。
男女の両方において男性を主たる稼ぎ手であると考える傾向も見られ,特に若い世代の独身者女性においてその傾向が強い。
男女共同参画白書 平成26年版﹁特集 変わりゆく男性の仕事と暮らし﹂
このように、男女平等が謳われ20代男女の所得格差がほぼ解消された昨今においても、男性は﹁稼ぎ手﹂としての役割を求められ続けているわけです。その経済的責任の重圧が長時間労働や経済問題を産み、︻経済・生活問題︼︻勤務問題︼における男性自殺者の割合を大きなものにしていると考えられます。
男たちが死んでいく背景には、﹁男の甲斐性﹂という概念が強く関係しているわけです。
男性のメンタルヘルス・ケアは﹁仕事﹂を見直すことから
このような状況を解決するにはどうすれば良いのか?
経済的負担に関する男女平等や、過労死・職場うつなどの働く人のメンタルヘルス環境の整備、ブラック企業対策などが挙げられるかもしれません。しかし、それは大きな社会モデルを考察する試みです。専門家ではない自分としては深くは触れず、識者の論を待ちたいと思います。
ただ、﹁男性のためのメンタルヘルス・ケア﹂というテーマで、当事者のみなさんにコメントすることは可能でしょう。僕が言いたいのは以下のひとつだけです。 男たちよ、仕事に気をつけろ……。
平成27年の男性自殺者16,681人のうち、3割近い5,564人が﹁仕事﹂関連の理由を苦にして死んでいるのは恐ろしい事実です。男性の死因の大半は仕事にあり、と言っても過言ではありません。
健やかに生きていくために、もっと言うと死なないために、 男たちよ、仕事には気をつけろ……。そう声を大にして言いたいと思います。
清潔で一見安全なオフィスも、観方を変えればそこは先人の死体が転がる戦場です。
労働というものにこれだけ統計的に明らかな危険性が潜む以上、ワークライフバランスの最適化や、適度な休息、各種制度を知悉した上での自衛など、サラリーマンのみなさんには﹁身を守る手段﹂について真剣に考えてほしいと思います。
それは、あなたのキャリアだけでなく、あなたの命そのものを守ることにもつながるはずです。 ︵小山晃弘︶
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