ページの先頭です

てるてる坊主の館(浅原六朗文学記念館)

[2019年5月14日]

ID:315

てるてる坊主の館(浅原六朗文学記念館)概要

幼いころ口ずさんだ童謡「てるてる坊主」は池田町出身の浅原六朗の作詞によるものです。

からかさを形どった特徴のある屋根の館内には、六朗の文学作品や、蔵書、ノートに書かれた青春日記など、彼の人柄をしのばせる数多くの資料が展示しています。また、交友があった作家たちの書簡および写真、人間俳句集、自筆の書、色紙、執筆に愛用した筆記用具類、父慈朗の出版した諸本その他も展示しております。

てるてる坊主の館(浅原六朗文学記念館)外観

開館時間等
開館時間午前9時30分〜午後5時
休館日毎週月曜、祝日、年末年始
入館料無料

浅原六朗プロフィール


28513
                       

調


 5282

池田町が生んだ文学者浅原六朗の世界


  ()

   
    

28222

5()

5

13


処女作「鳥籠」を発表するまで


4113

420

723


 






「てるてる坊主」と浅原六朗


925



10

10412

(一) 
(二) 
(三) 


  宿

文壇における浅原六朗

















出世作「ある自殺階級者」と代表作「混血児ジョオジ」について

昭和2年、六朗は32歳で「ある自殺階級者」を「新潮」に、昭和6年、36歳で代表作「混血児ジョオジ」を「中央公論」にそれぞれ発表します。

「ある自殺階級者」の主人公は、奴隷的勤労にもかかわらず月給70円しか収入のない労働者でありながら労働者階級にもなり切れず、さりとてインテリのブルジョア的空気からも抜け切れない中級階級のサラリーマンです。

結核を病んで喀血(かっけつ)している妻に優しさを見せながら、カフェの女に会って覇気を求めたり、もう一人の別の女性を求めたりするが嫌われて、結局、自分はなんのために生きていったらよいのか、気力もない人です。妻の着物と自分の着物をひとまとめにして質屋の門をくぐります。そして自分は自殺するよりほかにはないのではないか、この先は、自殺という望みだけが残されていると感じます。右でもない左でもない、いってみれば時代のすき間から生まれた雑草のような人間でプチインテリゲンチャの破滅人生であるといっています。

「混血児ジョオジ」は、売春婦たちに「おたんこなす」と呼ばれ、馬鹿の見本みたいな中間者を主人公にした作品です。さまざまなタイプの売春婦を往復しながら一つの時代に翻奔されて、うたかたのように無視されていく一人のプレイボーイのあわれな姿を描いています。

「混血児ジョオジ」にみる中間階級者の悩みは、六朗自身の文学者としての中途半端な立場の悩みの中から生まれたものとも言えるでしょう。それは、昭和7、8年頃、もり上がってきた労働者運動プロレタリア的な生き方でもなく、芸術的な良心の悩みに徹底した生き方でもなく、左でも右でもない中間階級者のなんとかして生きる道を探りたいという思いを描いた作品かと思います。

人間俳句と浅原六朗


1949
 23
 363868
 3947



17
  

  
 39

6

〜てるてる坊主の館から〜浅原六朗の人間俳句

文責  井口紀子(いぐちみちこ・故人)

浅原六朗人間俳句
〔四月〕

人生のこと嘉し
ときに愉しく
時に寂しく
ときに美しく
春夏秋冬 
(欣求鈔(ごんぐしょう))

人生は楽しいこと苦しいことさまざまなことがありそれに対して、いちいち向かい合っていくから生きている実感重みがある。
〔五月〕しみじみと
小便すれば葱坊主 
(紅(べに)鱒群(ますぐん))
放尿して我にかえり、ふと足元を見れば、葱坊主(ねぎぼうず)がこっけいな顔でつっ立っていて愉しい。
黒揚羽花かたむけて強く吸う 
(欣求鈔(ごんぐしょう))
花をかかえ花弁の奥に嘴(くちばし)をいれて貪欲に蜜を吸う黒揚羽(くろあげは)のエロチズムさえ感じる一句である。
〔六月〕もりもりと
土もりあげてもぐらの馬鹿 
(欣求鈔(ごんぐしょう))
身の危険もわからず、のどかな春の日、地中からもぐらがとぼけたこっけいな顔を出す。
〔七月〕修験者の
鈴うちふられ霧霽(は)るる 
(欣求鈔(ごんぐしょう))
テンポ快く鳴り響く修験者(しゅげんじゃ)の鈴の音は、山道の霧を晴れ上がらせ、行く先々を照らす様だ。
〔八月〕颱風の部屋
藪蚊しづかに鳴きてくる 
(紅(べに)鱒群(ますぐん))
颱風(たいふう)の無気味な一瞬のしじま、ふとどこからか藪(やぶ)蚊(か)のかすかなうなり声が近づいてくる。
〔九月〕あきさめや
田んぼの道を寂光院 
(紅(べに)鱒群(ますぐん))
何を祈るか秋雨の降る田んぼ道を寂光院(じゃこういん)に向かう作者のおだやかな心情が浮かぶ句
〔十月〕紅鱒群粛々ときぬ秋日射す 
(紅(べに)鱒群(ますぐん))
深々と射しこむ秋の陽、水の中では粛々(しゅくしゅく)とではあるが威風堂々(いふうどうどう)と紅(べに)鱒群(ますぐん)が泳ぎくる光景。
〔十一月〕さやさやと
粉雪ふりきぬ通夜夜ふけ 
(紅(べに)鱒群(ますぐん)) 
妻の通夜、なぜ息たえたのか妻に問いつつ、枕元に座す。外は粉雪がふりしきり夜が更けていく。
〔十二月〕 雪の宿
それぞれの過去匂わす女 
(欣求鈔(ごんぐしょう)) 
雪に降りこめられた湯治の女たちの体から語るに及ばず過去の生きざまがにじみ出ている。
悔ゆることなしいま年末電車 
(欣求鈔(ごんぐしょう))
年末の電車に一人身を埋め、いろいろあったがわが人生十分よい人生だったとしみじみ思う。
〔一月〕ふるさとや雪は空青新校歌昭和39年池田町小学校校歌披露の折、池田小学校へ来た時の心境です。
雪恋いて
ふるさとの山を図解する 
めずらしく都会に大雪が降った日、故郷信州の山々はどんな形に雪が積もったのだろうか。
〔二月〕妻病めば
我れも病むかに悴(やつれ)める 
日に日におとろえゆく病床の妻を見て、自分の心も体も同時におとろえてゆくいら立ち。
〔三月〕糸遊(かげろう)に
溶けてしまいぬ虧蝕(くえ)地蔵(じぞう) 
(欣求鈔(ごんぐしょう))
野のすみのうす汚れた地蔵に、かげろうが暖かそうにまつわりつつみこんでいる

お問い合わせ

池田町(いけだまち)法人番号(9000020204811)学校保育課 学校保育係(学校)

電話: 0261-61-1430 ファクス: 0261-61-1665

電話番号のかけ間違いにご注意ください!

お問い合わせフォーム

ご意見をお聞かせください

  • このページは役に立ちましたか?

  • このページは見つけやすかったですか?


ページの先頭へ戻る

Copyright (C) town ikeda All Rights Reserved.