新型インフルエンザと通常のインフルエンザの違い
項目 |
通常のインフルエンザ |
新型インフルエンザ |
発病 |
急激 |
急激 |
症状(典型例) |
38℃以上の発熱 ・咳、くしゃみ等の呼吸気症状 ・頭痛、関節痛、前身倦怠感など |
未確定(発生後に確定) |
潜伏期間 |
2〜5日 |
未確定(発生後に確定) |
ヒト―ヒト感染性 |
あり(風邪より強い) |
強い |
発生状況 |
流行性 |
大流行(パンデミック) |
死亡率 |
0.1%以下 |
未確定(発生後に確定) ※アジア・インフルエンザ 0.5% スペイン・インフルエンザ 2% |
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出典:厚生労働省『事業者・職場における新型インフルエンザ対策ガイドライン』
﹁名前は“インフルエンザ”ですが、今までとはまったく別物と思ってもらっていいでしょう﹂と田代さん。通常のインフルエンザは、鼻やのどなど局所的に感染する。しかしH5N1型は、ウイルスが肺の奥深くに入り、肺を侵す。さらに血液に入り込み、全身に広がっていく。こうして脳炎を起こしたり、心臓や肝臓、腸など、あらゆるところに病気をもたらす。
またインフルエンザには、発熱や倦怠︵けんたい︶感、節々の痛みといった症状がよく知られている。これはインターフェロンに代表される、細胞が生み出すたんぱく質サイトカインが、防御反応をしている表れだ。
一方、H5N1型インフルエンザの場合は、サイトカインが過剰になる“サイトカインストーム”になる。本来はウイルスから体を守るものが、反応が強過ぎるためにかえって体を痛めつけてしまうというのだ。そのため、免疫活性が低い年配者より、活性が高い若い年齢層の方が痛手が大きくなる。
﹁H5N1型ウイルスに感染すると、ほとんどの場合、サイトカインストームが起き、臓器や血管にダメージを与えてしまいます。その結果、多臓器不全になってしまうのです。これは従来のインフルエンザでは、考えられないことです﹂
最後は肺機能が低下。酸素のガス交換ができなくなり、死に至るケースが予測されている。
過去にもウイルスが世界的に大流行したことがある。
その代表が、1918年のスペイン・インフルエンザ︵風邪︶だろう。弱毒性の鳥ウイルスに由来しているが、ヒトに感染するものの中では非常に強力だった。発生地については諸説あるが、アメリカのカンザス州というのが有力だ。ここから7〜8か月で世界を駆け回った。当時の世界人口は約18億人。そのうち感染者が6億人、死者は5000万人とも1億人ともいわれている。日本でも本土の人口5500万人のうち、45万〜48万人が犠牲になった。
現在、世界の総人口は約67億人。スペイン・インフルエンザが流行した頃に比べ、交通機関の発達が目覚ましく、人間の移動範囲も広いことから、H5N1型のインフルエンザが流行すれば、拡大のスピードは飛躍的だろう。
また、2003年に中国広東省を起点に大流行したSARSの場合、感染者と同じホテルに泊まった人たちが2次感染した。この人たちがさらに旅行で飛行機に乗り、ウイルスを遠くまで運んでしまった。その結果、約1週間で世界中に蔓延︵まんえん︶。新型インフルエンザについても、同様のことが心配される。
﹁実は、SARSと比較して、インフルエンザが広がる可能性は格段に高いと考えられています﹂と田代さん。これはSARSの潜伏期間が1週間くらいあるため。その間は、ほかの人に感染させないので、発熱した段階で隔離すれば、感染拡大を防ぐことができる。そして患者が行った場所、接触した人間を調べれば、その人たちも発症する前に隔離でき、2次感染を防止できるはずだ。にもかかわらず、ウイルスは拡散してしまった。
これに対して、インフルエンザは発熱の1日前からウイルスを排出する。熱が出てから隔離しても、間に合わないのだ。患者は自覚症状がないので、乗物を利用したり、人の集まる場所へ行くだろう。そうなればSARS以上のスピードで世界に広がる可能性は高い。専門家の試算によると、新型インフルエンザが大流行すれば、世界で死者は1億5000万人、日本でも200万人に上るだろうと見られている。
﹁同時に大量の重症患者が出ると、病院のベッドも人手も不足して、治療が十分にできません。医療従事者が感染する危険性も高い。医療サービスをどう確保するかは、重要で深刻な問題です﹂と田代さんは話す。さらに、大勢の人が無差別にウイルスに侵されれば、それぞれが担っている社会的な責任や仕事が停滞し、社会生活に大きな弊害が出ることも指摘する。
いつ発生しても不思議ではない新型インフルエンザに備え、私たちは何ができるだろう。睡眠や栄養バランスに気を配り、体調を整えておくこと。そしてうがいや手洗いといった、基本的なことを守ることも重要だ。マスクは、機能性の高いもの︵N95※︶を選ぶようにしたい。
※N95:米国国立労働安全衛星研究所が定めたN95基準の認定を受けた、感染性の飛沫核を吸入しないようにするためのマスク。結核やSARSの感染防止に病院などでも使用されている。
いざというときのために、食品や日用品を備蓄しておくのもおすすめだ。2週間分以上は確保しておくと安心だろう。ウイルスがヒトからヒトへと感染するので、外出しないのがもっとも効果的な防御策になるため、そのときに備えてだ。ショッピングストアや医療施設など、人の集まる場所は感染する危険が高くなる。
また日ごろから、関連機関のWebサイトなどを見て、正しい知識と情報を収集するのも大切なことだ。
医学博士。20年以上前から鳥インフルエンザの研究に携わるエキスパートで、現在、国立感染症研究所ウイルス第三部部長、WHOインフルエンザ協力センター長を務めている。専門はウイルス学、感染症学。共著書に『新型インフルエンザH5N1』(岩波書店刊)、『鳥インフルエンザの脅威』(河出書房新社刊)など多数ある。
『月刊総務』2008年11月号
「待ったなし!の脅威 新型インフルエンザ・パンデミックに備える」(P46〜51)より