男子テニス、フェデラー復活 原動力は勝利への執念
男子テニスは今年、2年ぶりに年間世界ランキング1位に輝いたノバク・ジョコビッチ︵セルビア︶の安定した強さが際立つ一方、往年の輝きを取り戻した33歳のロジャー・フェデラー︵スイス︶の存在も目を引いた。不振だった昨年は同6位にまで後退し﹁限界説﹂もささやかれたが、そうした声を払拭し2位へと巻き返した。復活の軌跡をたどると、己を冷静に見つめつつナンバーワン返り咲きを目指すベテランの飽くなき勝利への執念が見えてきた。
■最終戦で快進撃、デ杯決勝もフル稼働
フェデラーの今年の好調さを象徴したのが11月中旬、ロンドンで開かれたATPツアー・ファイナルだった。トップ選手8人が2組に分かれて戦った今季最終戦で、リーグ戦3試合すべてにストレート勝ちした。
シーズン終盤に世界ランク5位まで駆け上がった錦織圭︵日清食品︶との対戦では6-3、6-2と快勝。6位のアンディ・マリー︵英国︶にはわずか1ゲームしか与えず完勝した。2012年全米オープン、13年ウィンブルドン選手権の覇者を全く寄せつけず、わずか56分で退けた。スピーディーな展開に翻弄され、敗者2人は﹁いつまでたっても強い﹂︵錦織︶と脱帽したほどだ。
その翌週、フランスと争った国別対抗戦のデビスカップ決勝でもフル稼働した。芝やハードコートに比べて球足が遅く、分の悪いクレーが舞台であっても、2日目のダブルスと最終日のシングルスでストレート勝ち。同じく2勝したスタニスラス・ワウリンカとともに、大車輪の活躍で母国をデ杯初優勝へと導いた。
■最悪だった昨年の反省が復活の出発点
今年の戦績を振り返ると、四大大会制覇こそならなかったものの、同大会に次いでグレードの高いマスターズ1000の2大会を含め5つのタイトルを獲得。過去7度優勝しているウィンブルドンでは2大会ぶりに決勝に進み、4時間近いフルセットの熱戦でジョコビッチを追い詰めた。
勝率はそのジョコビッチの8割8分4厘︵61勝8敗︶に及ばないが、20代の選手らを圧倒する8割5分9厘︵73勝12敗︶。これはフェデラーにとって1998年のプロ転向後5番目に高い数字で、いかに好調さを維持していたかがわかる。
33歳のベテランはなぜ往年の輝きを取り戻せたのか。フェデラーをジュニア時代から見続けてきた日本テニス協会の八田修孝・広報委員長は﹁最悪だった昨年の反省がその出発点にある﹂と分析する。
確かに13年は近年にみられないほど低迷した。ウィンブルドンは2回戦敗退。初優勝した03年から常に8強以上に進んできた﹁芝の王者﹂が早々と姿を消そうとは誰も予想していなかった。ツアーでの優勝はわずか1大会にとどまり、勝率をみても7割2分6厘︵45勝17敗︶と、7割ちょうど︵49勝21敗︶だった01年以来の低い水準だった。
■自身かき立てるモチベーション失い…
選手としてのピークは人それぞれ違う。ただ、数々の栄冠を手にして富も名声も得たトップ選手の中には、30歳前後になると、世界各地を転戦し心身ともに負担が大きいツアー生活を離れるケースが少なくない。四大大会シングルス14度の優勝を誇るピート・サンプラス︵米国︶や6度優勝のステファン・エドベリ︵スウェーデン︶らがそうだった。フェデラーのこうした不振について、年齢による衰えが原因と指摘する声もあった。
これに対し、八田さんは﹁衰えたかどうかの問題ではなく、自らの闘志をかき立てる明確なモチベーションを見失っていたのだろう﹂と語る。
根拠としてまず、今年のプレーを挙げた。サーブのスピードは依然速く、コートをカバーするフットワークもなお軽快だ。ツアー・ファイナルでワウリンカ︵世界ランク4位︶と戦った準決勝では、最終セットに相手マッチポイントを4度も逃れ、逆転で2時間48分の熱戦を制した。体力の衰えは見られず、勝利への執念も健在だった。
■ランク1位復帰が新たな目標だったか
フェデラーの過去の言動にも注目する。27歳で出場し、ワウリンカと組んだダブルスで銀メダルを獲得した08年の北京五輪後に﹁︵4年後の︶ロンドン五輪を目指す﹂と明らかにした。その会場は自身が得意とするウィンブルドンの芝のコートだった。結果はシングルス決勝で地元のマリーに敗れ金メダルに手が届かなかったが、競技への高いモチベーションを保ち続ける理由の一つになった。だが、翌13年はこうした確かなモチベーションを持ち得ずに低迷したという考えだ。
自らの心に問いかけ、フェデラーが新たに掲げた目標が﹁ナンバーワン返り咲きだったのではないか﹂と八田さんはみる。十分すぎるほどの富と名声を得たベテランがなおも闘争心を失わず、戦い続けるうえで必要なモチベーションといえば、それしかないのだろう。
■攻めの速さと円熟の技術で相手圧倒
そのために選んだ戦術がツアー・ファイナルの錦織戦やマリー戦でみられたように早いタイミングで積極的にネットに詰め、ポイントを取るプレーに磨きをかけることだった。たゆまぬ努力で体力に衰えがみえないとはいえ、20代の頃に比べて疲労の回復力は確実に落ちている。ベースライン付近にとどまり、ストローク戦を得意とするジョコビッチやラファエル・ナダル︵スペイン︶らと必要以上に同じ土俵で戦うのを避けようとした。
サーブ・アンド・ボレーを主体とした華麗なネットプレーで80年代後半から一時代を築いたエドベリ氏を昨年末、コーチに招いたのもこうした戦術を強化するためだった。従来より一回り面積が広いラケットに変更したことでネットプレーの安定感も増した。
八田さんは20代半ばの全盛期に比べ、今年のフェデラーはプレーに迫力が増したと指摘する。﹁全盛期には押さえるべきポイントを押さえ、あとは8割くらいの力で流しながらプレーしていた印象がある。だが今は力を抜かずに厳しく攻め、100%自分のペースに持ち込んで戦おうとしている﹂。攻めの速さと円熟味を増したテクニックで対戦相手を圧倒する姿は、競技は違えど大相撲の横綱白鵬に重なるところがある。
■来季、3年ぶり四大大会制覇に期待
年明けの新シーズンもジョコビッチ、フェデラー、そしてナダルの3強を中心にした優勝争いが続くと予想される。そこに次代を担う錦織らがどこまで割って入れるか。今年のプレーに自信を深めたフェデラーはATPのサイトのインタビューで﹁15年シーズンがとても楽しみだ﹂と語っており、3年ぶりの四大大会制覇への期待も高まっている。
︵磯貝守也︶