中国大連の空の下、30女は吠えた!
先日、厄介者が帰国した。﹁やっといなくなった!﹂というのが正直な感想だ。中国・大連に留学中の私と同じ学校に通っていた日本人男子学生。年は26歳。彼は自称﹁やくざまがいの事業を行う会社のぼんぼん﹂︵なんだそれ?︶。声は大きく、TPOも考えずに傲慢に振舞う。いったいどんな行動かって? ……数ヶ月前を振り返り、ほんの一部を紹介しよう。
﹇シーン1﹈クラスメートを含む学友6人で近くの食堂に行った時のこと。
昼時ということもあって店内は混雑していた。私達の隣の席には先に入店していた3人の中国人女子学生。その日、私達が注文したのは5人が同じメニュー。彼一人違うものを頼んだが、頼んだ料理すべて揃うまで時間はさほど要していない。だが彼は、苛立っていた。隣のテーブルより後に自分の料理が運ばれて来たことに︵くだらない!!︶。
彼は大声で怒鳴った。
﹁このメンマどもっ! なんで俺の順番がこいつらより後なんだっ!﹂
メ、メンマって……? 聞き返した級友に、彼は堂々と馬鹿な持論を披露した。
﹁俺が思うにぃ、ラーメン入れる器が日本人。中に入れる鳥、豚の出汁が韓国人。メンマや蒲鉾、そういう飾りが中国人ってわけ﹂
意味不明。
ここは中国。目の前は大学。本科には日本語学科もある。ましてや中国の、他のどの地域より日本語を理解出来る人が多く住む大連。ここで入国を許され、語学を学ばせて貰っている男が、日本語で侮蔑まがいの発言を披露するさまを目の当たりにした。同じ日本人として恥ずかしい思いをした最初の出来事だった。
﹇シーン2﹈続いて、大学近くの銀行に向っていた時のこと。
後姿で私に気付いた彼が呼び止めた。
﹁俺も一緒に行くぅー﹂
気付かぬ振りをして足早に歩いたが、すぐに追いつかれてしまった。この頃既に学校内でも、彼の傍若無人の振る舞いは噂となっていた。本科学生ですら顔を知っている。私は彼の行動の異常さが気になっていた。感情の起伏の激しさが病的だった。以前、ネット上で人生相談を受けた経験があるが、その時にメールが届いた“薬物、アルコール依存の経験者”と重なって見えた。たわいもない会話をしながら銀行に到着。窓口に並ぼうとした時だ。ここにも! 彼が気に入らない状況があった。それは﹁並びたくなかった﹂ということ。
﹁なんで俺が並ばないといけないわけぇ? 俺はさぁ、日本だったらどこの銀行に行ったって顔パスで店長室、社長室に誘導されんだぁ。ほんの数分待ってたら札束出してくれんの! その俺がなんでメンマの後ろに並ばされるわけぇ? この国、ホント舐めてるよぅおー﹂
︵ブチッ! とっとと日本に帰れっ!!︶
この時も彼は大声だった。場所は銀行。はっと気付いた時には14、5名の警備員に取り囲まれていた。私は無言で立ち去った。取り押さえられている“奴”を置き去りにして。
﹇シーン3﹈数時間後、解放された彼は、その足で寮の私の部屋を訪れた。
﹁参ったよ~、ずるいよ~、自分だけさ~﹂
グダグダ愚痴を繰返しながらも、あの場での興奮を正当化させるかのように言い訳を並べる。遠回りな物言いが出来ない私はストレートに訊ねた。
﹁ねぇきみぃ……クスリやってるでしょ﹂
彼の顔が硬直した。
﹁なんで分かったの? 中学の頃から、薬って呼ばれるものは全部やった。でも……、親も気付いてない﹂
泣き真似までオプションで付いて来た。涙が真似事だと言う事は見通したまま、一応は言い訳にも耳を貸してみた。
﹁中学受験の勉強に疲れ、12歳の頃から薬物にはまったんだ。ヤクザのコネを持った友達がいて……﹂
数年後に一度は抜け出そうと自分の意思で病院へ。家族には遠く離れた地方に就職すると嘘を言い、家を出た後、新たな生活を始めたのだという。
一度は抜け切った筈だった。しかし﹁困難にぶつかった時、自力で対応する方法﹂を教え、導いてくれる人はいなかった。社会復帰後、人間関係のストレスもまた、薬物で麻痺させる方法しか彼は知らなかったらしい……。
これまで周囲の人々は彼自身の弱い精神力と薬物依存に気付かなかったのか。見て見ぬ振りをしたのか。彼を腐らせた要因は周囲の大人達であり、腐れを助長させたひとつの原因は彼が出会って来た同世代の若者、とも言えるだろう。
大連で彼が出会った若者達の対応も、さほど大きな違いはない。彼の“親から引き継いだ金”に興味を持ち、機嫌を取りながら食事代をたかる狡賢い者。または彼と同様、遊び感覚で薬に手を出した経験を持ち、それが悪い事だという認識すら無いまま開き直り、その場限りの会話を楽しむ者。あるいは彼の言動に見て見ぬふりをし、注意する事もなく、不愉快だと思っても直接向き合おうとしない者達……。
若い世代だから、いざ自分の前にそういう者が現われた時の対応としては仕方が無い、と思う人もいるかもしれない。電車の中で騒ぐ若者を注意しただけで逆上され、殺害されるという事件まで起きる時代だ。私にしても彼を更正させなきゃなんていう押し付けがましい感情は無かった。彼を真の意味で更正に導く事が出来るのは、彼自身の強い意欲だけだと思うから。ただ、﹁人としてコイツはどうなんだ!﹂という言動の者と出くわした時、怒りで震える。
クラスだけでなく、学校には韓国人の学生も多い。どこの国の人だとか関係なく、笑顔の交流をした者同士が友情を築く。なぜそれが出来ないのか? それがそんなに難しいことなのか?
日本人が一番偉い、といわんばかりの彼の言動にも吐き気がする。カネさえ有れば何でも出来る、何でも許されると思っているような傲慢な生き方も最悪だ!
﹁今後は一切話しかけるな!﹂
いつも笑顔の私だが、彼にはきつく警告した。
この件では現代日本の弱さも垣間見た気がする。“長い物に巻かれる”多くの大人達の姿とも言うべきか。はたまた小泉首相のように“大きなもの︵米国︶”の犬になる為に“小さなもの︵他の諸外国︶”の心情を慮ることを拒否し続ける姿とも言うべきか。
特に彼と最後まで行動を共にしていた数名の学生達の対応は理解出来ないし、理解したくもない。
私が彼を叱った件は一部の学生にも広まった。ご苦労なことに、お喋り好きな彼自身が自分で言って歩いたのだ。
﹁あの人に怒られちゃったよ~。生き方に口出しされちゃったぁ……﹂とか。私の反応を見る為の彼の差し金だろうか、それをわざわざ教えに来てくれた学生もいた。
だがそんな言動は、犬の遠吠えにしか思えない。言葉も交わしたことのない韓国人の女子学生が﹁好きよ、私、あなたが﹂とだけ言い、立ち去ったことがある。
噂はどこまで、どんな風に広まったのか分からないし、興味も無い。ただ言えるのは、今、大連は穏やかだってこと。