ホタル百科事典/ヒメボタルの生態と生息環境
ヒメボタルの生態と生息環境
ヒメボタル︵Luciola parvula Kiesenwetter 1874︶は、ゲンジボタルやヘイケボタルと違って幼虫が陸地で生活する陸生ホタルで、成虫が前述の2種のようによく発光するホタルです。東京では、ごく限られた地域に生息してるヒメボタルについても解説しておきたいと思います。
ヒメボタルの形態
ヒメボタルは、幼虫期も陸上で生活する陸生のホタルです。ヒメボタルには、大型と小型がおり、神奈川県箱根を境に東日本には大型が、西日本には大型と小型が分布しており、小型のヒメボタルは西日本の低地に広く分布していると言われています。︵大場、1998︶ 東京には大型のヒメボタルが生息していますが、ゲンジボタルやヘイケボタルよりも一回り小さく、6ミリ︵メス︶〜9ミリ︵オス︶ほどしかありません。色は黒色で、前胸部には赤斑があり、黒褐色の半円形があります。赤斑は、地域、あるいは同地域においても個体のよって形が異なっている場合があります。また、ゲンジボタルとヘイケボタルに比べるとオスはかなり大きい複眼を持っています。一方、ヒメボタルのメスは、オスに比べてずんぐりむっくりしており、他のホタルと違ってメスの方がオスより概ね小さいです。︵雌雄がほぼ同じ大きさの場合もあります。︶また、ヒメボタルのメスは後翅が退化しており飛ぶことができません。複眼もオスがかなり大きいのに対して、メスは小さいです。
写真.ヒメボタルのオス︵東京都奥多摩町︶
写真.ヒメボタルのメス︵岩手県二戸市︶
写真.ヒメボタルのオス︵左側︶とメス/通常、オスの方が大きいが、このヒメボタルは雌雄の大きさがほぼ同じである︵埼玉県秩父市︶
写真.ヒメボタルのメス/後翅が退化している︵埼玉県秩父市︶
写真.同地域内におけるメスの赤斑の相違︵埼玉県秩父市︶
ヒメボタルのオス、メスともに腹部に黄白色の発光器を持っています。オスは2節、メスは1節︵2節のものもいるが、完全ではなくB字型になっており、発光はしない︶が発光し、小さいながら黄金色のフラッシュ光の点滅が特徴となっています。また、ゲンジボタルのような同期明滅も見られます。最初はバラバラであった発光も、発光するオスの数が増えるにつれて近くに飛翔するオス同士の明滅が揃うようになります。発光は、0.7〜1秒間隔ですが、発光している時間は地域によって少しばかり違いがあるようです。特に東北地方のヒメボタルは発光時間が長く、写真に撮ると点ではなく少し尾を引いたように写ります。これは気温による影響ではなく、地域特性であると考えられます。
2008年7月19日に山梨県のヒメボタル生息地で面白い発光行動を観察しました。1秒間隔のフラッシュ光を発しながら飛翔していたオスが、フラッシュ光を止めて弱い青緑色の連続光を発しながら飛翔するというものです。また、飛翔も直線的ではなく、同じ位置に留まって発光します。その時間は2〜3秒で、その後は発光を止めてしまいます。数匹のオスにその行動が見られました。
写真.ヒメボタルのメスの発光器が2節あるが、発光は1節のみ︵埼玉県秩父市︶
写真.発光するヒメボタル︵左‥オス 右‥メス︶
ヒメボタルの生態
ヒメボタルの活動時間は、、地域によって大きな違いがあります。日没30分後くらいから発光を始め、21時ないしは22時頃まで活動する場所と23時または24時頃から発光活動を始める深夜型のヒメボタルもいます。また同じ場所においても、気象条件や照度などによって発光を始める時刻に30分ほどの違いも見られます。
日中は、ゲンジボタルやヘイケボタルのように茂みの草陰や木の葉の裏で休むのではなく、地上に積もった落ち葉の中や土の上で休んでいます。
発生時期については、ゲンジボタルのように南から徐々に北上する︵ホタル前線︶といった傾向もみられません。以下に、各地の平年の発生ピーク時期を記します。
●愛知県名古屋市‥5月25日頃
●埼玉県秩父市‥6月5日頃
●千葉県鴨川市‥6月20日頃
●静岡県御殿場市‥7月5日頃
●岡山県新見市‥7月10日頃
●東京都奥多摩市‥7月10日頃
●岩手県二戸市‥7月15日頃
●山梨県南都留郡‥7月20日頃
●青森県青森市‥7月30日頃 等
写真.左‥ヒメボタルの発光色︵黄金の発光色である。︶ 右‥日中、落ち葉の中で休むヒメボタル︵オス︶
ヒメボタルのメスは、地上や草の茎、枝などに捕まりながら発光し、それに惹かれてやってきたオスと交尾します。メスは腹部に無精卵をおよそ30〜90個持っており、早ければ交尾の翌日には産卵を開始します。一度に全部の卵を一か所にかためて産卵するヒメボタルもいるようですが、数日間に渡って土の上に数個ずつバラバラに産むヒメボタルもいます。これも地域特性があると考えられます。土の上に産み付けられた卵は、雨が降れば土の間へと流されます。
大きさ0.7mmほどの卵は約1ヶ月で孵化しますが、同じメスが産んだ卵のなかでも、1週間ほど遅れて孵化するものや、1ヶ月も遅れて孵化するものがいくつかあります。︵これは、クロマドボタルの卵でも観察されています。︶
幼虫は小型のかたつむりの仲間である、ベッコウマイマイ︵Bekkochlamys perfragilis Pilsbry, 1901︶やオカチョウジガイ︵Allopeas clavulinum kyoutoense︶等を食べながら大きくなります。︵報告によれば、一匹のヒメボタルが成虫になるまでに、およそ50個のオカチョウジガイを食べるようです。︶ただし生息地によっては、陸生の貝の生息数がヒメボタルの発生数と比例しない、中には陸生の貝類がほとんど見つからない場所もあります。こうした所では、ヒメボタルの幼虫はオカチョウジガイ等とは違うもの︵例えばミミズ等︶を食べている可能性もあり、今後の調査が必要です。
1年ないしは2年で成虫になりますが、終令幼虫は4月下旬頃︵地域によってかなりの違いがある︶土の中に潜り、﹁土繭﹂をつくります。ただし、これも生息地によっては、土繭を作らずに、落ち葉の下の土の表面などで、そのまま蛹になるものもいます。成虫の寿命はオス、メスともにで7日くらいです。
写真.左‥ヒメボタルの卵 右‥幼虫が食べるキセルガイの一種
写真.ヒメボタルの卵/明かりを消すと微かに発光しているのがわかる
写真.孵化したヒメボタルの幼虫
ヒメボタルの生息環境について
ヒメボタルは、平地から高い山地まで分布するホタルです。東京都内において平地で見られることは極稀で八王子市内の1ヶ所の報告があるのみで、主に標高600m以上の山地に生息しています。東日本全体でも、標高が1,000mを超える山地に多く生息しており、一番の低地では千葉県鴨川市内浦山の約150mという生息地の報告があります。ヒメボタルは﹁森のホタル﹂と言われていますが、全国的にみれば雑木林、竹林、ブナ林、河川敷など様々で、下草も20cm程しか生えていない所や1mくらいまでクマザサが茂っている場所もあります。東京都内では主として斜面の急な杉林ですが、秩父市では、民家の庭や何も植わっていない広い畑の上を乱舞しています。
参照‥ホタル生態写真集/様々なホタルの写真 各地のホタル風景
写真.ヒメボタルの生息地へ向かう林道
ヒメボタルの生息分布
図.ヒメボタルの生息分布図
ヒメボタルの東京都内の分布は、2008年現在、確実に生息が確認できている場所は4ヶ所です。ただし、生息場所がほとんど山地であるため、その生息を確認しずらいということもあり、実際はもっと多くの場所に生息している可能性はあります。ヒメボタルのメスの後翅は退化しており、飛ぶことができません。オスの飛翔力も弱く、行動半径は狭いものとなっています。つまり、ヒメボタルの生態が、ゲンジボタルのような多様な物理的環境を必要とせず、暗い林と陸貝の生息する落ち葉の積もった湿った環境があれば、移動しなくとも一生を過ごすことができるということであり、また、分布を拡大していくこともなく、生息場所は局所的であると言えます。
ヒメボタルは、奥多摩の場合、2年おきに沢山の数が発生しています。時期はその年によって違いますが、それほど大きな違いはありません。更には、短期間に一斉に発生することから、正確な生物時計を備えており、生育や冬期の休眠、蛹化の時期が気温や日長と大きな関係があると言えます。つまり、ある条件で一斉に休眠したり、休眠が解除されたり、蛹化するということが遺伝的にプログラムされていると思われます。これは今後の研究課題です。また、蛹の期間の積算温度も影響していると考えられます。いつ蛹化し、その条件は何なのか、更には蛹の期間がどのくらいなのかが不明なため有効積算温度は算出できません。ただし、仮に5月1日を起点として積算温度を求めると、およそ1,050〜1,100℃で発生しています。また、1日の平均気温が20℃以上という日が4〜5日たってから発生しています。平均して7月10日前後がピークとなっています。
ヒメボタルは19時45分頃から発光し初め、オスは斜面の下から上へ向かって飛翔します。ほとんどは、地上から1〜1.5mほどの高さを飛翔しますが、5〜6mの高さを飛翔しているヒメボタルもいます。10分ほど飛翔すると下草につかまって発光を止め、しばらくすると、また発光しながら飛び回ります。発光の同調も見受けられます。メスは、地面の落ち葉の上や草に捕まって発光します。活動はおおむね22時頃終了しますが、天候によって︵気温が急激に下がり霧が発生したり、風が吹き上げてくる等︶は、21時頃で光らなくなる場合もあります。
この場所は、夜間に人が立ち入るといったことがない、車が通行することが不可能であることが保護に大いに役立っていると思われます。杉林の大規模な伐採というような環境の急変と乱獲がなければ、生息の存続は可能であると思われます。
写真‥ヒメボタルの生息地︵奥多摩町︶
写真.飛翔しながら発光するヒメボタルのオス︵奥多摩町/同上︶
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