歴史が眠る多磨霊園 |
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今野大力 | |
こんの だいりき | |
1904(明治37)〜 1935(昭和10) | |
昭和期の詩人 | |
埋葬場所: 21区 2種 12側 | |
宮城県出身。3歳のとき一家は北海道旭川へ移住。有利里小卒業後、1920(T9)父の事業失敗とともに旭川新聞社給仕や郵便局員として働き、この頃から詩作をはじめた。 22歳の頃からチェーホフ・ツルゲーネフ・ゴーリキーにひかれ、プロレタリア文学運動への関心を高めていった。 27(S2)上京、郵便局で働きつつ詩や劇評を書く。一時北海道へ帰ったが、再度上京して、労農芸術家連盟に参加。 30同連盟を脱退、日本プロレタリア文化連盟(コップ)に加盟し、31頃「戦旗」「婦人戦旗」「少年戦旗」などの最後の編集にたずさわる。 32コップ加盟団体へ弾圧が加わられ、この年3月検挙され、拷問を受けて重態となり、釈放されたが中野療養所で死亡した。 <コンサイス日本人名事典>
*﹁文学者掃苔録﹂の大塚氏からの情報を得ました。旭川中央図書館から資料を送っていただき判明したようです。
*墓所内は﹁今野家之墓﹂とある墓石のみで、墓誌もなく墓石に戒名や俗名は刻まれていない。 裏面に大力の実弟邦男夫人の﹁今野和貴子建之﹂と刻む。また墓石は昭和44年8月建立である。 *2006年3月に今野大力墓所に﹁東京都からのお知らせ﹂の看板が立っています。 2007年3月までに継承者が現れませんと無縁墓地とされてしまいます。 ※2020年現在、墓所確認できず。新規墓所建之済。無縁墓地に葬られた可能性高し。 | |
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