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ハイネ詩集
生田春月 訳
後年の詩から
︵一八三九年 – 一八五六年︶
女
ふたりは互に深く愛し合つてゐた
女は毒婦だつた、男は泥棒だつた
男が仕事をやつてゐる時に
女は寝床に倒れて笑つてゐた
日は喜びと楽みとの中に過ぎて行つた
夜毎、彼女は彼の胸にゐた
彼が牢(らう)獄(や)に連れて行かれた時
彼女は窓から眺めて笑つてゐた
彼は彼女に伝(こと)言(づて)した﹃どうぞ逢ひに来てくれ
おれはおまへに逢ひたうてならぬ
おまへの名を呼んで苦しんでゐる—— ﹄と
彼女は頭(かしら)を振つて笑つてゐた
朝の六時に彼は絞(し)められた
七時には墓場へ送られた
それに彼女にはや八時には
赤い酒を飲んで笑つてゐた
底本‥﹁ハイネ詩集﹂︵新潮文庫、第三十五編︶
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年)
﹁ハイネ詩集﹂(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力‥osawa
編集‥明かりの本
2017年7月7日作成
物語倶楽部作成ファイル‥
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