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小児の役目
子どもが大きい人から引(ひき)継(つ)がれた行事と、単なる彼らの遊戯との境(さか)目(いめ)は目に立たない。ただ年月が経(た)って一方がもうその重要性を認めず、おいおいに起りを忘れてしまうだけである。中(なか)の中(なか)の小(こぼ)仏(とけ)や念(ねん)打(う)ちなどはよい例だと思うが、今一つだけもう少し手近いのを挙げると、畠(はた)作(さく)に力を入れる東日本の農村などでは、もぐらもち︵オゴロモチ︶の害にはいつも弱りきっている。見かけたらすぐに退治するが、それだけではとても追いつかぬので、春の初めの一ばん好(よ)い日、すなわち正月十五日の早天に、もぐら追いということをしてあらかじめ一年の害を防いで置こうとする。棒で肥(こえ)桶(おけ)の腹をこすってキーキーという音を立て、耕地の上を転がしてまわると鼠(もぐら)が遁(に)げるといって、関東・信越の田(いな)舎(か)では、今でも農家の主人が出て行って、このまじないをする風(ふう)もあるが、別になお一つ簡便な方式を行なっている村もある。この小獣が海(なま)鼠(こ)の香(か)を嫌うということは経験であったらしい。それでこの物を繩(なわ)の端(はし)に括(くく)りつけて、畠を引(ひっ)張(ぱ)りあるく風習もひろく行なわれており、その時唱(とな)える文句が愉快なので、小児が志願してその役につく場合も多かった。必ずしも効果があると信じているわけでもあるまいが、久しい仕(しき)来(た)りだから、これをせぬと気になるためだろう。いまでも子どもの無い家からは親(おや)爺(じ)が出てそれをやっている。海鼠が手に入らぬと、その代りに横(よこ)槌(づち)などを引きずり、または東北ではトウラすなわち手(たわ)束(し)を曳(ひ)くところもある。これは海鼠の一名をトウラゴというから代用になると思ったのかも知れぬ。
ところがこの海鼠引きが、多くの土地ではもう純然たる正月遊びになっている。たとえば東北では仙台・気(けせ)仙(んぬ)沼(ま)など、西では近(おう)江(み)の彦(ひこ)根(ね)でも、また京や大阪のちっとも鼠などはいない大都市でも、やはり小児が町中を押しあるいて、
おごろもちはうちにか とうらごどんのお見(みま)舞(い)じゃ
おるす おるす
というような文句を節(ふし)おかしく唱(とな)える風習が近い頃まであった。九州各地の正月のもぐら打ちのごときも、
もぐらえい、とんとこせ 隣(となり)のせっちんもりくやせ︵日(ひゅ)向(うが)︶
という類(たぐい)の文句は稀(まれ)に残っているが、今ではすっかり果樹の豊産を祝う式となって、小児はただ竿(さお)で地面を叩(たた)いて喜んでいるだけである。
︹つづく︺
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