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左義長と正月小屋
公認せられた子どもの悪(いた)戯(ずら)というのが、今日はちっともなく、以前は相応にあったことは、可否は別として、ともかくも世の変り目である。復活させたくもないものは無論幾つかある。そういう中でもわれわれ外部の者の眼に、やや憎らしくも思われるのは正月小屋の生活、ちょうど左(さぎ)義(ちょ)長(う)をやく前後の少年の跋(ばっ)扈(こ)であった。道(さえ)祖(のか)神(み)の勧(かん)進(じん)と称して木竹藁(わら)を集めあるき、少し出し惜しみをするとすぐに悪口をする。そういう悪太郎が仲間では、幅をきかしていた土地も稀(まれ)でない。
もっとひどいのは通行人に銭(ぜに)をねだり、道路に繩(なわ)を張ってその繩に泥を塗っておくというのさえあった。甲州の道(さえ)祖(のか)神(みま)祭(つり)のごときは、その我(わが)儘(まま)がことにはなはだしく、これには面白づくで青年も多数に参加していた。小屋のある場所には御(おや)山(ま)木(ぎ)または歳(とし)神(がみ)柱(ばしら)という木を立て、これから綱を引いて家の炉の鉤(かぎ)に、それぞれ結びつけて置くという村も多いが、憎まれている家では飯(めし)時(どき)にやたらにこの綱を揺(ゆる)かされて鍋(なべ)も薬(やか)罐(ん)も掛けておくことができなかった、というような話も残っている。
そんなことまでして叱(しか)らなかったのは、正月ばかりは子どもらが神(かん)主(ぬし)さんだから、というような考えがまだ幽(かす)かに伝わっている土地が多いためであった。そんなら何(なに)神(がみ)様(さま)の神主かと問うと正月様だという人もあり、道祖神と思っているものもあって、結局はっきりとしないが、石(いわ)城(き)郡の海岸一帯などには、七小屋参りと称して七つの小屋を巡拝し、またはその小屋を焼く以前に年(とし)寄(より)たちが、御(おさ)賽(いせ)銭(ん)をもって御参りする村があるのである。それを怠る者がだんだんと多くなって、いよいよこの小さな神主さんが荒れ出したのである。
左義長は関西の方ではただ飾り物を焼く行事のようになっているが、それでもまだ少年がこれを自分の事業のように心得ている。中部地方から関東では一般に、大か小か一つの小屋を掛けて、その中には神(しん)壇(だん)を設け燈(とう)明(みょう)供(くも)物(つ)を上げ、子どもの仲(なか)間(ま)がその中で寝ることを﹁おこもり﹂といっている。愛知県などでは旧十一月の山(やま)神(のか)祭(みまつり)に同じ事をするようだが、共に十五日の早(そう)暁(ぎょう)にその小屋を焼くことをもって、祭典の終りとしていることは一つである。私が今住んでいる多摩川一帯の農村においては、この正月行事をサイト焼というが、藁(わら)で作ったサイト小屋はどの村のも八(はち)畳(じょ)敷(うじき)ほどの大きさであった。そこへ三つの団子を樹の枝の三つ叉(また)にさして、参(さん)詣(けい)かたがた村の人が焼きに来るのである。
支那事変が始ってから、遠慮をしてやめたものが多いが、ある一つの部落などは子どもが寝ているのを知らずに、その小屋に火をかけて、かわいそうなことをしたので、その翌年からやめてしまった。ともかくも今はもう正月小屋の末(まっ)期(き)である。
︹つづく︺
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