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ゴコトンボ
主婦をオカタという語が、上流に限られている時代には、常人の家ではそれをウバといったのである。その語もまだ残って東北ではアッパ、沖繩ではアンマがあるが、一般に呼(よび)名(な)は許される限り上級へと登って行って、裏(うら)長(なが)屋(や)にも奥さんは多くなったのである。これから考えて行くと信州松本附近のように、御客遊びをオバゴトといっているのは一時代古い頃の形ということができる。静岡県でも西の方によるとオンバゴトがある。村によって発音は少しずつ変りオンバイゴトなどという児(こ)もあるから、もう主婦の真似ということは忘れているかも知れぬ。
九州の端(はし)々(ばし)でも上(かみ)五(ごと)島(う)でバッジョ、薩(さつ)摩(ま)の下(しも)甑(こし)島(きじま)ではバッコーというのが、ともにままごとを意味している。それよりもさらにわかりにくいのは紀州東(ひが)熊(しく)野(まの)の尾(おわ)鷲(せ)あたりで、ナンコビまたはゴコトンボというのが同じ遊びの名である。ナンコビの方はまだ不明だが、他の一方は私には説明できる。ゴコというのは中国で、若い女性を意味するよい言葉であるが、そのゴコと姥(うば)との応対を真似たことが、ゴコトンボの名の起りであった。それによく似た例は伊豆七島の三(みや)宅(けじ)島(ま)の一部で、ままごとをネザンバまたはネタンバアということで、これは﹁ねえさん婆さん﹂の意味だということを、島の人もまだ知っている。村によってはオンバッコもしくはウンバージというところもあり、そのウンバージも姥(うば)爺(じい)だろうという。主人夫婦のことをオジンバ︵土(と)佐(さ)幡(は)多(た)、近江伊(い)香(か)︶、オンジョウンボ︵鹿児島県︶、バオジ︵出(いず)雲(も)︶、ウバグジ︵陸前栗原︶などといい、または熊(くま)手(で)と高(たか)砂(さご)の絵から思い寄って、ジョウトンボという土地もあるのだから、ゴコトンボも決して不思議な名ではない。
ただし女の児の遊戯に出て来るゴコは、ただの年若い娘ではなく、花(はな)嫁(よめ)御(ご)のことであったかと思う。常の日には見られぬような化粧をして、里で散(さん)々(ざん)練習をして来たよい口(こう)上(じょう)で、新たな家の姥と対談している姿を、眼をまん円(まる)くして傍聴していた小娘たちが、それを自分たちの遊戯の名とし、または中心としようとした気持は、神(しん)事(じ)のわざおぎが近世のただの芝居になって来た経過と、何だか似よったものがあるような気がする。食物の調理を中心とした古い遊戯がしだいに眼で視(み)、耳で聴(き)く楽しみに移って来たのは、必ずしも明治以来の新文化の影響だけではなかったと私は思っている。
︹つづく︺
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