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地蔵あそび
﹁中(なか)の中(なか)の小(こぼ)坊(う)さん﹂は、私などは弘(こう)法(ぼう)様(さま)のことかと思っていた。これを小(こぼ)仏(とけ)と唱(とな)えていた子どもの、近所にあることも知っていたのである。山梨県ではそれをまた、
中の中の地(じぞ)蔵(う)さん
とうたい、その﹁中の地蔵﹂が後(うしろ)で周囲の子の頭を叩(たた)きまわって、
外(そと)の外(そと)の小(こぞ)僧(う)ども なぜ背が小さいな云(うん)々(ぬん)
といっていたそうである。茨城県で地蔵遊びといったのもこれで、一人をまん中にかがませて目かくしをさせ、周囲の輪の子どもが廻りながら、やはり﹁なぜに背が低い﹂を唱える。そうしてその運動を止めるや否や、中の地蔵が一人をとらえてだれさんと名をあてる。それが的中すると地蔵が代ることは盲(めく)鬼(らおに)の一種とよく似ている。福島県海岸地方の地蔵遊びのことは、前に﹃日本の伝説﹄の中にも述べておいた。これは輪の子どもが口を揃(そろ)えて﹁中の中の﹂の代りに、
御(お)乗(の)りやァれ地蔵様
という言葉を唱える。乗るとはその児(こ)へ地蔵様に乗り移って下さいということであった。そうするうちにまん中の児は、しだいしだいに地蔵様になってくる。すなわち自分ではなくなって、色々のことを言い出すのである。そうなると他の子どもは口々に、
物(もの)教(おし)えにござったか地蔵さま 遊びにござったか地蔵さま
と唱え、皆で面白く歌ったり踊ったりするのだが、元(もと)は紛失物などの見つからぬのを、こうして中の中の地蔵様に尋ねたこともあったという。
古い﹃人類学雑誌﹄に出ていたのはもとは仙台附近の農村で、田(たう)植(えや)休(す)みの日などに若い男女が集まって、大(おと)人(な)ばかりでこの地蔵遊びをしていたそうである。これとても遊びで、信心からではなかったが、まん中にややお人よしというような若い者を坐(すわ)らせ、ほかの者が輪になって何か一つの文句をくりかえしくりかえし唱えていると、しまいには今いう催眠状態に入って、自分でなくなって色々の受(うけ)返(へん)事(じ)をする。いずれ男女の問題などの、罪もない笑うようなことを尋ねて、それに思いがけない答えがあるので面白かったのであろうが、それが今一つ山奥の村へ入って行くと、まじめな信心者だけで集まって、この中(なか)座(ざ)のいうことを聴(き)いていた。それが昔の世にひろく行なわれた神の口(くち)寄(よ)せというものの方式だったので、つまりは子どもがその真似をくりかえして、形だけでも、これを最近まで持ち伝えていてくれたのであった。
︹つづく︺
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