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与謝野晶子詩歌集1
夜の帳(ちやう)にささめき尽きし星の今を下(げか)界(い)の人の鬢のほつれよ
歌にきけな誰れ野の花に紅き否(いな)むおもむきあるかな春(はる)罪(つみ)もつ子
草と人
如(い)何(か)なれば草よ、
風吹けば一(ひと)方(かた)に寄る。
人の身は然(しか)らず、
己(おの)が心の向き向きに寄る。
何(なに)か善(よ)き、何(なに)か悪(あ)しき、
知らず、唯(た)だ人は向き向き。
鼠
わが家(いへ)の天井に鼠(ねずみ)栖(す)めり、
きしきしと音するは
鑿(のみ)とりて像を彫(きざ)む人
夜(よ)も寝ぬが如(ごと)し。
またその妻と踊りては
廻るひびき
競馬の勢(きほひ)あり。
わが物書く上に
屋根裏の砂ぼこり
はらはらと散るも
彼等いかで知らん。
されど我は思ふ、
我は鼠(ねずみ)と共に栖(す)めるなり、
彼等に食ひ物あれ、
よき温かき巣あれ、
天井に孔(あな)をも開(あ)けて
折(をり)折(をり)に我を覗(のぞ)けよ。