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このおもひ何とならむのまどひもちしその昨(きの)日(ふ)すらさびしかりし我れ
おりたちてうつつなき身の牡丹見ぬそぞろや夜(よる)を蝶のねにこし
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人に哀れを乞(こ)ひて後(のち)、
涙を流す我が命。
うら耻(はづ)かしと知りながら、
すべて貧しい身すぎから。
ああ我(わ)れとても人の中(うち)。
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浪(なみ)のひかりか、月の出か、
寝(ねざ)覚(め)を照(てら)す、窓の中。
遠いところで鴨(かも)が啼(な)き、
心に透(とほ)る、海の秋。
宿は岬の松の岡(をか)。
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十(じつ)国(こく)峠、名を聞いて
高い所に来たと知る。
世(よ)離(はな)れたれば、人を見て
路(みち)を譲らぬ牛もある。
海に真(まつ)赤(か)な日が落ちる。
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すべての人を思ふより、
唯(た)だ一(ひと)人(り)には背(そむ)くなり。
いと寂(さび)しきも我が心、
いと楽しきも我が心。
すべての人を思ふより。
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雲(ひば)雀(り)は揚がる、麦(むぎ)生(ふ)から。
わたしの歌は涙から。
空の雲(ひば)雀(り)もさびしかろ、
はてなく青いあの虚(うつ)ろ、
ともに已(や)まれぬ歌ながら。