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その涙のごふえにしは持たざりきさびしの水に見し二(はつ)十(か)日(づ)月(き)
水十里ゆふべの船をあだにやりて柳による子ぬかうつくしき︵をとめ︶
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鏡の間(ま)より出(い)づるとき、
今(け)朝(さ)の心ぞやはらかき。
鏡の間(ま)には塵(ちり)も無し、
あとに静かに映れかし、
鸚(イン)哥(コ)の色の紅(べに)つばき。
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そこにありしは唯(た)だ二日、
十和田の水が其(そ)の秋の
呼(い)吸(き)を猶(なほ)する、夢の中。
痩(や)せて此(この)頃(ごろ)おもざしの
青ざめゆくも水ゆゑか。
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つと休らへば素直なり、
藤(ふぢ)のもとなる低き椅(い)子(す)。
花を透(とほ)して日のひかり
うす紫の陰(か)影(げ)を着(き)す。
物みな今(け)日(ふ)は身に与(くみ)す。
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海の颶(あら)風(し)は遠慮無し、
船を吹くこと矢の如(ごと)し。
わたしの船の上がるとき、
かなたの船は横を向き、
つひに別れて西ひがし。
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笛にして吹く麦の茎、
よくなる時は裂ける時。
恋の脆(もろ)さも麦の笛、
思ひつめたる心ゆゑ
よく鳴る時は裂ける時。