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旅の身の大(おほ)河(かは)ひとつまどはむや徐(しづ)かに日(に)記(き)の里の名けしぬ︵旅びと︶
小(をが)傘(さ)とりて朝の水くみ我とこそ穂(ほむ)麦(ぎ)あをあを小(こさ)雨(め)ふる里
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地獄の底の火に触れた、
薔(ば)薇(ら)に埋(うづ)まる床(とこ)に寝た、
金(きん)の獅(し)子(し)にも乗り馴(な)れた、
天(てん)に中(ちう)する日も飽(あ)いた、
己(おの)が歌にも聞き恍(ほ)れた。
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春(はる)風(かぜ)の把(と)る彩(あや)の筆
すべての物の上を撫(な)で、
光と色に尽(つく)す派手。
ことに優れてめでたきは
牡(ぼた)丹(ん)の花と人の袖(そで)。
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涙に濡(ぬ)れて火が燃えぬ。
今(け)日(ふ)の言葉に気(い)息(き)がせぬ、
絵筆を把(と)れど色が出ぬ、
わたしの窓に鳥が来(こ)ぬ、
空には白い月が死ぬ。
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あの白(はく)鳥(てう)も近く来る、
すべての花も目を見はる、
青い柳も手を伸べる。
君を迎へて春の園(その)
路(みち)の砂にも歌がある。
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大(おほ)空(そら)ならば指ささん、
立つ波ならば濡(ぬ)れてみん、
咲く花ならば手に摘まん。
心ばかりは形(かた)無(ちな)し、
偽りとても如(い)何(か)にせん。