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その日より魂にわかれし我れむくろ美しと見ば人にとぶらへ
今の我に歌のありやを問ひますな柱(ぢ)なき繊(ほそ)絃(いと)これ二十五絃(げん)
冬が始まる
おお十一月、
冬が始まる。
冬よ、冬よ、
わたしはそなたを讃(たゝ)へる。
弱い者と
怠(なま)け者とには
もとより辛(つら)い季節。
しかし、四季の中に、
どうしてそなたを欠くことが出来よう。
健(すこや)かな者と
勇敢な者とが
試(た)めされる季節、
否(いな)、みづから試(た)めす季節。
おお冬よ、
そなたの灰色の空は
人を圧(あつ)しる。
けれども、常に心の曇らぬ人は
その空の陰(いん)鬱(うつ)に克(か)つて、
そなたの贈る
沍(ごか)寒(ん)と、霜と、
雪と、北風とのなかに、
常に晴やかな太陽を望み、
春の香(か)を嗅(か)ぎ、
夏の光を感じることが出来る。
青春を引立てる季節、
ほんたうに血を流す
活動の季節、
意力を鞭(むち)打つ季節、
幻想を醗酵する季節、
冬よ、そなたの前に、
一(ひと)人(り)の厭(ミザ)人(ント)主(ロ)義(オ)者(プ)も無ければ、
一(ひと)人(り)の卑(ひけ)怯(ふ)者も無い、
人は皆、十二の偉勲を建てた
ヘルクレスの子孫のやうに見える。
わたしは更に冬を讃(たゝ)へる。
まあ何(なん)と云(い)ふ
優しい、なつかしい他(た)の一面を
冬よ、そなたの持つてゐることぞ。
その永い、しめやかな夜(よる)。……
榾(ほだ)を焚(た)く田舎の囲(い)炉(ろ)裏(り)……
都会のサロンの煖(スト)炉(オブ)……
おお家庭の季節、夜(やく)会(わい)の季節
会話の、読書の、
音楽の、劇の、踊(をどり)の、
愛の、鑑賞の、哲学の季節、
乳(ちの)呑(み)児(ご)のために
罎(びん)の牛乳の腐らぬ季節、
小(ち)さいセエヴルの杯(さかづき)で
夜(ロオ)会(ブデ)服(コルテ)の
貴(きぢ)女(よ)も飲むリキユルの季節。
とり分(わ)き日本では
寒(かん)念(ねん)仏(ぶつ)の、
臘(らふ)八(はち)坐禅の、
夜業の、寒(かん)稽(げい)古(こ)の、
砧(きぬた)の、香(かう)の、
茶の湯の季節、
紫の二枚襲(がさね)に
唐(から)織(おり)の帯の落着く季節、
梅もどきの、
寒(かん)菊(ぎく)の、
茶の花の、
寒(かん)牡(ぼた)丹(ん)の季節、
寺(てら)寺(でら)の鐘の冴(さ)える季節、
おお厳粛な一面の裏(う)面(ら)に、
心憎きまで、
物の哀れさを知りぬいた冬よ、
楽(たのし)んで溺(おぼ)れぬ季節、
感性と理性との調和した季節。
そなたは万物の無尽蔵、
ああ、わたしは冬の不思議を直視した。
嬉(うれ)しや、今、
その冬が始まる、始まる。
収(とり)穫(いれ)の後(のち)の田に
落(おち)穂(ほ)を拾ふ女、
日の出前に霜を踏んで
工(こう)場(ば)に急ぐ男、
兄弟よ、とにかく私達は働かう、
一層働かう、
冬の日の汗する快さは
わたし達無産者の景(けい)福(ふく)である。
おお十一月、
冬が始まる。