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マルガレエテの部屋
マルガレエテ一人車(いとぐるま)の傍に坐しゐる。
マルガレエテ
心の落(おち)著(つき)無くなりて、
胸苦しくぞなりにける。
尋ぬとも、その落著は
つひに帰らじ、とこしへに。
彼人まさねば、いづかたも
冢(つか)穴(あな)にしも異ならず。
苦(にが)きを嘗(な)むる所とぞ
世の中は皆なりにける。
物狂ほしくもなれるかな、
あはれわがこの頭(こうべ)。
ちぎれ〳〵になりしかな、
あはれわがこの心。
心の落著なくなりて、
胸苦しくぞなりにける。
尋ぬとも、その落著は
つひに帰らじ、とこしへに。
小窓よりわが見出だすは、
彼人来(く)やと待つばかり。
門の外(と)へわが出で行くは、
彼人迎へに行くばかり。
ををしき彼人の歩みざま。
けだかき彼人の姿。
その脣の微笑。
そのまなざしの力。
その物語の
妙(たえ)なる流(ながれ)。
我手取りますそのみ手よ。
さて、あはれ、その口(くち)附(づけ)よ。
心の落著なくなりて、
胸苦しくぞなりにける。
尋ぬとも、その落著は
つひに帰らじ、とこしへに。
胸の願は彼人に
そはんとおもふ外ぞなき。
わが腕(かいな)もて彼人を
捉へまつり、止めまつらばや。
さて心ゆくまで彼人に
口(くち)附(づけ)しまつらばや。
よしやわが身は彼人に
口附せられて消えぬとも。