.
夜
竹久夢二
日が暮れて子供達(たち)が寝床へゆく時間になったのに、幹(みき)子(こ)は寝るのがいやだと言って、お母様を困らせました。
﹁さあ、みっちゃんお寝(やす)みなさいな。雛(ひな)鳥(どり)ももうみんな寝んねしましたよ﹂
お母様は、幹子に寝間着を着せながら仰(おっ)言(しゃ)いました。
﹁みっちゃんが夕御飯たべてる時に、親鳥が コ コ コ って言って雛鳥を寝かしていましたよ﹂
﹁だってあたし眠くないんですもの﹂
﹁山の小(こば)鳩(と)も、もう親(おや)鳩(ばと)の羽根の下へ頭をかくして コロ コロ コロ お休みって眠りましたよ﹂
﹁だってあたし眠くないの﹂
﹁赤い小牛は小屋の中で、羊の子は青い草の中で寝(ねんね)しましたよ﹂
幹子は、柔かい気持の好(い)い寝床へ這(は)入(い)ったけれど、まだ眠ろうとはしませんでした。蒲(ふと)団(ん)の中へもぐりこんで身(から)体(だ)をゆすりながらいやいやをしながらむずかりました。
この時、寝室の窓からお月様が、にっこり覗(のぞ)きこみました。
﹁そら御覧!﹂
お母様はお月様の方を指しながら仰言った。
﹁お月様がみっちゃんに﹁おやすみ﹂を言いにいらしたよ。まあお月様がにこにこ笑っていらっしゃる﹂
お月様は、幹子の眼(め)のうちに輝いた。それは恰(ちょ)度(うど)、﹁好(よ)い児(こ)のみっちゃんおやすみ﹂と言っているように見えました。
幹子は、寝床の中からお月様の方を見あげて﹁お月様おやすみなさい﹂
そう言って枕(まくら)に頭をつけて、お月様を見ながら、お母様の子(こも)守(りう)唄(た)をききました。
お月様の美しさ
天使のような美しさ
﹁母様! お月様は小羊も寝かしてやるの?﹂眠(ね)むそうな顔をした幹子がたずねました。
﹁ええお月様は小羊でも山の兎(うさぎ)でも寝(ねか)しておやんなさるよ﹂
幹(みき)子(こ)の目(まぶ)蓋(た)は、もう開けられないほど重くなって来ました。けれどお月様は、やっぱり窓からお母様や幹子の寝床を照(てら)しました。
東の森を出る時に、
お月様は何を見た?
青い牧場の小羊が、
親の羊の懐へ
そろりと這(は)入(い)って寝るとこと
好(よ)い児(こ)の坊やが母様と
寝(ね)んねするのを見ています。
お月様は、にこにこしながら、子(こも)守(りう)唄(た)を歌うお母様と幹子とを見ていました。お母様もお月様のほうを見て笑っていらしたけれど幹子は何も見なかった。幹子はもうすやすやと眠ってしまったから。
底本‥﹁童話集 春﹂小学館文庫、小学館
2004︵平成16︶年8月1日初版第1刷発行
底本の親本‥﹁童話 春﹂研究社
1926︵大正15︶年12月
入力‥noir
校正‥noriko saito
2006年7月2日作成
青空文庫作成ファイル‥
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫︵http://www.aozora.gr.jp/︶で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。