道理の前でひとりの門番が立っている。
その門番の方へ、へき地からひとりの男がやってきて、道理の中へ入りたいと言う。
しかし門番は言う。
今は入っていいと言えない、と。
よく考えたのち、その男は尋ねる。
つまり、あとになれば入ってもかまわないのか、と。
﹁かもしれん。﹂
門番が言う。
﹁だが今はだめだ。﹂
道理への門はいつも開け放たれていて、そのわきに門番が直立している。
そこで男は身をかがめて、中をのぞいて門の向こうを見ようとした。
そのことに気づいた門番が笑って、こう言った。
﹁そんなに気になるのなら、やってみるか。おれは入ってはいかんと言っただけだからな。いいか、おれは強い。だが、おれはいちばん格下の門番にすぎない。部屋を進むごとに、次々と門番が現れるだろう。そいつらは、前のものよりもっと強いぞ。三番目の門番でさえ、おれはそいつを直視することもままならん。﹂
これほどの難関を、へき地の男は予想だにしていなかった。
道理は誰にでもいつでも開かれているはずなのに、と思った。
だが、男は門番をじっと見つめた。
門番は毛皮のコートに身を包み、大きなかぎ鼻を持ち、黒く長いモンゴルひげをひょろりと生やしている。
そのとき男は心に決めた。むしろ、入っていいと言われるまで待つのだ、と。
門番が男に腰掛けを与え、門のわきへ腰を下ろさせた。
その場所で、男は幾日も幾年も座り続けた。
男は、入ってもいいと言われたくて、さまざまなことを試してみた。だが、あまりにもはげしいため、門番をうんざりさせた。
門番は、幾度となく男に簡単な尋問をおこなった。男の出身地をあれやこれやと問いつめた。
それ以外のことも同じように訊いたが、その問いかけは目上の人間がする一通りのものにすぎず、いつも終わりに門番は男へこう言うのだった。
今は入っていいと言えない、と。
旅のために男はあらかじめたくさんのものを持ってきたが、すべて使ってしまった。だが、どれもずいぶん役に立った。門番に賄賂を贈ったのだ。
この門番はどれもみな受け取りはしたが、そのときにこう言い添えるのだった。
﹁一応もらっておく。やり残したことがあるなどと思ってほしくないからな。﹂
何年ものあいだ、男はほとんど休みなく、門番から目を離さなかった。
そのうち男は他にも門番がいることを忘れ、最初のこの門番が、道理へ到るための唯一の障害だというふうに思えてきた。
男は不幸を嘆いた。はじめの一年はなりふり構わず声を張り上げていたが、年老いてしまうともう、ただいつまでもだらだらとぼやくだけだった。
子どもっぽくなった男は、門番をずっとつぶさに見てきたからか、なんとその毛皮の襟巻きにノミがいると気づいた。そこで、男はそのノミに、助けてくれ、あの門番を説得してくれ、と頼み込んだ。
ついには視力も衰え、男は本当に暗いのか、ただ目の錯覚なのかが、わからなくなった。
とはいえ、暗闇の中、道理の門から消えずに差し込んでくる光が、男には今はっきりと見えた。
もう、男の命ももはやこれまでだった。
死を目前にして、男の頭の中で、今までの人生すべての時間が、ひとつの問いへと集束していった。
それは男がこれまで門番に一度も訊いたことのない問いだった。
男は門番に、手を振って知らせた。
身体がこわばって、もはや自力で起き上がることができなかった。
門番は男のためにしゃがみこんだ。ふたりの大きな身長差が、今は男にとってずいぶん苦しいものとなっていたからだ。
﹁今さらいったい何を知りたいというのだ。﹂
門番が訊く。
﹁欲張りめ。﹂
﹁だが、万人が道理を求めようとするではないか。﹂
男は言った。
﹁どういうわけで、長年にわたって、わたし以外に誰も、入ってよいかと聞きに来ないままだったのだ?﹂
門番は気づいた。男はもう、今わのきわにいる。
かすかな聴覚でも聞こえるよう、門番は男に大声でどなった。
﹁ここでは、他の誰も、入ってよいなどとは言われん。なぜなら、この入り口はただお前のためだけに用意されたものだからだ。おれはもう行く、だからこれを閉めるぞ。﹂