ひなげしはみんなまっ赤に燃えあがり、めいめい風にぐらぐらゆれて、息もつけないようでした。そのひなげしのうしろの方で、やっぱり風に髪かみもからだも、いちめんもまれて立ちながら若いひのきが云いいました。
﹁おまえたちはみんなまっ赤な帆ほぶ船ねでね、いまがあらしのとこなんだ﹂
﹁いやあだ、あたしら、そんな帆船やなんかじゃないわ。せだけ高くてばかあなひのき。﹂ひなげしどもは、みんないっしょに云いました。
﹁そして向うに居るのはな、もうみがきたて燃えたての銅あかがねづくりのいきものなんだ。﹂
﹁いやあだ、お日さま、そんなあかがねなんかじゃないわ。せだけ高くてばかあなひのき。﹂ひなげしどもはみんないっしょに叫さけびます。
ところがこのときお日さまは、さっさっさっと大きな呼吸を四五へんついてるり色をした山に入ってしまいました。
風が一そうはげしくなってひのきもまるで青あお黒う馬まのしっぽのよう、ひなげしどもはみな熱病にかかったよう、てんでに何かうわごとを、南の風に云ったのですが風はてんから相手にせずどしどし向うへかけぬけます。
ひなげしどもはそこですこうししずまりました。東には大きな立派な雲の峰みねが少し青ざめて四つならんで立ちました。
いちばん小さいひなげしが、ひとりでこそこそ云いました。
﹁ああつまらないつまらない、もう一生合コー唱ラ手スだわ。いちど女スタ王ーにしてくれたら、あしたは死んでもいいんだけど。﹂
となりの黒くろ斑ぶちのはいった花がすぐ引きとって云いました。
﹁それはもちろんあたしもそうよ。だってスターにならなくたってどうせあしたは死ぬんだわ。﹂
﹁あら、いくらスターでなくってもあなたの位立派ならもうそれだけで沢たく山さんだわ。﹂
﹁うそうそ。とてもつまんない。そりゃあたしいくらかあなたよりあたしの方がいいわねえ。わたしもやっぱりそう思ってよ。けどテクラさんどうでしょう。まるで及およびもつかないわ。青いチョッキの虻あぶさんでも黄のだんだらの蜂はちめまでみなまっさきにあっちへ行くわ。﹂
向うの葵あおいの花かだ壇んから悪あく魔まが小さな蛙かえるにばけて、ベートーベンの着たような青いフロックコートを羽織りそれに新月よりもけだかいばら娘むすめに仕立てた自分の弟で子しの手を引いて、大変あわてた風をしてやって来たのです。
﹁や、道をまちがえたかな。それとも地図が違ちがってるか。失敗。失敗。はて、一ちょ寸っと聞いて見よう。もしもし、美容術のうちはどっちでしたかね。﹂
ひなげしはあんまり立派なばらの娘を見、又また美容術と聞いたので、みんなドキッとしましたが、誰たれもはずかしがって返事をしませんでした。悪魔の蛙がばらの娘に云いました。
﹁ははあ、この辺のひなげしどもはみんなつんぼか何かだな。それに全然無学だな。﹂
娘にばけた悪魔の弟子はお口をちょっと三角にしていかにもすなおにうなずきました。
女スタ王ーのテクラが、もう非常な勇気で云いました。
﹁何かご用でいらっしゃいますか。﹂
﹁あ、これは。ええ、一ちょ寸っとおたずねいたしますが、美容院はどちらでしょうか。﹂
﹁さあ、あいにくとそういうところ存じませんでございます。一体それがこの近所にでもございましょうか。﹂
﹁それはもちろん。現に私のこのむすめなど、前は尖とがったおかしなもんでずいぶん心配しましたがかれこれ三度助手のお方に来ていただいてすっかり術をほどこしましてとにかく今はあなた方ともご交際なぞ願えばねがえるようなわけ、あす紐ニュ育ーヨークに連れてでますのでちょっとお礼に出ましたので。では。﹂
﹁あ、一寸。一寸お待ち下さいませ。その美容術の先生はどこへでもご出張なさいますかしら。﹂
﹁しましょうな﹂
﹁それでは誠まことになんですがお序ついでの節、こちらへもお廻まわりねがえませんでしょうか。﹂
﹁そう。しかし私はその先生の書生というでもありません。けれども、しかしとにかくそう云いましょう。おい。行こう。さよなら。﹂
悪魔は娘の手をひいて、向うのどてのかげまで行くと片かた眼めをつぶって云いました。
﹁お前はこれで帰ってよし。そしてキャベジと鮒ふなとをな灰で煮に込こんでおいてくれ。ではおれは今度は医者だから。﹂といいながらすっかり小さな白い鬚ひげの医者にばけました。悪魔の弟子はさっそく大きな雀すずめの形になってぼろんと飛んで行きました。
東の雲のみねはだんだん高く、だんだん白くなって、いまは空の頂上まで届くほどです。
悪魔は急いでひなげしの所へやって参りました。
﹁ええと、この辺じゃと云われたが、どうも門へ標ひょ札うさつも出してないというようなあんばいだ。一寸たずねますが、ひなげしさんたちのおすまいはどの辺ですかな。﹂
賢かしこいテクラがドキドキしながら云いました。
﹁あの、ひなげしは手前どもでございます。どなたでいらっしゃいますか。﹂
﹁そう、わしは先刻伯はく爵しゃくからご言こと伝づてになった医者ですがね。﹂
﹁それは失礼いたしました。椅い子すもございませんがまあどうぞこちらへ。そして私共は立派になれましょうか。﹂
﹁なりますね。まあ三服でちょっとさっきのむすめぐらいというところ。しかし薬は高いから。﹂
ひなげしはみんな顔色を変えてためいきをつきました。テクラがたずねました。
﹁一体どれ位でございましょう。﹂
﹁左様。お一人が五ビルです。﹂
ひなげしはしいんとしてしまいました。お医者の悪魔もあごのひげをひねったまましいんとして空をみあげています。雲のみねはだんだん崩くずれてしずかな金いろにかがやき、そおっと、北の方へ流れ出しました。
ひなげしはやっぱりしいんとしています。お医者もじっとやっぱりおひげをにぎったきり、花壇の遠くの方などはもうぼんやりと藍あいいろです。そのとき風が来ましたのでひなげしどもはちょっとざわっとなりました。
お医者もちらっと眼めをうごかしたようでしたがまもなくやっぱり前のようしいんと静まり返っています。
その時一番小さいひなげしが、思い切ったように云いました。
﹁お医者さん。わたくしおあしなんか一文もないのよ。けども少したてばあたしの頭に亜あへ片んができるのよ。それをみんなあげることにしてはいけなくって。﹂
﹁ほう。亜片かね。あんまり間には合わないけれどもとにかくその薬はわしの方では要いるんでね。よし。いかにも承知した。証文を書きなさい。﹂
するとみんながまるで一ぺんに叫びました。
﹁私もどうかそうお願いいたします。どうか私もそうお願い致いたします。﹂
お医者はまるで困ったというように額に皺しわをよせて考えていましたが、
﹁仕方ない。よかろう。何もかもみな慈じぜ善んのためじゃ。承知した。証文を書きなさい。﹂
さあ大変だあたし字なんか書けないわとひなげしどもがみんな一いっ諸しょに思ったとき悪魔のお医者はもう持って来た鞄かばんから印刷にした証書を沢山出しました。そして笑って云いました。
﹁ではそのわしがこの紙をひとつぱらぱらめくるからみんないっしょにこう云いなさい。
亜片はみんな差しあげ候 と、」
まあよかったとひなげしどもはみんないちどにざわつきました。お医者は立って云いました。
﹁では﹂ぱらぱらぱらぱら、
﹁亜片はみんな差しあげ候。﹂
﹁よろしい。早速薬をあげる。一服、二服、三服とな。まずわたしがここで第一服の呪じゅ文もんをうたう。するとここらの空気にな。きらきら赤い波がたつ。それをみんなで呑のむんだな。﹂
悪魔のお医者はとてもふしぎないい声でおかしな歌をやりました。
﹁まひるの草木と石土を 照らさんことを怠おこたりし 赤きひかりは集つどい来てなすすべしらに漂ただよえよ。﹂
するとほんとうにそこらのもう浅あさ黄ぎいろになった空気のなかに見えるか見えないような赤い光がかすかな波になってゆれました。ひなげしどもはじぶんこそいちばん美しくなろうと一生けん命その風を吸いました。
悪魔のお医者はきっと立ってこれを見みわ渡たしていましたがその光が消えてしまうとまた云いました。
﹁では第二服 まひるの草木と石土を 照らさんことを怠りし 黄なるひかりは集い来てなすすべしらに漂えよ﹂
空気へうすい蜜みつのような色がちらちら波になりました。ひなげしはまた一生けん命です。
﹁では第三服﹂とお医者が云おうとしたときでした。
﹁おおい、お医者や、あんまり変な声を出してくれるなよ。ここは、セントジョバンニ様のお庭だからな。﹂ひのきが高く叫びました。
その時風がザァッとやって来ました。ひのきが高く叫びました。
﹁こうらにせ医者。まてっ。﹂
すると医者はたいへんあわてて、まるでのろしのように急に立ちあがって、滅めっ法ぽう界かいもなく大きく黒くなって、途とほ方うもない方へ飛んで行ってしまいました。その足さきはまるで釘くぎ抜ぬきのように尖とがり黒い診しん察さつ鞄かばんもけむりのように消えたのです。
ひなげしはみんなあっけにとられてぽかっとそらをながめています。
ひのきがそこで云いました。
﹁もう一足でおまえたちみんな頭をばりばり食われるとこだった。﹂
﹁それだっていいじゃあないの。おせっかいのひのき﹂
もうまっ黒に見えるひなげしどもはみんな怒おこって云いました。
﹁そうじゃあないて。おまえたちが青いけし坊ぼう主ずのまんまでがりがり食われてしまったらもう来年はここへは草が生えるだけ、それに第一スターになりたいなんておまえたち、スターて何だか知りもしない癖くせに。スターというのはな、本当は天てん井じょうのお星さまのことなんだ。そらあすこへもうお出になっている。もすこしたてばそらいちめんにおでましだ。そうそうオールスターキャストというだろう。オールスターキャストというのがつまりそれだ。つまり双ふた子ご星座様は双子星座様のところにレオーノ様はレオーノ様のところに、ちゃんと定さだまった場所でめいめいのきまった光りようをなさるのがオールスターキャスト、な、ところがありがたいもんでスターになりたいなりたいと云っているおまえたちがそのままそっくりスターでな、おまけにオールスターキャストだということになってある。それはこうだ。聴きけよ。
あめなる花をほしと云い
この世の星を花という。」
この世の星を花という。」
﹁何を云ってるの。ばかひのき、けし坊主なんかになってあたしら生きていたくないわ。おまけにいまのおかしな声。悪魔のお方のとても足もとにもよりつけないわ。わあい、わあい、おせっかいの、おせっかいの、せい高ひのき﹂
けしはやっぱり怒っています。
けれども、もうその顔もみんなまっ黒に見えるのでした。それは雲の峯がみんな崩れて牛みたいな形になり、そらのあちこちに星がぴかぴかしだしたのです。
ひなげしは、みな、しいんとして居おりました。
ひのきは、まただまって、夕がたのそらを仰ぎました。
西のそらは今はかがやきを納め、東の雲の峯はだんだん崩れて、そこからもう銀いろの一つ星もまたたき出しました。