こんにちは。
Wikipediaへの初めての投稿は、2003年9月13日で、それ以降、3ヶ月以上に渡って、失礼ながら、ユーザー登録をせずに投稿を続けました。
名前がはっきりせず、ご迷惑をおかけしたかとも思いますが、やっと、落ち着きましたので、おくればせながら、ユーザー登録をいたします。︵2003年12月31日︶
以下の人名について情報を集めております。何かご存知の方は、「ノート」の方に書いていただければ幸いです。Webページを含む文献をご紹介いただくことなど、よろしくお願いいたします。
- 丹羽美(にわ・みよし、建築家)
- 村田實一(むらた・じついち、写真家)
(2012年9月以降)
- 2012年9月21日 (金) 15:13|マルク・リブー (新規項目、フランスの写真家です)
- 2012年9月21日 (金) 15:11|真継不二夫 (新規項目、日本の写真家です)
(主な加筆項目2012年9月以降)
- 2012年9月21日 (金) 13:49|ジョン・ハートフィールド (→外部リンク: リンク切れリンクを別のリンクに変更)
︵2012年9月以降。Portalのノートは除く。ノート類似の﹁Wikipedia記事﹂などは含む︶
(一)2012年10月8日 (月) 05:08. (+1,813)Wikipedia:コメント依頼/氷鷺 (→第三者様コメント: その後の状況のご報告)
(二)2012年10月8日 (月) 03:58. (+1,702)ノート:写真年表 (→2012年9月の削除後の﹁復活﹂︵再作成︶について: 新しい節)
(三)2012年10月8日 (月) 03:04. (+5,426)ノート:戦間期の写真家の一覧 (→2012年9月の削除依頼について: 削除に間に合いませんでしたが、回答です。)
(四)2012年9月21日 (金) 13:39 . (+5,491)Wikipedia:コメント依頼/氷鷺 (→第三者様コメント: 状況報告とShellSquidさんへのご返事)
(五)2012年9月21日 (金) 13:34 (+408)ノート:戦間期の写真家の一覧 (2012年9月の削除依頼について)
(六)2012年9月14日 (金) 04:39 (+2,632) Wikipedia:削除依頼/写真年表 (存続希望) ︵ノート:写真年表︶
(七)2012年9月14日 (金) 04:37 (+2,431) Wikipedia:削除依頼/写真に関する日本語の主要文献 (存続希望)︵ノート:写真に関する日本語の主要文献︶
(八)2012年9月14日 (金) 04:35 (+3,111) Wikipedia:削除依頼/戦間期の写真家の一覧 (存続希望) ︵ノート:戦間期の写真家の一覧︶
(九)2012年9月14日 (金) 04:31 (+2,446) Wikipedia:コメント依頼/氷鷺 (→第三者様コメント‥ コメント追加)
(十)2012年9月9日 (日) 13:48 (+5,757) Wikipedia:コメント依頼/氷鷺 (→第三者様コメント‥ コメントさせていただきます)
(11)2012年9月7日 (金) 13:16 (+6,658) ノート:日本で開催された展覧会の一覧 (→﹁Wikipedia:削除依頼/日本で開催された展覧会の一覧 20120901﹂について‥ 新しい節です)
(12)2012年9月7日 (金) 13:04 (+3,420) Wikipedia:削除依頼/日本で開催された展覧会の一覧 20120901 (存続希望) cf. Wikipedia:削除依頼/日本で開催された展覧会の一覧、ノート:東京都写真美術館の展覧会/削除、ノート:東京都写真美術館の展覧会、ノート:2003年の展覧会
関わった記事で、1600バイト未満の記事は以下のとおり。(サイズは、2010年8月末の時点のもの)
「⇒」によって、その後の進捗状況も記載していきます。
- 2009年8月30日 (日) 03:51: ワーナー・ビショフ:1,460バイト
- 2009年8月30日 (日) 03:49: 川田喜久治:1,283バイト
- 2009年8月22日 (土) 07:58: パーシー・ウインダム・ルイス:1,383バイト
- 2009年8月22日 (土) 07:50: オーギュスト・エルバン:1,495バイト
- 2009年8月22日 (土) 07:43: ジャン・エリオン:1,510バイト
- 2009年8月22日 (土) 07:41: フォルトゥナート・デペーロ:1,441バイト
- 2009年7月18日 (土) 12:40: 大山行男:1,556バイト⇒
- 2009年7月4日 (土) 06:57: ジャコモ・バッラ:1,287バイト
- 2009年7月4日 (土) 06:54: モートン・シャンバーグ:1,431バイト
- 2009年6月20日 (土) 11:16: 高橋錦吉:1,465バイト
- 2009年2月28日 (土) 03:47: エルンスト・ハース (写真家):1,547バイト
- 2009年2月28日 (土) 03:31: ヘレン・レヴィット:1,451バイト
- 2009年2月21日 (土) 03:38: 渡辺勉 (写真):1,278バイト
- 2009年2月21日 (土) 01:03: 美術手帖:1,398バイト
- 2008年11月29日 (土) 13:12: ヴィクトール・パリモフ:1,215バイト
- 2008年11月7日 (金) 13:49: ジャック=アンリ・ラルティーグ:1,043バイト
- 2008年11月7日 (金) 13:44: ブライアン・ホーム:1,469バイト
- 2008年11月7日 (金) 13:39: シャルル・ルーポ:1,344バイト
- 2008年11月7日 (金) 13:38: ジャン・カルリュ:1,449バイト
- 2008年11月7日 (金) 13:37: ポール・コラン:1,428バイト
- 2008年10月24日 (金) 05:24: 商業デザイン:1,446バイト
- 2008年8月9日 (土) 01:54: 建築評論家:1,370バイト
- 2006年12月8日: Domus:1,461バイト
- 2006年7月21日: ポール・ナッシュ:1,566バイト
- 2006年7月7日: ジョン・マリン:1,551バイト
- 2006年5月25日: テキスタイルデザイナー:1,383バイト
- 2006年5月6日: システムデザイナー:1,578バイト
- 2006年5月6日: 宝飾デザイナー:1,427バイト
- 2006年4月22日: 独逸国際移動写真展:1,510バイト
- 2006年4月22日: 自然写真:1,567バイト
- 2006年2月24日: パピエ・コレ:1,345バイト
- 2005年12月10日: 東京写真研究会:1,434バイト
- 2005年12月10日: 芦屋カメラクラブ:1,518バイト
- 2005年11月25日: 高橋渡:1,404バイト
- 2005年11月25日: ハナヤ勘兵衛:1,391バイト
- 2005年11月23日: 松本徳彦: 1,381バイト
- 2005年11月19日: 中井幸一:1,449バイト
- 2005年11月19日: 小沢健志:1,384バイト
- 2005年11月5日: 伊奈信男:1,484バイト
- 2005年9月18日: アーバンデザイナー:1,352バイト
- 2005年6月8日 (水) 10:58: フローレンス・アンリ:1,409バイト
- 2005年5月27日 (金) 13:58: ラウル・ユバック:1,393バイト
- 2005年4月7日 (木) 11:28: 福田勝治:1,299バイト
- 2005年4月7日 (木) 11:27:濱谷浩:1,583バイト
- 2005年4月1日 (金) 09:19: 高山正隆:1,495バイト
- 2005年3月20日 (日) 10:38: MAVO:1,370バイト
- 2005年3月18日 (金) 15:34: フロッタージュ:1,362バイト
- 2005年2月19日 (土) 11:32: 日本カメラ:1,555バイト
- 2005年2月19日 (土) 11:31: アサヒカメラ:1,598バイト
- 2005年2月16日 (水) 09:22: 要素主義:1,534バイト
- 2005年1月22日 (土) 12:17: レイアウト:1,542バイト
- 2004年12月24日 (金) 15:15: スポーツ写真:1,519バイト
- 2004年12月24日 (金) 14:47: 科学写真:1,486バイト
- 2004年10月2日 (土) 02:34: 工芸家:1,301バイト
- 2004年10月1日 (金) 15:40: 風景写真:1,500バイト
- ホルスト・P・ホルスト:1,292バイト
- デペイズマン:1,540バイト
- ドイツ表現主義:1,487バイト
全58記事
執筆にかかわったページで、しばらく更新されていないページを掲げます。(カッコ内は、最終更新の日時。古い順)
かつての「更新されていないページ」各ページのその後
編集
「→」の後の日付は、2010年1月22日時点の最終更新日時およびサイズです。
- 田中雅夫 (2003年11月8日 (土) 13:15) →2009年12月12日 (土) 03:51 (1,711バイト)
- 重森弘淹 (2003年11月8日 (土) 21:29) →2008年4月18日 (金) 15:21 (2,723バイト)
- ブックデザイン (2004年1月2日 (金) 03:37)→装幀へのredirectとなる→2010年1月18日 (月) 15:11 (6,296バイト)
- 家具デザイナー (2004年1月14日 (水) 17:48)→2009年5月21日 (木) 16:31 (2,191バイト)
- アルフレッド・スティーグリッツ (2004年2月16日 (月) 12:04) →2009年7月7日 (火) 22:15 (2,200バイト)
- ハンナ・ヘッヒ (2004年2月25日 (水) 05:37) →2010年1月2日 (土) 11:45 (1,699バイト)
- 前衛美術 (2004年2月28日 (土) 15:08) →2008年9月22日 (月) 07:21 (4,139バイト)
- 玩具デザイナー (2004年3月8日 (月) 04:30)→2010年1月22日 (金) 15:08 (2,409バイト)
- デカルコマニー(2004年3月15日 (月) 18:36)→2009年11月26日 (木) 09:51 (1,664バイト)
- デペイズマン(2004年3月15日 (月) 18:51)→2007年6月18日 (月) 17:08 (1,540バイト)
- 美術評論家 (2004年3月15日 (月) 21:08) →2009年11月29日 (日) 10:18 (1,381バイト)
- 1989年以前の展覧会(2004年4月16日 (金) 15:34)→日本で開催された展覧会の一覧へのredirectとなる→2010年1月16日 (土) 11:48 (31,779バイト)
- 1990年の展覧会(2004年4月16日 (金) 15:38)→日本で開催された展覧会の一覧へのredirectとなる→2010年1月16日 (土) 11:48 (31,779バイト)
- キキ(2004年4月16日 (金) 19:57)→2009年11月16日 (月) 13:20 (928バイト)(曖昧さ回避のためのページ)
- アウトサイダー・アート(2004年4月17日 (土) 14:49)→2009年9月28日 (月) 18:21 (7,103バイト)
- 淵上白陽 (2004年5月21日 (金) 23:45) →2009年12月20日 (日) 04:39 (2,307バイト)
「2009年10月16日(金)16:48」に最終更新されたキャッシュより
編集
(2009年12月12日に確認。データとしては「2005年1月17日 (月) 11:19」から「2007年4月22日 (日) 09:23」までの5000件が存在)
- 1921. 光画 (2006年11月10日 (金) 02:42)
- 1922. 浪華写真倶楽部 (2006年11月10日 (金) 02:45)
- 2124. ウンボ (2006年11月27日 (月) 23:50)
- 3623. モーリス・タバール (2007年2月22日 (木) 01:51)
- 3624. フランシス・ジョセフ・ブリュギエール (2007年2月22日 (木) 01:54)
- 3632. ロッテ・ヤコビ (2007年2月22日 (木) 08:45)
- 4071. 金丸重嶺 (2007年3月10日 (土) 15:33)
(注)番号はキャッシュで付されていた番号
執筆にかかわったページでサイズの大きなページ(10000バイト超)
編集
(2010年2月15日現在)
- パリ・フォト(パリフォトとParis PhotoからREDIRECT)(2009年2月20日 (金) 17:43)(16,486バイト)
- 世界写真史 (2006年3月3日) (26,120バイト)
- 丹平写真倶楽部 (2005年12月10日) (10,385バイト)
- 日本写真史 (2005年11月25日) (17,923バイト)
- 山名文夫 (2005年11月19日) (11,962バイト)
- 看板 (2005年11月19日) (11,825バイト)
- 芸術と革命展(2005年8月28日 (日) 04:07)(33,795バイト)
- アンドレ・ブルトン(2005年2月13日 (日) 08:07)(12,376バイト)
- ポストモダン(2004年5月1日 (土) 09:03)(14,789バイト)
- 東京都庁舎(2004年5月1日 (土) 04:25)(「東京都新都庁舎」から項目名が変更された)(16,968バイト)
- 美術書(2004年2月13日 (金) 15:47)(「美術書に強い書店の一覧」から項目名が変更された)(22,801バイト)
- 世界美術大全集西洋編 (74,799バイト)
- 篠山紀信 (15,066バイト)
- 土門拳 (30,024バイト)
- レニ・リーフェンシュタール (19,602バイト)
- フォトモンタージュ (10,875バイト)
- 報道写真 (19,546バイト)
- ファッション写真 (12,832バイト)
- 写真家一覧 (10,672バイト)
- 日本の写真家一覧 (12,298バイト)
- 超高層建築物(「超高層ビル」から項目名が変更された)(41,440バイト)
- 青騎士 (37,016バイト)
- キュビスム (14,389バイト)
- シュルレアリスム (20,335バイト)
- 未来派 (10,620バイト)
- バウハウス (14,373バイト)
- 学芸員 (19,289バイト)
- 東京国立近代美術館 (11,966バイト)
- 日本で開催された展覧会の一覧 (「主要な展覧会」から項目名が変更された)(33,203バイト)
- Portal:写真 (2006年4月16日)(2,558バイト)⇒「呼び出し」も含めれば10000バイトを超える
- Portal:美術(27,799バイト)
- 利用者:20世紀(前半)美術(73,340バイト)
- 利用者:20世紀(前半)美術/主要な近現代美術家一覧(270,619バイト)
- 利用者:20世紀(前半)美術/20世紀前半ロシア系美術家名リスト (31,694バイト)
- 利用者:20世紀(前半)美術/新着項目 (美術関係) (25,174バイト)
- 利用者:20世紀(前半)美術/20世紀前半の日本の写真家(54,970バイト)
- 東京都写真美術館(9782バイト)
- 利用者:20世紀(前半)美術/物故・訃報 (美術関係) (9,301バイト)
- アール・デコ(9,091バイト)
執筆開始から、はや2年が経過しました︵今日は2005年9月24日︶。2年目が満足のいく1年間だったということは言えないのですが、とりあえずは無事︵?︶迎えられた3年目について、新たな目標を立てたいと思います。
(一)引き続き﹁赤リンク﹂の整理‥対象は、上記のリスト︵﹁赤リンク﹂の整理︶をご参照ください。なお、この1年間は、基本的に赤リンクは作っていません。
(二)スタブ記事等の充実‥問題を引き起こしている︵﹁美術書に強い書店﹂→︶﹁美術書に強い書店の一覧﹂︵→美術書︶や﹁主要な展覧会﹂︵→日本で開催された展覧会の一覧︶について執筆を続けるとともに、特に、戦間期の写真家の一覧からリンクを張っている海外の写真家の記事の内容を充実させたいと思っています︵﹁赤リンク﹂をつぶすために急いだこともあり、海外の写真家の記事は自分でも不満足なものばかりで、申し訳なく思っています︶。
(三)写真に関する記事について、新しいアイデアを出す‥写真のページについては、自分が作った﹁赤リンク﹂を︵﹁写真年表﹂という1つの例外を除いて︶なくすことができましたので、追加すべき項目がないか、考えてみたいと思います。
(四)特に﹁写真年表﹂執筆の開始‥﹁写真﹂のページで残っている﹁赤リンク﹂︵自分が作ったもの︶は、上記のとおり写真年表ですが、これを書き始めます。しかし、時間はかかるでしょう。1年や2年のオーダーで充実したものが執筆できるとは、全く考えていません。
以上ですが、引き続き、よろしくお願いします。
恒例とするつもりがあるのかないのか、昨年に続いて、同じような企画です(本日は、2006年9月16日)。まずは、3年目︵2005年9月から2006年8月︶に書き始めた記事を挙げて、どういう状況だったのかを見てみましょう。新しいものから古いものの順に並んでいます。
(一)ポール・ナッシュ︵2006年7月21日︶
(二)ドロテア・タニング︵2006年7月21日︶
(三)グスタフ・クルーツィス︵2006年7月13日︶
(四)ジョン・マリン (2006年7月7日)
(五)ピエール・ロワ (2006年7月7日)
(六)写真週報 (2006年6月20日)
(七)デセグノ (2006年6月16日)
(八)ヴォーティシズム (2006年6月16日)
(九)仲田定之助 (2006年6月16日)
(十)神原泰 (2006年6月16日)
(11)1920年代の美術 (2006年6月16日)
(12)大正期新興美術運動 (2006年6月16日)
(13)熊田五郎 (2006年6月9日)
(14)環境デザイナー (2006年5月26日)
(15)テキスタイルデザイナー (2006年5月25日)
(16)濱田増治 (2006年5月13日)
(17)旅行写真 (2006年5月6日)
(18)システムデザイナー (2006年5月6日)
(19)宝飾デザイナー (2006年5月6日)
(20)独逸国際移動写真展 (2006年4月22日)
(21)自然写真 (2006年4月22日)
(22)Portal:写真 (2006年4月16日)
(23)木村専一 (2006年4月16日)
(24)世界写真史 (2006年3月3日)
(25)アッサンブラージュ (2006年2月24日)
(26)パピエ・コレ (2006年2月24日)
(27)マーク (2006年2月17日)
(28)模様 (2006年2月17日)
(29)ロゴタイプ (2006年2月17日)
(30)ラベル (2006年2月17日)
(31)NIPPON (2006年2月17日)→﹁NIPPON (グラフ誌)﹂に移動された︵2009年8月4日 (火) 21:20︶
(32)長野重一 (2006年2月6日)
(33)吊り広告 (2006年2月6日)
(34)新建築工芸学院 (2006年2月6日)
(35)FRONT (2006年1月21日)
(36)宮下規久朗 (2006年1月1日)
(37)亀井武 (2005年12月22日)
(38)谷口雅 (2005年12月20日)
(39)平木収 (2005年12月20日)
(40)伊藤俊治 (2005年12月16日)
(41)金子隆一 (写真) (2005年12月16日)
(42)横江文憲 (2005年12月16日)
(43)浪華写真倶楽部 (2005年12月10日)
(44)東京写真研究会 (2005年12月10日)
(45)新興写真研究会 (2005年12月10日)
(46)前衛写真協会 (2005年12月10日)
(47)丹平写真倶楽部 (2005年12月10日)
(48)芦屋カメラクラブ (2005年12月10日)
(49)光画 (2005年12月10日)
(50)高橋渡 (2005年11月25日)
(51)山本悍右 (2005年11月25日)
(52)坂田稔 (2005年11月25日)
(53)ハナヤ勘兵衛 (2005年11月25日)
(54)金丸重嶺 (2005年11月25日)
(55)岡部昌幸 (美術) (2005年11月25日)⇒2007年6月19日に岡部昌幸に移動された
(56)日本写真史 (2005年11月25日)
(57)写真史 (2005年11月25日)
(58)松本徳彦 (2005年11月23日)
(59)河野鷹思 (2005年11月19日)
(60)里見宗次 (2005年11月19日)
(61)柳瀬正夢 (2005年11月19日)
(62)山名文夫 (2005年11月19日)
(63)木下直之 (2005年11月19日)
(64)中井幸一 (2005年11月19日)
(65)小沢健志 (2005年11月19日)
(66)瀧口修造 (2005年11月19日)
(67)北脇昇 (2005年11月19日)
(68)普門暁 (2005年11月19日)
(69)坂田一男 (2005年11月19日)
(70)看板 (2005年11月19日)
(71)ヨハネス・イッテン (2005年11月12日)
(72)オスカー・ドミンゲス (2005年11月12日)
(73)ハンネス・マイヤー (2005年11月12日)
(74)フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティ (2005年11月12日)
(75)リオネル・ファイニンガー (2005年11月12日)
(76)伊奈信男 (2005年11月5日)
(77)アーサー・ダヴ (2005年11月4日)
(78)フアン・グリス (2005年11月4日)
(79)アメデエ・オザンファン (2005年11月4日)
(80)ハンス・ホフマン (2005年11月2日)
(81)韓国の写真家 (2005年10月29日)
(82)コーポレートデザイナー (2005年10月15日)
(83)セゾン美術館 (2005年10月6日)
(84)アーバンデザイナー (2005年9月18日)
以上、合計84件です。REDIRECTページ、ノート、利用者ページのサブページは除いています。思っていた以上に書いていますね。ただ、数が問題ではなく、むしろ内容と理解しておりますので、引き続き、加筆等をしていきたいと思います。なお、あえて分類すると、写真関係34件、デザイン関係19件、建築関係2件、その他美術一般29件で、別の分け方をすると、人物46件︵写真関係16件、デザイン関係6件︵柳瀬正夢を含む︶、建築関係1件︵ハンネス・マイヤー︶、その他美術一般23件︶、その他38件︵写真関係18件、デザイン関係13件、建築関係1件︵新建築工芸学院︶、その他美術一般6件︶となります。
続けて、昨年目標として挙げた4点について、どうなったかを書いてみます。
(一)﹁赤リンク﹂の整理‥上記のリストの﹁赤リンク﹂は、昨年よりも、さらに減っています。ただ、この1年では、みずから14個の赤リンクを作ってしまいましたので︵後述の﹁20世紀前半の海外の美術家100人︵純粋な写真家や建築家は除く︶﹂︶、それらの執筆が必要になっています︵現時点では、14項目中9項目が残っている︶。
(二)スタブ記事等の充実‥これは、残念ながら、まったくといっていいほどできませんでした。
(三)新しいアイデアを出す‥これに属するといえるのではないかという項目としては、﹁日本写真史・世界写真史・写真史﹂と﹁Portal:写真﹂を挙げることができます。いずれも、なかなか強力な項目です。また、写真関連以外ですが、﹁1920年代の美術﹂と﹁大正期新興美術運動﹂も新しいアイデアだと思います。さらに、利用者ページのサブページですが、﹁20世紀前半の海外の美術家100人︵純粋な写真家や建築家は除く︶﹂および﹁20世紀前半の海外の美術家、さらに50人﹂︵﹁利用者:20世紀(前半)美術/主要な近現代美術家一覧﹂︶も自分向けでしかありませんが、1つの整理ができました。さらに、利用者:20世紀(前半)美術/物故・訃報 (美術関係)と利用者:20世紀(前半)美術/新着項目 (美術関係)も、個人的な覚えとしては、活用しています︵なお、前者は、初期の私の投稿をご存知の方には、﹁弔い合戦﹂的な意味合いに見えるかもしれません︶。
(四)﹁写真年表﹂執筆の開始‥これは、サブページ︵﹁利用者:20世紀(前半)美術/写真年表暫定版﹂︶で、書き始めてはいるのですが、特に形式について見直し中で、なかなか進んでおりません。
そして、4年目については、目新しくありませんが、次の6つを目標として掲げたいと思います。
(一)さらに、﹁赤リンク﹂の整理‥自分で書くばかりではなく、執筆依頼の活用や逆に﹁赤リンク﹂の消去まで検討します。対象は、上記の﹁赤リンク﹂および﹁20世紀前半の海外の美術家100人︵純粋な写真家や建築家は除く︶﹂の﹁赤リンク﹂9つです︵具体的な﹁赤リンク﹂は、この節の末尾に掲げます︶。また、自分が作ったものではない﹁赤リンク﹂も視野に入れていきたいと思います。なお、上記﹁赤リンク﹂のうち、展覧会系の﹁赤リンク﹂︵﹁○年の展覧会﹂のようなもの︶は、現時点では項目として一括されており、元の形式︵1年ごと︶に戻る可能性も薄れてきましたので、近々整理して、リンクをはずします。また、写真家の一部は、私ばかり書いても意味がないと勝手に考えて、一部、海外の比較的有名どころを、意図的に﹁赤リンク﹂のままほおっておいたのですが︵もちろん、執筆依頼にも出しました︶、どなたにも書いていただけなさそうなので、今後どうするか、考えねばなりません。ちなみに、現時点では赤リンクとなっていない新規記事も考えて行きたいと思いますが、これは、好みと突然の思いつきによることが多いので、現時点で、どのようなものが出てくるのか、予想できません︵予想できないから面白いのですが︶。
(二)スタブ記事の充実‥新規記事の執筆のみに偏重することなく、できる限り、対応していきたいと思います。﹁戦間期の写真家の一覧﹂の中の写真家、﹁美術書﹂、﹁日本で開催された展覧会の一覧﹂に加えて、短い記事をチェックしていきます︵とりあえずは、1024バイトを基準に︶。
(三)写真年表‥この1年中には、必ず、﹁上梓﹂します。
(四)Portal:美術、Portal:写真の充実‥新規項目やニュース系ばかりではなく。特に、他のPortalも参考にして、新しいアイデアを盛り込んでいきたいと思います。
(五)特に写真家に関連して、写真家一覧の充実およびCategory︵Category:写真家等︶の徹底︵というか、試しに使ってみる︶‥これは、よくわからないなりに、今まで、﹁観察﹂してきましたので、間違いに注意しながらも、使って行きたいと思います。できれば、﹁Category:写真史﹂をはじめたいと思います。
(六)Wikipedia:執筆依頼/美術の充実および整理‥特に、画家が、分類・整理されないままになっているということを受けて、やや網羅的な追加を含めて、検討していきたいと思います。というよりも、できれば、皆さんの積極的な追記をお誘いしたいところです。
以上ですが、美術一般については、以前から執筆なさる方は多く、さらに執筆者が増加しているようですが、写真関連の記事についても、だんだんと、書いてくださる方が増えてきて、うれしいとともに、自分が今までに書いたいい加減な記事を見られることに恐れを覚えています。とはいえ、引き続き、ご教示、おしかり等、よろしくお願いいたします。
︵注︶﹁20世紀前半の海外の美術家100人︵純粋な写真家や建築家は除く︶﹂の新設﹁赤リンク﹂9つ
- スチュアート・デイヴィス(Stuart Davis, 1894年-1964年)
- アルベール・グレーズ(Albert Gleizes (Albert-Léon Gleizes), 1881年-1953年)
- ジャン・エリオン(Jean Hélion, 1904年-1987年)
- パーシー・ウインダム・ルイス(Percy Wyndham Lewis, 1882年-1957年)
- ジャン・メッツァンジェ(Jean Metzinger, 1883年-1956年)
- アントワーヌ・ペブスナー(Antoine Pevsner, Антуан ПевзнерまたはНатан Певзнер, 1886年-1962年)
- リューボフ・ポポーワ(リューボフ・ポポーヴァ)(Liubov S. Popova, Любовь Сергеевна Попова, 1889年-1924年)
- ウラジーミル・タトリン(Vladimir Tatlin, Владимир Евграфович Татлин, 1885年-1953年)
- エドワード・ワズワース(Edward Wadsworth, 1899年-1949年)
昨年、一昨年に続いて、同じような企画です︵本日は、2007年10月7日︶。まずは、4年目︵2006年9月から2007年8月︶に書き始めた記事を挙げて、どういう状況だったのかを、見てみます。昨年同様、新しいものから古いものの順に並んでいます︵日付は、作成日です︶。
(一)写真年表︵2007年7月21日︶︵ノート:写真年表︶
(二)GIP (写真関連企業)︵2007年4月30日︶
(三)デザインプロデューサー︵2007年4月7日︶
(四)アンドレ・ロート︵2007年2月24日︶
(五)アレクサンダー・リーバーマン︵2007年2月24日︶
(六)AIZ︵2007年2月17日︶
(七)アレクセイ・ブロドヴィッチ︵2007年1月26日︶
(八)ソ連邦建設︵2006年12月28日︶
(九)新印象派︵2006年12月22日︶
(十)素朴派︵2006年12月22日︶
(11)天体写真︵2006年12月15日︶
(12)戦争写真︵2006年12月8日 (金) 16:10︶
(13)VU (雑誌)︵2006年12月8日︶
(14)Domus︵2006年12月8日︶
(15)Category:写真史︵2006年9月16日︶
(16)利用者:20世紀(前半)美術/新着項目 (美術関係)︵2006年9月2日︶
全部で16記事しかありません。昨年の84から大きく数が減っています。数が減っていて、昨年のように分類するまでもありません。主要な項目がすでに記事化されて、書くべき項目が減ったということにより、記事化が可能な項目がだんだんとマイナーになっていき、Wikipediaに記事を作るに及ばなくなった、ということがいえると思います。しかし、そんな言い訳だけでは終わりにせず、少し考えてみると、執筆時期が飛び飛びになっています︵9月から11月、2月から4月、7月以降今までなし︶。要するに、Wikipediaへの参加に時期的な波が生じて、常にWikipediaを執筆しているわけではなかった︵士気が大いに低下した︶ということがいえます。いずれにしても、﹁利用者ページのサブページ﹂も加えて、この状況ですから、低調といわざるを得ません。
この代わりに、この1年で、大いに加筆をしたのは、やはり﹁Portal﹂関係で、﹁写真﹂は90回以上、﹁美術﹂は70回以上︵Wikipedia:新着項目/美術を含む︶となっています。また、自分の利用者ページについては、﹁サブページ﹂を含めて70回以上の加筆・修正。この辺りの修正が多いという状態は、今年度も継続すると予想しています。なお、各種﹁ノート﹂への加筆は10回未満で、低調なことがわかります。具体的には、以下のとおりです。
(一)ノート:美術書︵ 2007年8月25日 (土)︶︵最新︶
(二)ノート:タイポグラファー︵2007年7月16日 (月)︶︵最新︶
(三)ノート:タイポグラファー︵2007年7月15日 (日)︶
(四)ノート:オシップ・ザッキン︵2007年3月24日 (土)︶︵最新︶
(五)ノート:写真︵2007年3月9日 (金)︶
(六)ノート:美術書︵2006年10月21日 (土)︶
(一)Portal‐ノート:美術︵2007年3月16日 (金)︶
(二)Portal‐ノート:写真︵2006年10月21日 (土)︶
(三)Portal‐ノート:美術︵2006年9月30日 (土)︶
続いて、昨年度︵4年目︶目標として挙げた6点について、どのような結果となったかについて書きます。
(一)さらに、﹁赤リンク﹂の整理‥これはほぼまったくできていません。上記のとおり、そもそも新規記事が少ないわけですが、その新規記事も、既存の赤リンクを記事化したというよりは、それぞれ、新たに赤リンクを作って記事を書いたというものがほとんどです。
(二)スタブ記事の充実‥これもほとんどできていません。
(三)写真年表‥﹁上梓﹂できました。今後どう執筆していくのかについては、検討中です。
(四)Portal:美術、Portal:写真の充実‥他の方のご参加もあり、充実してきている部分もあります。新規項目は、継続的に追加しています。ただ、新しいアイデアは、まだ充分には盛り込めていないと思います。
(五)特に写真家に関連して、写真家一覧の充実およびCategory︵Category:写真家等︶の徹底︵というか、試しに使ってみる︶‥﹁Category:写真史﹂をはじめることができました。写真家一覧は、既存記事はおおむね追加できましたが、まだまだ赤リンクが多いので、今後どうするかは、検討の必要があります。
(六)Wikipedia:執筆依頼/美術の充実および整理‥これは、Portal:美術とPortal:写真に解消されました。画家や写真家については、一部、分類・整理をしました。写真家については、やや網羅的な追加をしました。今後の、皆さんの積極的な追記を期待したいところです。
そして、5年目については、すべて4年目と同じで、ありふれたものになってしまいましたが、次の4つを目標として掲げたいと思います。
(一)さらに、﹁赤リンク﹂の整理‥今までと比べて、少し徹底させたいと思います。
(二)スタブ記事の充実‥短い記事をチェックしていきます︵とりあえずは、1024バイトを基準に︶。
(三)Portal:美術、Portal:写真の充実‥今年度こそ、新しいアイデアを盛り込みたいと思います。他の方のご参加も促せればと思います。
(四)﹁Category:写真史﹂を充実︵徹底︶させます。
以上、また1年、よろしくお願いいたします。
例年同様、まずは、7年目︵2009年9月から2010年8月︶に書き始めた記事を列挙します︵本日は、2010年9月4日です︶。新しいものから古いものの順に並んでいます︵行頭の日付と時間は、作成日時です︶。
(一)2010年8月20日 (金) 15:36 TORST
(二)2010年6月27日 (日) 13:51 イジス
(三)2010年6月27日 (日) 13:49 南実
(四)2010年4月28日 (水) 15:07 韓国・朝鮮の写真史︵韓国写真史、韓国の写真史、朝鮮写真史、朝鮮の写真史からREDIRECT︶
(五)2010年4月24日 (土) 13:51: 中国・台湾の写真史︵香港の写真史、香港写真史、台湾の写真史、台湾写真史、中国の写真史、中国写真史からREDIRECT︶
(六)2010年3月5日 (金) 14:43: フランス国立写真センター
(七)2010年2月27日 (土) 01:38: 笠原美智子
(八)2010年2月27日 (土) 01:32: 長谷川祐子
(九)2010年2月20日 (土) 08:21: 写真の日
(十)2010年2月19日 (金) 02:25: 花和銀吾
(11)2010年2月19日 (金) 02:16: ウィリー・ロニ︵ウイリー・ロニ、ウィリー・ロニス、ウイリー・ロニスからREDIRECT︶
(12)2010年2月13日 (土) 07:08: 土門拳記念館
(13)2010年1月15日 (金) 13:59: 写真弘社
(14)2010年1月8日 (金) 15:16: ヨゼフ・アルバース︵ジョセフ・アルバース からREDIRECT︶
(15)2009年12月29日 (火) 08:05: クラレンス・H・ホワイト
(16)2009年12月5日 (土) 12:34: エド・ファン・デア・エルスケン︵エド・ファン・デル・エルスケン、エド・ヴァン・デル・エルスケンからREDIRECT︶
(17)2009年12月5日 (土) 12:28: 影山光洋
(18)2009年10月4日 (日) 04:34: フォトタイムス
(19)2009年10月4日 (日) 04:22: 青年報道写真研究会
(20)2009年10月3日 (土) 05:19: 竹葉丈
(21)2009年10月3日 (土) 05:15: 増田玲
(22)2009年10月3日 (土) 05:10: 大日方欣一
(23)2009年10月3日 (土) 05:06: 光田由里
(24)2009年9月12日 (土) 10:01: 広告界 (雑誌)
全部で24件と前回の﹁57件﹂の半分以下となっていますが、減少は予想されていました︵昨年の部分でも﹁新規記事の立ち上げはむしろ抑えていく﹂と書いています︶。むしろ、24件も書いていたのかと驚くくらいです。﹁写真家記事執筆2009-2010﹂の6名の写真家以外には、写真家は1件︵クラレンス・H・ホワイト︶、写真評論家関係が6件、写真史関連事項が5件︵フォトタイムス、青年報道写真研究会、広告界 (雑誌)、韓国・朝鮮の写真史、中国・台湾の写真史︶、写真関連組織︵主として出版関連︶が3件︵TORST、フランス国立写真センター、写真弘社︶、やや思い付き的な感のある項目が2件︵写真の日、[土門拳記念館︶、残る1件は写真関係ではないヨゼフ・アルバースです。なお﹁韓国・朝鮮の写真史﹂、﹁中国・台湾の写真史﹂については、できる限り加筆したいと思いますが、とともに、他の国や地域についても、同様の地域写真史を書くことができればと思っています︵おそらく能力的に無理だと思いますが︶。
これに加えて、
(一)2010年2月13日 (土) 06:07: Portal:写真/今年はどんな年?
を開始しました。内容的に単調な感じはしますが、過去ログがたまっていくと、後々面白いかもしれません。
続けて、新しい記事ではありませんが、情報追加が進んだ記事は?
●1.世界美術大全集西洋編 (74,822バイト)‥目次、掲載図版リストを載せました。このページに関しては、まだまだ新しいアイデアは出て来得るだろうと思います。いずれにしろ、いくらでも﹁発展﹂の可能性のある記事だといえると思います。逆に、こんな情報は、﹁百科事典﹂的ではないというご意見も出てくるかもしれません。必要があれば、﹁ノート﹂で議論をすればいいと思います。とりあえず、極めて長いタームで︵1年に1冊分?︶、過去へとさかのぼって、情報追加をしていこうかな、と思っています。
●2.利用者:20世紀(前半)美術/主要な近現代美術家一覧( 427,745バイト)‥﹁20世紀前半︵戦前期︶の日本の画家・版画家・彫刻家・グラフィックデザイナー・イラストレーター50人︵純粋な写真家や建築家は除く︶﹂と﹁さらに50人︵純粋な写真家や建築家は除く︶﹂をはじめとして、各種文献から作家名を拾いました。その結果、このページはかなりのサイズになりました。今後も細々と情報追加を継続して、さらに肥大化させたいと思います。
●3.2009年10月2日 (金) 15:57‥ライフ (雑誌)‥﹁Lifeで活躍した主要な写真家﹂について生没年を追加しました。
続けて、利用者ページへの投稿回数ですが、66回(ノートへの投稿1回およびサブページへの投稿を含む)でした。(なお、全投稿となると、1年間で543回となります)
さらに続けて、ポータルへの投稿回数︵2009年9月1日から2010年8月31日まで︶を見てみます︵﹁ノート﹂への投稿を含む︶。
●美術‥66回︵うち、サブページ27回︶
●写真‥100回︵うち、サブページ97回︵ノート9回︵すべて、Portal‐ノート:写真/写真家記事執筆2009︶を含む︶︶
●サブページではない3回分は以下のとおり。
●2010年6月26日 (土) 03:13‥Portal:写真 (Template:写真追加)
●2010年2月13日 (土) 09:30‥Portal:写真 (表題変更)
●2010年2月13日 (土) 06:10‥Portal:写真 (Portal:写真/今年はどんな年?の追加)
いずれのページも、昨年よりも回数が増えていますね。
昨年よりは増えています。次の5種9件です。(利用者ページのノート1回分およびPortal:写真のノート9回分は除く)
- 2010年8月27日 (金) 15:01: ノート:戦間期の写真家の一覧 (→戦間期の写真家(51人から100人まで): リンクつけ)
- 2010年8月27日 (金) 13:50: ノート:大山行男 (削除すべき版の間違い?)
- 2010年5月23日 (日) 09:51:ノート:ジョージ・ホイニンゲン=ヒューン (3点について)
- 2010年2月27日 (土) 05:54: ノート:戦間期の写真家の一覧 (→戦間期の写真家(51人から100人まで): リンク付け)
- 2009年11月7日 (土) 00:56: ノート:戦間期の写真家の一覧 (→戦間期の写真家(51人から100人まで): ウィリー・ロニの没年追加)
- 2009年10月4日 (日) 04:55: ノート:フォトタイムス (→フォトタイムス目次: わずかな号だけですが)
- 2009年9月22日 (火) 03:37: ノート:戦間期の写真家の一覧 (→戦間期の写真家(51人から100人まで): ゴードン・パークスにリンク)
- 2009年9月19日 (土) 11:52: ノート:形而上絵画 (→デ・キリコの作品集の図版リスト: 誤記等訂正)
- 2009年9月19日 (土) 11:50: ノート:形而上絵画 (→デ・キリコの作品集の図版リスト: セクション追加)
7年目の目標の達成については以下のとおりです。
1.﹁利用者:20世紀(前半)美術/主要な近現代美術家一覧#20世紀前半の海外の美術家100人︵純粋な写真家や建築家は除く︶﹂の赤リンクをすべてなくす方向で‥3つのうち、2つは別の方がご執筆、アルバースは自分で書いたので、見事なくなりました。なお、関連する事項として、Portal:美術に﹁理由つき﹂の執筆依頼を始めました。
2.Portal:美術、Portal:写真の継続的加筆‥﹁写真家記事執筆2010﹂継続中、昨年挙げた﹁Portal:カメラ﹂は、残念ながら自分からは動きがとれませんでした。
3.スタブ記事への加筆‥1024バイト未満の記事はすべて1024バイト以上とすることができました。なお、自分が書き始めたのではない記事3つ挙げていましたが、加筆はできず、かわりに﹁加筆依頼﹂しました︵ザロモン、シャド、ベックマン。ただし、依頼だけの状態で、まだ、1024バイト以上にはなっていません︶。
4.﹁他言語版へのリンク﹂と﹁カテゴリ﹂‥おおむねできたのではないでしょうか?
その他、﹁利用者ページ﹂に関してこの1年間で行ったことを列挙します。
●﹁その他執筆にかかわった主要な記事﹂が整理できた。
●﹁執筆にかかわったページでサイズの大きなページ﹂も整理できた。
●﹁赤リンク﹂の部分の役割がほぼ終わったと考えられるため、隠した。
昨年とほぼ同じ内容ですが、次の4点を8年目の目標として挙げておきます。
1.Portal:美術、Portal:写真の継続的加筆‥ありふれていまずが、続けたいと思います。﹁写真家記事執筆2010﹂も﹁写真家記事執筆2011﹂につなげたいと思います。また今年度も、1つでいいですから、新しいアイデアを出そうと思います︵昨年度は写真では﹁今年はどんな年?﹂、美術では﹁理由・説明つき執筆依頼﹂、一昨年度は写真で﹁写真家記事執筆﹂と﹁写真に関する名言・キャッチフレーズなど﹂︶。
2.スタブ記事への加筆‥とりあえず、閾値を﹁1600バイト﹂として、それ未満のページに加筆してみようと思いますが、書き始めたすべての記事について、この1年で1600バイト以上とすることは困難でしょう。現時点では、60記事ほどが、1600バイト未満となっています。また、この1年間の新規記事については、すべて1600バイト以上になっています。
なお、自分で書き始めた記事ではありませんが、ウォーカー・エバンスが1024バイト以上にはなっていますがまだ1096バイトです︵2010年9月4日現在︶。ウォーカー・エヴァンズのREDIRECTになっていたのでサイズが大きくないことに気づきませんでしたが、まずは加筆依頼をしましたので、様子を見たいと思います。
3.﹁残っている﹂赤リンクへの対応‥今まで触れることができていませんでしたが、実は、ファッション写真のページに、自分で作った次のような9つの赤リンクがあります。これをどうするか︵リンク外しも選択肢に含めて︶、この1年で検討いたします。︵﹁Portal:写真﹂の﹁執筆依頼﹂にはすでに挙がっています︶
●ノーマン・パーキンソン︵Norman Parkinson; 1913-1990、ハーパース・バザー︶
●アンドレ・ダースト ︵André Durst; 1907-1949︶
●クリフォード・コフィン︵Clifford Coffin; 1913-1972、ヴォーグ︶
●ルイーズ・ダール=ウォルフ︵Louise Dahl-Wolfe; 1895-1989、女性/ハーパース・バザー︶
●リリアン・バスマン︵Lillian Bassman; b. 1917、女性/ハーパース・バザー︶
●フランシス・マクローリン=ギル︵フランシス・マクローリン=ジル、Frances McLaughlin-Gill; b. 1919、女性/ヴォーグ︶
●ハーマン・ランショフ︵Herman Landshoff; b. 1905、ハーパース・バザーおよびヴォーグ︶
●ルイス・フォア︵ルイス・ファウア、Louis Faurer; 1916-2001︶
●フランク・ホーヴァット︵Frank Horvat; b. 1928、途中からハーパース・バザー︶
4.Template:写真、Template:西洋の芸術運動への加筆‥とうとうこのようなTemplateができました。英語版からの翻訳のようですが、日本版に沿うように徐々に加筆していきたいと思います︵英語ABC順になっている部分の日本語あいうえお順への修正もありうるかと︶。また、日本版オリジナルで、このようなタイプのTemplateも検討したいと思います。とりあえず﹁Template:写真史﹂からでしょうか。ただ、﹁Category:写真史﹂もほとんど動いていないので、このTemplateも実は作成しにくいですね︵一旦作成しても、きちんと運用されないおそれ︶。ということで、﹁Category:写真史﹂の活性化もこの流れで目標に入れ込みたいと思います。
勝手な執筆ばかりで恐縮ですが、また1年、よろしくお願いします。
恒例となりました、「振り返って+臨んで」です。(本日は、2011年9月3日です)
この1年︵8年目︶の編集回数は、585回︵2011年8月31日現在︶です。先の1年間︵7年目︶は543回ですから、ほぼ横ばいということでしょうか。
●ノートページ‥21︵一般の記事のノート︶+12︵Portal︶+4︵利用者の会話︶=37回
●自分の利用者ページ‥121回
●Portal‥112回
の合計270回を除くと、一般の﹁記事﹂への執筆は315回︵全体の約54%︶ということになります。
そして、この1年︵8年目︶のうちに、編集回数3000回を達成しました。8年で3000回ですから、1年当たり375回で、1日当たり約1回というペース。ただし、厳密には、ここでは執筆開始をIP時代︵2003年9月13日から2003年12月31日まで︶を含めて考えていますが、上記編集回数︵3000回超︶は現在の利用者名のものに限られていますので︵2004年1月1日開始となる︶、4ヶ月程度短くなりますが、それは誤差とお考えのうえお許しください。︵すなわち、IP時代の投稿を含めれば、もう少し短期間で3000回を達成したことになる︶ 上記のとおり、ここ2年、年間500回超の編集ですので、今後しばらくは2年で1000回くらいのスピードで進むのかもしれません。
あわてずに、しかし、同時にたゆまず、これくらいのスピードで今後も進めて行きたいと思います。
8年目︵2010年9月から2011年8月︶に書き始めた記事を列挙します。新しいものから古いものの順に並んでいます︵連番のあとの日付と時間は、作成日時です︶。
(一)2011年7月16日 (土) 13:03: 溝口宗博
(二)2011年7月16日 (土) 12:11: 梅本忠男
(三)2011年7月16日 (土) 11:54: 杉山吉良
(四)2011年7月16日 (土) 08:41: 光村利弘
(五)2011年7月9日 (土) 10:34: ルイーズ・ダール=ウォルフ
(六)2011年7月9日 (土) 10:31: リリアン・バスマン
(七)2011年7月9日 (土) 09:44: ルイス・フォア
(八)2011年7月9日 (土) 00:58: クリフォード・コフィン
(九)2011年7月8日 (金) 15:57: フランク・ホーヴァット
(十)2011年7月8日 (金) 15:52: フランシス・マクローリン=ギル︵フランシス・マクローリン=ジルからREDIRECT︶
(11)2011年7月8日 (金) 13:07: 光墨弘
(12)2011年5月14日 (土) 08:25: 中島謙吉︵中嶋謙吉からREDIRECT︶
(13)2011年5月14日 (土) 08:15: エリ・ロタール
(14)2011年5月14日 (土) 08:08: 熊谷元一
(15)2011年3月5日 (土) 10:10: ヴェルトルントシャウ
(16)2011年3月5日 (土) 10:06: デフォト
(17)2011年3月5日 (土) 10:04: 写真エージェンシー︵フォト・エージェンシー、フォトエージェンシーからREDIRECT︶
(18)2011年3月5日 (土) 02:06: ノーマン・パーキンソン
(19)2011年3月5日 (土) 01:23: 福原路草
(20)2011年1月14日 (金) 15:14: アンドレ・ダースト
(21)2010年12月25日 (土) 01:51: 上田備山
(22)2010年12月25日 (土) 01:48: リー・フリードランダー
(23)2010年10月3日 (日) 06:34: JCIIフォトサロン
(24)2010年10月3日 (日) 06:28: 宮内嘉久
(25)2010年9月25日 (土) 15:13: 写真論
(26)2010年9月11日 (土) 04:31: 五十殿利治
(27)2010年9月4日 (土) 12:52: セバスチャン・サルガド
(28)2010年9月4日 (土) 12:49: 山本牧彦
全28件で、7年目の新規記事数︵24件︶を超えるとは、個人的にはかなり驚きです。こんなに多く新規記事を書けるとは思ってもいませんでした。新規記事を分類すると、
(一)ファッション写真系の海外の写真家の記事‥6件
(二)戦前の報道写真系の日本の写真家の記事‥5件
(三)﹁Portal:写真﹂の﹁写真家記事執筆﹂の対象の写真家の記事‥8件
(四)写真エージェンシー関係の記事‥3件
これでほとんどをカバーできます。残りの6件のうち、写真家は﹁中島謙吉﹂、﹁アンドレ・ダースト﹂の2件、残るは、﹁JCIIフォトサロン﹂、﹁写真論﹂、﹁五十殿利治﹂、﹁宮内嘉久﹂。これから考えると、第1点、第2点の写真家たちをまとめて書いた点が、件数が増えた理由ではないかと思います。
さすがに、書くことができる項目はどんどんなくなってきています。記事になっていない写真家はまだまだたくさんいますので、そこを集中的に書くべきだ︵狙い目だ︶ともいえるのですが、正直、人物記事を書くのもかなり苦手で、ためらいがちです。さて、こんな状態で、9年目は、ある程度の数の新規記事を書くことができるでしょうか?
この1年︵8年目︶で特に﹁加筆が進んだ記事﹂というものはないと考えています。ただ、自分が書き始めた記事ではないのですが、サイズの小さいページで、ウォーカー・エバンスとマックス・ベックマンに加筆ができました。同様に、自分が書き始めた記事ではないのですが、20世紀前半に関わる記事でサイズがなお小さい記事として、エーリッヒ・ザロモンとクリスチャン・シャドが残っておりますが︵いずれもPortal:写真/協力者募集中#加筆依頼にて加筆の依頼スミ︶、どなたも加筆なさらないようであれば、この1年で両方への加筆をしようと思います。
また、加筆ともいえませんが、世界美術大全集西洋編については、第26巻について詳細情報を追記できましたが、今後ものろのろと継続していきたいと思います。
なお、この1年︵8年目︶で行なった﹁加筆依頼﹂は、次の1回︵4項目︶のみです。
●2011年5月16日 (月) 10:26‥Portal:写真/協力者募集中 (→加筆依頼: 4件追加)
●山沢栄子︵1024バイト未満︶- 柴田隆二︵1600バイト未満︶- 岩合徳光︵1600バイト未満︶ - 吉田潤 (写真家)︵1024バイト未満︶
現在までのところ、あまり大きな効果がないようにも思いますが、加筆依頼も継続して利用していきたいと思います。
この1年(8年目)の自分の利用者ページへの投稿回数は、121回(2011年8月31日現在)、うち39回以外はサブページでした。7年目は66回ですので、かなり増加しました。新規サブページの「主要な写真家一覧」への加筆(27回)、やはりサブページの「物故・訃報」における10回以上の増加、およびサブページではなく本体ページへの加筆の増加(新規記事リスト、ノートへの投稿リスト、リンク付けなどで、7年目より10回以上増加)が全体の回数を押し上げているようです。
この1年(8年目)の新規作成サブページは以下のとおり。
- 2010年11月20日 (土) 01:16:利用者:20世紀(前半)美術/主要な写真家一覧
- 2010年10月3日 (日) 05:40:利用者:20世紀(前半)美術/日本で開催された展覧会の一覧
新規サブページのうち、特に1つ目のサブページ利用者:20世紀(前半)美術/主要な写真家一覧には、かなり情報を追加できました。継続していきます。
この1年︵8年目︶のポータル関連の投稿回数は、全体112回︵2011年8月22日現在︶、
うち美術が35回、写真は残り77回です。7年目の全体166回よりはかなり減りましたね。
Portal:写真の方は、2010年9月に正式リリースのための告知をしたのですが、まったく反応がありません︵賛成も反対も︶。この事実を、どう評価したらいいのかよくわかりませんが、あまりいいことではないのは確かですね。
一方、Portal:美術の方は、︵自分では結局できなかった︶ボックス構成の変更を他の方にしていただいたので、軽くなりました。ありがとうございます。
なお、﹁Portal:写真﹂の﹁写真家記事執筆﹂は、他の方のご参加をいただけないまま、勝手に継続しておりますが、逆にやめるというほどでもないと考えておりますので、継続していきたいと思います。ちなみに、日本近代写真の成立と展開に挙がっている写真家︵国内︶でまだ記事がないものが40名強で、これをすべて﹁写真家記事執筆﹂でまかなうと考えますと、1年に4人ずつで10年超かかることになります。それから考えて、とりあえず、当面の目標はあと10年継続としてみます。
8年目の目標についての活動状況は、以下のとおりです。
1.Portal:美術、Portal:写真の継続的加筆‥継続はできましたが、特段新しいアイデアは出ませんでした。
2.スタブ記事への加筆‥1600バイト以上。これは、驚くべきことに、達成できました。
なお、1600バイト以上のみならず、次の1年︵9年目︶の目標として考えていた2048バイト以上も達成できましたので、こんなことを書いてもそろそろお許しいただけるかもしれないと考え、ここで﹁スタブ﹂に関して言い訳めいたことを書いておきます。私が抱いたWikipediaの当初のイメージは︵何かで読んだのか、誰かから聞いたのかは、今となっては不明ですが︶、﹁誰かが記事を書き始めると、他の人々が寄ってたかってその記事への加筆を行い、あれよあれよという間にいい記事へと仕上がっていく﹂というものでした。へえ、そんなものなのか、と思いましたが、確かにそのようなこともあるようでした。しかし、それは、ある程度一般性のある記事や人気のある分野の記事に限られることで、美術ましてや写真関係のマイナーな記事になりますと、実際には、他の方による加筆はほとんど期待できない、せいぜい、Wikipedia内の一般のリンク・カテゴリー・言語間リンクなどの追加および誤字脱字の訂正くらいしか期待できない︵また、期待はしておりませんが﹁要出典﹂、﹁独自研究﹂、﹁出典の明記﹂などの貼り付け︶、ということが身にしみて分かりました。当初は大いなる勘違いをしていたわけです。これが、単なる自分の勘違いだけではなく、Wikipediaの宣伝のせいでもあるとは申し上げませんが、少なくともそう受け取られる面もあったのではないかと思っています。また、赤リンクも、当初は、人名には全部赤リンクをつけねばならない、とか、赤リンクにしておけば、いつか誰かが必ず書いてくれるであろう、という勘違いもしておりました。
さて、そのような点がわかってきたからこそ、自分で全記事1600バイト以上を達成しようと考えたということになります︵実際には、2048バイト以上︶。ただし、これで終わりではありません。﹁量﹂は最低ラインであって、むしろ﹁質﹂︵内容︶だということは理解しているつもりです。﹁量﹂の束縛からとりあえず自由になったところで、さらに加筆を継続したいと思います。
3.﹁残っている﹂赤リンクへの対応‥この点については、もともとかなり悲観的だったのですが、1年たってみると実際には9個中8個を執筆することができ、あと1個まで絞れました。
4.Template:写真、Template:西洋の芸術運動への加筆‥これはほとんどできませんでした。
9年目の目標は、8年目を踏襲しつつ、次のとおりとしたいと思います。
1.Portal:美術、Portal:写真の継続的加筆‥継続します。しかし、新しいアイデアは、もうなかなか無理かもしれません。
2.﹁残っている﹂赤リンクへの対応‥次の1項目について、赤リンクのままなお執筆を期します。他の方に書いていただけるのであれば、より望ましいと思いますが、そうでなければ自分で書こうと思います。自分で書くのであれば、おそらくこの1年でできることでしょう。
●ハーマン・ランショフ︵Herman Landshoff; b. 1905、ハーパース・バザーおよびヴォーグ︶
なお、つづりが間違っていました︵Harman→Herman︶。申し訳ありません。
3.Template:写真、Template:西洋の芸術運動への加筆‥8年目はほとんどできませんでしたが、今年は少しはしてみたいところ。新しいTemplateも検討したと思います。
4.関わった記事に貼り付けられたTemplate︵独自研究、出典の明記、要出典、宣伝など︶を確認し、できる限り対処するとともに、Templateを除去する‥この点については今までほとんど気にしていなかったところがあるのですが、責任上、そろそろ本格的に対応を考えることにしました。特に、徐々にですが、﹁出典﹂については、関わった記事全体︵全件︶の見直しを順次進めていきたいと思います︵9年目で完了できるとは思えません︶。同時に、各記事の﹁ノート﹂で対応すべき点︵対応がもれたままになっている点︶も確認していきたいと思います。
5.その他、Categoryや言語間リンクがないまたは不足しているページがないかの確認、stubカテゴリーの整理︵付いていないものにつける、Art, Artist, Cameraなどの統一︶など、細かな点も考えて行きたいと思います。
6.最後に、戦前の日本の写真関係の雑誌の目次についてですが、これについては、9年目のどこかで、きちんと考える必要がでてくるのではないかなと思います。
なるべくご迷惑をかけぬように意識して、9年目も全うしたいと思いますので、よろしくお願いします。
恒例となりました、「振り返って+臨んで」を継続します。(本日は、2012年9月1日です)
この1年(2011年9月から2012年8月。以下9年目)の編集回数は、380回(2012年8月31日現在)です。先の1年間(8年目)は585回ですから、かなり減少しました(380/585=65.0%)。2012年4月から6月半ばまで「お休み」状態だったこと、および、6月後半以降7月末までは、Wikipediaに関しては世界美術大全集西洋編の対応にほとんどの時間を割いたため(この期間の「世界美術大全集西洋編」関連の編集回数は26回にのぼります)に他の編集が停滞したことが大きな原因でしょう。
- ノートページ:23(一般の記事のノート)+8(Portal)+3(利用者の会話)=34回
- 自分の利用者ページ:100回
- Portal:112回
- 削除依頼関係:2回
- 改名依頼関係:1回
の合計249回を除くと、一般の「記事」の編集は131回(全体の約34.5%=131/380)ということになります。
9年目に書き始めた記事を列挙します。新しいものから古いものの順に並んでいます︵連番のあとの日付と時間は、作成日時です︶。
(一)2012年8月23日 (木) 04:23|山口正城 (新規記事、日本の画家・デザイナー)
(二)2012年8月12日 (日) 04:25|橋本徹郎 (新規記事、日本の画家・デザイナーです)
(三)2012年6月15日 (金) 02:33|アンドレアス・ファイニンガー (新規記事、アメリカの写真家です)@
(四)2012年6月15日 (金) 01:43|福森白洋 (新規記事、日本の写真家です)@
(五)2012年3月11日 (日) 04:57|渋谷龍吉 (新規記事、写真家です。) @
(六)2012年3月11日 (日) 04:43|リー・ミラー (新規記事、写真家です。)@
(七)2012年3月3日 (土) 02:32|国際写真センター (新規記事、ニューヨークの美術館︵写真関連施設︶です)
(八)2012年3月3日 (土) 02:17|ヨーロッパ写真美術館 (新規記事、パリの美術館です)
(九)2012年1月7日 (土) 15:31|白山眞理 (新規項目、写真史研究家です。)
(十)2011年12月17日 (土) 03:12|渡辺淳 (写真家) (新規記事、日本の写真家)@
(11)2011年12月17日 (土) 02:55|ドラ・マール (新規記事、フランスの写真家)@
(12)2011年12月11日 (日) 12:05|倉石信乃 (新規記事、美術・写真関係の評論家)
(13)2011年12月10日 (土) 14:11|写真協会 (新規記事。戦前の対内外宣伝等のための国策会社) cf. 笹本恒子
(14)2011年10月9日 (日) 15:16|ハーマン・ランショフ (新規記事、写真家の記事です)
(15)2011年10月9日 (日) 15:12|小林鳴村 (新規記事、日本戦前期の写真家です)
(16)2011年10月9日 (日) 01:07|ドン・マッカラン (新規記事、イギリスの写真家です)
(17)2011年10月8日 (土) 10:16|芸術写真研究 (新規記事、写真関係の雑誌です)
(18)2011年9月4日 (日) 07:54|下郷羊雄 (新しい記事、日本の画家・写真家です)
(19)2011年9月3日 (土) 11:46|田村榮 (新規記事、日本の写真家です)︵田村栄からリダイレクト︶@
(20)2011年9月3日 (土) 05:59|ジャック=アンドレ・ボワファール (新規記事、フランスの写真家です)︵ジャック=アンドレ・ボワッファールからリダイレクト︶@
全20件で、8年目の新規記事数︵28件︶を下回りました。先に書きましたように、2012年4月から6月半ばまで﹁お休み﹂状態だったこと、および、6月後半以降7月中は、Wikipediaに関しては世界美術大全集西洋編の対応にほとんどの時間を割いたことが大きな原因でしょう。とはいえ、ある程度予想されていたことでもあり、驚くほど少ないということでもない、むしろ予想外に多かったのかもしれないと思っています。新規記事を分類すると、
(一)海外の写真関係の美術施設の記事‥2件︵国際写真センター、ヨーロッパ写真美術館︶
(二)写真史・写真評論関係の人物の記事‥2件︵白山眞理、倉石信乃︶
(三)﹁Portal:写真﹂の﹁写真家記事執筆﹂の対象の写真家の記事‥8件︵上記各行の末尾に﹁@﹂で示す︶
(四)その他写真家・美術家の記事‥6件︵ハーマン・ランショフ、小林鳴村、ドン・マッカラン、下郷羊雄、橋本徹郎、山口正城︶
これで18件、残りの2件は、﹁写真協会﹂と﹁芸術写真研究﹂︵写真雑誌︶となります。
なお、ノート:下郷羊雄もご参照ください。この下郷羊雄の記事の書き方については、私としては実験的な試みをしています。実は、文献記載を徹底しすぎることについては、あまり理想的な状態だとは思っておりません。
さて10年目は、どのような記事を書くことが可能でしょうか? ﹁Portal:写真﹂の﹁写真家記事執筆﹂はともかくとして、それ以外には、写真家または画家くらいしか書くことができず、結局、新規記事については、9年目よりもさらに数が減るのではないかと思っています。全体の傾向としては、Portalのメンテナンスおよび過去に関わった記事への加筆が主たる執筆ということに、さらにさらになっていくのではないでしょうか。なお、﹁写真家記事執筆﹂が新規記事のための﹁よすが﹂︵﹁写真家記事執筆﹂で写真家の項目を挙げ続けているので、その記事を私自身が書くことになるということ。逆に言えば、﹁写真家記事執筆﹂がなければ、新規記事を書くことがほとんどなくなってしまうのではないか、ということ︶になりつつあるというのは、予想外ながら、面白いことです。
この1年︵9年目︶で、私にとって、特に﹁加筆が進んだ記事﹂といえる記事は、次の2項目です。
●世界美術大全集西洋編 (削除された版に加筆のうえ復活させた)
●彫刻︵ノート:彫刻︶
前者は、2回続けて﹁削除依頼﹂されるというトラブルが発生したためで、くわしい経緯は、ノート: 世界美術大全集西洋編︵Wikipedia:削除依頼/世界美術大全集、Wikipedia:削除依頼/世界美術大全集西洋編︶をご参照ください。幸い、最終的には﹁存続﹂となりましたが、まだ、問題は﹁継続中﹂で、今後も加筆が必要であると考えております。
一方後者は、ノート:彫刻にてかなり以前に問題点のご指摘があり、にもかかわらず、記事内容の一部を削除する方はいても、ほとんどどなたも加筆していただけない、という、私が関わった美術・写真関係の項目では﹁よくある状況﹂でした︵むしろノートに書き込みをいただけるだけましだ、といえるでしょう︶。そこで、試験的な意味合いもこめて、なるべく参考文献の使用を徹底する形︵引用や引用そのものでなくてもそれに近い形︶で加筆しました。それゆえ、︵言い訳めいていますが︶必ずしもこなれた書き方ではなく、むしろ﹁文献むき出し﹂の状態ではないかと思います。このような文献﹁重視﹂のレベルを超えた、文献超重視・徹底︵出展超重視・徹底︶という方向について、この記事において今後どういう展開をするのか︵他の方の加筆はありやなしや? 賛成・反対意見はありやなしや?︶、少し様子見です。
この2つの記事について考えますと、より大きな問題は、以前から全く変わりがないのですが、美術・写真関係の記事・項目について加筆をしてくださる利用者が少なすぎる、ということかと思います。
なお、昨年の﹁振り返って+臨んで﹂で、﹁自分が書き始めた記事ではないのですが﹂として挙げておいた2つの記事ですが、エーリッヒ・ザロモンは他の方が加筆してくださり、クリスチャン・シャドは自分で加筆し、いずれも1つの目安であった﹁2048バイト﹂を超えることができました。
また、この1年︵9年目︶は、結局﹁加筆依頼﹂︵Portal:美術/加筆依頼、Portal:写真/協力者募集中︶が、十分には活用できませんでした。がしかし、工夫をしつつ、﹁加筆依頼﹂をさらに継続して利用していきたいと思います。
この1年(9年目)の自分の利用者ページの編集回数は、100回(2012年8月31日現在)、うち30回が前面のページ(「利用者:20世紀(前半)美術」そのもの)、残りの70回はサブページ(利用者:20世紀(前半)美術/主要な近現代美術家一覧、利用者:20世紀(前半)美術/主要な写真家一覧、利用者:20世紀(前半)美術/物故・訃報 (美術関係) の3つがほとんどで、利用者:20世紀(前半)美術/20世紀前半の日本の写真家、利用者:20世紀(前半)美術/新着項目 (美術関係)の2つが少々)でした。8年目は121回ですので、やや減少(82.64%)しました。ただ、分野別ではなく、全体の編集回数が約35%減ですから、それから考えると、大きくは減少していないともいえるでしょう。
なお、この1年(9年目)の新規作成サブページはありません。
この1年︵9年目︶のポータル関連の編集数は、全体112回︵2012年8月31日現在︶、
うち美術が51回、写真は残り61回です。8年目の全体112回と偶然にも同数です。
この1年︵9年目︶の新規作成サブページ、次の1つです。
●2011年10月30日 (日) 10:07 (差分 | 履歴) . . (+2,641) . . N Portal:美術/美術の探索・人名事典関係 (人名事典に関する新しいページです。)
なお、Portal:写真について、2010年9月に正式リリースのための告知後、やっと2011年9月21日に、三ツ葉アロエさんから賛成票をいただきました、ありがとうございます。しかし、それきりで、他の方からの反応もなく、私も、今後どうしたらいいのか考えあぐねており、申し訳ありませんが、ご返事もできておりません。結局のところ、﹁Portal:写真﹂の必要性があまりない、ということなのかもしれません。
9年目のノート加筆︵Portalのノートと利用者の会話ページを除く︶につき全件列挙してみると、以下のとおり23件です。これは、8年目の21件に比べれば微増です。が、9年目のノート書き込みのほぼ半分の10回が﹁ノート:世界美術大全集西洋編﹂であることを考えると、必ずしも増加とはいえないかもしれません。
(一)2012年7月16日 (月) 10:20 (差分 | 履歴) . . (+2,410) . . ノート:世界美術大全集西洋編 (→氷鷺さんへの質問‥ 氷鷺さんへご返事)
(二)2012年7月9日 (月) 13:04 (差分 | 履歴) . . (+9,862) . . ノート:世界美術大全集西洋編 (→氷鷺さんへの質問‥ 氷鷺さんへ、さらに質問)
(三)2012年7月8日 (日) 06:04 (差分 | 履歴) . . (+1,010) . . ノート:世界美術大全集西洋編 (→2012年6月22日の削除依頼について‥ くれもなさんにご返事)
(四)2012年7月6日 (金) 15:45 (差分 | 履歴) . . (+727) . . ノート:世界美術大全集西洋編 (→2012年6月22日の削除依頼について‥ くれもなさんにご返事)
(五)2012年7月6日 (金) 15:36 (差分 | 履歴) . . (+28,007) . . ノート:世界美術大全集西洋編 (→氷鷺さんへの質問‥ 新しい節の追加です) (タグ‥サイズの大幅な増減)
(六)2012年7月1日 (日) 07:28 (差分 | 履歴) . . (+9,727) . . ノート:世界美術大全集西洋編 (→2012年6月22日の削除依頼について‥ むしろ﹁2次資料の必要性﹂について)
(七)2012年6月27日 (水) 12:23 (差分 | 履歴) . . (+4,741) . . ノート:世界美術大全集西洋編 (→2012年6月22日の削除依頼について‥ おきたさんへご返事)
(八)2012年6月26日 (火) 12:11 (差分 | 履歴) . . (+6,576) . . ノート:世界美術大全集西洋編 (→2012年6月22日の削除依頼について‥ ご返事)
(九)2012年6月24日 (日) 09:23 (差分 | 履歴) . . (+2,160) . . ノート:世界美術大全集西洋編 (→2012年6月22日の削除依頼について‥ 存続希望の理由等について)
(十)2012年6月23日 (土) 06:32 (差分 | 履歴) . . (+359) . . N ノート:世界美術大全集西洋編 (1回目の削除依頼を﹁参照読み込み﹂しました)
(11)2012年1月21日 (土) 02:46 (差分 | 履歴) . . (+549) . . ノート:形而上絵画 (→モランディの形而上絵画の図版リスト‥ セクション追加) ︵最新︶
(12)2011年12月17日 (土) 08:38 (差分 | 履歴) . . (+4) . . m ノート:戦間期の写真家の一覧 (→戦間期の写真家︵51人から100人まで︶‥ リンク付け) ︵最新︶
(13)2011年11月6日 (日) 11:47 (差分 | 履歴) . . (+6,809) . . ノート:フォトタイムス (→フォトタイムス目次‥4号分追加) ︵最新︶
(14)2011年10月22日 (土) 02:18 (差分 | 履歴) . . (+5,385) . . ノート:フォトタイムス (→フォトタイムス目次‥2号分追加)
(15)2011年10月16日 (日) 01:02 (差分 | 履歴) . . (+316) . . ノート:マヌエル・アルバレス・ブラボ (遅ればせながらお礼です) ︵最新︶
(16)2011年10月15日 (土) 12:18 (差分 | 履歴) . . (+2,232) . . ノート:フォトタイムス (→フォトタイムス目次‥1号分追加)
(17)2011年10月8日 (土) 13:51 (差分 | 履歴) . . (+17,611) . . ノート:フォトタイムス (→フォトタイムス目次‥6号分追加) (タグ‥サイズの大幅な増減)
(18)2011年10月8日 (土) 07:45 (差分 | 履歴) . . (+1,435) . . ノート:溝口宗博 (本文の削除部分のコピー) ︵最新︶
(19)2011年9月21日 (水) 13:19 (差分 | 履歴) . . (+8,383) . . ノート:フォトタイムス (→フォトタイムス目次‥ 1940年の残り3号分を追加)
(20)2011年9月18日 (日) 07:38 (差分 | 履歴) . . (+4,818) . . ノート:フォトタイムス (→フォトタイムス目次‥2号追加)
(21)2011年9月9日 (金) 07:32 (差分 | 履歴) . . (+7,765) . . ノート:フォトタイムス (→フォトタイムス目次‥ 1939年の3号分追加)
(22)2011年9月9日 (金) 05:50 (差分 | 履歴) . . (+446) . . ノート:マヌエル・アルバレス・ブラボ (→項目名‥ ご返事)
(23)2011年9月4日 (日) 08:03 (差分 | 履歴) . . (+637) . . N ノート:下郷羊雄 (出典の記載について) ︵最新︶
Portalのノートであれば、以下の8回です。すべて、﹁写真家執筆記事﹂に関するものです︵8年目は12回でした︶。
(一)2012年8月23日 (木) 04:04 (+602)Portal‐ノート:写真/写真家記事執筆2009 (→2012年10月~12月のための投票‥ 推薦です)
(二)2012年7月1日 (日) 05:38 (+257)Portal‐ノート:写真/写真家記事執筆2009 (→2012年10月~12月のための投票‥ 推薦・投票は2012年8月後半に開始予定です。)
(三)2012年6月15日 (金) 01:20. (+539)Portal‐ノート:写真/写真家記事執筆2009 (→2012年7月~9月のための投票‥ 推薦です)
(四)2012年3月31日 (土) 23:50. (+260)Portal‐ノート:写真/写真家記事執筆2009 (→2012年7月~9月のための投票‥ 推薦・投票は2012年5月後半に開始予定です)
(五)2012年3月3日 (土) 02:00. (+581)Portal‐ノート:写真/写真家記事執筆2009 (→2012年4月~6月のための投票‥ 推薦です)
(六)2012年1月7日 (土) 12:39. (+199)Portal‐ノート:写真/写真家記事執筆2009 (→2012年4月~6月のための投票‥ 推薦・投票は2012年2月後半に開始予定です)
(七)2011年11月26日 (土) 02:40 (+569)Portal‐ノート:写真/写真家記事執筆2009 (→2012年1月~3月のための投票‥ 推薦2名)
(八)2011年10月8日 (土) 08:11(+201)Portal‐ノート:写真/写真家記事執筆2009 (→2012年1月~3月のための投票‥ 動き始めます)
また、実質的に﹁ノート﹂に近いものとして、﹁Wkipedia記事﹂への加筆が次の3件ありました。
(一)2012年6月24日 (日) 09:26 (差分 | 履歴) . . (+294) . . Wikipedia:削除依頼/世界美術大全集西洋編 (存続希望。詳細はノート:世界美術大全集西洋編#2012年6月22日の削除依頼についてをご参照下さい。)
(二)2012年6月15日 (金) 03:35 (差分 | 履歴) . . (+8,966) . . Wikipedia:削除依頼/世界美術大全集 (→世界美術大全集ほか‥ 存続希望します)
(三)2011年9月9日 (金) 05:54 (差分 | 履歴) . . (+549) . . Wikipedia:改名提案/history20120406 (→9月6日から10日‥1件提案)
特に、利用者の会話ページについては以下の3回のみです。︵要するにまたもや自分の会話ページにしか加筆していません︶ なお、いずれも﹁世界美術大全集西洋編﹂に関するものです。なお、8年目は4回でした。
(一)2012年8月23日 (木) 04:00. (+873)(→世界美術大全集西洋編‥ くれもなさんへお礼)
(二)2012年7月16日 (月) 09:47. (+3,072)(→世界美術大全集西洋編‥ くれもなさんにご返事)
(三)2012年7月8日 (日) 05:58 (+3,319)(→世界美術大全集西洋編‥ Tiyoringoさんへご返事)
この1年で﹁議論﹂となったのは、﹁世界美術大全集西洋編﹂の削除・存続の問題です。詳しい経緯は、上記のとおりノート:世界美術大全集西洋編をご覧ください。
9年目の目標についての達成状況は、以下のとおりです。
1.Portal:美術、Portal:写真の継続的加筆‥加筆の継続はできましたが、新しいアイデアは、もう無理でした。
2.﹁残っている﹂赤リンクへの対応‥ハーマン・ランショフについて記事を書くことができました。
3.Template:写真、Template:西洋の芸術運動への加筆‥8年目につづいて、9年目も何もできませんでした。
4.関わった記事に貼り付けられたTemplate︵独自研究、出典の明記、要出典、宣伝など︶を確認し、できる限り対処するとともに、Templateを除去する‥この点は、結論としては、何もできませんでした。
5.その他、Categoryや言語間リンクがないまたは不足しているページがないかの確認、stubカテゴリーの整理︵付いていないものにつける、Art, Artist, Cameraなどの統一︶など‥これも何もできませんでした。
6.最後に、戦前の日本の写真関係の雑誌の目次について‥これも何もできませんでした。
以上、大変恥ずかしながら、惨憺たる状況だったとしか書きようがありません。申し訳ありません。
10年目︵2012年9月~2013年8月︶の目標は、9年目をかなり踏襲しつつ、次のとおりといたします。
1.Portal:美術、Portal:写真の継続的加筆‥しつこく継続します。
2.﹁加筆依頼﹂︵Portal:美術/加筆依頼、Portal:写真/協力者募集中︶の活用‥これはとにかく拡大を図りたいと思います。
3.Template:写真、Template:西洋の芸術運動への加筆・記事への貼り付け‥この1年こそ少しはしてみたい。﹁Template:写真史﹂も検討したいと思います︵ドラフトはできているのですが、リリースしても活用できるのかが危ぶまれるため、二の足を踏んでいます︶。
4.関わった記事に貼り付けられたTemplate︵独自研究、出典の明記、要出典、宣伝など︶を確認し、できる限り対処するとともに、Templateを除去する︵各記事の﹁ノート﹂で対応すべき点︵対応がもれたままになっている点︶も確認︶‥ これは整理するところから始めねばなりません。この1年でどこまでできるでしょうか。
5.その他、Categoryや言語間リンクがないまたは不足しているページがないかの確認、stubカテゴリーの整理︵付いていないものにつける、Art, Artist, Cameraなど大文字小文字の統一︶など‥できるでしょうか? そもそも﹁いい加減﹂な私としては、こういう地道な作業は苦手なので心もとない。
もう10年目かと思うと、そんなに長く関わっているのにもかかわらず、できていないことばかりで恥ずかしいところです。
10年は長いようで短いようで、よくわかりません。当初は、初心者のお定まりで、かなりおかしな加筆・編集も行っていたようで、スタブ記事もたくさん作成しました。特に写真のページについては、今考えてみれば、Portal:写真に書くべきような内容を、写真のページに追加していたように思います。実際﹁不必要﹂と断じられ削除された内容も多かったと思います︵ただ、残念ながら、﹁それは﹃Portal:写真﹄を作成して、そちらに書くべきだ﹂というような大所高所からのアドバイスはいただけませんでした︶。まあしかし、なんとかそういった﹁修行時代﹂も乗り越えて、現在に至っているわけですが、概して昔のWikipediaのほうがおおらかだった︵だからこそ私も生き残っているのだ︶と思います。もう、﹁おおらかな時代﹂へと後戻りはできないのでしょうけれども。
この1年は、10年たってほっとしたというようなことではなくて、あまり守りに入らないようにしたいと思います。すなわち、新しいアイデアや変えていけることがあれば、その方向で動きたいと思います。もちろん、今までの活動を自戒をこめて振り返り、変えるべきところは変えていくようにしたいものです。とともに、美術・写真関係の記事はなかなか加筆していただける方がいない、という再認識をしましたので︵一時は、美術・写真関係の記事を執筆・加筆していただける方が増えかけたようにも思っていたのですが︶、この点は実現の可能性が低すぎて﹁目標﹂には入れられませんでしたが、美術・写真関係の執筆者をどうふやしていくのか、その方法・手段についても考えてみたいところです。10年目も、よろしくお願いします。