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租借地︵そしゃくち︶とは、ある国が条約で一定期間、他国に貸し与えた土地のこと。租借期間中は、貸した国には潜在的な主権が存在するが、実質的な統治権は借りた国が持つ。立法・行政・司法権は借りた国に移る。﹁租﹂とは年貢や田賦のことで、租借地・租界とは税を取って借す領域、あるいはより狭い区域[1]のこと。
租借料が支払われることを想定した用語であるが、実際にはそれぞれの条約によった。中国の場合、アロー号拿捕事件のさいイギリスは清国政府から九龍半島を年500銀で租借したものの半年後の北京条約で割譲となり、それ以降に設定された租借地においても租借料の支払いは無くなった。一方で租界は、通常は都市などのより狭い一部区域に設定されるもので、永代借地契約であって地主や中国政府に地代を支払う必要があった。
歴史
日清戦争後、イギリス・フランス・ドイツ・ロシアのヨーロッパ列強が清国を脅迫し、沿岸の要地を租借したのが端緒である。帝国主義列強による勢力均衡の賜物といえ、借りた国は行政長官などを派遣して植民地同様に扱った。また膠州湾、関東州、威海衛では、租借地の周囲に中立地帯が設定された。
中国以外では、1878年にイギリスがオスマン帝国からキプロス島を租借︵第一次世界大戦でトルコが負けると植民地として併合︶。アメリカが1999年に返還したパナマ運河地帯も租借地であった。
清国における租借地
中国での租借地は一般に租借期限が99年に設定されることが多かった︵英領新界、仏領広州湾、ドイツ領膠州湾、日本領関東州など︶。これは99年の99という数字が中国語の久久︵=永久︶と同音であることから、これらの租借は永久租借すなわち事実上の割譲を意味していたとされ、実際に関東州の日本人学校ではそのような教え方がなされていたようである。
現在の租借地
過去の租借地
脚注
- ^ KO字源「租」
関連項目
外部リンク