青空文庫/朗読・音声化入門ガイド
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以前よりも声のお仕事への注目が高まり、また福祉への関心が大きくなりつつある昨今、朗読をはじめとした文章の音声化作業に対しての人気が上がりつつあるようです。twitterでもつい最近そういった盛り上がりがあったみたいで。
私も様々なご縁から︵上記の両面から︶そういった作業へ関わるようになり、今ではそれをひとつの生業としているのですから、まったく不思議なものなのですが、業界関係者らの認識としては、その人気の一方で細々としたノウハウがさほど共有されていない、というのがただいまのネット上での現状であります。基本的には青空文庫の朗読などは細かいことを気にせず自由にじゃんじゃんやっていただければいいと思うのですが、それでもこれからやるにあたって﹁ああどうしたらいいのかな、どうやったらうまくできるのかな﹂とお思いの方もおられるかと思いますので、不肖わたくしがここでメモの筆でも執ってみようと思うのです。
1.朗読って何ですか、音訳って何ですか。
︻音声化された青空文庫リンク集-﹇補足﹈朗読と音訳の違い︼
この︵最近補修をさぼっている︶ページの下の方に、10年ほど前に私が残したメモ書きがあります。たぶん、今でもそこそこ役に立つことなのではないかと手前味噌ながら思うのですが、ちょっと引用。
音訳というのは、墨字の本の読めない視覚障害者が、本の内容を理解することが出来るように、できるだけ、恣意的な感情や解釈を排除しながら、本の内容を音声化して録音することを言います。なぜ感情や解釈を排除しなければならないかというと、目の見える人が墨字の本を読むときには、 自分なりの解釈をしながら読みます。しかし録音するときに音訳者が最初からこれを込めてしまうと、録音された本を聞くときに、自分なりの本の楽しみ方が奪われてしまうことになりかねないからです。つまり、視覚障害者の目の代わりをするということです。昔はこれを人の手によって行っていましたが、今は機械読み上げによるものも現れてきています。
朗読というのは、音訳とはそもそもの始まりが違っています。音訳は視覚障害者のためにはじまりましたが、朗読はそうではなく、いかに本の内容を感情豊かに伝えるか、ということが重要となってきます。つまり、声を出して本を読む、という行為そのものから始まっていると言えます。美しく情感深く読むこと、それが中心なのです。だから、何を読むか、を伝える音訳と、いかに読むか、を伝える朗読は、ちょっと違うようで、大きく違っているのです。
︵※墨字︵すみじ︶ 目で認識できる筆記文字もしくは印刷文字のこと。点字と区別されるときに用いる。︶
よく﹁目の見えない人のために声の本を作る﹂となったとき、﹁じゃあ心を込めた朗読だ!﹂と早合点される方も多いのですが、必ずしもそういうわけではありません。これは私の経験からも言えるのですが、﹁本を読むときに他人の感情を押しつけられたくない﹂という方もいらっしゃるのです。またそれだけではなく、﹁朗読はスピードが遅すぎる﹂という不満を耳にしたこともあります。
これはたとえば、目の見える人なら自分が本を読むときどれくらいのスピードなのか思い出していただければよいのですが、たいていの人は声を出して読むよりも、黙読の方が早いはずです。人が本を読むスピードがそれくらいだとすれば、人に読んでもらうときにもそれくらいのスピードを欲したとしても、おかしくはないでしょう。この3倍、4倍速いほうがいい、などなど。
そうすると、このふたつを問題意識として持つ人にとっては、人の朗読よりもコンピュータの読み上げの方が、感情もないしスピードは自由自在、たとえ読みが間違っていたとしても満足度が高くなって不思議はありません。ただし難点としてはコンピュータを活用するためテキストがデータ化されていないとどうしようもなく、そこで人が音訳する需要が生まれるというわけです。︵むろん同時に﹁間違いのない﹂音訳も、まだまだ人の手で作る必要あり。︶
しかしその一方で、間違いなく朗読や声のエンタメの需要はあります。むろん晴眼︵目の見える︶ユーザだけでなく、目の見えない方からも﹁お金を出して買ってもいいと思えるハイクオリティのオーディオエンタテイメントが欲しい﹂という言葉は多々上がっているのです。その代用として﹁アニメの音声だけ聞く﹂ことを愉しみにしていらっしゃる方もおられますが、私個人の生業としては、そういった耳の娯楽を作り出す方へと向かっております。︵そうして関わっているのが、パンローリングさんやふぁんた時間さんだったり致します。︶
そういった違いを意識した上で、自分の読む方向・目指す方向︵どういう形で相手に愉しんでもらうのか︶をいうものを決めると、できるものも引き締まってくるかと存じます。
2.どうやって録音すればいいのですか。
これについては、私よりもお詳しい方の解説サイトがたくさんございます。とりわけ朗読に限った詳細なものをリンクすると、以下になります。
●Blogことば・言葉・コトバ︵渡辺知明︶-朗読の録音技術について
●朗読.net︵河崎卓也︶-自宅録音ガイド
そのほか、 動画作成や﹁歌ってみた﹂などの録音ガイドも参考になるかもしれません。初心者向けのものは、こちら。
●歌ってみた制作初心者向け@wiki
●こえ部-新入部員向けこえ部ガイド
3.読む技術を高めるためには何をすればいいのですか。
むろん技術を高めるためには、練習が必要です。勘のいい人でしたらやみくもにやっても上手くなっていくのですが、やっぱり誰かに教えてもらったり、誰かと競ってみたり、あるいは自分でちゃんと勉強することも大事なわけです。
もちろん演技やお芝居の技術を磨くことも大事で、その重要性は何かしら声でなにかをしようという人には当たり前のようにご存じのことと思われますが、しかしながら朗読・音訳の場合、もっとごくシンプルに﹁そこにある文章を読む﹂という基礎的な技が必要になって参ります。
息継ぎの仕方、ノドや舌・口の使い方、文章にあるリズムのとらえ・作り方、台本・原稿を効果的に追っていく方法などなど、こういったことは各地で行われている朗読・音訳の講習︵あるいは専門学校・部活動︶で実地に学ぶこともできますが、みんながみんなそういったところへ有料・無料問わず行けるわけではないでしょうから、自学しなければならないこともあるかと存じます。
ところがその自学のための︵懇切丁寧な!︶良質のテキストは、これまでなかなかなかったのが現状でした。そこへ最近、日本朗読検定協会とオーディオブック制作のパンローリングの結託により、文科省の学習指導要領に準拠した画期的な﹃朗読の教科書﹄︵渡辺知明﹇著﹈︶という本が出ました。︵amazon.co.jp/直販サイト︶
私自身は、芝居や読む技術などは人から叩き込まれたり経験的に学んできたりした方なのですが、そうやって身につけてきたことがこの本には体系的にわかりやすく書いてあって、一人で頑張る人にとってはこの本が心強い先生になってくれるものだと思います。また一人で伸び悩んでいる人にも、読む際のコツが様々書かれてありますので、助けになってくれるでしょう。
4.どこで公表すればいいのですか。
最終的な問題になるのは、ここですよね。そもそも青空文庫本体ではデータを募集してはおりませんので、個々で発表していただくことになります。おそらく最も一般的なのはボイスブログになるかと思います。ブログサービスのなかには、自分の録音した音声も投稿できる機能がついたところもありまして、ココログ、SEESAA、ケロログなどが一般的でしょうか。比較的新しいところでは、SNS的なこえ部というサイトもございます。﹁自分﹂から何かを送りたい、とお考えの方には、こういったそれぞれの制作者の色が出るところがよろしいかと思われます。
その一方で、様々な朗読・音訳などがある種のポータルとして集約されるサイトもございます。昔からあるところでは声の花束が、様々な方の読まれた青空文庫の音声化ファイルを公開するサイトとして有名です。ほかにもエール、新しいサイトとしては青空朗読というプロジェクトが始まっております。こういったところへ提供することもひとつの選択肢としてありえます。
むろんどこかの朗読・音訳サークルに所属すれば、そのサークルのサイトで公表したり、公的な機関へ収めたりすることもできるでしょう。ニコニコ動画は、投稿数も再生数もまだまだ少ないですが、動画的演出を加えたい場合は絶好の公開場所となりましょうし、またニコニコ生放送やUSTREAMなどでは、リアルタイムで朗読を放送なされる方も多くいらっしゃいます。
そして録音したものを販売しても構いません︵その際にも青空文庫へ許可を求める必要ありません︶。個人で頒布するのもありでしょうし、これまで多くの会社から、青空文庫からの活用を明示しているものしてないもの合わせ、たくさん流通を通じて市場に出ております。そういえばいつぞやのSTUDIO VOICE付録やくしまるえつこ朗読CDにも、青空文庫のテキストが使われていたみたいですね︵今は配信でも購入可︶。
5.おわりに
青空文庫にある著作権切れの本であれば、各自自由に読んでその音声ファイルを公開することができます。また私の翻訳のように、著作権はまだ有効でも、自由な利用を認めているものであれば、同様に音声化は自由です。
紙の本/電子の本という分け方があるように、文字の本/声の本という分け方も、昔からあります。日本では声の本はまだまだ少ないですが、もっともっと定着して広がっていくといいな、と個人的には思っております。そういう文化を創るために、この記事が何らかのお役に立てれば幸いです。
(せっかくですのでみなさま、もし「自分も青空文庫の作品を朗読したので、いろんな人に聞いてほしい!」という方がいらっしゃいましたら、ぜひぜひこの記事のコメント欄をその告知にお使い下さいませ。)
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赤い蝋燭と人魚のプロジェクトが完了し、カタログに登録されました。http://librivox.org/akai-rosoku-to-ningyo-by-mimei-ogawa/ 素敵なジャケットも作成して頂きました。読み手、録音の確認者、コーディネーター、CDジャケットの作成者、4人の国籍が異なるプロジェクトでした。
続いて、豊島与志雄の、コーカサスの禿鷹、のプロジェクトが進行中です。
LibriVox に参加しませんか。
その後、芥川竜之介の「トロッコ」、太宰治の「待つ」をLibriVox で録音しました。今、太宰治の「グッド・バイ」が進行中です。芥川竜之介の「杜子春」は、もうじき始まります。全て、青空文庫にリンクを張らさせて頂いています。今、LibriVox の 日本語のタイトルは19になりました。
https://catalog.librivox.org/search_advanced.php?title=&author=&cat=&genre=&status=all&type=&language=Japanese
以上。
また LibriVox の話題です。とし春 の録音が終わり、今度は、夏目漱石の 硝子戸の中 の録音を始めます。