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渋谷栄一訳(C)

  




  


(一)---退
(二)---
(三)---
(四)---
  


(一)---
(二)---
(三)---
(四)---西
(五)---
  


(一)---
(二)---
(三)---
(四)---
(五)---

 

  

 [ ]

 退

 殿西

 殿
 
 
 

 
 
 
 
 寿

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 寿
 
 
 
 
 
 
 

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 姿
 

 

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 姿
  
  
 

 調

 
  
 

 

 

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 便

 
 
 

 
 

 
 

 
 
 

 

  

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 姿
 
 

 
 
 

 
 
 

 [第二段 宮邸に到着して門を入る]

 宮邸では、北面にある人が多く出入りするご門は、お入りになるのも軽率なようなので、西にあるのが重々しい正門なので、供人を入れさせなさって、宮の御方にご案内を乞うと、「今日はまさかお越しになるまい」とお思いでいたので、驚いて門を開けさせなさる。

 御門番が寒そうな様子であわてて出てきたが、すぐには開けられない。この人以外の男性はいないのであろう。ごろごろと引いて、

 「錠がひどく錆びついてしまっているので、開かない」
 と困っているのを、しみじみとお聞きになる。

 「昨日今日のこととお思いになっていたうちに、はや三年も昔になってしまった世の中だ。このような世を見ながら、仮の宿を捨てることもできず、木や草の花にも心をときめかせるとは」と、つくづくと感じられる。口ずさみに、

 「いつの間にこの邸は蓬が生い茂り
  雪に埋もれたふる里となってしまったのだろう」

 やや暫くして、無理やり引っ張り開けて、お入りになる。

 [第三段 宮邸で源典侍と出会う]

 宮の御方に、例によってお話申し上げなさると、宮は昔の事をとりとめもなく話し出しはじめて、はてもなくお続きになるが、君はご関心もなく眠いが、宮もまたあくびをなさって、

 「宵のうちから眠くなっていましたので、終いまでお話もできません」

 とおっしゃる、間もなく鼾とかいう聞き知らない音がするので、これさいわいとお立ちになろうとすると、また一人、たいそう年寄くさい咳払いをして近寄ってまいる者がいる。

 「恐れながら、ご存じでいらっしゃろうと心頼みにしておりましたのに、生きている者の一人としてお認めくださらないので……。故院の上様は、わたしを祖母殿と仰せになってお笑いあそばしました」
 などと、名乗り出したので、お思い出しになった。

 源典侍と言った人は、尼になって、この宮のお弟子として勤行していると聞いていたが、今まで生きていようとはお確かめ知りにならなかったので、あきれる思いをなさった。

 「その当時のことは、みな昔話になってゆきますが、遠い昔を思い出すと心細くなりますが、なつかしく嬉しいお声ですね。あの『親がいなくて臥せっている旅人』と思って、お世話してください」

 と言って、物に寄りかかっていらっしゃる君のご様子に、ますます昔のことを思い出して、相変わらずなまめかしいしなをつくって、たいそうすぼんだ口の恰好のように想像される声だが、それでもやはり、甘ったるい言い方で戯れかかろうと今でも思っている。

 「言い続けてきたうちに」などとお申し上げかけてくるのは、こちらの顔の赤くなる思いがする。「今急に老人になったような物言いだ」などと苦笑されるが、また一方で、これも哀れである。

 「その女盛りのころに、寵愛を競い合いなさった女御や更衣も、ある方はお亡くなりになり、またある方は見るかげもなく、はかないこの世に落ちぶれていらっしゃる方もあるようだ。入道の宮などの御寿命の短さよ。あきれるばかりの世の中の無常に、年からいっても余命残り少なそうで、心構えなども、頼りなさそうに見えた人が生き残って、静かに勤行をして過ごしていたのは、やはりすべて定めない世のありさまなのだ」
 とお思いになると、その何となくしみじみとした君のご様子を、心のときめくことかと誤解してはしゃぐ。

 「何年たってもあなたとのご縁が忘れられません
  親の親――わたしはあなたの祖母、とかおっしゃった一言がございますもの」

 と申し上げるので、気味が悪くて、

 「来世に生まれ変わった後まで待って見てください
  この世で子が親を忘れる例があるかどうかと
 頼もしいご縁ですね。いずれゆっくりと、お話し申し上げましょう」

 とおっしゃって、お立ちになった。

 [第四段 朝顔姫君と和歌を詠み交わす]

 西面では御格子を下ろしていたが、お嫌い申しているように思われるのもどうかと、一間、二間は下ろしてない。月が顔を出して、うっすらと積もった雪の光に映えて、かえって趣のある夜の様子である。

 「さきほどの老いらくの懸想ぶりも、似つかわしくないものの例とか聞いた」とお思い出されなさって、おかしくなった。今宵はたいそう真剣にお話なさって、

 「せめて一言、『憎い』などとでも人伝てではなく直におっしゃっていただければ、思いあきらめるきっかけにもしましょう」
 と、身を入れて強くお訴えになるが、

 「昔、自分も相手も若くて、過ちが許されたころでさえ、亡き父宮などが好感を持っていらっしゃったのを、やはりとんでもなく気がひけることだとお思い申して終わったのに、晩年になり、盛りも過ぎ、似つかわしくない今頃になって、そうした一言をお聞かせするのも気恥ずかしいことだろう」
 とお思いになって、まったく動じようとしないお気持ちなので、「あきれるほどに、つらい」とお思い申し上げなさる。

 そうかといって、不体裁に突き放してというのではない取次ぎのお返事などが、かえってじれることである。夜もたいそう更けてゆくにつれ、風の具合が激しくなって、ほんとうにもの心細く思われるので、体裁よいところでお拭いになって、

 「昔のつれない仕打ちに懲りもしないわたしの心までが
  あなたがつらく思う心に加わってつらく思われるのです
 自然とどうしようもございません」

 と口に上るままにおっしゃると、

 「ほんとうに」
 「見ていて気が気でありませんわ」
 と、女房たちは、例によって、姫宮に申し上げる。

 「今さらどうして気持ちを変えたりしましょう
  他人ではそのようなことがあると聞きました心変わりを
 昔と変わることは、今もできません」
 などとお答え申し上げなさった。

 [第五段 朝顔姫君、源氏の求愛を拒む]

 何とも言いようがなくて、とても真剣に恨み言を申し上げなさってお帰りになるのも、たいそう若々しい感じがなさるので、

 「ひどくこう、世の中のもの笑いになってしまいそうな有様を、お漏らしなさるなよ。きっときっと。『いさら川』の、さあ知りませんね、などと言うのも馴れ馴れしいですね」

 とおっしゃって、しきりにひそひそ話しかけていらっしゃるが、何のお話であろうか。女房たちも、

 「何とも、もったいない。どうしてむやみにつれないお仕打ちをなさるのでしょう」
 「軽々しく無体なこととはお見えにならない態度なのに。お気の毒な」
 と言う。

 なるほど、君のお人柄の素晴らしいのも、慕わしいのも、お分かりにならないのではないが、

 「ものの情理をわきまえた人のように見ていただいたとしても、世間一般の人がお褒め申すのとひとしなみに思われるだろう。また一方では、至らぬ心のほどもきっとお見通しになるに違いなく、気のひけるほど立派なお方なのだから」とお思いになると、「親しそうな気持ちをお見せしても、何にもならない。さし障りのないお返事などは、引き続き御無沙汰にならないくらいに差し上げなさって、人を介してのお返事、失礼のないようにしていこう。長年、仏事に無縁であった罪が消えるように仏道の勤行をしよう」とは決意はなさるが、「急にこのようなご関係を、断ち切ったようにするのも、かえって思わせぶりに見えもし聞こえもして、人が噂しはしまいか」と、世間の人の口さがないのをご存知なので、一方では、伺候する女房たちにもお気を許しにならず、たいそうご用心なさりながら、だんだんとご勤行一途になって行かれる。

 姫宮のご兄弟の君達は多数いらっしゃるが、同腹ではないので、まったく疎遠で、宮邸の中がたいそうさびれて行くにつれて、あのような立派な方が熱心にご求愛なさるので、一同そろってお味方申すのも、誰の思いも同じと見える。

 

第三章 紫の君の物語 冬の雪の夜の孤影

 [第一段 紫の君、嫉妬す]

 源氏の大臣は、やみくもにご執心というわけではないが、つれない態度が腹立たしいので、このまま負けて終わるのも悔しく、なるほどそれは、確かにご自身の人品や世の評判は格別で申し分なく、物事の道理を深くわきまえ、世間の人々のそれぞれの生き方の違いも広くお知りになって、昔よりも経験を多く積んでいらっしゃるので、今さらのお浮気事も一方では世間の非難をお分りになりながらも、

 「このまま空しく引き下がってしまっては、ますます物笑いとなるであろう。どうしたらよいものか」
 
 と、お心が騒いで、二条院にはお帰りにならない夜々がお続きになるのを、女君は、『冗談でなく恋しい』とばかりお思いになる。こらえていらっしゃるが、どうして涙のこぼれる時がないであろうか。
 
 「不思議にいつもと違ったご様子が、理解できませんね」
 
 とおっしゃって、お髪をかき撫でながら、おいたわしいと思っていらっしゃる様子も、絵に描きたいようなお間柄である。
 
 「入道の宮がお亡くなりになって後、主上がとてもお寂しそうにばかりしていらっしゃるのも、おいたわしく拝見していますし、太政大臣もいらっしゃらないので、政治を見譲る人がいない忙しさです。このごろの家に帰らないことを、今までになかったことのようにお恨みになるのも、もっともなことで、お気の毒ですが、今はいくら何でも、安心にお思いなさい。おとならしくおなりになったようですが、まだ深いお考えもなく、わたしの心もまだお分りにならないようでいらっしゃるのが、かわいらしい」
 
 などとおっしゃって、涙でもつれている女君の額髪をおつくろいになるが、ますます横を向いて何とも申し上げなさらない。
 
 「とてもひどく子どもっぽくしていらっしゃるのは、誰がおしつけ申したことでしょう」
 と言って、「無常の世に、こうまで隔てられるのもつまらないことだ」と、一方では物思いに耽っていらっしゃる。
 
 「斎院にとりとめのない文を差し上げたのを、もしや誤解なさっていることがありませんか。それは大変な見当違いのことですよ。自然とお分かりになるでしょう。あの方は昔からまったくよそよそしいお気持ちなので、もの寂しい時々に、恋文めいたものを差し上げて困らせたところ、あちらも所在なくお過ごしのところなので、まれに返事などなさるが、本気ではないので、こういうことですと、不平をこぼさなければならないようなことでしょうか。不安なことは何もあるまいと、お思い直しなさい」
 などと、一日中お慰め申し上げなさる。

 [第二段 夜の庭の雪まろばし]

 雪がたいそう降り積もった上に、今もちらちらと降って、松と竹との違いがおもしろく見える夕暮に、君のご容貌も一段と光り輝いて見える。

 「季節折々につけても、人が心を惹かれるらしい花や紅葉の盛りよりも、冬の夜の冴えた月に雪の光が照り映えた空こそ、妙に、色のない世界ですが、身に染みて感じられ、この世の外のことまで思いやられて、おもしろさもあわれさも、尽くされる季節です。興醒めな例としてとして言った人の考えのなんと浅いことよ」

 とおっしゃって、御簾を巻き上げさせなさる。

 月は隈なく照らして、白一色に見渡される中に、萎れた前栽の影も痛々しく、遣水もひどく咽び泣くように流れて、池の氷もぞっとするほど身に染みる感じなので、童女を下ろして雪まろばしをおさせになる。

 かわいらしげな姿やお髪の恰好が月の光に映えて、大柄の物馴れた童女が色とりどりの衵をしどけなく着て、袴の帯もゆったりした寝間着姿、その優美なうえに、衵の裾より長い髪の末が、白い雪を背景にしていっそう引き立っているのは、たいそう鮮明な感じである。

 小さい童女は、子どもらしく喜んで走りまわって、扇なども落として、気を許しているのがかわいらしい。
 たいそう大きく丸めようと欲張るが、転がすことができなくなって困っているようである。またある童女たちは、東の縁先に出ていて、もどかしげに笑っている。

 [第三段 源氏、往古の女性を語る]

 「先年、中宮の御前に雪の山をお作りになったのは、世間で昔からよく行われてきたことですが、やはり珍しい趣向を凝らしてちょっとした遊び事をもなさったものでしたよ。どのような折々につけても、残念でたまたない思いですね。

 とても隔てを置いていらして、詳しいご様子は拝したことはございませんでしたが、宮中生活の中で、心安い相談相手としては、お考えくださいました。
 ご信頼申し上げて、あれこれと何か事のある時には、どのようなこともご相談申し上げましたが、表面には巧者らしいところはお見せにならなかったが、十分で、申し分なく、ちょっとしたことでも格別になさったものでした。この世にまたあれほどの方がありましょうか。
 しとやかでいらっしゃる一面、奥深い嗜みのあるところは、又となくいらっしゃったが、あなたこそは、そうはいっても、紫の縁で、たいして違っていらっしゃらないようですが、少しこうるさいところがあって、利発さの勝っているのが、困りますね。

 ところで、前斎院のご性質はまた格別に見えます。心寂しい時に、何か用事がなくても便りをしあって、自分も気を使わずにはいられないお方は、ただこのお一方だけが、世にお残りでしょうか」
 とおっしゃる。

 女君が「尚侍は、利発で奥ゆかしいところは、どなたよりも優れていらっしゃるでしょう。軽率な方面などは、無縁なお方でいらしたのに、不思議なことでしたね」
 とおっしゃると、

 「そうですね。優美で器量のよい女性の例としては、やはり引き合いに出さなければならない方ですね。そう思うと、お気の毒で悔やまれることが多いのですね。まして、浮気っぽい好色な人は、年をとるにつれて、どんなにか後悔されることが多いことでしょう。誰よりもはるかにおとなしいと思っていましたわたしでさえですから」
 などと、お口になさって、尚侍の君の御事にも、涙を少しはお落としなった。

 「あの、人数にも入らないほどさげすんでいらっしゃる山里の女は、身分にはやや過ぎて物の道理をわきまえているようですが、他の人とは同列に扱えない人ですから、気位を高くもっているのも、見ないようにしております。お話にもならない身分の人はまだ知りません。人というものは、すぐれた人というのはめったにいないものですね。

 東の院に寂しく暮らしている人の気立ては、昔に変わらず可憐なものがあります。あのようにはとてもできないものですが。その方面につけての気立てのよさで、世話するようになって以来、同じように夫婦仲を遠慮深げな態度で過ごしてきましたよ。今ではもう、互いに別れられそうになく、心からいとしいと思っております」

 などと、昔の話や今の話などに夜が更けてゆく。

 [第四段 藤壺、源氏の夢枕に立つ]

 月がますます澄んで、静かで趣がある。女君が、

 「氷に閉じこめられた石間の遣水は流れかねているが
  空に澄む月の光はとどこおりなく西へ流れて行く」

 と、外の方を御覧になって少し姿勢を傾けていらっしゃる様子、それは似る者がないほどかわいらしげである。髪の具合や顔立ちが恋い慕い申し上げている方の面影のようにふと思われて素晴らしいので、少しは他に分けていらっしゃったご寵愛もあらためて君の上にお加えになることであろう。鴛鴦がちょっと鳴いたので、

 「何もかも昔のことが恋しく思われる雪の夜に
  いっそうしみじみと思い出させる鴛鴦の鳴き声であることよ」

 お入りになっても、藤壺の宮のことを思いながらお寝みになっていると、夢ともなくかすかにお姿を拝するが、たいそうお怨みになっていらっしゃるご様子で、

 「漏らさないとおっしゃったが、つらい噂は隠れなかったので、恥ずかしく苦しい目に遭うにつけ、つらい」

 とおっしゃる。お返事を申し上げているとお思いになった時、ものに襲われるような気がして、女君が、

 「これは、どうなさいました、このように」

 とおっしゃったことに、目が覚めて、ひどく残念で胸の置きどころもなく騒ぐので、じっと抑えて涙までも流していたのであった。今もなお、ひどくお濡らし加えになっていらっしゃる。

 女君がどうしたことかとお思いになるので、身じろぎもしないで横になっていらっしゃった。

 「安らかに眠られずふと寝覚めた寂しい冬の夜に
  見た夢の何とも短かかったことよ」

 [第五段 源氏、藤壺を供養す]
 
 かえって物足りなく、悲しいとお思いになって、朝早くお起きになって、それとはなくして、あちこちの寺々に御誦経などをおさせになる。

 「苦しい目にお遭いになっていると、お怨みになったが、きっとそのようにお恨みになってのことなのだろう。勤行をなさり、さまざまに罪障を軽くなさったご様子でありながら、自分との一件でこの世の罪障をおすすぎになれなかったのだろう」
 と、ものの道理を深くおたどりになると、ひどく悲しくて、

 「どのような方法をしてでも、誰も知る人のいない冥界にいらっしゃるのをお見舞い申し上げて、その罪にも代わって差し上げたい」
 などと、つくづくとお思いになる。

 「あのお方のために、特別に何かの法要をなさるのは、世間の人が不審に思い申そう。主上におかれても、良心の呵責にお悟りになるかもしれない」
 と、気がねなさるので、阿弥陀仏を心に浮かべてお念じ申し上げなさる。「宮と同じ蓮の上に」と思って、

 「亡くなった方を恋慕う心にまかせてお尋ねしても
  その姿も見えない三途の川のほとりで迷うことであろうか」

 とお思いになるのは、つらい思いであったとか。

源氏物語の世界ヘ
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